『 Darling ― (3) ― 』
きゅ。 ポアントのリボンをもう一回しっかりと結んだ。
さささ・・・っと髪にも手を当て ピンをしっかり止めなおし
フランソワーズは 小走りにスタジオの入口まで駆けていった。
「 あ あの。 弘樹先輩。 どうぞ宜しくお願いいたします 」
「 ん〜〜〜 おはよう〜〜 こちらこそヨロシク〜〜 マドモアゼル♪ 」
「 は は はい ・・・ 」
入ってきた長身の男性は ジャージーをひっかけたまま に・・・っと笑った。
「 ま〜 今日は初回だから さ。 振りの確認から行こうよ。
あ ウチの 『 ジゼル 』、 一応 パリ・オぺ版なんだけど
君 向こうで踊ってる? 」
「 あ・・・ 練習だけ です ・・・ あのこちらの 『 ジゼル 』は
DVDで勉強しました 」
「 お そう? さすが〜〜 それじゃ今日中にかなり進められるかな 」
「 が がんばります ・・・ ! 」
まあ リラックスしてゆこう〜〜 と 男性は隅っこでシューズを履き
簡単なストレッチを始めた。
「 ん〜〜〜っと ・・・ ちょっと音 流そうか 」
「 はいっ 」
「 それじゃ ・・・っと 」
男性はリモコンのスイッチをちょんと押した。
・・・ しっかり踊らなくちゃ! 先輩に迷惑かけないように !
フランソワーズは すう〜っと意識を集中させた。
ここは バレエ団の自習用のスタジオ。
今日から 次の公演のリハが始まっていた。
最初は とりあえず自主リハ・・・というかダンサー同士で振りを固め
踊りをきめてゆく。 芸術監督のマダムに見てもらうのはまだまだ先だ。
今回 マチネとはいえ全幕ものの芯を務めるフランソワーズは ―
目を閉じて 出の音を待った。
〜♪ 〜♪ 村オトコに身を窶したアルブレヒトがジゼルの家のドアをたたく。
「 ・・・? だあれ? 」
ドアを開けて ― ぱあ〜〜〜っと笑顔のジゼルが登場する。
アルブレヒトは わざと蔭に隠れる。
「 あら? 誰もいないわ ?? ・・・ あのヒトかと思ったのに・・・ 」
しょぼん としたジゼル。 その前に颯爽と現れるアルブレヒト。
「 やあ お早う 愛しいヒト 」
「 まあ 」
う わ ・・・ !
さっと現れた < 王子様 >に ジゼル、いや フランソワーズはどっきり。
思わず 心が揺れてしまった。
な んか ・・・ この笑顔って・・・ !
くらり、と揺らめく心を 彼女は必死で隠した。
「 ふんふ〜〜〜ん お。 いいねえ〜〜 その笑顔。 」
「 は はい ・・・! 」
「 そんじゃ 軽く〜〜 ほい 」
「 は はい
」
最初の二人一緒の踊り ― 恋人同士の甘い囁きみたな踊りだ。
ほんの数歩のステップが 羽根が生えたみたいだった・・・
踊りながらも ちら・・・っと飛んでくる視線が彼女のハートをくすぐる。
やだ・・・ 弘樹先輩って。 ステップも正確だけど
この笑顔と流し目って なに??
じろじろ見るわけじゃないし じ〜っと見つめるのでもないのに
うわ〜〜〜ん ・・・
パートナーの先輩のオトナの色気 に 背筋がぞくぞくしてしまう。
や〜〜ん ・・ こんなヒト、パリでもいなかった ・・・ かも。
きゅう〜〜ん。 乙女心がほほを染めている。
! っと。 演技 演技よ〜〜 あっは。
でも でも なんて 魅惑的なのぉ〜〜〜
・・・ ジョーって やっぱ・・・ <18歳 > だわあ・・・
ううん! わたしにはぴったりなの。
わたしは ― わたしだって お子ちゃまだわ !
永遠の18歳 の笑顔が 一番大切なヒトの笑顔がほわ〜ん と
心に浮かび 彼女はす・・・っと 村の乙女・ジゼルに戻った。
「 〜〜〜〜 ん〜〜〜 軽くていいねえ 」
「 は はい ! 」
「 あ ほらほら 笑って〜〜〜 もっと自然に 僕は君の恋人なんだよ 」
「 は はい ! 」
フランソワーズは表情を動かそうと 苦心している。
「 ふつ〜でいいんだよ〜〜 ま ここはいっか ・・・
そんじゃ あ 君のソロ やろうか 」
「 あ・・・あのう ・・・・ 」
「 なに? 」
「 あの。 ソロは一人で自習できますから。 パ・ド・ドウのとこ・・・
お願いしてもいいですか? 」
「 あ いいけど・・・ この雰囲気で二幕いっていいかなあ 」
「 はい。 できるだけ多く踊り込みたいんです 」
「 お〜〜 いい心がけだな。 じゃ ・・・ 二幕の〜〜〜っと 」
「 はい あのリフトのところから いいですか? 」
「 勿論 すこし前から音 だすよ 」
「 はい 」
フランソワーズは スタジオの隅に駆けていった。
・・・ 低く淋しい音が流れ始めた。
「 ・・・ ! 」
下手から フランソワーズが、 いや ジゼルが走り出してきた。
「 ! 」
ほぼ中央にいた < アルブレヒト > は 彼女を高々を頭上に持ち上げる。
「 うん いいよ〜 このタイミングでゆこう
」
「 は はい ・・・ ! 」
「 そんじゃ パ・ド・ドウのアタマから 」
「 はい。 」
「 ・・・っと。 オレ ・・・ ここで死んでるから 」
男性はおどけた様子で奥にひっくりかえった。
「 うふ ・・・ それじゃ 」
ジゼルは中央に出て 静かに静かに踊り始めた。
誘うように 庇うように ・・・ ジゼルはアルブレヒトと踊りだす。
「 ・・・ ん〜〜 もうちょっとゆっくり かな
」
「 は はい 」
サポートをし自分自身も踊り続けつつ 男性は的確にアドバイスをだす。
「 そうだね〜〜 いいね そのカンジかな 〜〜 」
「 ・・・ はい ・・・! 」
フランソワーズはその声に耳を澄ませ 踊りを修正してゆく。
すご ・・・ さすが経験豊富な先輩だわ ・・・
こんなリハ やったことないもの
ふふふ タクヤとだと いっつもケンカになっちゃうのよね
「 ・・・・・ 」
パ・ド・ドウのラストで ジゼルは愛する人を庇いつつ哀切の別れを告げる。
そう よ。 このヒトは わたしの大切なヒト・・・
命をかけて愛したヒト ・・・
ねえ あなた。 生きて。 あなたの思いのままに生きて・・・!
・・・ 愛している わ ! あなた ・・・!
夜明けの鐘と共にジゼルは静かに 残った闇の中へ消えてゆく。 ひっそりと・・・
「 !!! 」
朝陽の射す中 ・・・ アルブレヒトは痛恨の思いでジゼルの墓の前に打ち伏すのだった。
「 ふ〜〜〜〜〜・・・ 」
フランソワーズが音を止めると 男性はゆっくりと立ち上がった。
「 あ ありがとうございました 」
「 う〜〜ん いい感じだった! 」
「 そ そうですか? 」
「 ああ 君ってホント可愛いねえ・・・・純情なジゼルで 楽しみだよ♪ 」
「 え・・ あ あの ・・・ 」
「 十分に踊りこんで行こう。 いい舞台にしよう 」
「 は はい 」
「 じゃ 細かいこと、ちょっと言うよ? そっちも注文があったら言って
くれるかな 」
「 注文だなんて そんな 」
「 いや 二人の踊りだから。 ああ いいなあ〜〜 ふふふ
アイシテルって言いたくなっちゃうな〜 」
「 ・・・ あ 」
男性は フランソワーズの手を取ると ちょん、とキスをした。
「 あはは・・・ ご主人さんに叱られるかな 」
「 え・・・ ジョー いえ 主人のこと ご存知なんですか 」
「 あ〜 かわいいチビちゃん達も知ってるよ ほら 小品集パフォの時
迎えに来てただろ 」
「 え ええ 」
「 ステキな家族だなあ〜って 眺めてた。
ああ この家族が君の笑顔のモトなんだね 」
「 え ・・ あ はい そうです。 」
「 いいね うん 笑顔のジゼル が どんなウィリになるのかな
ぼくは そんなジゼルを蕩かす王子を踊るからね 」
「 きゃ ・・・ コわ〜〜い 」
あははは・・・ うふふふ ・・・
なにやらいいムードになってきた。
! 頑張るわ! は 初めての大役なんですもの!
フランソワーズは 笑顔の中でも きゅっと心を引き締めるのだった。
「「 お願いします!! 」」
「 音 でま〜〜す 」
〜〜 ♪♪ ♪ 元気のいい音が流れはじめた。
「 いくぜ ! 」
「 おっけ〜〜 」
若者が二人 腕を組んでスタジオの中央に飛び出してきた。
― このスタジオではタクヤとみちよ が奮戦していた。
飛び跳ねたくなりそうな音が続き ― 二人は弾ける笑顔で踊ってゆく。
♪ ! 音が止まり カップルもぴたり、と動きを止めた。
「 あ〜 ちょっと音 止めて〜 」
「 ハイ。 」
このバレエ団の主宰者で 芸術監督でもある老婦人は椅子に座って眺めていたが
音出し係に指示を出した。
「 あ ・・・? 」
「 ふぅ〜〜 」
「 あ あの ? 」
ペザント・パ・ド・ドウ のアダージオを踊っていた二人は あれ? という
顔をした。
「 お オレ ・・・ 振り ちがってたっすか? 」
「 い〜え 正確でしたよ、 二人とも。
」
「 ハア ・・・ 」
タクヤもみちよも 少しぽかんとして立ち止まっている。
「 ちゃんと踊れてましたよ、 音も外してないし。
でも ね 」
「 ハイ・・・ 」
「 はい ・・・ 」
老婦人は すっと立ち上がった。
「 あのね。 タクヤ。 これはね 『 ペザント 』 なのよ?
王子の踊りじゃないの 」
「 へ・・・? 」
「 ダンスール・ノーブル を目指しているのだから仕方ないかもしれないけど。
でも これは 農村の元気なお兄ちゃんとお姉ちゃんの踊りよ?
ほっぺが赤くて 土の匂いがしてきそうな ・・・ ね 」
「 ・・・ あ ・・・ 」
「 王子サマ と お姫サマ の踊りじゃないから。
そこんとこ よ〜〜〜く考えてみて。 いいかしら 」
「 「 は はい 」」
「 二人で解決できると思うわ。 そしたら見せてちょうだい。 」
「 は はい 」
「 はい 」
タクヤは そして みちよ も きゅう〜っと唇を引き結び頷いた。
「 じゃ お疲れさまね〜〜 」
「「 ありがとうございました 」」
に ・・・っと笑みを返すと靴音たかくスタジオを出ていった。
ふうう ・・・・ 二人ともほぼ同時に大きく息を吐いた。
「 あっは ・・・ ゴメン オレ ・・・ 」
「 タクヤくん 」
「 オレ ・・・ なんかさ、さいて〜だよなあ 」
「 なに それ ? 」
「 ウン ・・・ ひっで〜〜考え違いってか 」
「 ・・・ それは 」
「 ゴメン。 オレ ― 必死でやる。 ヨロシクお願いします みちよちゃん 」
タクヤは ぺこん、とアタマをさげるとみちよに手を差し出した。
「 タクヤくん。 アタシも必死だよ。 こっちこそよろしく。
ソワレ で 目立とうね!
」
「 おう! 」
「 あはは〜〜〜 農村のおに〜ちゃんとおね〜ちゃん 踊ろうよ 」
「 ああ ほっぺ赤くしてさ〜 」
きゃははは〜〜 はははは 笑声をあげつつ二人はしっかりと握手を交わした。
やったる! オレのダンサーとしての幅を広げるぜ
進化したオレを フラン〜〜〜 見ててくれ!
タクヤは < 本気 > になっている。
とぽぽぽぽ ・・・ 香たかいお茶が注がれる。
「 はい どうぞ。 」
フランソワーズは湯気のたつ湯呑みを ジョーの前に置いた。
「 お ありがとう ふ〜〜・・・ん いい香だねえ 」
「 ええ あのね ぎょくろ というのですって。 博士のお土産よ
」
「 ふうん ・・・ あ〜〜〜〜 んま〜〜〜 」
ずずず・・・っと少々行儀悪く でもとても美味しそう〜〜に 彼はお茶を啜った。
「 紅茶もいろいろあるけど・・・ 二ホンのお茶も沢山の種類があるのねえ 」
「 そうだね ああ いい玉露だよこれ・・・ ふう〜〜〜 」
ほっこり気分で 彼は夫婦茶碗を置いた。
「 あ〜〜 満足・・ あ そうだ 次の公演のリハ どうだい
この前いろいろ・・・ ほら悩んでいただろ 」
「 ええ ・・・ 」
「 またアイツと組むのかい 」
「 アイツ? 」
「 ウン・・・ アイツさ あの ・・・ 」
「 ? ・・・ あ〜 タクヤ? 」
「 そ! アイツと踊るのかい 」
「 ううん 今回は もっと先輩・・・というかベテランの先生と組ませてもらうの。」
「 へ〜〜〜 アイツじゃ頼りないってかい 」
「 違うわ。 頼りないのは わたし の方。 わたし、全幕モノで芯をやるのは
初めてだから ・・・ パートナーにしっかりしたベテランの方をお願いするの。」
「 へえ ・・・ そういうモンなのか 」
「 ええ。 タクヤもね〜 今度の公演は正念場ね。
ソワレでみちよと ペザント だもの。 」
「 ぺ・・? なに ? 」
「 ペザント・パ・ド・ドウ。 一幕で中心になる踊りなの。 ソワレですもの〜〜
大変だと思うわ 二人とも 」
「 ふうん ・・ で ウチのオクサンは調子はどう? 」
「 う〜〜〜ん ・・・ そうねえ・・・ 踊りのテクというより・・・
ちょっとっクラクラ〜〜〜 してるわ。 」
「 く くらくら?? 」
「 そ。 先輩の アルブレヒト・・・ もうねえ 目線ひとつで どき♪ なの〜〜」
「 な なんだって ?? 」
「 もうねえ 最初っから こう〜〜 流し目されて わたし きゅ〜〜〜ん♪ 」
「 む ・・・ 」
ジョーの奥方は 胸の前で手を組みあまつさえ頬を紅潮させているのだ。
な ・・・ んだって?? 今度は年上のヤロ〜 なのか???
「 ふう〜〜〜ん ・・・・ 」
わざとゆっくり 余裕たっぷり〜〜 なフリで ジョーはずずず〜〜〜っと
お茶を飲み干す。
うへ ・・・ ヌルくなってる・・・ぬるくても美味いけど。
ふん アイツじゃなくて 年上かあ・・・・
ぼくとだってたいしてトシ、変わらないんじゃないか?
見た目は 永遠の18歳 でも 実際に年月を重ねてくるうちに
ジョーにも それ相当の雰囲気というか中年に近い落ち着いた雰囲気が
備わりつつある ・・・ のだが。
「 なんかね〜〜〜 ジゼルの気持ちがきゅんきゅんわかるのね〜〜
あの目で じ〜〜〜っとみつめられたら ― 抵抗できる女の子なんて
いないわ 」
「 ふん ・・・ 根っからのタラシってヤツか 」
「 う〜〜ん? でもねえ チャラ男じゃあないのよ アルブレヒトって。
彼のやったことは許せないけど ・・・ やっぱり彼は本心から
ジゼルのことが好きになったんだと思うわ 」
「 ・・・・ 」
「 弘樹先輩のアルブレヒトって そんなトコもしっかり見せるのね。
すごいわあ 〜〜 もうドッキドキよぉ〜〜 」
「 ・・・・・ 」
彼の奥方は どうやらぞっこん〜〜 らしい。
なんだよ〜〜 その先輩 と キャラクターの設定が
ごちゃごちゃになってるじゃないか ・・・
おい〜〜〜 しっかりしてくれ ぼくのオクサン!
「 ま ・・・ いい舞台を頑張ってくれたまえ。 」
ジョーは 余裕〜のにっこり笑顔を見せた。
「 ええ ありがと ジョー。 うふふ・・・ わたしにはアナタがいてくれて
本当に幸せ〜〜って思うわ。 」
「 え?? 」
「 だからね〜〜 うふふふ〜〜〜 アイシテルってことよ♪ 」
ちゅ。 ジョーの頬に柔らかな唇が吸いついてきた。
「 うほ♪ 」
「 ね・・・? 」
艶っぽい瞳がじ〜〜〜っと彼を見上げてくる。
「 うへへ ・・・ 」
きゅ。 白い手を熱くにぎり返した。
― 二人のあつ〜〜い夜が始まる ・・・
・・・ うん? さっきのハナシは結局どうなったんだっけ・・・?
ジョーの脳裏に ほんの一瞬だけギモンが浮かんだが
彼は目の前の白い胸に顔を埋め ― そんなモノはたちまち消えてしまった。
けど。 朝がくれば。
がやがや ぱたぱたぱた rrrrrr〜〜〜
だからぁ〜〜 え だめだよぉ はい? ・・・ え〜〜〜
編集部は相変わらずさまざまな音で満ち溢れている。
歩き回る靴音に 電話の声のトーンも一段と上がり ・・・ デスクの前で
モニターを覗くものもいちいち反応して ますます音量をあげていた。
― そんな中で ・・・ なぜかし〜〜ん? としている個所があった。
「 え〜〜と ・・・ ? あれ ぇ ? 」
カツカツカツ。 アンドウ女史が足音たかくそこに近寄ってきた。
「 島ちゃ〜〜ん? どうしたのよ? 」
「 へ?? 」
ひとり モニターをぼんやり見つめているヤツの後ろに彼女は立った。
「 なに ぼ〜〜〜っとしてるのよぉ 」
「 あ ・・・ いや 」
「 いや じゃないわよぉ ち〜ふ!!! そろそろ修羅場突入なんだよ〜 」
「 あ はあ 」
「 ・・・ どしたのよ?? 体調でも悪いの? あ 二日酔いとか 」
「 え ・・・ あ〜 違いますよ ・・・ ふう〜〜〜 」
「 ちょっと! 溜息なんかついてる状況じゃないよっ
チーム2 の ハシラ、全部点検した? 」
「 あ はあ ・・・ ジゼル かあ ・・・ 」
「 なに?? 」
「 ・・・ いえ ・・・ フランってば ・・・ 」
「 し ま む ら クン! 」
「 はあ ・・・? 」
「 はあ じゃないでしょっ! ふらん・・・ってあの美人な奥方が
どうかしたの? それともチビちゃんたちが なにか?? 」
「 い いえ ・・・ ただそのぅ〜〜〜 妻が 」
「 妻が? 浮気でもしてるっての?? 」
「 う うわき??? そ そんなあ 〜〜〜 」
思わず上げた涙声に アンドウ女史の方が面喰ってしまった。
「 な なによ ? 」
「 ・・・ 相手役に クラクラくるって言うんですよぉ 」
「 はあ?? 」
こりゃ重症だ・・・と アンドウ女史はイスを引き寄せると 後ろにピタリと座った。
「 ちょいと。 さっさとこのおねいさんに話してごらん。
いま 君にぐちゃぐちゃ悩んでいられちゃ 編集部は困るんだよね
」
「 は あ ・・・ あのぅ〜〜 」
相変わらずぼ〜〜っとした眼差しで 彼はとつとつ語り始めた。
「 ・・・ そんなんで ぼく ・・・ あのぅ〜〜〜 」
ジョーはやっと話を終え ふか〜〜〜〜いため息を吐こうと ・・・ その時。
「 〜〜〜〜〜 喝 〜〜〜〜〜〜っ !!! 」
「 はへ??? 」
「 な な なに??? 」
「 かつってなにに勝つのぉ〜〜 」
「 え 夜食にカツがでるって?? 」
一瞬 編集部内はし・・・・んと静まりかえり ― 直後に騒然となった。
「 アンドウ課長〜〜〜〜 カツって なにカツですぅ??? 」
「 ちーふ〜〜 シマムラち〜ふ〜 カツ 注文してくれるんですかあ 」
わらわら・・・部員たちが集まってきてしまった。
「 あ〜〜〜 なんでもないよ。 勝つ でも カツ でもないよ
ほら みんな〜〜〜 仕事 仕事! 今は野次馬してていい時期じゃないっしょ!」
「 〜〜〜〜ん ・・・・ 」
「 っけね〜〜〜 これ即仕上げだった・・・ 」
さすがにプロの部員たち 野次馬根性をさらりと捨ててそれぞれの仕事に
舞い戻った。
「 あ ・・・ みんな ・・・ 」
「 そうだよ! 島ちゃん、 いや 島村ち〜ふ! 今はそ〜ゆ〜時期! 」
「 は あ ・・・ です よねえ ・・・ はあ〜〜〜 」
一応頷くが 彼の表情は精彩を欠く。
もし。 この有様をBGの幹部が垣間見たならば ― 完全に人選を間違えたと
痛恨の後悔をすることだろう ・・・
「 ちょっと! 」
どん。 アンドウ女史の鉄拳がデスクに炸裂した。
「 毅然として構えているのが 旦那でしょ。
島ちゃん アンタ あのカワイイ美人妻の オット なんでしょ! 」
「 はあ ・・・ だから余計に その悩んで・・・ 」
「 それにさ アンタだって編集人の端くれ・・・ ジャーナリズムの世界に
身を置いてるわけでしょ〜が ジャーナリストの一人でしょ! 」
「 ・・・ ジャーナリスト というほどでも ・・・ ぼくはエッセイとか
ノベル が担当・・・ 」
「 雑誌編集者だってひっくるめれば ジャーナリスト だよっ
冷静に事態を観察し分析し理解しなよ。
え?? だいたいね〜〜〜
浮気してる妻が ほけほけ喜んでオットに話す?? ぺらぺらしゃべる?
きゅんきゅんしちゃうの〜〜〜 なんて 言う?? 」
「 あ・・・・ 」
「 あ じゃないよ。 よく考えなさいっ ただし帰宅してから ね!
ほら 今は! 仕事 仕事 仕事〜〜〜〜〜 」
「 は はい ・・・ 」
「 いい? 島ちゃん。 島ちゃんのオクサンが愛する旦那さんは!
この世で 島ちゃんだけ! なんだよっ 」
「 は はい〜〜〜 」
ぱんっ! かな〜〜り強烈な平手ウチが ジョーの背中に炸裂した。
「 うだうだしてたら。 ― オクサン、 どう思うかねえ 〜 」
「 ! 」
ジョーは 途端にきゅ・・・っと表情を引き締め デスクに向かった。
そして ― 公演の日。
マチネとはいえ客席はほぼ埋まり 観客たちは賑やかな前半と幽玄でもの哀しく
そして感動的な後半に夢中になった。
カーテン・コールでは なんと〜〜
アルブレヒトは 愛しいヒト、最愛の恋人・ジゼルを < お姫さまだっこ > して現れた !
ジゼルは 幸せに輝く笑みをパートナーと そして観客に振りまくのだった。
きゃ〜〜〜〜 ♪ わあ〜〜〜〜 ブラヴォ〜〜〜
満場の拍手の中 ・・・ ち〜〜〜とも面白くも楽しくもないオトコが 二人。
凍り付いた営業用にっこり と 引き攣り笑顔 は ― そう あの二人。
くっそ〜〜〜〜〜 !!! オレ、負けねえぜ〜〜
うううう〜〜〜 ぼくの愛しい人は なんだってこんなに魅惑的なんだよぉ〜〜
Darling ― 愛しい愛しい愛しい アナタ ♪
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Fin. ******************************
Last updated : 06,06,2017.
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************* ひと言 ***********
『ジゼル』 好きです、コールドでもすご〜〜く
感情移入できるし。 フランちゃんは
とてもとても素敵なジゼルを踊ることでしょうね