『 わたしのゆめ ― (3) ― 』
「 ・・・ わたしの ゆめ ・・・? 」
フランソワーズはじ〜〜っとすばるの原稿用紙をみつめている。
大き目のマス目がならぶ一行目には 天真爛漫な文字が踊っている。
姉とちがって すばるはまだばらばらの記号みたいな字なのでマス目もほぼ無視していた。
ぼくの ・ わたしのゆめ
― わたしの ゆめ ・・・?
フランソワーズは絶句してしまった。
息子のひょこひょこした文字を目にした途端に ― ぱあ〜〜〜っとさまざまな光景が
目の奥にフラッシュ・バックされてきたのだ。
ママンのお料理 ・・・ オイシイ晩御飯にデザート・・・
パパの笑顔 ・・・ ママンのこと、ものすご〜〜く大事にしてた ・・・
幼い日のキッチンが 食卓が そして家族の笑顔がつぎつぎに浮かぶ。
美味しい料理を作るコツを にこにこ話してくれた母 ・・・
そして 白いノート。 大切にしていた秘密のノート。
そこに書いたのは
わたしのゆめ ― なれたらいいな
だったのだ。
その小さなファンションの < わたしのゆめ > は 今 ・・・
ああ ああ ・・・ ! わたしったら ・・・・!
「 ? おか〜〜さん ど〜したの〜 」
セピアの瞳が フランソワーズの視界に入ってきた。
「 ・・・ あ う ううん ・・・ なんでもないわ。
ちょっとね ・・・ この題が 懐かしいなって思ったの。 」
「 なつかしい? 」
「 そうよ。 お母さんもね〜 小さな頃にそんな題でノートに書いてたから 」
「 え そうなの?? お母さん 」
今度は 自分とよく似た碧い瞳がくるんくるんして見つめてきた。
「 ええ そうなのよ。 大切なコトだけを書く秘密ノートがあってね・・・
将来の夢、つまりいつかはそうなれたらいいな〜ってことを書いていたの。 」
「 おかあさん〜〜〜〜 」
「 なあに すぴか 」
「 ・・・ あ〜〜〜 な なんでもない。 」
なんでもない と言いつつも すぴかは母と同じ色の瞳を、倍くらいの大きさに見開き
まじまじと母を見つめている。
「 そう? なにか思い付いたのなら・・・ 教えて? きっとイイコトなんじゃない? 」
「 えへ・・・ あ〜〜〜 あの ね。 アタシと同じだな〜〜〜って。
アタシのお友達とも一緒だな〜〜って ・・・ 」
「 まあ そうなの? これは女の子の共通の秘密なのかしらね。 」
「 ・・・ おんなじだ ! ・・・しょんちゃんもおんなじコト言ってた! 」
「 え なにが。 」
「 あ! ううん なんでもない。
ね〜〜〜 お母さんの < わたしのゆめ > はさ〜 なんだったの〜〜〜 」
「 あ〜〜〜 僕にも教えて〜〜〜 」
すばるが原稿用紙を母から取り返し、言った。
「 え ・・・ お母さんの夢? ・・・ あ は ・・・・
さあ 何だったかしら ・・・ もう忘れちゃったわ。 」
「 え〜〜〜〜 そんなのつまんない〜〜 」
「 わすれんぼさん、なの お母さん。 」
子供たちは母の言い訳をあんまり信用しているらしくはなかった。
「 そうです、 お母さんは忘れん坊さんなんです。
ねえ あなた達 ・・・ なにかお話したいことがあるのでしょう? 」
「 あ れ・・・? なんだっけ・・・ 」
「 う〜〜ん ・・?? 」
すぴかもすばるもどうやら本気で忘れてしまったらしい。
「 おやおや ・・・ ほら さっき話してくれたじゃろう?
すぴかや どうしてお母さんのハサミをもっていたのだったかな?
すばる、なんのために算数ドリルをとっておいたのかい。
にこにこして聞いていたギルモア博士が上手に子供達を < 誘導 > してくれた。
「 あ〜〜〜 あの ね アタシ〜〜〜 」
口火を切ったのは やはり、というか さすが姉貴というか ― すぴかだった。
「 なあに。 」
「 うん ・・・ あの〜〜 お稽古着のコト・・・ 」
「 うん うん 教えて。 」
「 ・・・ ウン あの ・・・ アタシがお母さんのハサミでね、 よ〜くきれるから〜
ここんとこにあるちっこいの、切りたかったの。 」
すぴかは脇腹をこすっている。
「 ここんとこ?? レオタードの? 」
「 ウン。 いっつもね〜〜 ずっとね〜〜 チクチクしてイヤなんだ〜 」
「 ・・・??? 〜〜〜〜 あ。 わかったわ〜〜 裏側にあるアレね?
すぴかさん、あなたのお稽古着 もってきてくれる? お母さんが切ってあげるわ。」
「 え〜〜〜 ほんと〜〜 きゃい〜〜〜 」
ぱぴゅっ! とすぴかはリビングを飛び出すと あっという間に戻ってきた。
「 ― はい これ! 」
「 ありがとう〜〜 どれどれ ・・・ ははあ〜〜 チクチクの犯人は これね? 」
母は 裏返したレオタードの縫い目についてる小さなタグを摘み上げた。
「 ぴんぽ〜〜〜〜ん♪ それ〜〜〜 ねえ とって、お母さん〜〜 」
「 はいはい。 これは・・・・確かにチクチクするわよねえ・・・ 〜〜〜 ちょっきん。
はい これでいいですか〜〜〜 」
「 わあ〜〜い♪ ありがと〜〜〜 お母さん〜〜〜 」
すぴかは大事なお稽古着と一緒に抱き付いてきた。
「 うふふ ・・・ よかったわ〜 そうよねえ、これは切りたいわよね・・・
昨夜は ごめんね、すぴか。
すぴかの言いたいこと、ちゃんと聞かないで怒ったりして・・・ 」
「 お母さん〜〜〜 アタシね アタシ このお稽古着 だいすきなの。
それはね〜 これ お母さんのといっしょの色だから♪ 」
「 あ そうね ・・・ お母さんもあのレオタードは大好きよ。 」
「 すぴかも〜〜〜♪ だから〜〜 新しいのはサンタさんにお願いするまでまてる! 」
「 すぴか ・・・ 」
フランソワーズは 娘を抱きしめピンクのつやつやした頬にキスをした。
「 えへへへ〜〜〜 ・・・ あのさ お母さん 」
「 なあに。 」
「 すばる さ〜 いいたいこと、あるって! 」
姉は 同じ日に生まれた弟の手を引っ張る。
「 すばる? 」
「 ・・・ 僕ぅ 〜〜 さんすうのどりる ・・・ 」
「 ああ そうね、宿題なのでしょう? 」
「 ウン。 あのね あのね ・・・ いつもね、お父さんがね よ〜〜い スタートって
やるの。 だから お父さんがかえるまで やってないんだ。 」
「 ・・・ え〜〜と? すばるクンはお父さんと さんすうドリル やるの? 」
「 ちが〜〜うよ〜〜 お父さんは〜〜 スタート!ってやって・・・
僕が おわり!っていうと、 よし 3ぷん20びょう〜〜 っていうんだ。 」
「 〜〜〜??? 」
「 フランソワーズ。ジョーはすばるが計算をする時間を計ってやっていたのではないかね。」
アタマをひねっている母に 博士が助け船を出してくれた。
「 あ〜〜〜!! そう・・・ですか!
あ ・・・ それじゃ すばるクンはお父さんがお帰りになったら時間を計って
もらおうと思って・・・ 計算ドリルの宿題をとっておいたの? 」
「 うん! お父さんがね〜〜 そろばんやってるならあんざんもれんしゅうだ〜〜って。 」
「 あんざん ・・・ ああ 暗算ね。 ドリルの問題を暗算でやってたの?? 」
「 うん! 僕ね〜〜 あんざんのほうがはやいも〜〜ん 」
「 まあ ・・・ すごいのねえ〜〜 すばるクン・・・ 全部暗算できちゃうの??
それでお父さんはちゃ〜んと知っているのね。 」
「 いつもね〜〜 さんすうドリル はあんざんでやって〜 お父さんが おっけ〜 って
言ってくれてから ノートに書くんだ〜〜 」
「 そうだったの ・・・ ごめんね・・・ 昨夜はよくお話きかないで怒ったりして
本当に ・・・・ ごめんね。 」
きゅう〜〜っと抱きしめれば ジョーにそっくりなセピアの瞳がにっこ〜〜り笑う。
「 きゃわ〜〜〜 ははは くすぐった〜〜い♪ 」
「 あ〜〜〜 アタシもオ〜〜 きゅう〜〜 して! 」
どん、とすぴかが飛びついてきた。
「 わあ〜〜〜 もう〜〜 二人して〜〜 赤ちゃんみたいよ? 」
「 いいも〜〜ん♪ 」
「 あかちゃんじゃないけど〜〜 い〜も〜〜ん♪ 」
「 おも〜〜い 重いってば。 晩御飯の支度ができなくなっちゃうわ〜 」
「 ― お母さん。 晩御飯 なに?? 」
「 なに? 」
突如 子供たちは母から離れて今度はエプロンに纏わりつく。
「 えっへん。 では発表いたしますので お席にお戻りください。 」
「 え〜〜 お席ィ〜〜 ?? 」
「 はい、昨夜の晩御飯旅行は ちょっと行き先不明になっちゃいましたらね〜〜〜
えっへん(^^♪ 今晩はねえ〜〜 ウチのカレー です。 」
「 え〜〜 またかれー ? 」
「 そうよ、でもね 今晩はちゃ〜〜んとウチのカレーなの。 ポテト・サラダも作るわ。
そうそう〜〜 すぴかさん、 ふくじんづけ 買ってきたわよ〜 」
「 わい〜〜〜♪ 」
「 おか〜さん! じゃがいも〜〜 !! じゃがいも、僕がむく!! 」
「 あ! アタシ! さらだ用のお野菜〜〜 あらう! 」
「 はいはい お願いします 」
「「 わ〜〜〜い♪ 」」
子供たちは大喜びだ。 お父さんのいない週末も そんなに気にならないかも・・・って
気分になってきた。
「 じゃあね〜〜 まずは宿題の作文、書けるところまで書きましょ?
その間に お母さんは美味しいウチのカレーをつくる準備をしているわ。 」
「「 うん! 」」
すぴかもすばるも最高にいいお返事をし、原稿用紙をテーブルの上に広げた。
「 フランソワーズ? 無理せんで・・・ チン!したもので構わんぞ。 」
博士がこっそり耳打ちをした。
「 ありがとうございます。 大丈夫ですわ。
オイシイものをたべて皆で元気になりましょう? ふふふ・・・美味しいご飯の魔法は
皆をアイシテル〜ってことらしいですから。 」
「 ああ? ・・・ そうだなあ・・・ うんうん ・・・ なるほどなあ〜
うん、チビさん達はな、ず〜〜っと良いコじゃったよ。 」
「 まあ そうですか。 よかったわあ〜 ・・・ あの・・・子供たちの気持ち、
引き出してくださってありがとうございました。 」
「 いや〜〜 母さんには直接に言えんでもな 第三者のワシには言えるものさ。
ウチのチビさん達は 本当に素直でいいコじゃよ・・・ 」
「 ええ ええ ・・・ 信じてやらないといけませんよね。 」
「 そうじゃなあ 」
「 さ。 晩御飯の準備を始めます! 」
フランソワ―ズは すっと立ち上がった。
「 あ〜〜〜〜 おか〜さん、 じゃがいも〜〜〜 僕 じゃがいも むくぅ〜〜〜 」
すばるが鉛筆を持ったまま喚いている。
「 あ そうねえ・・・ じゃ すばるクン、まずジャガイモ、剥いてくれるかな。
その後で宿題の作文を書きましょ。 」
「 うん! わ〜〜〜〜 なんこ むいていい〜〜 」
すばるはもうとっととキッチンに駆けこんで行く。
「 あ! アタシもぉ〜〜〜 」
「 すぴかさん、あなたのサラダはねえ〜 カレーを煮込み始めてから作って欲しいの。
だからすぴかさんは先に作文を書いてしまいましょう? 」
「 わかった〜〜 ぷちトマトときゅうり、ある? 」
「 ありますよ。 プチトマトはすぴかさんが好きだからたくさん買ってきたわ。 」
「 わい〜〜〜〜♪ おっし! かくもんね〜〜〜 えっと ・・・
アタシの夢はぁ〜〜・・・わたしにはふしぎなおともだちがいます ・・・っと ・・・ 」
作文が得意なすぴかは ちょっとだけ考えただけですぐにカシカシ・・・鉛筆を動かし始めた。
チキンとじゃがいもと。 タマネギと人参としめじ。 ごろごろた〜〜くさん煮込んだ
< お母さんのカレー > は たちまち皆のお腹に収まった。
すぴかは 福神漬け はすっかり忘れていたし、 すばるは ハチミツをかける! など
まったく言いださなかった。
「 ・・・ う〜〜〜ん ・・・ ウチのこのサラダに勝るものはないなあ〜〜 」
博士も満足のため息とともにポテト・サラダを口に運ぶ。
「 まあ ありがとうございます。 あ マスタード、もう少し足してみてくださいな。
これは子供向の味になってますから。 」
「 いやいや これで十分に美味しい。 うんうん カレーによく合っておるよ。 」
「 おか〜さん ・・・ アタシ、ますた〜ど、まぜてもいい? 」
辛党のすぴかがじ〜〜っとマスタードのビンをみている。
「 え すぴか、これ辛いのよ? 」
「 へ〜きだよ〜〜 ねえ ちょっとだけ〜〜〜 」
「 から〜〜〜い! って べ〜ってやるの、ナシよ? 」
「 うん! ちょびっとでいいから〜 」
「 わかったわ、じゃあ〜 ほんのちょっとね、はい 」
「 わ〜〜〜〜い ・・・・・ ・・・・ 」
「 大丈夫? お口の中、痛くない? 」
「 〜〜〜・・・ おいし〜〜〜〜♪♪ このつぶつぶ、オイシイ〜〜〜 」
すぴかはさかんに口の周りを舐めている。
「 え・・・ 本当? 」
「 ウン! ね〜〜 お母さん、さんどいっち の時にはこれ 塗ってえ〜〜 」
「 う〜〜ん それはちょっとねえ ・・・ 晩御飯の時にちょっとだけ、よ。 」
「 え〜〜〜〜 」
「 お母さんたちだってご飯の時だけ よ? 」
「 う〜〜 なら 晩御飯の時はきっとね! 」
「 わかりました。 あら すばるクン、サラダ 全部食べられたのね〜〜 」
息子のお皿はどれも空っぽである。
「 ウン。 だって〜 じゃがいも〜〜 おいしいもん♪ 」
「 よかったわ〜
・・・ それじゃデザートにしま〜す。 すぴかさん すばるクン、
お皿をだすの、手伝って。 」
「「 は〜〜〜い♪ 」」
その日の晩御飯は 昨日と同じカレーだったけど。 笑顔ばっかりが並んでいた。
シャキ −−− 愛用の裁ちハサミはきっちりと仕事をしてくれた。
「 よ〜し っと。 丈を縮めて脇で縫いこめばいいわね。 あ 切り落としても平気ね
う〜〜ん ・・・? 切り替えには ・・・ そうだわ! これをつかえば・・・ 」
フランソワーズはぶつぶつ独り言と一緒に 針仕事に精を出す。
目の前には彼女自身の稽古着が < 改造中 > 、切ったり縫ったりの真っ最中だ。
いつもみたいに笑顔とおしゃべりの晩御飯の後 子供達は只今風呂場で賑わっている。
「 ― どれ 今晩はワシと一緒に入ろうか。 」
博士がのんびりと子供たちを見回した。
「 すばる、暗算大会をやろう。 すぴか、作文を聞かせてくれるかい。 」
「「 うん!!! 」」
すぴかもすばるも きゃいきゃい言いつつパジャマとぱんつを取りに 子供部屋へ
駆け上がってゆく。
「 博士 ・・・ 大変ですわよ? あの子達と一緒では・・・ 」
「 まあ たまにはワシに任せて・・・お前は少しは一人でのんびりしておいで。 」
心配顔のフランソワーズに 博士は笑って答えた。
「 でも ・・・ 」
「 なぁに・・・すばるの暗算のハナシを聞いてな、ちょこっとワシも試してみたくなっての。
それにすぴかの作文はいつも楽しいから聞きたいのさ。 」
ぱっちん。 博士は陽気にウィンクなんぞしてバス・ルームに向かった。
「 お〜〜い チビさん達? 用意はいいかなあ〜〜 」
「「 は〜〜〜い 」」
やたら元気なお返事が返ってきた。
「 ・・・ なんだか申し訳ないわねえ ・・・ お皿は洗っちゃったし。 」
ぽっかり誰もいなくなったリビングで 彼女はしばらく考えていた。
「 ! そうだわ。 すぴかのレオタード。 そうそうアレよ 」
クスクス笑いつつ 針箱にしているバスケットに手を伸ばした。
― そうして 改造作業 が始まった。
新しいレオタードは やはりクリスマスまでがまんしてもらうことにした。
島村さんち では 子供たちが欲しいものを買ってもらえるのは 誕生日とクリスマスだけだ。
フランソワーズ自身 そうやって育ってきたし、ジョーに至っては ・・・
― 欲しいモノを買ってもらった なんて経験はなかったのだ。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ 新しいお稽古着が欲しい気持ちはよ〜〜〜くわかるもの。
買えないのなら ・・・ この手があったのよね〜〜 」
彼女は自分のレオタードの中からの一着を 子供用に改造を目論んだのだ。
「 ・・・ すぴかはブルーが好き、よね。 水色も濃い青ももっているから・・・
わたしの紺色のを ちょっと改造よ ・・・ 」
ねえ ママン?
ぶきっちょのわたしでもこんなコト、できるようになったのよ?
・・・ わたし。 ママンみたいなママンに ちょびっとでもなれたかなあ・・・
ねえ ママン ・・・
心の中で母に話かけつつ 彼女は熱心に手を動かす。
「 う〜〜〜ん と? ここで切り替えて ・・・ そうだ!
切り替え線にチロリアン・テープを縫い付ければ〜〜 え〜〜と? 」
バスケットの中をごそごそさぐり 彼女は縫い物に熱中した。
お〜〜〜やすみなさ〜〜〜〜い♪
おやすみ〜〜なさ〜〜い〜〜〜
子供達はわいわい言いつつ ピンクのほっぺのにこにこ顔でベッドに入った。
「 ね〜〜〜 ね〜〜〜 お母さん! おじいちゃまがね〜〜〜 」
「 おか〜さん あのね! おじいちゃまとね〜〜 」
バスルームから戻っても 二人は大はしゃぎだった。
「 これこれ ・・・ そんなに騒いだら寝られなくなるぞ 」
博士はそれでもにこにこ顔だ。
「 博士〜〜〜 すみません、騒がしくて ・・・ 逆上せませんでした? 」
「 あはは ・・・ ちょいと温まりすぎたかもしれなあ・・・
チビさん達と一緒だとついつい楽しくてなあ 」
「 すばるってばまたおもちゃを持ち込んだのじゃありません? 」
「 いやいや 九九のハナシをしてな。 すばるはもう完璧に暗記しているぞ。
なんだか自作のハナウタつきだったが。 」
「 へえ〜〜〜 」
「 すぴかの作文も面白かったぞ。 あの子の視点はいつも新鮮で楽しいのぉ。
それでいて かなりのリアリストだな。 はっきり物事を見てる。 」
「 まあ・・・ オンナノコらしくないですわねえ 」
「 いいじゃないか、それがすぴかの個性なのだから。 いやあ〜〜 楽しかった。 」
「 博士 ・・・ 少し涼んでいらしたら如何? あ 冷たいお茶でも淹れます? 」
「 ありがとうよ。 いや 普通のお茶でいいからたっぷりもらおうかな。 」
「 はい。 ありがとうございます、 土曜の夜は賑やかなのがいいですわね。 」
「 そうじゃな。 まあ 明日はジョーが帰ってきてまた大騒ぎじゃろ。
フランソワーズ、お前はの〜んびり一人の夜を楽しんでおいで。 」
「 まあ 博士ったら ・・・ 」
博士もご機嫌で なみなみと注がれた湯のみをもって寝室に引き上げた。
― ああ ・・・
急に リビングはしん ・・・ としてしまった。
「 なんか ・・・ ウチじゃないみたい・・・
一人になれる〜〜って喜んでいたけど ・・・ でも ・・・
ホントはわたし 淋しいんだわ・・・ ジョーがいなくて淋しくて
それで ・・・子供たちに当たってしまったのかもしれない
― ごめんね〜 すぴか すばる ・・・ 」
昨夜はもう何をするのもイヤになって 倒れ込むように寝てしまった。
子供たちは いけないコト ばかりやって自分を困らせる、と怒っていた。
「 ウチ中だ〜れも笑顔じゃなくて 暗い顔、してたわ。
・・・ あんなの、ウチじゃないわねえ。 わたし ・・・ わたしのゆめ を
自分で壊していたいのじゃない? ねえ フランソワーズ? 」
ぷるん、とアタマを振った。 冷えてしまったお茶をゆっくり飲んだ。
「 わたし ― わたしのゆめ を大事にするの。 ねえ 小さなファンション? 」
フランソワ―ズは 中空にむかって笑みをなげると、針仕事に手をのばす。
頑張って縫い上げなければ。 針はいっそう加速し陽気に進み始めた。
― カチャ。 ホテルの部屋に入ると外の音が消える分 余計に手持ち無沙汰になった。
「 ・・・・ あ〜〜〜〜 あ ・・・ 」
大きなため息をともに ジョーはベッドに転がった。
安堵のため息 ではない。 疲労困憊のため息 でもない。
「 う〜〜〜 せっかくの週末の夜 なのになあ〜〜 」
島村ジョーは 心の底から残念無念の大ため息を 吐きまくっているのだ。
う〜〜〜〜〜 ・・・・ ウチに帰りたい 〜〜〜〜
すぴかの声や すばるの笑顔 がない週末なんてなあ・・・
「 あ〜〜〜〜 ・・・ 」
仕事はまずまず順調にこなせた。 久々の現場でかなり緊張したけれど試験走行から
入れてもらえたので 撮りたい! と思うモノが撮れた と思う。
「 けどなあ〜 ぼくがよくても全ては読者ウケだものなあ 〜〜
う〜〜〜 こんな時にすぴかがいたらなあ〜 」
ジョーは今日の < 収穫 > を チェックしつつまたまたボヤく。
「 アイツ、面白いんだよなあ〜 感性が さ。
クルマのコトとかな〜〜んにも知らないのに すぴかが これ すき〜〜! って
言ったのは ウケるんだよなあ〜 いわゆる玄人筋に さ。 」
デジカメの分はこども達へのお土産のつもりだ。
「 すばるもさ ・・・ しんゆう君と一緒に わぉ〜〜 とか これ お気に入りに
してもいい? とか言ったのはモロ一般ウケするしなあ 」
仕事のまとめをしつつも 彼の心はどうしても家族の元へと飛んでゆく ・・・ らしい。
「 ・・・ これでいいか〜 ・・・ ふぁ〜〜〜 ・・・
あ〜 今日の現場って なんかやたら脚をだしたオンナノコ達が うろうろしてたけど ・・・
アレってモデルかなにかなのかなあ? なにしてたんだろ??
でも! 脚ならば〜〜 フランの脚が一番さ♪
あのコ達 ずいぶんカカトの細い高い靴、履いてたけど〜〜
あの脚で回ったり跳んだり出来るのかなあ? ま いっか ・・・ 」
( ジョーは ピン・ヒール とか レース・クイーン とかいう言葉を知らないらしい )
さっさと片付けてしまうと ― またまた手持ち無沙汰になってしまう。
「 〜〜〜〜 ・・・ TVなんて一人で見てもつまんないし〜〜〜
ゲームはなあ〜あんまり興味ないんだ・・・ああ つくづくぼくって無趣味なヤツ・・・ 」
マイナー思考に落ち込みかけ あわててアタマを切り替える。
「 あ チビ達にメールでも送ろうかな ・・・ でもPC、開けないかもしれないし〜
う〜〜〜ん ・・・ あ! そうだ そうだ。 ロビーに売店、あったよな〜〜
あそこにあったはずだよ? 」
彼は がばっと跳ね起きると トレーナーを着てさささ・・・っと身仕舞をすると
そそくさと部屋を出ていった。
ふんふんふ〜〜〜ん♪ すばるみたいなハナウタが廊下の奥に消えていった。
数分後 ― ジョーはにこにこ顔で部屋戻ってきた。
「 あった あったあったぞ〜〜 かなり昭和っぽいけど ・・・ らしくていいよな! 」
ライティング・ビューローの上に 紙袋からざらざらとだして並べてみた。
「 あは ・・・ なんかな〜〜 これっていったい何時の写真なんだ???
う〜ん でもこういうはっきりしたモノの方が子供には受けるだろうなあ。
え〜〜と ・・・ すぴかには〜〜 うん これがいいかな。 アングルが凝ってるし。
すばるには ・・・これ だこれ! やっぱ男の子だもんな〜 最新バージョン、と。
で フランには う〜〜ん 車には興味ないだろうし・・・あ コレがいいか。 」
しばらくあれこれ選択に悩みまくり、そのことをまた楽しみつつ ― ジョーはやっと
数枚の絵ハガキを選びだした。
そう ― 彼はホテルの売店のすみっこにひっそり置いてあった絵葉書を買ってきたのだ。
メールやラインに押されて 絵葉書の存在は影が薄くなっていた。
ジョーは家族それぞれに選んだハガキに これもしばし悩み迷ってからガシガシと書きこんだ。
「 ・・・ っと〜〜 これでよしっと。 明日帰りに駅前の郵便局で投函すればいいさ。
あは〜〜〜 こんなコトしたのって ― 初めてかも なあ〜〜 」
島村すぴか様 島村すばる様 島村フランソワーズ様 ・・・ 彼の家族それぞれの
宛名を書いたはがきを ジョーはしばらく愛しそうに眺めていた。
「 ふふふ ・・・ ヘンだなあ〜〜 自分で書いたクセにさ・・・
なんか〜〜 ほわ〜〜〜っと元気が充電できたみたいだ。 なあ すぴか。
なあ すばる・・・ フラン〜〜 アイシテルよ〜〜〜 」
出張先のホテルで ジョーはかな〜りシアワセ気分でベッドに潜り込んだのだった。
翌日はぴっかぴかに晴れ上がった日曜日 となった。
「 さ〜あ! お洗濯しますよ〜〜 あなた達、シーツと枕カバーをもってきてちょうだい。」
「「 わ〜かった〜〜 」」
朝ごはんの後、お母さんは張り切ってお洗濯を始めた。
「 よいしょ〜〜〜 はい お母さん! 」
「 はい ありがとう、すぴかさん。 」
「 ね〜〜〜 お母さん お母さん〜〜 」
「 はい なあに。 」
「 ね〜〜〜 お父さん、今日かえってくるよね? おそいの〜〜? 」
「 そんなことないと思うわ。 皆で晩御飯食べるよ〜って言ってらしたから。 」
「 うわ〜〜〜〜い♪ ねえ ねえ ばんごはん なに? 」
「 え ・・・ う〜〜ん なににしましょうか? 」
「 う〜〜ん ・・・ お父さんの好きなモノ! 」
「 あ そうね。 お父さんが好きなのは ― 」
「 カレー だよ〜〜 」
すばるがシーツの中から答えた。
「 あ すばる君、シーツ、ありがとう。 枕カバーは? 」
「 〜〜〜 僕のTシャツの中〜〜 すぼ。 」
「 ・・・ あ〜 ご苦労さま。 ・・・ ねえ お父さんが好きなのって 」
「 だ〜から〜〜 カレー♪ 」
「 すばる〜〜 ウチはおとといもきのうも カレー じゃん。 」
「 でも お父さんが好きなのは カレー だもんね〜〜 」
「 ・・・ そうねえ ・・・ でも ・・・
あ そうだわ〜〜 メールで聞いてみましょうか? 」
「 え いいの? おしごとちゅうはだめって ・・・ 」
「 帰りの時間くらいに送れば大丈夫よ。 」
「 ほんと? それじゃ〜さあ すばるといっしょにめーる したい! いい? お母さん?」
「 ええ いいわ。 じゃ リビングのPCからメールしましょ? 」
「 わ〜〜〜い〜〜 すばる〜〜〜 すばる〜〜 めーる していいって〜〜〜 」
すぴかは弟の手をとってぶんぶん振り回している。
「 ぱそこん、つかっていいの? わい〜〜♪
すぴか、ぶんしょう、考えて。 僕、 めーる うつから。 」
「 おっけ〜〜〜 う〜〜んとぉ おとうさん こんにちは おげんきですか。
アタシもすばるもお母さんもおじいちゃまもげんきです〜 」
「 ・・・ お手紙みたいだよ 」
「 おてがみじゃん! 」
「 めーるってさ〜 もっとみじかいよ。 こんばんのごはん なに とか。 」
「 なにがいいですか だよ〜〜 お父さんに聞くんだもん。 」
「 ・・・ じゃ すぴか、ぶんしょう、いって。 僕 うつから。 」
「 いいよ。 おか〜さ〜〜〜ん! 」
― すぴかとすばるは30分以上かけて作成したメールを父親に送った。
「 こ こんなのきてるコ … いない〜〜 アタシだけだ♪ 」
すぴかは紺色に水色系のチロリアン・テープで切り替えのあるレオタードを
まじまじとみつめている。 なんだかちょびっと震えているのかもしれない。
「 すぴかさんだけのお稽古着よ〜 大事に着てね。 」
「 うん!!! ありがと〜〜〜 おかあさん!!! 」
きゅうう〜〜〜〜〜 すぴかはお母さんに思いっ切りだきついた。
「 うふふ ・・ お母さんもすぴかくらいの頃、こんなの着たかったわ〜 」
「 えへへへ〜〜〜 アタシ! お稽古、がんばる〜〜〜 」
「 楽しみにしているわ。 いつかすぴかとフェッテ競争したいわ。 」
「 うわ〜〜お ・・・ ねえねえ これ・・・お父さんに見せていい? 」
「 もちろんよ。 お帰りになったら報告してあげて? 」
「 うん!!! あ ・・・ これも作文に足しておく〜〜 」
フランソワーズの娘は 母の<改造・レオタード>に舞い上がった。
「 え あんざんするの? 」
セピア色の瞳が ぽけ〜っと見つめている。
「 そうよ。 あのねえ お母さん、家計簿の計算をすばるクンに手伝ってほしいの。 」
「 かけいぼ? 」
「 あ〜〜 お家のお小遣い帳みたいなものよ。 お願いできる? 」
「 うん いいよ〜〜 はい どうぞ〜〜 」
「 あ ちょっと待ってね、 えっと・・・レシートが・・・ 」
フランソワーズは息子の前に家計簿ノートとレシートをばらばら持ち出した。
「 どれ ワシが読み上げようかの。 」
「 わ〜〜い おじいちゃま〜 おねがいシマス。 お母さんもやろうよ〜 あんざん。 」
すばるはにこにこと母を誘う。
「 え・・・ お母さんは〜〜 あ 電卓で挑戦します。 」
「 いいけど〜〜 あ おじいちゃま〜〜 < ごはさんでねがいまして〜は > って
はじめて? 」
「 よしよし ・・・ ではよいかな〜 ご破算で願いましては〜〜 88円な〜り
898円な〜り 750円な〜り ・・・ 」
しばらく博士が淡々とレシートの金額を読み上げる声が続いた。
「 〜〜〜 最後に 257円 では? 」
「 4せん5ひゃく3じゅう5えん デス 」
「 ご名算〜〜〜 ・・・ よし、書きとったぞ 」
「 あ〜〜〜 ダメだわあ〜〜 途中でわからなくなっちゃった〜〜 」
母はガシャガシャ・・・電卓のクリアボタンをやたらと打っている。
「 すごいなあ〜〜 すばる 」
博士も感心してレシートの合計とすばるの申告を見比べている。
「 えへへ〜〜〜 」
「 すばる〜〜〜 お父さんからへんじ きたよっ♪ 」
「 へんしん っていうんだよ どれ〜〜〜 みるみる〜〜〜 」
すばるはPCと姉の方にすっ飛んで行ってしまった。
「 人間の脳に勝るものは ・・・ ありえんよなあ 」
「 ええ ・・・ ほんとうに ・・・ 」
オトナ二人は チビ達を感心して眺めるのだった。
結局。 日曜日の晩御飯は ― ホット・プレート焼き になった。
( お父さんのリクエスト に すぴかとすばるの意見をプラス・・・の結果 )
・・・ ふぅ 〜〜〜〜 ・・・・
は ・・・ ぁ ・・・・ ・・・・
久し振りに、ゆったりと < 寝た >。
まだ火照りが残る身体を持て余し、フランソワ―ズはそうっとリネンの間から腕を伸ばす。
「 ・・・ なに ・・・? 」
すっかり寝入ってしまったと思っていた隣から 低い声が聞こえた。
「 あ ・・・ ごめんなさい、起こしてしまった? 」
「 ・・・ いや ・・・ 寝てないよ 奥さん。 」
「 なあんだ ・・・ うふふ ちょっとね〜〜 あなたの熱さがまだ残ってる・・・ 」
「 あ は ・・・ どれ? 」
カサリ。 大きな手が白い肩から まだ薄桃色な胸へと伸びてきた。
「 ・・・ こ〜ら ・・ もう ・・・ ね ・・・ 教えて? 」
「 ・・・ うん? なに ・・・ 」
「 チビたちの作文 見たでしょう? 」
「 あ〜 見た見た・・・ 二人とも面白かったよ〜 」
「 ね ・・・ ジョー。 あなたの夢って なんだったの? 」
「 え ゆめ? 」
「 そうよ ほら しょうらいのゆめ っていうの? 」
「 ああ ・・・ う〜ん ぼくはあんまりそういうことを思ったこと、なかったんだ。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 ぼくにとっては 今が ― 夢 かな ・・・ 」
「 ジョー。 夢なんかじゃないわ。 これは現実よ。
あなたが夢みていたことを あなたは自分の手で築いたのよ。 夢は現実になったの。
ジョーは ちゃんと夢を叶えたわけ。 」
「 あ ・・・ ははは そうかな ・・・ そうなら ・・・ いいけどな・・・
あ あの さ。 ごめん。 」
「 ?? なあに 突然 ・・・ 」
「 ウン ・・・ あのさ 出かける日に ・・・ あれこれ言って 」
「 ?? あれこれ・・・? ・・・ ああ〜〜 せんめんぐ とかのこと? 」
「 うん ・・・ ぼく ああいうの、憧れだったんだ・・・ ずっと 」
「 ああいうの? 」
「 ・・・ ぼくさ。 ぼくだけのためになにかをしてもらえるって・・・ 夢だったんだ。
ふふ・・・子供だよね、すばるよかてんでお子ちゃまだよな〜〜 」
「 ジョー ・・・ 」
するり。 しなやかな腕がジョーの首に絡みついてきた。
「 ね? わたしのゆめ はね。 まだまだ続くの。 まだまだ完結なんかしてないわ。」
「 あは ・・・ そうだよね ぼくのゆめ だって・・・ アイツらが一人前になるまで!」
「 ね ・・・ 」
「 ・・・ うん 」
二人はゆっくりと 心地よい眠りに落ちていった。
**** おまけ ****
「 わ〜〜〜〜 コレ アタシあて〜〜〜♪ 」
「 わお〜〜〜 僕の名前だあ〜〜 僕だけのだあ〜〜 」
翌日。 お父さんからの絵葉書が届き ( 投函者本人がポストからとってきた )
子供たちは ますます舞い上がってしまった。
「 あはは・・・ 大評判だな〜〜 」
「 あら わたしもうれしいわあ〜〜 ジョーから手紙もらったこと あるかしらぁ? 」
「 ・・・ あ は ・・・ 」
世紀の筆不精オトコは 首を竦めるのだった。
***************************** Fin. ***************************
Last updated : 10,14,2014.
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************** ひと言 ***********
やっと終わりました ・・・ な〜んにも起きません
はい 島村さんち は いつも ほんわかにこにこ♪ なのです〜〜