『 Darling ― (2) ― 』
ふん ふん ふ〜〜〜ん ♪
しゅば・・・っ! 人目の少ない裏通りなのを幸い、 山内タクヤは路上で
ハデ〜〜〜 に ブリゼ・ボレ をし、大きくバッチュをいれた。
「 ふっふっふ〜〜〜〜 絶好調〜〜〜〜 」
ぼすん・・! 愛用のバッグを高々〜〜〜 と放り投げ
ばっ・・・! ジャンプして捕まえた。
「 ふっふ〜〜〜 お〜っと 到着☆ あ〜〜 やっぱ ウチ がいいぜ〜〜〜 」
表通りから二筋裏に入った角に 小さな表札が掲げてある。
Ballet Studio
彼は さっと表札に向かって挙手の礼をして・・・
カッチャン ・・・ ! アイアン・レースの門を開ける。
「 ほっへ〜〜っと。 山内タクヤ たった今 海外研修から戻りましたァ〜〜 」
ぺこん、とお辞儀をすると ますます軽快な足取りで彼は階段を降りていった。
「 おっはよ〜〜ございま〜〜すぅ たっだいま〜〜〜〜 」
ガランとした玄関に 超〜〜〜ご機嫌ちゃんの声が響いた。
「 ・・・ あら? まあ 元気坊やが帰ってきたようねえ 」
このバレエ団を主宰しているマダムは 自室で準備しつつクスリ、と笑った。
ざわざわざわ ・・・ 朝のクラスが終わりダンサーたちは思い思いに
散ってゆく。
急いで着替えバイトやら教えにゆくもの すこし残って自習しているメンバーも
いる。
そんな騒めきから少し離れ 廊下の片隅で二人の人物が話しをしている。
「 え〜〜〜〜〜 なんでぇ〜〜〜 あ ・・・ シツレイしました。 」
思わず叫んでしまい、 青年はあわてて口を押さえた。
「 声 大きいわよ タクヤ 」
「 す すんません ・・・ 」
「 元気なのは結構だけど、普通の音量で聞こえるわよ。
まだ私 耳は遠くなってないから 」
「 え そ そんなコト 言って なくて その ・・・ 」
「 はいはい 帰国してすぐに朝クラスに来るなんてなかなか頑張ってるわね。
今朝の調子で次回公演も頼むわ。 」
「 じっとしてらんね〜もんで ・・・ あ! でも その公演 ・・・ 」
「 リハに間にあわないかな〜って少し心配してたんだけど。
早くかえってきてくれたから 大丈夫ね。 」
「 はい ・・・ ! って 『 ジゼル 』 っすよね?
夜は マサコ先輩が芯で 昼は フラン ・・・ソワーズ さん ・・・? 」
「 そうなのよ。 フランソワーズには頑張ってもらいたいのね 」
「 カノジョなら大丈夫っすよ〜〜 」
「 でもね 全幕はいろいろ・・・チャンレンジだわよ 」
「 そ〜すね〜〜 っ パートナーは 弘樹先輩っすか! 」
「 ええ。 マチネは 彼にしっかり締めてもらわないと 」
「 ! な〜〜〜んで!! フランのパートナーなら オレですよね !?
ほら コンサートとかでもずっと 」
「 タクヤ 仕方ないじゃない。 ま〜 今回は時間もあまりないし・・・
全幕は諦めて 」
「 時間・・って ! オレとフランなら ! 」
「 タクヤは ペザントやって。 ソワレで。 」
「 ペザントって え。 ソ ソワレ で?? 」
「 そう。 甘くみちゃだめ 」
「 あ 甘くなんか ・・・! 」
マダムは配役リストを広げてみせた。
「 真剣勝負よ。 ソワレで マサコの『 ジゼル 』 を引き立ててちょうだい。 」
「 へ〜い いや はい 相手は あ みちよちゃんか 」
「 彼女 最近いい感じなのよねえ いっつも熱心だし・・・
カノジョのこと、頼むわ 」
「 ひえ〜〜 オレだって ソワレで ペザント・・・ 初めてっす 」
「 そうね アナタも正念場よ ヨロシク〜〜〜 」
「 あ・・ 」
に・・っと笑うと マダムはさっさと私室に戻ってしまった。
( いらぬ注 : ペザント とは ・・・『 ジゼル 』 一幕で
踊られる ペザント・パ・ド・ドウ のこと。 村の若い男女が踊る
元気で楽しい踊り。 )
う〜〜〜〜〜〜〜 ・・・・・ !!
青年は 廊下の隅に立ち尽くし 嬉しいんだかなんだかよくわからずに
呻き声をあげるのだった。
山内タクヤは フランソワーズが好き なのだ。
踊りのパートナー としては勿論、 個人としてもさっいこ〜〜〜に 好き なのだ。
勿論 カノジョが人妻であり あまつさえ 双子の子供たちがいることも
そして 堅実で楽しい家庭を築いていることも 知っている。
なによりも 恋敵? の < フランのダンナ > が カッコよくてなかなかの
人物だってことも めっちゃ悔しいけどよ〜〜くわかってる。
そう よ〜〜く知っている。 のだが
彼は 彼女のことが好きで好きで好きで・・・ どうしようもない。
なかなかのイケメン、そして中身も案外堅実なタクヤはオンナノコ達から
結構人気がある。 しかし。
フランほどのオンナはさ〜〜〜 いね〜んだよぉ ・・・
ううう〜〜〜 クソ〜〜〜 うう〜〜〜
― そう つまり。 彼は雁字搦め、滅茶苦茶切ない状態なのである。
さて。 その帰り道 ・・・
「 ちぇ〜〜〜〜 ・・・ ! こんなのって〜〜〜 あり かよぉ〜〜〜 」
ぼすっ。 愛用のはずのバッグが標的になった。
「 そ そりゃ ― ヨル ( ソワレ ) で ペザント って
すっげチャンスさ。 みちよちゃんは上手いしまあ心配ない。
二人で踊りこんでゆけば けっこ〜〜いいセンゆくさ。
オレにもプラスになるぜ。 ソリスト定着できっかも・・・
けど けど けど〜〜〜〜
オレは! フランと! 全幕 やりて〜〜〜〜〜んだぁ〜〜 」
ぎゅ。 今度はバッグを情熱的に抱きしめる。
「 ううう ううう フラン〜〜〜 なんでオレじゃねぇんだよぉ〜〜〜
けどぉ あ〜あ ・・・・ 弘樹先輩には まだ敵わねぇしなあ ・・・ 」
きゅうううう〜〜〜 バッグが悲鳴を上げそうだ。
「 『 ジゼル 』 かあ ・・・ オレ、あのソロ ( 二幕のアルブレヒトの踊り )
好きなんだよなあ〜〜 なんかさ こう〜〜 切なくていいじゃん?
しっかしよ〜〜〜 アルブレヒトって さっいて〜〜〜 なやろ〜だよな〜〜 」
オレがアルブレヒトなら ・・・ 得意の妄想が始まった。
「 んだよなあ〜 地位も財産もいらねえ。 村男 ( むらお ) になって
フラン! いや ジゼル! アンタと暮らすよ! なあ フラン! オレの胸に飛び込んでこい 」
ふんっ! タクヤは鼻息荒く周囲を見回す。
「 貴族? ふん んなもん クソくらえ! 家が許さない? おう いいじゃねか
フラン、 二人で駆け落ちしよぜ。 山を越えた村で二人で暮らそう! 」
ふ ふん!
「 そうだな〜〜 駆け落ちの日に墓場で落ち合ってさ。
うん ・・ ミルタにとっつかまりそうになって ・・・ オレがフランを護る!
で もって 朝の鐘とともに 手を取って脱出するのさ ! 」
( いらぬ注 : ミルタ ・・・ 『 ジゼル 』 二幕に登場するウィリ達の女王。 )
パンっ。 バッグにパンチ炸裂だ。
「 い〜じゃね〜か! そうさ そんなはっぴ〜えんど だっていいんじゃね?
『 白鳥〜 』 だってよ、アクマを退治して 夜明けと共に
はっぴ〜〜〜〜 そして 二人はいつまでもシアワセに暮らしましたとさ
なんだぜ? 」
ふうぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜 特大のため息が漏れる。
「 あ〜〜・・・ いつかさ フランと創作パ・ド・ドゥ やりて〜なあ
もうめっちゃ甘いヤツ! へっ あのイケメン旦那がカリカリくるよ〜な
情熱的な踊りをさ〜〜 」
タクヤはジョーとも面識があり、話をしたこともある。
それどころか 彼がフランソワーズに並々ならぬ想い を寄せていることを
ジョーも! ちゃんと知っている。
「 ・・・ あの旦那さ ・・・ 天然っつかオトボケに見えるけど
なんか こう・・底知れないトコがあるんだよなあ ・・・
おっかない ってのとはちょいと違うな 凄み ってかなあ 」
タクヤは勿論彼らの < 事情 > については全く知らない。
しかし 感受性強さか 恋するオトコの直感か? < なんかちょっとヤバイ >
とは感じている。
「 ・・・ でも でも でも〜〜〜〜〜〜 !!!
オレはぁ〜〜〜 フランと踊りたいんだよぉ〜〜〜 そりゃ 白鳥や
くるみ や 眠り もいいさ。 ドンキ や 海賊っちゃ楽しくていいぜ。
けど! やっぱさ〜〜〜 恋愛モノの最高はオレ的には 『 ジゼル 』
なんだよなあ ・・・ 」
ふん ・・・ ぽ〜〜ん と愛用のバッグをまたまた放り投げる。
「 フランと踊りたくて 海外研修から飛んで帰ってきたんだぜ?
ちょい遊んできたってよかったんだけどぉ〜〜 」
只今 人気も実力も急上昇中の山内タクヤ君、海外修業やら客演やれで
忙しいのだ。
「 〜〜〜〜〜 そだ! 練習だけでも! オレ パートナーやるぜ!
うん そんでもって! 次の公演は フランと組む!
フラン〜〜〜〜 待ってろよぉ〜〜〜 」
ふん ・・・ !
彼は ぱしっとバッグを受け止め背中に回すと実に軽い足取りで大通りを歩いていった。
― なんだ アレ?
舗道の隅っこに避けていたヒト達は 呆れ顔で見送るのだった。
― その日の夜 ・・・
すでにとっぷりと暮れ 岬の洋館の窓には橙色の灯が点っている。
無事に晩御飯も終わり チビちゃん達はベッドの中でく〜く〜〜・・・寝息をたてている。
フランソワーズは 誰もいない食卓の前にぼんやり座っていた。
カチン。 お気に入りの夫婦湯呑みを そっと並べてみる。
「 ふ〜ん ・・・ ねえ はやくかえってきて ジョー 」
つん。 つん つん ・・・
ちょいと大き目の方の湯呑みを 突ついてみる。
「 たまにはゆっくり話がしたいの ・・・ ええ あなたが家族のために一生懸命
働いてくれているのは十分! わかっているわ。
それに ― ジョー あなた自身も今の仕事、好き よねえ 」
つ〜ん ・・・ 湯呑みはゆるん、と揺れるが倒れることはない。
「 ねえ ジョー。 わたしねえ ・・・ アナタと結婚して
コドモたちが生まれて ― 今 ホントにわかったの。
アナタってば 島村ジョー で最強よ。 009 なんてメじゃないわ。
本当に本当に強いのは 島村ジョー だわ。 」
ふふふ ・・・ つつつつ・・・ 指の腹でまあるい湯呑みを撫でてみた。
「 うふふ・・・ つるん、としてて気持ちいいわ。
わたしって。 ホント幸せだわ ・・・ こんな日が来るなんて
夢にも思ってなかったもの ・・・ あの頃。 ああ いやっ! 」
辛い過去は思い出すのもイヤだった。 自分自身の中で封印し ― いや
消し去ってしまいたい。
「 ― でも ジョーと出会えたのは ・・・ 。
思い出したくなんかないわ あんな事 わたしの人生から失くしてしまいたい・・
でも でも。 ジョーと わたしは ・・・ 」
もう一度、 左手を、指輪の光るほっそりした白い手を見つめた。
ホントは ― こんなんんじゃないのよ。
シワシワで 骨張ってて ・・・
もう ・・・ 生きてないかもしれない。
そうよ ・・・ ! あの子たちを生むことなんか
できなかったはず ・・・
きゅ。 フランソワーズは左手を固く結び口づけをした。
「 わたし は。 今 島村ジョーというヒトの妻で 彼の二人の子供たちの
母なの。 この幸せを ・・・ ああ 感謝しています・・・ ! 」
あ ・・・・? もしかして ジゼル は ・・・
ふっと 昼間からずっと考え続けていたことが蘇ってきた。
・・・ というより彼女はず〜〜っと横道に逸れ一人ノロケ状態だったのだが・・・
「 ジゼルは。 裏切られた哀しみよりも アルブレヒトとであって
彼を愛せた幸せを ― 一番に大切にしたかったのかもしれない ・・・・ 」
ことん。 そっと夫の湯呑みを両手で持ち上げた。
「 ね ・・・ ジョー。 わたし アナタのオクサンになれて
ほっんとうにシアワセ ・・・ ! 」
妻。 奥さん・・・?
「 ジゼルは ― オクサンにはなれなかった ・・・ のよ ね
「 ・・・ あ。 わたしって ・・・ ジゼルじゃないんだわ 今は。
あの婚約者のお姫サマ、 バチルド姫 なのよねえ ・・・ 」
つくづくと左手の指輪を眺めた。
「 ずっとジゼルの気持ちばかり考えてたけど ・・・ あのお姫サマはどんな気持ちあったの?
今 ・・・ ジョーが。 若くてキレイでカワイイ子に・・・
その・・・ 気持ちを移してしまったら ・・・! 」
もわ〜〜〜 っと。 あのヒトやら このヒトやら・・・
今まで彼の前に現れた数々の ヒト達の顔が浮かんできた。
「 ・・・ ! わたし ・・・ ! ヤキモチ、焼いたわ
そりゃ ・・・ 彼のこと、信じてたけど ・・・ でも。
ジョーってば優しいんですもの ・・・ どのヒトにも・・・だから ・・・ 」
突然 チリチリ・・・心の底が焦げるみたな気分になってきた。
「 う ・・そ ・・・・ やだ こんな気持ち ! 」
そう そんな気持ちはもうずっと忘れていたから フランソワーズは自分自身に
驚いてしまった。
「 やだわ もう・・・ ジョーはアルブレヒトみたいなヒトじゃないわ。
そうよ・・・! でも ジゼル の気持ち・・・?? 」
う〜〜〜ん ・・・ 彼女は額にシワを寄せ考えこんでしまい ―
その時 ― ぴんぽ〜〜〜〜ん 玄関のチャイムが鳴った。
「 ! ジョー 〜〜〜〜〜 」
思わず跳びあがり フランソワーズは玄関に飛んでいった。
そして ドアを開けるなり涙目で夫に問いかけてしまったのだ。
「 ― ジョー !! どうして !?!?? 」
す〜〜す〜〜〜 す 〜〜〜
今 彼女の隣では彼女の夫がシアワセそ〜〜な寝息をたてている。
ふう ・・・ そんな彼の側で彼女は輾転反側・・・ 眠れない。
ジョーは涙目で迎えた細君にびっくり仰天したが 温かいキスと共に
ちゃんと話を聞いてくれた。
「 ・・・ ふ〜〜ん ? 」
遅い晩御飯の箸を休め ジョーはアタマを振った。
「 そういうヤツはオトコとしてもちょっとな〜 」
「 そ う? 」
「 そうさ! そもそも婚約者がいるのに 他の子に手をだすとか許せないし。」
「 そうよね! 」
「 時代が時代だってこともあるかもしれないけどさ。
それにその子を死なせちゃうんだろ? そりゃ もう犯罪だぜ? 」
「 え ・・・ まあ その・・・ 」
「 そんなヤツはニンゲンとしても最低だよ 」
「 そ ・・・ そ うよ ね ・・・ 」
フランソワーズはなんとな〜〜く妙な気持ちになってきた。
・・・ でもね アルブレヒトって・・・素敵なトコもあるの よ?
「 ま ぼくとしては許せない。 ウィリ達に取殺されても当然さ。 」
「 そ・・・・う ・・・? 」
「 ああ。 さ もうそんな不愉快な話題はお終いにして・・・
チビ達のこと、話してくれよ? すぴかはいいコだった?
すばるは 泣かないでいたかい 」
「 え ええ 二人ともね ・・・ 」
「 うん うん 」
楽しい話題で晩御飯を終え 今 良人は彼女の隣で熟睡している。
彼の愛の熱さが まだ彼女の肌に残っている・・・
ふう ・・・
フランソワーズは 改めて考え込んでしまった。
「 わたし だったら … 彼を 許せるだろうか …
ジョー
ねぇ ジョー。
あなた わたしを裏切る? そんなのは最低だって
あなた 言ったけど・・・。
でも 若くてカワイイ子が現れたら ・・・
ねぇ わたしを裏切る? 」
う〜〜〜ん ・・・
シアワセそうに眠る彼の寝顔がちょっとばかり・・・小憎らしい気がしてしまった。
翌日 ―
「 おはよう〜〜 フラン! 」
フランソワーズがスタジオに入るなり タクヤが駆け寄ってきた。
「 あら タクヤ。 お早うございます〜〜 うふふ 元気ねえ 」
「 だから オレ! フランのリハで相手させてくれよ 」
「 は? 」
「 弘樹先輩、 忙しいだろ? あんまし一緒のリハ できないだろ
だから代わりにオレが ― 」
「 ! タクヤ。 冗談じゃないわよ。 アナタ、ソワレで ペザントでしょう??
あなた みちよ と組んで真剣勝負でしょ? 」
「 あ うん ・・・ けど、 オレは全幕じゃないし 」
「 『 ペザント 』 を 甘くみない方がいいと思うわ。
わたしの 今回のパートナーは 弘樹先輩よ。
お申し出、ありがとうございます。 でも ご辞退いたしますわ。 みちよにだって失礼だわ。 」
「 ・・・ フラン ・・・ ごめん! 」
彼女の静かなる怒りに タクヤは素直にアタマを下げた。
Last updated : 05,30,2017.
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********* 途中ですが
短くて そして またまた終わらなくて・・・・
申し訳ありませぬ〜〜〜〜〜 <m(__)m>
妄想人ばっかりですな・・・