『 龍の花嫁 ― (1) ― 』
さらさら さらり ・・・
金色の髪が背中に広がる。
「 ふう ・・・・ん♪ いい感じ〜〜〜 なんか背中 くすぐったいけど 」
フランソワーズはドレッサーの前でねじ向き 手鏡で後ろ姿を映してみた。
白いブラウスの背中、そのほとんどを蓋い金髪がゆれている。
「 うふ・・・ いいな〜〜って自分で言うのもヘンだけど・・・
伸ばしてみてよかったぁ〜〜 うふふ〜〜ん♪
今日は編み込みにしてみようかしら〜〜 」
彼女はドレッサーの前に 座り直した。
サイボーグ003。 50キロ四方を見通せる超視覚と
ソナーにも勝る超聴覚をもつ。
身体の中にも いくつかの人工臓器が埋め込まれているから
< 普通のニンゲン > からは かなりかけ離れている。
仲間達は7人。 彼らと比べれば003は一番生身に近い。
いちいち言わないで。 わたしが足手纏いになる時には
遠慮なく見捨てていってちょうだい。
闘いの日々、彼女はまっすぐに正面を見てたびたびそう言ってきた。
「 ・・・ そりゃ ・・・ 元の、昔どおりのわたし に戻れるとしたら・・・
それは ・・・。 でも ・・・ でも 」
そう、彼女は出会ってしまったのだ ― 彼女の運命のヒトと。
島村ジョー。 いや 009。 最新にして最強のサイボーグ。
彼と 生きてゆきた ・・・ !
そう心から願う時に 003 であることにほっとする自分自身を
見つけるコトができた。
でも。 コレは 別。 オンナノコとして これは別。
― 髪はちゃんと伸びるし 爪は手入れが必要なのだ。
そして それが嬉しい。
「 あれ? 髪 切った? 」
「 あら ジョー 気が付いた? 伸びちゃって・・ 面倒だから
自分で切ったの。 ・・・後ろ、 ヘンじゃない? 」
「 ううん ぜんぜん〜〜 ・・ あ でも ・・・ 」
「 え どこか曲がってる? 」
「 ううん ううん そうじゃなくて ・・・ あのう〜〜 」
「 ?? 」
「 ぼく ・・・ さらさら・・・って風にゆれるきみの髪・・・
いっつもキレイだなあ〜〜〜って 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 あ うん ショート いいよ よく似合う〜〜 」
「 ありがとう ・・・ 」
生き延びるために闘っていた日々、 そんな会話を交わしたことがあった。
ジョー ・・・ 長い髪 好き なの・・?
その思い出が心の片隅に残っていた。
なんとか平穏な < 普通の日々 > を送れるようになった時
ふ・・・っと 彼の言葉を思い出したのだ。
― 伸ばしてみようかしら ―
幼い頃からショート・カットだった時はほとんどない。
しかし長すぎるとレッスンの時に上手に結えなかったりして
いつも肩にかかる程度の長さにしていた。
「 今なら そうよね〜〜 編み込みとかにすればレッスンでも邪魔には
ならないし。 ふふ〜〜ん 伸ばしてみよっと♪ 」
密かに決心し しばらく美容院から足が遠のいた。
朝晩 今までにも増して熱心にブラッシングを続けた ― そして
「 ん〜〜〜 なんかいい感じ♪ うふふ〜〜〜 」
きらり きら きら ・・・
フランソワーズの背中には 華麗な金糸が光を集めまた散らばせている。
夏の帽子 新しいのにしよっかな〜〜
そうね ストロー・ハットなんかカワイイわね
彼女は上機嫌だった。
ジョーは 相変わらずなにも言ってはくれないのだが
時々 こそ・・・っと彼女の金の髪に触れてくる。
「 ・・・ あ? なあに 」
「 え あ ・・・・う ううん ううん なんでも・・・
あ きゃ あの そのぅ 〜〜 キレイだなあ〜〜っつて
思って 」
「 うふ わたしの髪、 好きになってくれてありがとう!
嬉しいわ 」
「 か 髪だけじゃ な い ・・・ ! 」
「 え ? 」
「 な なんでも なあいよぅ ・・・ 」
ジョーはさっと俯いてそっぽを向く
ふふふ〜〜ん♪ メルシ ジョー
彼女はちゃ〜〜んとわかっていた。
「 おや 最近髪が長くなったのぅ・・・ ああ 美しいな 」
博士も リビングなどで彼女の髪に目を細める。
「 似合いますかしら 」
「 ああ ああ とてもよいよ ・・・ 暑くはないかね 」
「 案外平気です。 レッスンの時は結ってますし。 」
「 そうか そうか ・・・ 暑いといえば ―
どうだね、ちょいと涼しい土地に行ってみないか 」
博士は 読み止しの新聞を横に置いた。
「 ?? 涼しい土地 ですか? 」
「 うむ。 実はなあ ワシ旧友で東北の山奥の村に実家があるヤツが
おってのう。 そこに招かれたのじゃよ。 」
「 まあ ・・・ ねえ ジョー? ちょっと来て〜 」
「 なに 〜〜? 」
フランソワーズは テラスから庭に向かって声をかけた。
庭先では ジョーが植木や花壇、芝生に水撒きをしている。
「 あのねえ 博士が ・・・ あら 足 びしょびしょよ?
ちゃんと拭いて 」
「 あは しばらくここで乾かすよ〜〜〜 え 博士 なんです? 」
ジョーは サッシの側に座りテラスに脚を投げ出すと身体だけ室内にねじ向けた。
「 おお 水撒き ご苦労さん。
ちょいと避暑に行こうか、という話なんだが。 東北の山奥じゃ 」
「 へえ・・・? なんか出るですか? 」
「 でる?? 」
「 ええ。 だってあっちの方って伝承だの 言い伝えだの ・・・
古くからある妖怪のハナシとか ありますよねえ 」
「 ・・・ ははあ 『 遠野物語 』 を読んだか 」
「 えへへ・・ 当たり。 ピュンマに勧められたんです。
古いハナシなのに面白いですよねえ 」
「 ああ。 世界各地にはいろいろ面白い伝承がある。
あの著者の方はよく調べられたなあ と思うぞ。 」
「 怪談の本なの・・・? ラフカディオ・ハーンの本みたいな? 」
「 う〜〜ん 怪談・・・ってか 伝説 かな 」
「 その舞台になった場所なのですか 博士 ?? 」
フランソワーズは 興味深々な様子だ。
「 直接ではないがな。 しかし同じような伝承は数多くあるじゃろうよ。
避暑も兼ねて ちょいと行ってみようではないか。 」
「 わ〜〜〜〜 面白そうだねえ〜〜
博士のお友達の出身地なのですか? 」
「 うむ アイツの先祖代々の地らしい。 彼はずっと東京とNYを
行き来しているヤツで ほとんど出身地には住んでおらんはずじゃ。
久々に帰るので 一緒にどうか と誘ってくれたのじゃよ 」
「 まあ〜〜 ステキ! あ わたし達もお邪魔してもよろしいのでしょうか
ねえ ジョー? 」
「 ウン ・・・ 」
「 お若い方もどうぞ、 と言っておる。
なにせ 田舎の家なので広さだけはあります、とさ。 」
「 わお すごいなあ 」
「 うふふ のんびり涼しくカントリー・ライフ 〜〜 ステキ♪ 」
「 荷物持ちなら任せてください! 」
「 よおし。 決まりだな。 三人で訪ねるとするか。 」
「「 わあい ♪ 」」
― そんなわけで。 博士と ジョー、 フランソワーズは
北の山奥の村へ ・・・ 避暑に出かけたのだった。
さわさわ さわ 〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・
列車を下り、駅舎を出ると もう空気の色が違っていた。
「 ・・・ ん ・・・ あら なんの香かしら 」
「 うん? あ〜 これは森林の匂いかのう 」
「 よっいしょっと〜〜〜 へ?
なんか におう?? 昼ごはんかな〜〜 」
「 もう〜〜 ジョーってば、 あ それ 持つわ 」
「 あ ありがとう。 博士〜〜 行きますよぉ 」
「 おう。 あ〜 こっちだなあ 」
三人だけを下ろした特急列車は もうとっくにいなくなっていた。
荷物を持って ― ほとんどジョーが担いでいる ― 誰もいない改札を
抜けた。
駅前には な ・・・ んにもなかった。
ぽつん、と建った古い駅舎の前は 一応広場になってはいたが
店舗もなく 客待ちのタクシーの姿などどこにもない。
「 ・・・ わあ 」
フランソワーズがまた 立ち止まった。
「 どうしたね? よっこらせ・・・・ 」
「 なんだか ・・・ なにもかもくっきり見えるわ 」
「 フラン〜〜 こっちのスーツ・ケース、重ねても大丈夫? 」
「 え? ええ大丈夫よ あ そっちのボストン・バッグは
潰さないでね 」
「 うん わかった。 え〜〜と? 博士〜〜 この後
どうやって行くのですか? バス? 」
「 ああ? 確か 迎えにゆく、と連絡を貰っておったがの〜〜 」
博士は さすがにごそごそと携帯をとりだした。
「 ・・・ おお アイツが車で来てくれるそうな。
どれ 少し待とうかね 」
「 はい。 ね ・・・ 博士 ・・・ 空気が透明ですね 」
「 そうだのう・・・ 透明、 その通りだなあ 」
「 ね? お日様の光も ・・ なんだかまっすぐに落ちてきて ・・・
強いけど 暑くはないわ 」
彼女は 白い手を陽に翳す。
「 ・・・ あは キレイだなあ ・・・ 」
ジョーはそんな彼女の横顔を ほれぼれ見つめている。
「 ね? 素敵じゃない、ジョー 」
「 ・・・ ・・・ 」
「 ? なあに。 なにか 顔についてる? 」
「 ・・・え? あ う ううん ううん〜〜〜
あ あ〜〜〜 空気 美味しいなあ〜〜〜 す〜〜は〜〜〜 」
ぷくくく ・・・ わざとらしく深呼吸をする青年を
博士は 笑いを噛み殺しつつ眺めていた。
ぷぁ〜〜〜〜 !!! 警笛ともに四駆が駆けこんできた。
「 お? ・・・ ああ 来てくれたようじゃな 」
「 !? 博士の そのう・・・ お友達ですか? 」
「 あ・・・ 助手の方とか ・・? 」
「 うんにゃ。 アイツは昔からスピード狂でなあ ・・・
おお そうじゃ ジョー お前と勝負しても勝つかもしれんぞ
」
「 ひぇ 〜〜〜 」
三人が ぼそぼそしゃべっていると
バンッ !!! 勢いよくドアが開き 颯爽とドライバーが現れた。
ジーンズに長袖のTシャツ、アタマにはやはりジーンズ地のキャップを被っている。
今 流行りの厚底のランニング・シューズだ。
「 いやあ〜〜〜 遅れてすまんですなあ〜〜 やあやあ ギルモア君〜〜
久し振りじゃねえ〜〜〜 」
「 お おお 沼本クン 元気そうじゃなあ 」
「 あっはっは〜〜 相変わらずガンガン飛ばしておるよ〜〜
お こちらが ? 」
「 おお ワシが後見をしている若者たちで 娘と息子と思っているんじゃ。
ジョー・シマムラクン と フランソワーズ・アルヌール嬢 」
「 ほっほ〜〜〜 これは これはお美しい〜〜〜 マドモアゼルと
凛々しい青年〜〜 ようこそ 奥山村へ 」
がし がし。 ムッシュ・沼本は 二人の手をしっかりと握った。
≪ ・・・ねえ? 博士と同級生なら ・・・? ≫
≪ ウン ・・ けっこうな御歳だと思うけど ≫
博士の娘さんと息子さんは こっそり会話をしていた。
「 さあ〜〜 コレに乗った乗ったぁ〜〜〜
村 目指してしゅっぱ〜〜〜つ 」
沼本氏は 被ってきたキャップをぽ〜〜〜んと放りなげた。
ぴかり。 見事な禿アタマが 夏の陽射しに照り輝いていた・・・
≪ あは ・・・ やっぱり ≫
≪ うふふ 確かに同級生 ね♪ ≫
くす・・・っと笑いあっていたのも束の間〜
ぶぁ 〜〜〜〜〜〜〜〜 !!!!!
四駆はいきなり全速力で疾走し始めた。
「 う わあ〜〜〜 は 博士 大丈夫ですか?? 」
「 きゃ ・・・ 」
「 お〜っと 」
「 諸君 !! しっかり捕まっていたまえ〜〜〜〜〜
ワシの茅屋まで なに ほんの10分さ ! 」
ぶぁ〜〜〜〜〜〜 −−−−− !!
な・・・・んにもいない、舗装だけはしてある道を
フル装備? のクルマは 土煙をあげて 走りさっていった。
ひえ 〜〜〜〜 こ このスピードで 10分って
どんだけの距離だよぉ ・・・
ジョーは 片手で博士とフランソワーズを押さえ 残りの手で
シートベルトを握りしめていた。
さわ さわ さわ ・・・ ぴちょん。
そこには 木々の緑と空の青 しかなかった。
ぶっとばしで10分、ドライバー以外は むちゃくちゃになって
奥山村に到着した。
「 さ〜〜 さ どうぞ どうぞ〜〜〜 ウチの茅屋にあがってくれ
荷物はこれと これ・・・ でいいのかな〜〜 」
沼本氏、いや 沼本博士は ドライバー席から飛び降りると さっさと
客人たちの荷物を運び始めた。
「 あ ・・・ ぼくがやります〜〜〜 」
「 お 兄ちゃん、威勢がいいねえ〜 じゃ これ。 こっちの、頼む〜〜
なに、駅前に出るついでに買いこんだ食糧さ〜〜 」
どごん。 ぱんぱんのエコ・バッグがみっつ ジョーに押し付けられた。
「 わ は はい〜〜 えっと どこへ? 」
「 こっちじゃよ〜〜 」
「 へ? ・・・ 茅屋って言ってじゃないか ・・・ 」
彼らの目の前には 年季の入った、しかしどっしりとした洋館が
昼の陽射しの中、左右に遠く両翼を広げ建っていた。
「 お〜〜 素晴らしい御屋敷じゃのう 」
「 はん、先祖が建てた茅屋じゃよ、ギルモア君。
ま〜 中はいろいろ・・・便利に改築したがな〜〜 外側はまだまだ明治時代さ 」
「 まあ ・・・ アンティークで素敵ですわね 」
「 いやぁ〜〜 お嬢さん ウチの先祖はこの地域の庄屋というか ・・・
村長というか ・・・まあ地主なのでね〜〜 昔は役場も兼ねていたらしい 」
「 ほう ・・・それはすごいのう 」
「 いやいや 今じゃなんの価値もない土地でねえ お蔭で固定資産税だけは
安上りじゃよ ははは ・・・ ま 避暑にはもってこい さ 」
さあさあ〜 と 促され 三人は石造りの基礎も堂々とした館に 足を踏み入れた。
ガタン。 クリスタルなガラスの窓は 軽く持ち上げられた。
「 わあ〜〜〜 ステキ・・・・ !
・・・ ああ そうね 昔 夏のヴァカンスで行ってた田舎のお家 ・・・
こんな風だったわ ・・・
」
お嬢さんはこちらへ、 と フランソワーズが案内された部屋は
女性向きの客間で ピンクとベージュのアーガイル模様の壁紙に
凝った織りのペルシア絨毯が敷いてあった。
「 すご ・・・ い 」
「 ははは 古いだけじゃよ〜〜 好きに使ってくだされや 」
「 あ ありがとうございます〜〜 あ あの キッチンはどちらですか?
お茶でも淹れますわ 」
「 ?? 手伝いを頼んでいますで、気楽に過ごしてくだされや。
そうそう ・・・ 付近を散歩でもしてごらんなさいや 」
「 はい。 わ ・・・ この衣装箪笥 〜〜 すご ・・・ 」
「 ああ どうぞ使ってくださいや 」
沼本氏は 陽気に手を振り 出ていった。
「 はい ・・・ これ ・・・ 一枚板じゃない? すごい〜〜 」
彫刻を施した箪笥には 大きな鏡が嵌め込んであり、少し歪んでいるのも
なにか雰囲気がある。
天蓋のついたベッドには レースいっぱいのカーテンが掛かっていた。
「 わ ・・・ これ おとぎ話のお姫サマみたい〜〜 」
天井に下がる照明は 古風な模様のガラスの笠がかかっている。
窓にはレースと緞子のカーテンが二重に下がり 鎧戸があった。
すてき 〜〜〜〜〜 !!!!
乙女の夢のカタマリ? みたいな部屋で フランソワーズは歓声をあげていた。
こんこん ・・・ ノックが聞こえた。
「 ? あ は〜〜い 開いてます〜〜 」
「 フラン? 入っていい? 」
「 ええ ジョー。 ねえねえ みてみて〜〜〜 すごいお部屋〜〜 」
「 うん? あ ぼくの部屋もね〜〜 なんか ・・・ 落ち着かないよ 」
「 ? 」
「 えへへ・・・ 貧乏性でさ 広すぎて・・・落ち着かないんだ。 でもすごいね〜〜 」
「 明治の頃って こんなお邸があったのねえ 」
「 ・・・ まあ ほんの一部のヒト達だけだろうけど さ 」
「 あ ねえ ・・・ 絵があるわ! 素敵ねえ ・・・ 」
「 うん? あ〜 水連の池だね 」
部屋の中央には暖炉が設えてありその脇には 油絵が掛けてある。
「 水連 ・・ モネかしら 」
「 ・・・あ 隅に署名がある ・・・ これは 日本人の作だよ 」
「 ふうん ・・・ 模写? 」
「 ・・・ えっと ・・・ 龍の池にて だって
日付は ・・・ うひゃあ〜〜〜 明治時代だね 」
「 まあ 龍? ドラゴンのこと? 」
「 さあ ・・・ この地域にある池なのかもしれないね
」
「 すてき! ねえ 沼本博士に聞いてみましょうよ 」
「 うん。 なんかね〜〜 ひとつ 頼まれてくれっていわれてるんだけど 」
「 あら お手伝い? なにかしら 」
「 手伝いというか・・・
なんでも 地域の
お年寄り世帯に
買い物、食糧とか生活必需品を届けるんだって
」
「 まあ … じゃあ さっきのクルマの後部座席の大量の荷物は 」
「 そう。 この辺りの
所謂 買い物弱者な人たち用 だったわけ。
さすが村長さんの家系の方だね 」
「 じゃ 張り切って
お手伝い しなくちゃ
ね! 」
「 うん
ぼくなら 軽いもんだし〜〜 うってつけだよね 」
「
ふふふ 行きましょう 」
「 うん!
」
二人は足取りも軽く部屋から廊下へ そして階段を下りていった。
屋敷の玄関ホールは アールヌーボー調の 凝った作りで
その褪せた金色の手摺のついた階段の踊り場にも 絵画が飾ってある。
「 あら ・・・ ここにも 絵 ・・・ 」
フランソワーズは 思わず足を止め、覗きこんだ。
小さな絵画で 水彩画らしく見えた。
描かれているのは乙女の姿で
白い着物に長い黒髪をはらり、と一つに束ねている。
背景は どうも水辺のようだった。
「 え これ・・・肖像画なの? 綺麗なヒトね
あなたは だあれ? 昔 昔 この屋敷に住んでいたの? 」
絵の中の乙女は じっと一点を見つめているが 頬をすこし染めている。
「 なにかイイコト、 あったのかしら ・・・・? 」
「 わあ いい風だあ〜〜 おいでよ〜〜 フラン 」
玄関の外で ジョーが呼んでいる。
「 ・・・ あ は〜〜〜い 今 ゆくわ〜〜
じゃあ また ね ・・・ もっとアナタのこと、知りたいの 」
投げキスをして フランソワーズも階段を駆け下りた。
「 え〜〜と・・・? あ あそこよ 」
「 あ そうだね〜〜 あそこは ・・・ タナカさん。
届けるのは〜〜〜 っと ? 」
「 ん〜〜〜 リストによると〜〜 」
ジョーとフランソワーズは 沼本氏が渡してくれたリストと首っぴきで
<配達> を始めた。
集落 といっても隣合っていたりは ― しない。
隣の家 は はるか彼方にあり 農道をてくてく歩いてゆかねばならない。
農道、といっても 周囲の田畑は耕作放棄地化しているところが多かった。
そう 平たく言えば草ぼうぼうの空き地やら雑木林ばかり だったのだ。
「 ひえ〜〜〜 これじゃ ここで生活するの、大変だよなあ 」
「 そうねえ 昔はいっぱい家があったのかしら ・・・
こうやって道は残っているんですもの。 」
「 うん ・・・ おそらく あの沼本屋敷が中心だったんだろうね。
あ この家だ。 ごめんくださ〜〜〜い タナカさ〜〜ん ? 」
二人は ぽつり ぽつり・・・散らばる集落に 荷物を届けて回った。
「 ・・・? あれ お客さんかね
」
「 はい
沼本さんのとこに・・・ それでお手伝いで・・・ はい 荷物です。 」
「
はぇ〜 村長さんにはず〜っとお世話になってぇ 」
「 あ〜〜 ありがとう〜〜 地主さんにはいつもお世話になってます 」
「 助かりますだ〜〜〜 」
どの家も 年老いたヒト達が住んでいて 皆 喜んでくれた。
「 ふう ・・・ あと一軒かな〜〜 」
「 そうね えっと スズキさん ですって。 」
「 あ〜 ・・・ あの薮の向うにチラっと屋根が見えた ! 」
「 どこ? ・・・ あ そうよ、そのお家だわ、表札がある! 」
「 あ 遠くが見える目ってこんな時 いいなあ 」
「 うふふ 〜〜 たまにはイイコトで役に立たないとね・・・
さ 行きましょう 」
「 ウン よ・・・っと 」
ジョーは 荷物を担ぎ上げた。
薮の陰、そのひときわ大きな でも 荒れた家で尋ねてみた。
「 あのう ・・・ 龍の池 って この近くにあるのですか? 」
「 龍の? ・・・ ああ あるですよ 今でも あるはず ・・・ 」
「 古いのですか 」
「 もうず〜〜っと わしらが生まれる前から さ
でんも ここいらのもんは滅多なことじゃ 近寄らないねえ 」
「 なにか・・・? 」
「 うんにゃ 別に ・・・ な〜んもないトコだがね〜
・・・ あんた 髪 長いねえ キレイだねえ 」
老人は フランソワーズの金の髪をしげしげと眺めている。
「 え ・・・ ありがとうございます 」
「 外から来た 髪の長い乙女 ・・・・気を付けたがいい。 」
「 ???? 」
「 あの〜〜 池には どうやって行けば 」
「 おう あんた この娘さんの弟さんかい? 」
「 い いえ! 」
「 ・・・ 恋人さんか? 」
「 え あ あのう〜〜〜 」
「 はい フィアンセです。 」
( ふ ふらん〜〜〜〜 )
焦るジョーを尻目に フランソワーズはにっこり〜〜、言ったのだ。
「 ふぃ? ・・・ ああ 許婚さんかい。 それなら ・・・
まあ 安心かもなあ アンタ カノジョさんをしっかり護らんと! 」
「 は い? 」
「 あのう 池になにか ・・・? 」
「 池? あ いや〜〜 別に ・・・
ああ
この道をまっすぐ山の方に辿ってゆけば 自然にでるがの〜
まだあるかどうか … 」
「 ありがとうございます。 」
二人は礼を言って 農道に戻った。
てくてく てくてく ・・・ 雑木林の間をかなり歩き、
ようやっと 目的の池が木々の間から見えてきた。
「 あ ・・・ 池よ ! ジョー 」
「 ふう〜〜 やっとお出ましかあ ・・・ すごい奥地だよね 」
「 そうねえ 道もほとんどなかったわ 」
「 うん 昔もあんまりヒトが来なかったんじゃないかなあ 」
「 そうかも・・・ あ みて〜〜 キレイ! 」
フランソワーズは ぱっと駆けだした。
「 あ フラン〜〜〜 もう ・・・ 」
奥山村のそのまた奥に その池はあった。
睡蓮の浮かぶ 静かな池で 周囲には朽ちた倒木やら土砂が溜り
少しづつ沼の様相を見せ始めていた。
しかし 水はまだ澄んでおり、魚影もちらちら・・・ 見える。
「 綺麗ねぇ
」
汀に佇み フランソワーズは浮かんでいる水連に手を伸ばした。
「 あ
危ないっ 」
咄嗟に ジョーは彼女をぐい、と抱き戻した。
「 うわ?? え なあに ?? 滑ったりしないわよ? 」
「 いや ・・・ 気のせいかな 今 水中から手が 伸びてきたみたいに 見えて 」
「
やだわ ジョー
ほら とてもきれいな池よ? 」
「 う ん ・・・ なんでかなあ ・・・ 」
「 うふふ〜〜 ジョーってば 怖いの? 」
「 ! な なんで!! 」
「 だって〜〜 なんかここ・・・ 静かすぎるわ 」
「 そうだな ・・・ 鳥の声もあまり聞こえないね
し −−− ん って音が聞こえそう 」
「 え〜 なあによう〜〜 それって 」
「 あ は。 あれ あっちになんかあるよ? 」
「 ・・・? なにか・・・建物の址 かしら 」
二人は池の反対側に回ってみた。
それは ― 畔に立つ 祠だった。
石造りなのだが 長い歳月の末、半分崩れかけていた。
「 あちゃ〜
なんか汚れてるし ・・・ 直しとくかあ 」
「 そうねえ。 崩れた部分だけでも ・・・ 掃除もしましょう。 」
「 うん。 道具がないから本格的にはできないけれど ・・・ 」
ジョーは石組みを直し フランソワーズは溜まった落ち葉や枯れ枝を
取り除いた。
「 ・・・ ふう ・・・ 少しは ・・・ 」
「 そう ね。 あ ら ・・・? 」
「 ? なに? 」
「 え ・・・ あ なんでもないわ。 キレイな 水 ・・・ 」
フランソワーズは じっと池の真ん中を見つめた。
見間違え かしら ・・・
ううん。 今 確かに ・・・ あのヒトの姿が
たった今、ちらり、とあの白いキモノの乙女の姿が見えた ・・・ 気がしたのだ。
さわさわさわ −−−− 涼やかな風が金色の髪を揺すっていた。
「 祭を絶えさせては なんねえ。
ずっと祭をやらなかったから ・・・ 大地が怒ったんだ 」
Last updated : 12,11,2018.
index / next
************ 途中ですが
御大のかの名作 を 下敷きにさせていただきました。
もちろん妄想的発展〜〜 です、 続きます (^^)