『  龍の花嫁  ― (3) ―  

 

 

 

 

 

 

  ざわざわ ・・・・

 

抑えた話声 と共にやはり潜めた足音が どうしても耳に入ってくる。

部屋の外には 多くのヒト達がうろうろしているのかもしれない。

 にがす とか わかりゃしない とか そんな言葉が行き交っていた。

 

「  ・・・・  」

 

彼女は 深く息をして心のなかに立つ波をおさめようとした。

 

    だめ  よ ・・・  

 

    心を鎮めないと  ―  聴こえないわ

    あの方のお声が 聞こえてこない わ ・・・

 

 はらり。  長い髪が一筋 肩からすべり落ちた。

ま新しい白い着物は 身体になかなか馴染まない。

 

    さむい ・・・ 

    ああ あの方に会いたい ・・・ !

 

「 ―  あ ?  ここは  ・・・? 」

その場面を 自分は見つめているのか それとも 彼女が自分なのか ―

混乱したフランソワーズは 思わず声をかけてしまった。

 

「  ・・・ あなたは  だあれ?  ここは  どこ 

 

その乙女は ゆっくりと顔をあげると彼女をじっと見つめた。

黒目がちな大きな瞳が かっきりとこちらに向けられる。

 

    わたしは 花嫁さん

    

    わたしは  あなた  

    あなたは  わたし 

 

    わたしは 龍の花嫁 ・・・

 

「 ?? りゅうの はなよめ??  え ? 

 

        ―  あ ・・・

 

 

自分自身の声で 目が覚めた。

「 ・・・ あ あら  やだ。 

 わたし ・・・ こんなところで転寝してしまったみたい・・・ 」

見回せば ここは古びた役場の資料室跡。 空気は黴くさくほこりっぽい。

「 こほ・・・ん。  ジョ―・・・?  あら ヘンねえ

 着替えてくるって ― それっきり戻ってこないじゃない? 

 

古い緞子張りのソファから立ち上がると 彼女は木綿のワンピースの裾を

払った。

「 さっきの ・・・ あれは 夢だったのかしら ・・・

 でもなんだかとてもリアルで ― あのお部屋は、そう畳だった 」

足の裏に あの独特の感触がまだ残っていた。

「 わたし あのお部屋にいたのかしら それとも 外から眺めていたのかしら

 ・・・ よくわからない でも ・・・  」

 

    わたしは あなた

    あなたは わたし

 

なぜかその言葉が耳の奥に残っている。

「 いえ  夢 よ。 だってこのお屋敷には和室はないわ。 

 ヘンな時間に転寝なんかするから ・・・ 資料に夢中になってて

 妄想しちゃったみたい ・・・ 」

フランソワーズは アタマを振った。

「 ストレッチしよ!  そうよ それがいいわ 」

ソファの上で ストレッチと腹筋運動をした。

「 〜〜〜〜 ん〜〜  少しはすっきりしたかも。

 ここは本当に不思議なお屋敷ねえ ・・・ 時代の記憶が眠っているのかも・・・

 ・・・ これ 全部年代記 ・・・?   

改めて周囲の書架を見まわす。

「 きっとすごい資料なのね ・・・ 専門家には垂涎の的かも・・・

 ふうん ・・・ ピュンマがいたら面白がったわね きっと。

 それにしてもジョー ?? どこまで行っちゃったのかなあ  」

彼女は 灯を消し部屋を出た。

 

   パタン。  そこはまた 時の埃が積った廃墟に戻っていった。

 

 ことん。  一冊 古い資料が机から落ちた。

 

 

 

    ぱた ぱた ぱた ―

 

「 あ ごめん 〜〜 ! 」

中央の舘に戻る途中、 ジョーはあたふた駆けてきた。

「 ジョー ・・・ 」

「 ごめん! 二人の博士の手伝い、頼まれてさ ・・・ 

 東翼は ばっちり最新式の研究棟になっているよ  

「 へえ ・・・  研究って防災学の? 」

「 ウン。 防災の設備にAIをどの程度まで組み込めるか、というのが

 目下の 沼本博士の課題なんだって 」

「 ああ それでギルモア博士と 

「 そうらしい。 書斎でさ 二人のハナシはどんどん発展していってさ

 ぼくは完全にただの聞き手になってた 」

「 うふふ ・・・ 二人とも専門のことになると夢中になっちゃうから 」

「 そうだよな〜〜 と〜〜っても楽しそうだけどね 」

「 避暑に来たのに 熱くなってる? 」

「 ははは ここは涼しいからいいんじゃない?

 で ごめん、資料の方はどうだった? なにかわかった? 」

「 う〜〜ん ・・・ < 伝説 > は わかったけれど ・・・

 実際のところはどうなのか ― 取材してみたいの 」

「 取材かあ ・・・ う〜〜ん ・・・ どうかなあ〜

 それより 普通の世間話〜〜 って感じにした方が

 地元のヒトは話してくれると思うよ  」

「 世間話???  ジョーって そういうのに興味あるの? 」

「 そうじゃないけど ・・・ オバチャンとか おばあちゃんって

 なんでもないハナシの中でいろいろ喋るみたいだから さ 」

「 う〜〜ん ・・・ あ それじゃ また買い物のオーダー

 取りにゆきましょうか? ご注文は って 」

「 あ それいいね! いちおう < 村長さん > の

 了解を取っておこうよ 」

「 そうね 」

 

 

  雨は 午後になっても降り続いた。

二人は傘を手に 点在する家々を尋ねてまわった。

 

「 そうかね〜〜 村長さんとこの ・・・ ありがたいね〜〜〜 」

その家の年老いた主婦は ジョーたちを拝む恰好すら、してくれた。

「 あ そんな ・・・ なんでも注文してください。

 あ 手数料なんて取りませんから〜〜 

「 あはは 正直だねえ 兄チャン。  ・・・ キレイな髪だねえ

 ガイジンのお嬢さん  兄チャンの友達かい? 日本見物? 」

「 あ・・・ ぼ ぼくの ふぃ・・・ あ 許婚 です 」

「 ほへ〜〜〜 許婚さんかい〜   お嬢さん。 気をお付け 」

「 はい? 」

「 長い髪 ・・・ 龍神さまに ・・・ いやいや 」

「 あの〜〜〜 」

「 ありがとさん、ほんとに助かったよ。

 村長サンに ヨロシク ・・・  池の祭をやらにゃいかん、と

 伝えておくれ。  今の村長サンは ― よく知らんのだから 」

「 ・・・ あの なにを知らないのですか? 」

「 あ なに ・・・ その 」

「 わたし達 あの池がとても気に入ったんです。

 だから ・・・ いろいろ知りたいな〜〜って 

「 ・・・ 気をお付け。 池に引きこまれんようになあ ・・・ 」

「 池に ・・・? 」

「 ああ。  あの池には  ― だから祭をやらにゃならんのですワ 

「 池のためのお祭 ですか 

「 ・・・ 池の。 龍神様を祀るのさ。

 どうぞ 村に害をなさんでください  村人を引きこまないでください ってね。

 そのために  外からきた髪の長い乙女を ・・・ あ いやいや・・・

 聞かんかったことにしてくれや ・・・ 」

おばあさんは そそくさ〜〜〜と家の中に引っ込んでしまった。

 

「 ふうん ・・・ やっぱりね 」

「 ? なにが やっぱり なんだよ フラン 」

「 ウン・・ あの古い資料に載っていたことは ず〜〜っと

 この地で 代々語り継いできたことなんだわ。

 そして その昔、あのことは 本当にあった出来事 ― 」

「 あのこと ? 」

「 そう。 昔 池の神様をなだめるために 乙女を生贄にしたってこと。

 きっと 池に沈めたんだわ 」

「 え ・・・ そんなヒドイことが  ここで?? 

 伝説だろう? 日本の昔話にはそういう類のが多いんだよ 」

「 ずっと伝えられてきたってことは その地域の記憶なのよ。

 だから ―  伝説通りじゃなくても似たようなことが

 この地域、 つまりあの池に纏わる出来事があったのだと思うわ。 」

「 う〜〜ん どうなんだろうなあ ・・・

 確かに あの池には吸いこまれそうな魅力があるけど 」

「 ・・・ 主様 が 呼んでいるから  ・・・ 」

「 ? え なんだい? 」

「 ・・・ ?  なあに? なにも言ってないわよ 」

「 呼んでる とか 言わなかった? 」

「 言ってないわよ〜〜  ジョー 大丈夫? 」

「 え ・・・ 空耳かなあ ・・・ 」

「 いやあねえ〜  あ  雨が ・・・ 」

「 ホントだあ〜  ちょっと強くなってきたね 戻ろうか 」

「 そうね。 ・・・ぶるる ・・ なんか寒いわ  」

「 こっちおいでよ。 一緒に 」

ジョーは彼女を引き寄せると 一本の傘に一緒に入った。

「 あ ・・・ 」

「 ごめん! でもこやってれば少しは暖かいだろ?

 さあ〜〜  沼本屋敷まで急ごう 」

「 うふ ・・・ あ 加速装置 はやめてね? 」

「 あはは 了解。 服を燃やしたくないもんな  行くよ 」

「 了解〜〜 」

寄り添って 相合傘で ― 二人は農道を走っていった。

 

   雨脚は だんだんと強くなってきていた。

 

 

  サ  −−−−−−−  ・・・・

 

低い音を響かせ 雨は降り続く。

 

 

雨はどんどん激しくなってゆく。

屋敷は鎧戸を閉じ カーテンを下ろし ― 本来ならまだ明るいはずの時間も

明りを灯すことになった。

 

お茶の時間、 今までとは打って変わって屋敷の雰囲気は

深刻なものになっていた。  雨の音に会話も途切れがちだ。

 

   カチャン。  沼本氏はカップをソーサーに置いた。

 

「 マズイな。  このままでは山の東側が危ない。 」

沼本氏は 厳しい表情を見せている。

「 ! 崖崩れが起きる危険があるのですか 

「 うむ ・・・ 観測の精度を上げてみようと思うのじゃ。

 ちょっと失礼しますぞ 」

「 沼本博士!  あのう お手伝いします! 

 ぼくに出来ること、あると思います。 」

「 島村くん ・・・ 

「 沼本くん。 彼はワシの助手もやってくれておる。

 機材の取り扱いも 任せて安心じゃよ 」

「 そうか! それはありがたい 

「 あの!  観測なら! わたしの専門ですわ  」

「 お嬢さん? 」

「 ははは  そうなんじゃ。 雨雲も 地域の様子も 彼女に

 任せてくれたまえ。  なあ 皆で災害に備えようじゃないか  」

「 ギルモアくん ・・・ !  ありがとう!

 避暑に招いておいて ・・・・ 本当に申し訳ない〜〜 

「 そんなこと!  さあ 行きましょう ! 」

 

四人は 東翼の研究室へと急いだ。

 

 

   バタン。  気密性の高いドアが閉じた。

 

「 さあ 諸君。 ここがこの邸の中枢、ワシの研究室じゃ 」

「 !  う ・・・わあ 〜〜〜 」

「 ・・・ すごい ・・・ 」

若い二人は 目を見張った。

ドアの外は歳月を経たアンテイークな洋館なのだが ― 内側は

超現代的、いや 少々未来的でもある最新の研究室だった。

 

「 ほほ〜 こりゃすごい設備じゃなあ〜〜  ウチの旧式とは

 随分の差じゃよ〜〜 沼本クン 」

「 いやいや  設備ばかりじゃダメだよ、それを使い熟せんとなあ 

 と・・・ 余談は置いて ともかく詳しい現状の把握じゃ。

 お嬢さん この装置が扱えるかな 」

「 フランソワーズ と呼んでください。

 ・・・ あ 超精密なレーダーですね うわあ 観察ポイントがものすごく

 たくさん ・・・ 

「 うむ 村の人々に頼んで 各家やら敷地内に小型観察機をおいてもらって

 いるんじゃ   どうだね? 」

「 ・・・ まだ床上浸水などの被害は  ないようですね 」

フランソワーズは 装置を動かしつつも時折 じ・・・っと目を凝らしている。

ジョーとギルモア博士には < よくわかる > ので 

なるべく沼本氏を 彼女から離すように心がけた。

もっとも彼は 得られた情報を分析するのに集中していて

フランソワーズの動向には 関心を払ってはいなかった。

「 ・・・ 危険だ。 住民に避難を呼びかける。 

「 気象庁や地元自治体はなにも言ってきておらんなあ 」

「 ふん こんな僻地、誰も注意を払わんのじゃよ、中央のヤツら。

 ワシはこれから近所のヒトたちを連れてくる。 

沼本氏は ぱっと立ち上がった。

 

「 え・・・ 連れてくるってこの雨の中を ? 」

「 そろそろ暗くなりますし お年寄りが多いですよね 

「 ふふふ ― ワシには秘密兵器があるのさ 」

「「「 秘密兵器?? 」」」

 

   これじゃ いつもと立場が逆だよな〜  

 

   ・・・ わたし達のセリフ、 取られちゃったわねえ

 

ジョーとフランソワーズは 目と目で会話した。

「 なんじゃね それは  

「 一緒に車庫まで来てくれ。 ああ 母屋の外れが車庫さ。

 もともとは馬車を置いていた場所なのでな やたらと広い。 」

「 急ぎましょう 」

彼らは 広い邸の中を小走りに抜けてゆく。

 

  はたして ―

 

沼本氏の愛車、あの四駆は 水陸両用車に < ヘンシン > していた!

「 う わ・・・ すげ〜〜〜〜 」

「 これが ― 駅から乗ってきた あの車ですか? 」

「 ほう ・・・ 沼本くん、 これを手掛けたのは 君か? 」

口々の賛辞に沼本氏は ふふん、と得意気だ。

「 いや〜〜 ・・・・ ちょいと まあ 違法改造したんだが。

 ま このド田舎では 他のクルマと出会うことも稀じゃし な 」

今から出発する、と 彼は運転席のドアをあけた。

 

「 あ ぼくが運転します ! 」

さっと ジョーが飛び出した。

「 しかし これは特殊な車で  」

「 任せてください、 乗りモノの運転は得意なんです。

 博士には中枢で指揮をとっていただかないと ・・・ 」

「 わたし、 ナヴィをするわ。

 この 小型レーダーをナヴィに接続すれば クルマでも精度の高い

 探査ができます。 任せてください。 」

「 ・・・ ギルモアくん きみの家族は ・・ すごいなあ 

「 いやいや   しかし安心して彼らに任せておくれ。

 沼本クン、 君は住民のヒトたちに連絡を入れておけ。

 彼がすぐに動けるように  

「 わかった。  それでは 島村くん、お嬢さん ・・・ いや

 フランソワーズさん、 お願いします。 

「 はい! 行ってきます。 フラン 頼むよ 」

「 了解。 」

「 お〜〜っと 二人とも。  合羽を着てゆけ〜〜 」

防護服はやめておけ ・・・ と ギルモア博士な目顔で二人に告げた。

「 はい。  ぼくは濡れたって平気ですよ、夏の雨ですから 

「 ダメだ、島村クン。  ここの雨は都会の雨とは違う・・・・

 濡れ続ければ身体の芯から冷えてしまうよ。

 ウチの合羽は ― ワシが開発したモノで JAXAさんからも

 注文がきたんだ。 体温保持、軽い、濡れない の三拍子そろっておる。

 在庫はたくさんある、避難するヒト達の分ももっていってくれ。 」

「 はい! さすがですねえ・・・ 沼本博士 ・・・

 村長さんならでは の気配りですねえ 」

「 それより 君達、くれぐれも気をつけておくれ。 」

「「 はい。 ではみなさんをこちらのお屋敷にご案内します 」」

「 うむ。 連絡は密にいれてくださいや。 」

「「 了解。 では出発します 」」

若者たちは 颯爽と出かけていった。

 

「 なんと ・・・ 君が羨ましいのう ギルモア君。

 頼もしい息子君と娘さんじゃないか 」

「 ・・・ ああ ワシには勿体ない二人じゃよ。

 さ! 我らは現状の分析と情報を彼らに送らねばならんよ 

「 そうじゃった !  おお 住民全員に避難要請の知らせが届いたようだよ。

 ・・・ うん 全員 確認 の返信をよこしたよ 」

沼本氏は モニターをチェックしつつ 明るい声をあげた。

「 ほう・・・ 住民全員に情報伝達媒体を持ってもらっておるのかい 」

「 ああ。 災害の時は必ず身につけてほしい、と頼んでいる。 

 ただ なあ・・・ 大きさが・・・

 もっとコンパクトで操作も簡単にできんか と思っているんだ 」

「 そういうコトは ワシに任せろ。

 なに、ここにいる間に改良品を作りあげてみせるさ 」

「 お〜〜 頼もしいなあ  君の専門分野というわけか 」

「 まあ な。 この雨じゃ 今夜は皆、この邸でそれぞれの

 思いやら 仕事に耽るのもよかろうて。 」

「 なるほど〜〜 ま ここは高台だし、鉄砲水の道筋からも

 外れておるからな。  住民たちも安心してくれるじゃろ 」

「 しかし よく降るなあ ・・・ 」

 

    ザ ――――――――  雨脚は時間と共に激しくなっていった。

 

 

 

  ヴァ 〜〜〜〜〜  水が窓より高く跳ね上がる。

 

ジョーはハンドルを握りつつ 眉を寄せた。

「 ・・・ 水中専用に切り替えた方がいいかな 

フランソワーズはじっと目を凝らす。

「 う〜〜ん と ・・・あ  まだ普通車で大丈夫だと思うわ。 」

「 そうか。 ありがとう!  それじゃ ・・・ え〜〜と

 避難誘導の開始だな。 一番遠い家はどこだい。 」

「 え・・・っと。 ー あ GPSの情報を直接脳波通信で送るわ。 」

「 サンキュ。  〜〜〜〜  了解。  それじゃ! 

「 はい。 」

 

  バシャ ・・・ !  ジョーはハンドルを切って農道を進んでいった。

 

「 村長さんの使いできました〜〜  沼本館に避難してください〜〜 」

「 お荷物もどうぞ!  わたし達が運びます 」

二人は点在する民家を 回ってゆく。

 

「 村長さんから?  助かるよ ありがとう〜〜 」

「 え これももってくれるのかい? ・・・ ありがとうね 」

「 ・・・ワシは脚が ・・・ え? おぶってくれるって? 」

「 このコは わしらの子供同然で置いては・・・ え? 勿論一緒にって? 」

「 キュゥ〜〜〜ン  ワ ワンッ ! 」

「 こ こら ハナ。 大人しくせい 」

「 ・・・ キュウン ・・・ 」

「 すまんです、ずっと一緒に暮らしてきて ・・・ なあ ミケや 」

「 にゃあ〜〜ん 」

「 かまわんですか! ああ ああ ありがたい・・ ミケやミケや〜 」

 

沼本館から一番遠くにある民家を皮切りに ジョーとフランソワーズの

避難誘導は続けていった。

幸いどの家も まだ床上浸水には至っていなかった。

しかし 床下には濁流が迫り、先行きは楽観できない。

 

「 急ごう! 」

「 そうね。 皆さ〜〜ん ご気分の悪い方 遠慮なくおっしゃってください

 怪我をなさった方 いらっしゃいませんか? 」

 

年配者ばかりなので 二人は彼らの手を引き肩を貸し、

時にはおんぶをして車に移ってもらった。 

避難用の荷物も出来る限りあずかり車に詰め込んだ。

特殊改造した四駆には密封できる大きなトランクが

ちゃんと装備されているのだ。

 

人々に定員一杯乗ってもらい、荷物もぎっちり。

そして ― ジョーの足元には大事なペットのワンコが座り

フランソワーズの膝には 可愛がられているにゃんこが四匹 抱かれている。

 

「 はい〜〜〜 沼本館に出発しま〜〜す 」

「 お兄さん ・・・ ヤマダさんとこが まだ避難してない・・・・ 」

「 ハヤシさんちも ・・・ 」

「 はい。 館にみなさんをご案内してすぐに取ってかえします。

 村の方 全員避難していただけます。 沼本さんがお待ちですよ 

「 そうか そうか ・・・ああ さすがに代々の名主さんじゃ 」

「 今は村長さんじゃがね〜〜 」

「 あ そうじゃったなあ 」

「 スズキのじいちゃん、あんた いつまでも明治時代じゃね 」

「 失礼な! ワシは立派に 昭和生まれじゃ! 」

「 ははは〜〜〜 ここにおるのは み〜〜〜んな昭和生まれじゃがな 」

「 ちがいね〜〜  明治生まれは墓の下 さ 」

車内には 軽い笑いも聞かれるくらいになっていった。

 

結局 三往復し 地域の人々を全員 沼本館に避難してもらうことができた。

「 みなさん  どうぞ この二階を使ってください。

 個室じゃなくて申し訳ないのですが 広い部屋三つ、お使いください。

 間仕切りはすぐに用意しますから 」

館につけば フランソワーズが人々を誘導した。

「 お姉さん いいよ いいよ。 わしら 一緒の方が安心だ 」

「 そうだよぉ〜〜 ず〜〜っと隣近所で一緒に生きてきたで・・・・

 こんな広い部屋を使わせてくれるのかい・・・ 」

「 すまんですなあ〜〜  ありがたい ありがたい 」

住民たちは荷物を置き 畳の部屋で脚をのばしほっとした表情だ。

「 濡れたものはこちらに ・・・ はい 洗濯機も乾燥機もあります。

 あ すぐにお食事も用意しますから 

「 お姉さん ゆっくりでいいから・・・ 」

「 そうだよう〜〜 外国のヒトなのに日本語も上手だし気も利くねえ〜〜 」

「 キレイなおひとじゃなあ〜〜 

「 え? あのお兄さんの許婚? そりゃ〜〜 いいワ  

 お似合いだよ〜〜う 」

「 いいねえ〜〜〜 いいねえ 」

「 兄さん アンタ 果報ものだねえ〜〜 

みんなに温かく声をかけてもらい ジョーは真っ赤になりつつも嬉しそうだ。

「 あ あら・・・ ありがとうございます ・・・ うふふ・・

 あ 猫ちゃんには この毛布を。 ワンちゃん、このタオルどうぞ 」

フランソワ―ズも頬を染めつつも 人々の間を走り回る。

 

「 皆さん〜〜  ご無事でなにより  」

「 おお〜 村長さん〜〜 」

「 村長さん すまんですなあ 」

夕飯を一緒に運びつつ 沼本氏は住民たちに挨拶をして行く。

「 ちょいと窮屈かもしれんが ・・・ 今晩はここですごしてくだされ。

 必要なもの、なんでも言ってもらって 」

「 村長さん ・・・ ほんにありがとさんで 」

「 ここは安全です、安心して過ごしてください。

 ああ 皆さんの家も床上浸水にはなっておらんのでご安心を  」

 

 おお〜〜 と安堵のため息があがる。

 

「 それではなにもないですが・・・温かい味噌汁で晩飯にしてくだされや 」

「 こちらにはご飯と煮物があります、どうぞ 」

「 さあ 今お配りしますよ〜 」

「 お嬢さん そのくらい 私らばあちゃんにやらせておくれ。

 あんた ず〜〜〜っと動きづめじゃないか 」

「 そうだよ。 兄ちゃんも少し休みなよ 」

一息つくと 人々はごく自然に自分たちで動きはじめた。

人々はいつの間にか 一室に集まってきて一緒に夕餉を取っている。

「 あ お部屋ごとに準備しますよ? 」

「 窮屈じゃないですかな 」

「 あ〜〜 村長さん、 お嬢さん。 わしら ・・・一緒の方がいいんで

 安心じゃし なあ? 」

「 そうそう!  ・・・ あ〜〜 あったけ〜〜〜 うめ〜〜〜な〜 」

「 ・・・ ああ 本当に ・・・ 」

皆 湯気の上る夕食を囲み ほっとした表情だ。

 

「 わんちゃん や 猫さんたち ・・・ ドッグ・フードや キャット・フード

 ありますよ〜  

「 ありがとう!  うん 非常持ち出しに猫メシもちゃんと入れてきたけど

 足りないかなあ〜って心配してたんだ 

「 どうぞ どうぞ〜〜 」

食事が終わり、 部屋は和やかな雰囲気になってきた。

しかし まだ雨は降り続いているのだ・・・

 

「 ― やはり 祭をせにゃ あかん  

古老の一人が ぽつん、と言った。

「 祭り だって? 」

「 そうだ。  龍神様の祭 だ 

「 んだな。  ・・・ この雨は 大地の怒りが招いたんじゃ 」

「 ・・・ もう何年 ・・・ 放っておいてしまったか・・・ 」

「 仕方なかんべ ・・・ ヒトもおらんし 」

「 なあ。 この雨が上がったら ― 祭 やろうじゃねえか 

「 ・・・ そう だな。 これだけでも いればできるし 」

話はだんだんと熱を帯びてきた。

「 祭には ― ほれ あれが必要だろ?  奉納の舞 がさ 」

「 あ ・・・ そうだなあ 〜 」

古老の一人が フランソワーズをじっと見つめた。 

「 ワシ 若い頃に 剣の舞 をみとったよ。 今でもしっかり覚えとる。 

 お嬢さん 教えるけ、舞っておくれ 」 

「 え?  わ わたし  ですか???

 あの ・・・ 日本の踊りは やったこと、ないんです。 」

「 大丈夫。 あんた 姿勢いいし、なにより動きが滑らかだ。

 踊れるよ 

「 え・・・ 」

「 ワシ 教えたるで ・・・ 覚えておくれでないか 」

「 わたし この村の出身ではありません。 

 それどころか 違う国から来た者なんですよ 

老婆が にんまり笑って口を挟む。

「 それがどうしたね?  奉納の舞はね ソトから来た長い髪の乙女 が

 舞うことに決まっているのさ 」

「 そうそう  ぴったりじゃないか 」

「 え ・・・ 」

なんだか もう 祭の開催に続き剣の舞の奉納は 決定 になってしまった。

「 安心せいや  大昔みたいに生贄になんぞしやせん。  」

「 当たり前じゃあ〜  いやあ〜〜 綺麗な髪じゃねえ 

「 ウチにね!  乙女の舞の装束、あるはずなんだよ〜〜〜

 納戸の奥に ・・・ 浸水せんかったら 」

「 大丈夫ですよ。 必要なら ぼく、これから取ってきますから 」

ジョーは 話の頃合いを見て 座を立った。

村のヒト達は 和やかにのんびり〜 おしゃべりを続けている。

 

「 ・・・ ジョー。 どこに行くの  」

すぐにフランソワーズが追ってきた。

「 あ  うん。 雨が気になるから見回りしてくる。 

「 え? だって豪雨 ・・・ 」

「 豪雨だから さ。 沼本博士の研究を生かして この地を護らなければ  」

「 そうね。 この邸は無事でも村が ・・・ 」

「 ウン。  ・・・ ぼくが護るから。 」

「  はい?  」

「 あは なんでもないよ〜〜  ちょっと準備してくる。

 皆さんと それから・・・ 動物たちを頼む 」

「 はい。 」

彼は静かに滞在している部屋に向かった。

 

  生贄 ・・・・ なんて そんなこの現代にあるわけないし。

  でも なにがあっても フランは ぼくが護る! 

 

 

ジョーは 防護服に身を固めると そっと闇夜に消えた。

「 ジョー ! 気をつけて・・・ 」

「 大丈夫。 山崩れと鉄砲水は防がないと 」

「 でも ・・・ 」

「 おいおい ぼくを誰だと思っているのかい?  009 だぜ 

「 でも ひとりでは ・・・ 」

「 おっほん。 ワシを忘れてくれちゃ 困るな 

博士が 咳払いしつつ出てきた。

「 博士〜〜 」

「 ふふふ ・・・ 沼本クンのクルマをちょいと弄らせてもらった。

 あれに乗ってゆけ。 重機並の働きをするぞ 」

「 ありがとうございます 博士! 」

「 うむ。 行ってこい 009。 きみの能力 ( ちから ) を

 存分に発揮せよ 」

「 はいっ!  じゃ 003 後を頼む 」

「 了解! 舘と住民の安全は 003に任せて  」

二人は がっちりと手を握りあった。

 

  そして ―  

 

避難しているヒトたちも 寝静まった頃 ・・・

フランソワーズは館の見回りをしていた。 

廊下の窓からじっと闇夜に目をこらす。

 

 ― すると ・・・

 

激しい雨脚の中 なにかが見えた。

 

 「 ・・・ あ ・・・?  え あれは ?? 」

 

雨の夜空で  白い龍と黒髪の乙女が戯れていた。

フランソワーズは 思わず窓を開けてしまった。

 

「  !  あ  あなた達は ・・・ ? 」

「 ふふ ・・・ 私  この池の龍神さまに恋をして

 こうして ずっと一緒に居るものです。

 ええ 最初に 剣の舞を踊ったのは私ですわ。 」

「 ・・・ あなたは 生贄になった乙女 なのですか? 」

「 生贄?  とんでもない。 私は龍神様の腕に飛び込んだだけ・・・

 ええ ず〜〜〜〜っと幸せです。

 はい 今まで 舞いを舞った乙女 は 皆 逃がしてあげています。 

「 え  そうなのですか? 」

「 ええ。 うふふ・・・ 皆さん 恋人さんが助けに来てくれてましたし・・・

 どなたも幸せになりました 」

「 そうなですか ・・・・ 貴女も幸せなのですね? 」

「 はい。 ただ ・・・ 淋しくて  皆と会える祭がないと・・・ 」

「 ・・・ あ 」

「 池を どうぞ潰さないでください ・・・ この地は 私達が

 きっと護りますから 

 

    お願いします  あなた、長い髪の異国の乙女さん  

 

龍と乙女は悠々と雨の空に消えて行った。

「 はい・・・ !  きっと。 」

フランソワーズは 降りしきる雨にむかい約束をした。

 

 

 

翌日は からり、と晴れ上がり紺碧の空が広がった。

 

鉄砲水はなかった。

いや 実際に土砂崩れによる洪水はあったのだが ・・・

 

     あの池が 全てを呑みこんでくれたのだ。

 

そして これは知る人はないのだが。

洪水の道筋を池へと変えたのは 赤い服を纏った若者だった。

 

 

「 祭 やらにゃならん。 祭やって池の龍神様に 御礼せにゃならん! 」

住民たちは奮い立った。

 

 

   三日後  ―  村を上げての大祭となった。

 

 祭だ 祭だあ〜〜〜〜〜  ドンドンドン〜〜〜  

 奉納の舞があるよ〜〜〜   ぴ ぴ ぴ〜〜ひゃらら〜〜〜

 

年老いた親たちを心配して 都会から家族たちも駆け付けてきた。

そして

「 今 着きましたで〜〜〜 

 ギルモアせんせのお友達の一大事、やて!

 ワテの料理 ふるまいまっせ〜〜〜〜 」

食材を山ほど積んで 大人とグレートがトラックを転がしてきた。

「 おお〜〜〜〜 これはありがとう! 」

「 村長はん? よろしゅう〜〜〜  

 さあ 皆さん ご一緒に おいしいモン 頂きましょなあ〜〜 」

 

  わあ〜〜〜〜 祭は一段と盛り上がる。

 

池の畔、仮設舞台で金髪の乙女が剣の舞を踊る。

 

   ―  さら さら  さらり。  

 

水面からの風に 金の髪が揺れる。

その風には 秋の香が含まれていた。

 

    ありがとう  ありがとう  ・・・ みなさん

 

晴れ上がった空に  龍と乙女が軽やかに戯れあってる。

 

      うふ ・・・ 髪 ・・・ 切るわ 

 

フランソワーズは ひとり、こころに決めていた。

 

 

***********************        Fin.      **************************

Last updated : 12,25,2018.                    back     /     index

 

****************    ひと言   ****************

やっと終わったです〜〜〜〜

クリスマスに 真逆の季節のハナシで

たいして甘くもなくて すいません〜〜〜  <m(__)m>