『 わたしのゆめ ― (2) ― 』
ことん。 テーブルの上にこそっとカップを置いた。
「 ・・・ ふ〜〜ん♪ いいにおい・・・ ママンのカフェ・オ・レ だいすき〜〜 」
フランソワーズは カップの横にそうっと顎を乗せた。
ぴん!と糊の効いたテーブル・クロスは ひんやりつるつるで心地よい。
「 うふふ・・・ いい気持ち。 いいにおいと一緒でと〜っても幸せ♪ 」
彼女は小さな手でクロスをなでると指を伸ばし そうっとカップを持ち上げる。
「 ファンション? きちんと起きなさい。 熱いオ・レがこぼれますよ。 」
食卓の向こうから 穏やかな声が聞こえてきた。
母は針箱の向こうでミシンに向かっていたのだが しっかり娘の行状は見えているらしかった。
「 はあ〜い ママン。 あのね、テーブル・クロスが気持ちいいなあ〜って思って。」
「 ふふふ パパもねえ、ウチのテーブル・クロスはレストランのよりピンピンだぞって
喜んでいらしたわ。 」
「 ふう〜ん ・・・ パパもこれ、好きなのね〜 オ・レもおいしい〜〜 」
「 ファンションも熱いオ・レが味わえるようになったのね〜 」
「 あら ワタシはずっと前からママンの オ・レ が大好きよ 」
「 まあまあ アリガト。 あら? 今日はレッスンはどうしたの。 」
マダム・アルヌールは 縫い物から目を上げて娘を見た。
「 今日はお休みなの。 ねえねえ ママン〜〜 アタシもなにかお手伝い、したいわ〜 」
小さい娘はイスをおりて母の側ににじり寄る。
「 ・・・ キレイな布 ・・・ これ ・・・ ドレス? 」
「 そうね これは秋用のドレスね。 ほうら・・ フレア・スカートが綺麗でしょう?
二重になっているのよ。 こうやって〜 」
ふわ 〜〜〜 ・・・ 濃い茶色のチュールが艶やかに広がる。
「 すごい・・・ これ 舞台のお衣装みたいねえ 」
「 お衣装よりももっと細かい目なのよ。 」
「 ふうん ・・・ なんだかクモさんの糸みたいね。 これを縫えるの、ママン 」
「 ええ ええ もうすぐ出来るからね、見ててちょうだい。 」
「 は〜い 」
マダム・アルヌールは手先の器用な人で 娘時代から縫い物が上手だった。
今は よそ行き用のドレスやら夜会服などを頼まれて縫うのを仕事としている。
「 ママンならクチュリエにもなれるのに ・・・ 」
「 あら それはとても無理。 ママンはこうしてお家で少しづつお仕事をする程度よ。」
「 だってすごく上手だわ! 」
「 ママンはね お家で美味しい晩御飯を作ったり皆のセーターを編んだりすることの方が大切なの。
お仕事はその次 ね。 」
「 お家のことが大事なの? お食事を作ったりアタシ達の服を縫ったりする方が大事? 」
「 ママンには ね。 もちろん いろいろな考えの人がいるわ。 でもママンは
パパとジャンとファンションが一番大切なのよ。 」
「 ふうん ・・・ アタシもママンみたくなれるかなあ〜 」
小さな娘は母にうっとりと憧れの眼差しを向ける。
「 ファンション、あなたもお裁縫や編み物が上手じゃないと困るわよ。 」
「 え〜 ・・・ わたし、あんまり得意じゃないんだもの ・・・ 」
「 あらあら ・・・ 将来 あなたの旦那様や子供たちの着るものはどうするの? 」
「 う〜〜ん ・・・ 買う のはダメ? 」
「 それは不経済だしみんなにぴったりのモノって売ってないでしょう? 」
「 そう ねえ ・・・ あ ! うわ〜 なんか良いにおい〜〜〜 」
フランソワーズはくんくん・・・ ハナを鳴らした。
リビングはキッチンにつながっていて ガス台の上には大きな寸胴鍋がコトコト音を立てている
のが見える。
「 あ ・・・っと ・・・ いけない、忘れていたわ。
ねえ ファン、 ガスの火をすこし小さくしてきてくれるかしら。 」
「 はい! ・・・ それだけでいいの? 」
「 ええ。 ここを仕上げたらママンも見に行きますから。 」
「 は〜〜〜い 」
彼女はぽん、とイスから飛び降りるとガス台に駆け付けた。
「 ・・・ いい〜〜〜 におい〜〜〜 えへ ちょこっとだけ〜〜 みちゃう〜 」
背伸びをして鍋の蓋をそう〜〜っとずらせてみる。
「 っと〜〜 わあ 〜〜〜 ・・・ いい匂い〜〜〜〜♪ 」
鍋の中にはたくさんの野菜やら肉の塊らしいものがことこと・こぽこぽ楽し気な音を立て煮えている。
「 うふふふ〜〜〜 おいしそう〜〜〜 」
「 ファン?? どう? 煮詰まってはいない? 」
「 はあい 〜 ママン ・・・ 皆ぽこぽこにえているわ〜 」
「 火を少しだけ小さくしておいて。 」
「 はあい ・・・ っと。 これでいいのかな・・・ 」
フランソワ―ズは お鍋の側を離れたくなくてガス台の横に脚を抱えて座り込んだ。
「 ふんふんふ〜〜〜ん♪ 今夜はすてきにおいしい … え〜と ・・・
これはシチュウかしら? 」
「 さあどこまで煮込めたかしら 」
母が縫い物を置き エプロンのヒモを結びつつやってきた。
「 これはね 牛肉と野菜の煮込み よ。 ・・・ん〜〜〜 いい味♪
もうちょっとお水を足して・・・っと。 ローリエもたしておきましょう・・・
〜〜っと。 これでもう少し煮込むわ。 」
母は鍋の中身を味見すると、しっかりと蓋をした。
「 うふふ〜〜 ああ 晩御飯が楽しみ〜〜〜 パパもお兄ちゃんも大喜びよね〜 」
「 ふふふ これはねえ パパの大好きなお料理なのよ。
牛のすね肉のいいのが手に入ったから・・・ 」
「 ママンのご飯はいっつも最高に美味しいわ〜〜〜 ♪ 」
「 ありがと、ファンション。 じゃあ アナタは宿題を終わらせておくことよ。
皆で楽しい晩御飯を食べたいでしょう? 」
「 は〜〜い あ! 宿題が終わったらお手伝い、するわね! 」
「 はいはい お願いしますよ。 」
いい匂いに ふんふんハナをならしつつ、フランソワーズはリビングのテーブルに戻った。
母は料理もとても上手だった。
安い食材でも手間暇かけて美味しく仕上げた。
特に裕福でもなんでもない家庭だったけれど、いつも美味しい食事を家族で囲んだ。
「 ねえ ママン〜〜 」
「 はい なあに。 」
「 あのね ・・・ お料理が美味しく出来るコツって なあに。 」
「 え コツ? ふふふ それはね〜〜〜 」
「 うん なあに? 」
「 家族みんなをと〜〜っても愛していること よ。」
― そうして その晩もほかほか・煮込みを家族みんなで美味しく頂いた。
「 ・・・ ふう〜〜〜 美味い! 君の料理はいつでも最高だよ♪ 」
パパはちゅ・・・っとママンの頬にキス。 ママンは笑って受け取った。
「 んんん〜〜〜〜 んま〜〜〜い〜〜〜 やっぱ煮込みはウチのが最高〜〜〜 」
兄はほろほろに柔らかくなったすね肉を お鍋の底から掬いあげお代わりをした。
「 ふぁ〜〜 ああ・・・・ 美味しいわあ〜〜 」
娘は苦手なセロリもキレイに食べてしまった。
うふふふ ・・・ 美味しくできて本当によかったわ〜〜〜
家族の賛辞と旺盛な食欲の中、 マダム・アルヌールは会心の笑みを浮かべるのだった。
「 まあま よかったこと。 今日のデザートはね リンゴのコンポートよ。
形が悪かったり傷があったり・・・で 安売りしていたの。 」
「 ほう〜〜 どこでみつけたのかい。 」
「 うふふ・・・ 早起きしてね マーケットに行ったら売っていたの。 」
「 さすがだなア〜〜 今度はぼくも早起きして付き合うよ。 」
「 まあ 嬉しい。 さ 今 もってきますわね。
ジャン … もういい加減でシチュウはお終いにしなさい。 」
「 う〜〜〜 だってさ、美味すぎで〜〜〜 」
「 もう・・・ ファン、 デザートのお皿をだしてちょうだい。 」
「 はい ママン。 」
「 よし よし・・・じゃあ僕がフォークをだそう。 ゴブレットもいるな〜 」
ムッシュウ・アルヌールも気軽に席を立ち、デザートの用意を手伝った。
― ああ〜〜〜 アタシもしょうらいはママンみたいなママンになりたい !!
それでもって〜〜 パパみたいなヒトとけっこんして
オトコノコとオンナノコがほしいわ〜〜〜 お兄ちゃんとアタシみたいな・・・
デザートのリンゴのコンポートに熱中しつつも ちいさなファンションは固く決心するのだった。
「 ん〜〜〜〜 美味しかったぁ〜〜〜 」
フランソワーズは満足の吐息をはきつつ ・・・ テ―ブルの上に小さなノートを広げた。
花模様の表紙で 真っ白な紙に淡い青のラインが引いてある。
「 今日の晩御飯 美味しかった〜〜〜 アタシもあんな美味しい晩御飯、つくれるように
なれるかしら ・・・ 」
お兄ちゃんからのおさがりの 万年筆のオシリをかりり・・・と齧ってみる。
「 う〜〜ん ・・・ あ。 でも でも ・・・ アタシのしょうらいの夢は ・・・ 」
う〜〜〜ん ・・・ ちっちゃなファンションは本格的にアタマを抱えてしまった。
そう ― 彼女の <しょうらいのゆめ> は 世界的なバレリーナ なのだ。
「 バレリーナになって・・・バレエ団と一緒に世界中を回って〜〜
たくさんの人たちを感動させたいの。 ず〜〜〜っと前から決めてるもの。 」
・・・ けど。
素敵な青年と素敵な出会いをして素敵な恋をし、 そして 素敵な結婚をして。
素敵な家庭を築きたい ― これも 諦めたくはない。
「 う〜〜〜ん ・・・ でも 両方 はむりねえ・・・ 」
自分の母もだけれど、友達のママン達でも外で働いている人はほとんどいない。
学校の先生とかお医者さんとかは別だけど。
「 バレリーナには絶対になりたいの。 でも ・・・ ステキなママンにもなりた〜い〜 」
お気に入りのノートを広げたまま 彼女はじ〜〜っと考える。
< そんなの 皆 やってるよ! > って。
そうよ、 すぴかちゃん はそう言ってたわ・・・
すぴかちゃんは
アタシのお母さんは お父さんのオクサンやって
アタシ達のお母さんやって バレリーナもやってるよ
って。
でも ・・・ すぴかちゃん達のところは
ウチの辺りとはちょっと違うみたいだし・・・
< すぴかちゃん > は少し前に知りあった、不思議な女の子。
ファンションがクローゼットの奥の物置にしているところに行った時に出会った。
どうしてそこにあの子がいたのか、物置のそのまた奥にあの部屋があったのか・・・考えれば
なんだか不思議なカンジなんだけど すぴかちゃん とはすぐに仲良しになった。
髪と瞳の色は 二人ともそっくり。 顔のカンジもなんとなく似ている。
ただすぴかちゃんはいつもオトコノコみたいな服で 髪もぎっちりお下げに編んでいる。
二人でいろいろなことをおしゃべりしたりオヤツを食べたりした。
すぴかちゃんのママンが作ってくださったクッキーは ファンションのママンのとそっくりな味
だった・・・
「 それでね〜〜 迷っているの。 バレリーナになるか それともママンみたいな
ママンになるか ・・・ すぴかちゃんはどう思う? 」
この前 思わず彼女に質問してしまった。
すぴかちゃんはくるん〜と大きな目を回した。
「 え〜〜 なんで迷うの? 」
「 だって・・・ 両方はむりですもの。 」
「 え〜〜〜 そうかな〜〜 アタシのお母さんは お母さんでバレリーナだよ? 」
「 え?? そうなの? 」
「 ウン。 毎日お稽古に行ってるし教えもしてるよ。 公演にもでること あるし。」
「 まあ ・・・ それでお家のことは ・・・ 」
「 お母さんのご飯、オイシイもん。 あのね、アタシんち、皆セーターとか手袋は
お母さんが編んでくれるんだ〜〜 」
「 ・・・ すごいのね〜〜 すぴかちゃんのママンって・・・ 」
「 そっかな〜〜〜 アタシ、お母さんのミルク・ティー 大好き♪ 」
「 あ いっしょ〜〜 アタシは カフェ・オ・レだけど ママンの、大好きよ〜 」
「 えへ・・・一緒だね〜〜 ・・・ アタシはお母さんみたくには なれないかも・・・」
「 あら どうして? 」
「 だって・・・アタシ、バレエはあんまし上手じゃないし ぶきっちょだから・・・
あみもの とか おさいほう ・・・ 苦手っぽいし 〜 」
「 すぴかちゃん! 」
ファンションはきゅ・・・っとすぴかの手を握った。
「 ・・・ な なに 」
「 すぴかちゃん。 大丈夫。 きっとすぴかちゃんは上手に踊れるようになるし
お料理もお裁縫も上手になるわ。 すぴかちゃんのママンみたいに! 」
「 え ・・・ そ そっかな〜〜 」
「 そうよ! アタシも一生懸命がんばるから すぴかちゃんもがんばって。 」
「 う うん! ・・・ ションちゃん 」
「 ね。 アタシ、今日のこと、大事なノートに書いておくわね。 」
「 あ〜〜 それじゃすぴかも書くね。 すぴかもね〜 ゆめ・の〜と があるんだ〜 」
「 うふふ・・・ またアタシ達いっしょね〜 」
「 ウン 一緒だね〜〜♪ 」
二人できゅ〜〜〜っとしあって クスクス笑った。
― あれは ・・・ この前の雨の日曜日のことだったっけ。
ファンションは天井をじ〜〜っと見つめている。 天井が白いノートに見えてきた。
「 ・・・ そうよ! あの時約束したもの。 ここに書いておくわ。
これはね〜〜 アタシのアタシだけがしっている夢日記なの。 えっと ・・・ 」
彼女は細心の注意をこめて 青い万年筆できれいに綺麗にノートに書いた。
「 ・・・ っと これでいいわ。 ふふふ〜〜 これは ひ み つ ♪ 」
そのノートは彼女の寝室のチェストの引き出しに それは大切に仕舞われたのだった。
ゴトゴト ・・・ ガタン ・・・・!
しばらく開けていなかったので その引き出しは軋みつつやっと開いた。
「 ・・・〜〜〜っと ・・・ ああ ここだ ここだ 」
ジャンはしばらく中に手を突っ込みごそごそやっていたが、やがて薄いノートを引っぱりだした。
「 アイツが浚われた後でみつけて。 また仕舞っておいたんだったな ・・・ 」
彼はぱらぱらとノートをめくる。 ページの紙は端が黄ばんでいる。
昔風の、しかしなかなかシックな花模様の表紙で中にはインクでこちゃこちゃと子供らしい字が
並んでいる。
「 ・・・ ああ これだ ・・・
しょうらいのゆめ ― なれたらいいな。
世界てきな バレリーナになりたい。 ママンみたいなママンになりたい
・・・ か。 」
ジャンは そうっとその色あせた文字をなでてみた。
「 なあ ファン。 お前 ちゃ〜〜んと自分の夢を叶えたんだなあ ・・・
うん ・・・ 優しい夫と可愛い子供たち ・・・ それで踊っているんだろう?
ああ クリスマスのことは俺は一生 忘れないよ ・・・ ファン ・・・ 」
兄はしばらく愛しそうに妹の幼い文字を眺めていた。
「 ここを引き払うんだ。 ああちゃんとこのノートはもって行くから ・・・
また ・・・いつか。 うん あっちで先に待っているさ。 なあ ファン・・・ 」
彼は老いた瞳を瞬かせつつ のろのろとその部屋を出て行った。
( ジャン兄さんと 島村さんち につきましては『 クリスマス・キャロル 』 を
ご参照ください。 文章・二 にあります。 )
**************
土曜日は 綺麗に晴れ上がり真っ青な空にお日様がにこにこの朝となった。
ともかく天気だけは上々の週末を演出してくれていた。
― キィ ・・・ 門を開けて母と子供たちが出てきた。
「 いってらっしゃい ・・・ 」
「 いってきま〜〜す 」
「 ・・・ ま〜す 」
すぴかもすばるも一応 < イッテキマス > をしていつもと同じにランドセルを鳴らし
坂道を降りていった。 けど。 青空に響くいつもの賑やかな声は ない。
お日様も負けそうな笑顔と笑顔のかけっこも ない。
子供たちは むすっと口をつぐんで早足に道を下っていった。
見送る母は すこし腫れた目を気にしつつ一生懸命に子供たちに手を振っていた ― チビ達は
振り返らなかったけど。
「 ・・・ いってらっしゃ〜〜い・・・! ごめんね〜〜〜 ・・・ って もう
聞こえない か ・・・ 」
しょぼんと俯けば ― 足元には雑草がいっぱいだ。
「 あら ・・・ ヤダわあ〜 門の前にこんなに ・・・ あら! 朝刊を取り込むのも
忘れてたわ〜〜 もう〜〜 わたしってば最低ね・・ 」
さささ・・・っと雑草を引き抜き 郵便受けから新聞を引き抜いた。
「 ジョーがいないからって いつもやってること、み〜〜んな忘れてるし。
・・・ すぴか すばる ・・・ ごめんね。 ちゃんと二人の言いたいこと、聞いて
あげてなくて ・・・ 」
ふうう〜〜〜 ・・・ 大きくため息をついて。
「 さ。 ちゃんと家の中 片づけて。 博士のお食事を用意しましょ。
お昼前にはかえっていらっしゃるはずだし ・・・ 」
ざっと門の周辺を片づけて フランソワ―ズはゆっくりと玄関にむかった。
・・・ 昨夜は もう・・・最低最悪、散々だった。
「 すぴかさん。 なにをするつもりなの? 」
「 ・・・ アタシ ・・・ あの〜〜 」
すぴかは母の大きな裁ち鋏を握ったまま固まっている。
膝の上には 彼女のお気に入りのレオタード、水色のレオタードが置いてある。
「 それ、どうするの。 」
「 はさみ つかってもいいって、お母さん言ったから ・・・ 」
「 ええ そうね。 でも そのハサミでお稽古着をどうするの。 」
「 アタシ ・・・ これ ・・・ 」
「 すぴかさん。 今、着てるお稽古着が小さくなったり破れたりしたら新しいの買ってあげる
って言ったわね。 だから ― わざと切るつもりだったの? 」
「 ! ち ちがうもん!! アタシ 〜〜 ハサミで 自分で〜〜 」
すぴかはもう半分涙声になってきて 何を言いたいのかよくわからない。
「 ・・・・ 」
フランソワ―ズは黙って娘の隣に座り、そっと彼女の手からハサミを受け取った。
「 ね? 今晩はもう遅いから・・・ 明日、ちゃんとお話してくれる? 」
「 ・・・ アタシ〜〜〜 」
「 さあ もう顔を洗って歯を磨いて・・・お休みなさい。 」
「 ・・・・・・ 」
すぴかは涙目のまま、こくん、と頷きソファから降りた。
「 ほらほら すばるクン? あなたも歯を磨いて〜〜 」
「 ・・・ あ うん ・・・ 」
すばるはテ―ブルの上に紙やらなにやらを散らばしていた。
「 あらら ・・・ ほら ちゃんと片づけてちょうだいな。 」
「 う うん ・・・・ 」
「 しょうがないわねえ・・・ あら? これ・・・宿題のドリルじゃない? 」
ため息ついて息子の側に座れば ― 目の前には < 算数・ぐんぐんドリル > が
広げてある。
「 うん そう・・・ 」
「 すばるクン。 宿題は全部終わったって言ったのじゃなかった? 」
「 ・・・ 僕 やったもん。 」
「 でも これ ・・・ 答え 書いてないわよ? 」
「 ・・・ いいの。 」
「 よくありません。 はやくやってしまいなさい。 それにどうしてウソ言うの? 」
「 ぼ 僕!! ウソ ・・・ いってない ! 」
「 だって やってないでしょう? このドリル ・・・ 」
「 やったもん! いつも ・・・ あんざんして ・・・よ〜いすた〜とって〜〜 」
「 ??? あんざん? よ〜い?? なあに それ。 」
「 ・・・ ぼ 僕ぅ〜〜〜〜 」
ただでさえ口の重いすばるは もう涙でぐちゃぐちゃになってきて何を言ってるか全く不明。
「 これ 明日までの宿題なの? 」
「 ・・・・・ 」
涙を飛ばして 小さなムスコはぶんぶん首を振る。
「 そう。 それじゃ 明日 お話してちょうだい。 今日はもう寝ましょうね。 」
「 ・・・・・・ 」
すばるはぷくっと口を噤んだまま ドリルをもって子供部屋へ行った。
「 ― もう〜〜〜〜 なんなの〜〜〜 二人とも・・・!!! 」
母は 一人、リビング・ルームで酷い脱力感に襲われていた・・・
せっかくの < 自由な夜 > ・・・
フランソワーズは倒れ込むみたいにベッドにもぐりこみ そのまま爆睡してしまったのだった。
「 −−− は っ はっ はっ 〜〜〜 フランソワーズ〜〜! 」
たたたた ・・・・ 案外軽い足音と こちらはぜ〜ぜ〜言ってる声が追い掛けてきた。
「 ― はい? まあ〜〜 博士! お帰りなさい〜 」
ギルモア博士が なぜかスウェット姿にリュックを背負って坂道を駆け上ってきていた。
「 はっ・・・ はっ ・・・ は〜〜〜〜 た ただいま 〜〜 帰ったぞ! 」
「 博士〜〜 大丈夫ですか?? あの なにかありましたの? 」
フランソワーズは慌てて博士からリュックを受け取り、ぜ〜ぜ〜言ってる背中をなでた。
「 ・・・はあ〜〜〜 ・・・ いや なるべく早く戻らんと ・・と思ってな。
チビさん達はどうした? もう登校したかい。 」
「 ええ たった今・・・ 」
「 そりゃよかった〜〜 ほれ お前も急ぎなさい! 」
「 え ? 」
「 レッスンだろうが! 急がんといつものバスに遅れるぞ! 」
「 え・・・ あ 今日は休もうかな〜と ・・・ 」
「 いかん いかん。 ちゃんと行きなさい。チビさん達は給食を食べて帰ってくるのだろう?
帰ってきたらワシがちゃんと相手をしておくから ・・・・ 安心して行っておいで。 」
「 博士 〜〜〜 」
「 ほれ 急げ! 」
ぽん! 大きな手が彼女の背を叩いた。
「 は はい〜〜〜 ありがとうございます〜〜〜 あの! オレンジが冷蔵庫で
冷えてますから ・・・ 」
「 おう ありがとうよ。 コズミ君とこで朝食はすませたからの〜〜
いや オレンジはありがたい〜〜 ほらほら・・ 時間! 」
「 は はい! 」
フランソワーズはぺこり、とお辞儀をすると た〜〜〜〜っと玄関へ走った。
そして十数分後 < いつものバス > めざして 家の前の坂を駆け下りるのだった。
― ポン。 ピアノの音が消えた。
「 ― ありがとうございました。 」
「 はい お疲れ様〜〜 」
全員 優雅にレヴェランスをし拍手をして ― 朝のレッスンが終わった。
たった今まで一糸乱れず踊っていたダンサーたちは それぞれに動きだす。
「 −−−−− あ〜〜〜〜 ・・・・ 」
フランソワ―ズはタオルに顔を埋めると すとん、と座り込んでしまった。
「 なに フランソワーズ〜〜 どしたの? 」
隣にいた仲良しのみちよがびっくりして声をかけた。
「 え〜〜 どしたの〜〜 気分 わるい? どっか痛い? 」
「 ・・・ ううん〜〜〜 じ こ け ん お ・・・! 」
「 あは ・・・ 」
みちよはちょっと笑って肩をすくめた。
「 ま ・・・ そんな日もあるって〜〜 忘れた方がいいよ。 」
「 ・・・ ダメ。 あんまりドジすぎて忘れること 不可! 」
「 あ〜〜・・・ 」
言葉を続けられずに みちよもため息を吐いた。
― ぎりぎりセーフ! で飛び込んだ朝のクラスだったのだが。
亜麻色の髪のダンサーは ・・・ もう失敗ばかりしていた。
「 音 聞いて! それじゃ速いでしょう? !! フランソワーズ! はやい!! 」
「 ! 逆! 逆!! ほら よ〜〜く見て! 」
「 あのね。 今、振りを決めるのは私。 勝手に創作しないでくださいな。 」
は ・・ い ・・・
お小言が飛んでくるたびに首を竦め すみません〜〜 と言っているのだけれど・・・
本当に しまった! と反省してるし精一杯気を配っている― つもり だったのだが。
「 ― あのねえ。 ちょっとアタマの中を切り替えてくれるかしら? 」
「 ・・・ は はい ・・・ 」
「 気をつけないと! とんでもない怪我しますよ? 」
「 ・・・ スミマセン ・・・ 」
いつもは楽しくて嬉しくて。 出来ない振りがあれば熱心に自習して・・・
朝のクラスは彼女の活力のモト となるはずなのだ。
― それが ・・・ 今朝はど〜〜〜〜んと精神的にも疲労困憊だ。
「 ね〜〜 どうしたの〜〜 フランソワーズ〜〜〜 」
「 よう 寝不足かい? 」
仲良しのみちよは 本気で心配しているし タクヤも冗談めかして声を掛けてきた。
彼は普通あまり他人のコトに口を出さない方針らしいのだが。
「 あ ・・・ えへ ・・・ なんか間違えてばっかりよね ・・
恥ずかしいわ ・・・ ごめんね、クラスの雰囲気悪くなっちゃって 」
「 別にそんなコトないけど? でも どしたの? なにか心配事? 」
「 あは〜〜〜ん? チビすけ達が騒いだ とか〜〜 」
「 え ・・・ ええ。 そうなの! チビたちがね〜〜〜 もう!! 」
今まで落ち込んでいた彼女は 突然母の顔になって怒りだした。
「 もう〜〜 ちっともわたしの言うコトなんか聞かないのよ! 」
「 ふ〜〜ん 」
「 へ〜〜 」
独身の友たちはイマイチの反応だ。
「 ・・・ まあね わたしもチビ達の言い分をちゃんと聞いてやらなかったから・・・
それは悪かったと思ってるわ。 でもね〜〜〜 」
母の音量は次第にエスカレートしてきた。
「 まあまあ〜 抑えておさえて〜 親の小言はスルー・・・ってのがふつ〜 じゃねえの。 」
「 そ〜だよねえ・・・ 何を怒られたか なんて覚えてないもんね〜〜
チビちゃん達たいしたコトじゃないんでしょ? 」
「 ― それがね! たいしたコト なのよ。
すぴかは新しいレオタードが欲しくて今着てるのをハサミで切ろうとしたし。
すばるは宿題は全部やった!って言ったくせに計算ドリルを大事に隠してたの。 」
フランソワーズは懸命になって自分の 怒り の原因を説明した が。
「 ま〜 チビっこなんてそんなモンじゃね? 」
「 そ〜そ〜 成長過程のひとつ、なんでない? 」
「 だけどね! 叱ってもね、ぶす〜〜〜っとしているのよっ ゴメンナサイって言ったけど
イマイチなんか真剣味がないっていうか〜〜〜 本気じゃないでしょっていうか・・・
そうよ! 反省の色が見えないっていうの? 」
「 あ〜〜〜 そりゃチビっこにはちょい無理だよ〜〜〜 」
「 それにさ〜〜 コドモなんて一晩寝れば忘れちゃうのとちがう? 」
「 フランもさあ ちょっと忘れて・・・っていうか、横に置いといて・・・ なあ? 」
「 うんうん。 レッスンで気分変えればさ〜 チビちゃん達とも上手くゆくよ きっと。」
「 ・・・ あ 〜 ・・・ そうね・・・ 引きずってちゃダメよねえ ・・・ 」
「 でもよ〜 そんな日もあるって。 あんま 気にすんなよ〜 」
「 そ〜そ〜 チビちゃん達だって案外 反省しました〜って顔してるかも〜 」
「 ・・・ だといいんだけど ・・・ 」
「 ま〜 にこにこしてやんなよ。 フランが笑えばチビ達も笑うって。 」
「 え そうかしら・・・ 」
「 そうだよ〜〜 ほら 眉間に縦ジワ! マダムも言ってたよ〜〜 笑顔! ってさ〜 」
「 そ〜〜〜 しかめッ面で高いジャンプしても たくさん回っても価値半減って さ。
オレなんかも〜〜 さんざん言われてボロクソ〜〜 だから明日 ガンバるぜ〜 」
「 そ〜だよね〜〜 フランソワ―ズ〜〜〜 チビちゃん達はさ〜
やっぱお母さんの笑顔が一番好きだよ。 」
「 そ〜〜〜 なんだって わかってるんだけど〜〜〜 う〜〜〜 」
「 ほらほら 笑う! ほら。 」
フランソワーズはやっとひどくぎこちな〜く 営業用にっこり をした。
「 よ〜し。 その調子だ〜〜 」
「 ああ ・・・ ありがと、タクヤ、みちよ。 」
「 あは いいっていいって。 で さ! 今度お茶しようぜ。 」
「 ええ ええ 誘ってくれてありがとう〜〜 また明日ね〜 」
「 あ ああ ・・・ また 明日 な 」
「 フランソワーズ〜〜〜 すまいる♪ だよ! 」
「 ええ ありがとう みちよ。 」
投げキスをすると ご多忙なフランソワーズお母さんはとっとと更衣室に消えた。
「 ・・・ あ〜 ・・・ 」
「 ― アンタってさ〜 つくづく損なポジションだねえ〜 」
ぼ〜〜っと彼女を見送るタクヤに みちよはしんみりと言った。
「 ・・・ ん〜〜 そうかも なあ・・・ 」
「 そうだよ。 タクヤ君ってほっんといいヤツだねえ 」
「 励ましのお便り、感謝デス みちよちゃん ・・・ 」
「 いえいえ ・・・ フランソワーズのこと、支えてやってよ〜 」
「 あはは ・・・ 」
タクヤは情けなさそ〜〜な顔でほろ苦く笑った。
タッタッタ ・・・ どうも足取りも軽く〜 とは行かない。
やっぱりバッグは重いし 気分も同じくらい重いのだ。
「 あ〜〜 ・・・ 疲れたわあ〜〜〜 ううん 心が重いわ〜 」
やっぱりココはわたしの居場所じゃないのかも・・・
「 ― そうだ! なにか美味しいモノ、作るわ! 」
気分を変えたくて 帰り道にはスーパーに寄って両手いっぱいの買い物をした。
よいしょ・・・っと荷物を抱え 坂道を登った。
「 ただいま ・・・ あら 宿題やっているの? いいコねえ〜 二人とも。 」
リビングのドアを開けると、子供たちはテーブルの前にちょこんと並んで座っていた。
「 ・・・ おかえりなさい お母さん。アタシ、別にいいコじゃなくても宿題、するもん。 」
「 おか〜さん おかえりなさい。 」
「 ふうん? 宿題はなあに、作文? 」
ちらり とすぴかの手元を覗けば 原稿用紙が広がっている。
「 あ〜〜〜 見ちゃ だめ〜〜〜 」
娘は ぱっと手で紙面を隠した。
「 みませんよ。 あら すばるクンは? 」
「 僕 まだな〜〜んにも書いてないから みてもいいよ、お母さん。 」
息子は なにも書いていない原稿用紙をひらひらさせている。
「 あらら ・・・ お母さん、すばる君が書いてから見たいんだけどな〜〜 」
「 僕 まだなに書くかきめてない〜〜〜 」
「 そうなの? ふうん ・・・ あら? 」
すばるの原稿用紙がひらり、と彼女の前に飛んできた。
子供達の宿題、作文の題は 『 ぼくの ・ わたしの ゆめ 』 らしい、
「 ― ・・・ あ ・・・ わたしのゆめ ・・・ 」
「 ああ お帰り。 フランソワーズ。 」
博士が 奥の肘掛椅子からやっこら立ち上がってきた。
「 ただいま帰りました。 ・・・ すみません、子供たちの相手をさせてしまって・・・」
「 いやなに ・・・ さあ お前たち、お母さんに話すことがあるんだろう? 」
「 ウン ・・・ 」 すぴかが 顔を上げた。
「 ・・・ うん 」 すばるが すとん、と座った。
Last updated : 10,07,2014.
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********* 途中ですが
え〜〜〜 【 島村さんち 】 は 平ゼロ設定ですので
フランちゃんの少女時代は 半世紀以上前なのです〜
・・・ で 続きますです・・・・