『 ちびくろ ― (2) ― 』
タタタタ ・・・・ タッタッ ・・・
軽い そして 普通よりもかなり速い足音とほぼ同時に 一人の青年の姿が現れた。
「 ・・・ え〜〜〜と ? うん こっちの道だったよなあ ・・・ 」
きょろきょろ あちこちを見回し、彼はすこし焦った表情だ。
長めの前髪が くしゃくしゃになっている。
「 半月後って言ってたよなあ・・・そうだ!たしか こっちだったよ!
うん、 大きな木ばっかのところを過ぎると少し広場になってたんだ〜〜 」
時刻はもう夜の領域、ヒトが減ってきているのは結構だけど、薄暗い街灯の下ではなにもかも
輪郭がぼやけ ― 知らない世界に迷い込んでしまった気分になる。
「 ああ もうちょっと・・・明るい時間に来るべきだったよなあ ・・・
でも ・・・ 仕方ないよなあ ・・・ あの教授ったら時間の観念がぜんぜんないんだもの!
まあ 博士からの用事はきちんと終わったけど ・・・ 」
ぶつぶつ言いつつも 彼はしきりと辺りを見回している。
「 あ〜〜・・・ も帰っちゃったのかなあ・・・ そうだよねえ、こんな時間までは
< 営業 > してないよな。 猫さん達のご飯だってあるだろうし。 」
ふううう 〜〜〜〜 ・・・・ 彼は大きくため息をついた。
「 う〜〜〜 残念〜〜〜 アイツに会いたかったんだけどなあ ・・・ 」
しばらく立ち止まっていたが やがてもう一つ、ため息を吐くと彼はのろのろと戻り始めた。
「 また半月後に来てみれば会える ・・・ かな。 ・・・ うん? 」
― なにかが 彼の耳に入ってきた。 とてもか細い声、哀し気な声 が・・・
「 ? ・・・ ま さか ・・・ ちびくろ ??? 」
ジョーは ― 彼の視聴覚を最大にアップした。
その日、ジョーは博士の用事で 都心に来ていた。
某国立大学の教授を訪ね、博士からの < 預かりもの > を届け そしてその教授からの
< 預かりもの > を受け取った。
生まれて初めて足を踏み入れた国立大学のキャンパスは広くて なかなか興味深かったけれど
散々待たされたのでさすがのジョーも少々疲れていた。
「 ふうう ・・・ あ〜〜〜 やっと済んだよ〜〜〜 ・・・
いまどき 手渡しって・・・ なんなのかな コレ・・・ まあ いいけど。 」
受け取った封筒を大切に、とジャケットの内ポケットに入れた。
「 ・・・ もうこんな時間 ・・・ まだいるかなあ・・・ 」
彼はちらり、と時計を見てから大急ぎでメトロの入口へと駆けていった。
そんな訳で ジョーはもうすっかり暗くなってしまった公園の中をうろうろしていたのである。
「 たしか こっちから聞こえて ・・・ あれ? 」
大きな茂みの角を曲がると ― ざわざわとした空気と歩き回る数人の姿があった。
「 あ! まだ居たんだ ・・・? え ? 」
しかし ― そこには大道芸に集う楽し気な雰囲気は皆無だった。
パトカーが二台、歩き回る警官たち、そして 地面に屈みこんでいる係官とみられる人々。
周辺にはロープが張られ、騒然とした空気が流れている。
そして その向こうでは数人の野次馬と思しき人々が首を伸ばして眺めている。
「 ・・・ あ あの? なにか あったんですか? 」
彼は後ろの方にいた中年の女性にそ〜っと聞いてみた。
「 え? なにかってアンタ! 轢き逃げ だよ! 」
「 え!? こ 公園の中で ですか? 」
「 そうなんだよ〜〜 なんでも猛スピードで違法侵入してきて 跳ね飛ばしてったって。 」
「 だ ・・・ だれ を ・・・ 」
「 爺さんさ。 ほら ここで最近 猫の芸を見せる爺さんがいただろ。 」
「 え!? あのヒトが??? 」
「 おや アンタの知り合いかい。 」
「 いえ ・・・ ぼくもその芸を見たこと あるから・・・ 」
「 ああ アタシもだよ〜〜 賢い猫たちだったのに〜酷いことをするもんだねえ ・・・ 」
「 あの! ね 猫たち は・・・ 」
「 あっち。 ほら ・・・ 可哀想に〜〜〜!!! 」
今度は若い男性が 涙声で指さした。
そこには ― 跳ね飛ばされた黒猫達の骸が 転々と落ちているのだ。
「 !!! ひ ひどい ! 」
「 だろ?? 猫にはな〜〜んの罪もないのに!! 」
「 ・・・・・ 」
み ・・・ ぃ ・・・ み ぃ ・・・・
ジョーの耳に 消え入りそうな鳴き声が、ちびくろ の鳴き声が聞こえる。
「 ・・・・ 」
ひょい。 彼は KEEP OUT のロープをくぐった。
「 あ ! あんた 〜〜〜 いけないよ、叱られるよっ 」
先ほどのオバチャンが声を張り上げた。
その声に 警官が一人、振り向いてジョーをとがめた。
「 あ〜〜 立ち入り禁止ですので〜〜〜 入らないでください〜〜 」
「 すみません! あの! 仔猫を助けたいんです! 」
「 仔猫?? あ〜〜 皆死んでるよ。 すぐに役所がくるから 」
「 いえ ・・・ 一人、いや一匹まだ生きてるんです! その・・・ 母猫の腕の中で! 」
「 ええええ??? 」
「 ちょっといいですか? ・・・ ああ やっぱり ・・・ おいで。 」
ジョーは倒れている母猫の側にゆくと その冷たくなってしまった腕の中から
切れ切れに鳴いてる仔猫を抱き取った。 白い手先がぱっと目にとまった。
「 うわ ・・・ よくわかったねえ ・・・ 」
「 あ 声が聞こえたんで ・・・ もう大丈夫だよ・・・ 」
ジョーはブルゾンを脱ぐと ぶるぶる震えている仔猫・ちびくろをしっかり包みこんだ。
「 あのう〜〜 このコ・・・ ぼくが引き取ってもいいでしょうか。 」
「 う〜〜ん・・・ 自分の一存じゃなあ・・・ ちょっと待っててくれるかい。」
「 はい。」
若い警官は パトカーへ駆け戻り、代わりに少し年配の警官が戻ってきた。
「 やあ 仔猫を助けてくれたそうだね? 」
「 あ はい ・・・ 声が聞こえたんで ・・・ その母猫がしっかり抱いてて・・・ 」
「 そうか〜 うん 惨い事件だからねえ・・・ 許せんよ! 」
「 ですよね。 なんでこんな酷い・・・! 」
ジョーはしっかりちびくろを抱きしめつつ 身体が震えるほどの怒りを感じていた。
「 君 どうしてここへ? 」
「 あ あの ・・・ 大学に行った帰りで ・・・ 」
「 あ〜〜 芸大生か。 ああ そんな感じだな。 」
「 ・・・・・ 」
警官は勝手に誤解しているらしいが ジョーは黙っていることにした。
すぐ近くには芸術関係の国立大学のキャンパスがあるのだ。
「 ・・・うん 猫好きらしいしな。 じゃあ ・・・ 頼む。」
「 え! いいんですか! 」
「 うん・・・ このままにしてはおけんし、仔猫じゃ証人にもならないしな。 」
「 あ ありがとうございます〜〜〜 よかったなあ お前〜〜 」
「 すまんが ・・・ 一応、住所 氏名、書いてくれるかい。
君も今後、この事件の進展、知りたいだろうし ね。 」
「 はい。 ・・・ ここです。 ぼく、両親ともに亡くなっていて・・・
後見人の方と一緒に住んでいます。 」
ジョーはさらさらと書き、渡した。
「 そうか ・・・ それじゃ その仔猫、頼みます。 ありがとう。 」
「 いえ ぼくの方こそ ありがとうございました。 大事にします!
それでもって 絶対に絶対に犯人を捕まえてください!! 」
「 ああ 任せておいてくれ。 」
「 はい。 それじゃ失礼します。 さあ 帰ろうな〜〜 ( ちびくろ ) 」
「 ・・・ み ・・・ ぃ ・・・ 」
「 もう大丈夫。 安心しろよ ・・・ 急いで帰らなくちゃな。」
ジョーは ブルゾンをしっかりと抱え駅に向かった。
「 まあ ・・・!! そんな 酷い!! 」
ずいぶんと遅くに戻ったジョーを フランソワーズは心配顔で迎えてくれた。
彼は仔猫をこっそり抱いて電車を乗り継いで帰ってきた。
― そして ・・・ 彼から顛末をきくと 彼女は顔を真っ赤にして怒った。
「 ゆ 許せないわっ!!! そんな! 轢き逃げだけでも卑怯なのに
ね 猫さん達まで! わたしが許さないわっ! 」
「 うん。 ぼくが現場に居合わせていたら絶対に逃がさなかったのに。 」
「 そうよ! ああ ちょっと見せて? ・・・ ちびくろ なんでしょ? 」
「 うん ・・・ ほら ・・・ 」
ジョーはずっと抱きしめてきたブルゾンの包みを そっと開けた。
・・・ み ・・・ 白い手首がこそっと動いた。
「 ・・・ ! ジョー! 早く博士を呼んできて!
それで お湯とねえ、タオル もってきて! あとね、ミルクと小さなお皿! 」
ブルゾンごと抱き取ると、彼女は矢継ぎ早に指示を出した。
「 え 博士、もうお休みじゃ ・・・ 」
「 いえ まだお部屋で起きていらっしゃるはずよ。 このコ! 脚を怪我してるの!
あと打撲と切り傷 ・・・ 骨は無事だと思うけど 」
さすがの003、 さっと仔猫の状態を見極めた。
「 わ わかった〜〜 えっと お湯とタオルとお皿とミルクとあとは〜〜 博士! 」
ジョーは ぶつぶつ唱えつつ、どたばたと駆けだしていった。
「 さあ〜〜〜 おいで・・・ ちびくろ? 」
フランソワーズはそう・・・っとくったりしている仔猫を抱き上げた。
「 ああ そう、やっぱりあなたね・・ ・ この白手袋が目印ですものねえ・・・
よしよし・・・ 脚が痛いのね、すぐに治してもらうからね・・・ 」
冷えないように、と彼女はタオルでまず仔猫を包みその上にジョーのブルゾンを掛けてから
抱き上げた。
「 水が必要かしら ね? ああ でもやっぱりリビングがいいわ。
さあ こっちでね、もうちょっと辛抱してね。 」
彼女は仔猫の包みをそう〜〜っとソファに置くと 古い毛布やらタオル類、
ゴミ袋やら古新聞をごそごそ 引っぱりだしてきた。
「 これで準備オッケーね。 ・・・ ちびくろ、ジョーのためにも元気になってね! 」
カチン カチャ ・・・ 陶器の触れ合う清んだ音がする。
ふわ〜〜ん ・・・ と いい香の湯気がリビングに漂ってきている。
「 博士、ドロップ・クッキーですけど ・・・ 夜食に如何ですか。 」
フランソワ―ズが紅茶セットのワゴンを押して入ってきた。
「 あ ・・・ う〜〜ん いい匂いじゃなあ〜〜〜〜 」
「 こんな時間にごめんなさい、お疲れでしょう? お好きなロシアン・ティー、淹れましたわ 」
とぽぽぽぽ・・・ 琥珀色の液体が白いカップに注がれる。
「 いやいや ・・・ このコの生命力の強さかのう。 もう心配はいらんよ。 」
博士は傍らに置いた箱を覗き込み、ぽんぽん・・・と軽くタオルを叩いてやった。
「 よかった・・・ もうね、ジョーがず〜〜〜っと胸に抱いてきたんです。
くるんできたブルゾンは血のシミがいっぱいで・・・ もうダメかと思いましたもの。」
「 うむ ・・・ ジョーの話だと轢き逃げ事件らしいがの。
この子は多分 母猫が身をもって庇ったのじゃろうな ・・・ 可哀想に ・・・ 」
「 本当に酷いですよね! 」
― カタン。 フランソワーズの声のトーンが一段とアップした時、 リビングのドアが開いた。
「 あ ジョー。 今呼ぼうと思っていたの。 お茶をどうぞ? 」
「 ちびくろのベッド、と トイレ、準備できました! ベッドは毛布とタオルを敷いて
やったし・・・ トイレ砂もね〜〜 ちょっと駅前のコンビニまで行って買ってきました。」
「 わあ〜〜 こんな時間にありがとう! ほら・・・ ちびくろ、大丈夫ですって。 」
「 よかった〜〜 ぼく、恐くて見にこれなかったんだ・・・
あの! 博士。 すみません、これ。 真っ先にお渡ししなくちゃいけなかったのに・・・ 」
ジョーはもぞもぞ・・・ポケットから封筒を取り出した。
「 T大の猫田教授からお預かりしてきました。
あ 博士からのもちゃんとお渡ししてきました。 すいません、ず〜〜〜っとちびくろを
抱いていたので ・・・ 封筒が少しヨレちゃった ・・・ 」
「 おお ありがとう! 助かったよ〜〜 いやいや それよりも命の方が大切じゃよ。
お前がしっかり温めていてくれたからのう・・・ そのチビ猫は一命を取り留めたよ。 」
「 博士〜〜 ありがとうございます! ・・・ ちびくろ? よかったなあ〜〜 」
ジョーは箱の中を怖々覗き込み ― そう・・っとタオルの上から触れた。
「 まあ あとは日にち薬、といったところじゃな。 」
「 よかったわねえ さあ ジョーもお茶 どうぞ? 好きなドロップ ・ クッキーも
あるわ。 お腹 空いたでしょう? 」
「 うわ〜〜 ありがとう、フラン。 あ ぼく 手を洗ってくるね。 」
ドタドタドタ ・・・・ 格段に軽くなった足音が歌うみたいに階段を登っていった。
「 ふむ? 白髪に口髭、とな。 」
「 ええ ・・・とても優しくて穏やかな感じの人でした。 」
「 う〜む ・・・ 賢すぎる猫夫婦、 か。 ふ〜〜む・・・ 」
博士はなにか思い起こしたらしい。 さかんに腕組みをして考えこんでいる。
「 え あの〜〜 ご存知なんですか あのご老人 ・・・ 」
「 うむ ・・・ 確かにその人物じゃ、とは言えんがなあ ・・・
BGにおった頃 動物の超 ・ 能力化を研究していた人物がおってなあ・・・ 」
「 超能力 ですか? イワンみたいな? 」
「 いや そっちの超能力ではなく 超・能力 つまり頭脳改造によって
生来の能力を範囲外にまで高めよう、 という研究じゃ。 」
「 は あ ・・・? 」
ワカモノたちは ピンとこない様子だ。
「 つまり じゃな。 その御仁は介助犬や 災害救助犬 や 警察犬などの頭脳の改良を
目指しておったのじゃ。 より高度な判断ができ適切に動ける犬の改良を な。 」
「 へえ ・・・ じゃあ あのご老体がその・・・ 研究者さんなんですかね? 」
「 う〜む? ワシが見かけた頃には髪はもうすでに白くなっていて
こう〜〜 ぐるっと白い髭があったはずじゃよ・・・ 」
「 そうそう そんな感じで にこにこ・・・猫たちの芸を見ていました。 」
「 まあ そうなの・・・ ちびくろのこともとても可愛がっていたわよねえ 」
「 犬塚博士は ― ああ その御仁の名前じゃなが やがて自分の研究が
軍事目的に使用されるのだ、と気がつきすっかり嫌気がさしてしまったのじゃろう。
ある日 ― 本当に ふ・・・っといなくなってしまったのじゃ。 」
「 そうなんですか ・・・ え じゃあ ちびくろの両親も・・・? 」
「 おそらく な。 ワシはその天才・猫夫婦を見ておらんので何とも言えんが・・・
ジョーの話から察するに確かに尋常ではありえない賢さ だからな。 」
「 まあ ・・・ 」
「 え ・・・ じゃ じゃあ ・・・ ちびくろ も?? 」
ジョーが 慌てて仔猫の寝ている箱を覗き込む。
「 あ いや。 そのコは完全に 普通の猫 じゃ。 どこにも改造の痕は
なかったからのう ・・・ 」
「 あ・・・ よかった〜〜〜 あ!それじゃあ 轢き逃げの犯人はもしや ?! 」
「 ― 恐らく な。 ヤツらでなければ ― 犬塚博士の開発した なにか を
奪おうとしたコソ泥かもしれんがな。 」
「 許せないわね! ほっんとうに! ああ わたしがその事件の時に近くに居たら・・
徹底的に追跡できたのに! ああ 悔しいわ! 」
フランソワーズは 憤慨の極みでカップを振り回して怒っている。
「 本当だよねえ ・・・ 動物にはなんの罪もないのに・・・ 」
「 そうじゃ。 無辜の命を弄ぶことは ― 断固 ゆるされんのだ。 」
「 ・・・ 博士 ・・・ 」
「 これはワシだからこそ言えることだと思う。 ワシは その為に余生を捧げるよ。 」
「 博士 ・・・ 」
「 ジョーに頼んだ < お使い > も そのひとつ さ。」
「 え! あ あの封筒になにか・・・凄い発明でも入っていたのですか?
うわ〜〜〜どうしよう・・・・ ちびくろ抱いてたからくしゃくしゃになってて・・・ 」
「 ははは 心配いらんよ、ジョー。 アレはな、猫田博士と取り交わしたパスワードじゃ。」
「 へ? パスワード??? それなら鍵付きとかでメールすれば ・・・ 」
「 いやいや。 どこで誰のハッキングに遭うかわからんのでなあ。
昨今で一番安全で信用がおけるのが 人間による手渡し なのだよ。 」
「 へ ・・・ え ・・・・ 」
「 これで安心して猫田博士との共同研究ができるというものさ。
わざわざ行ってくれてありがとうよ、ジョー。 」
「 ぼくでお役に立つのなら喜んで! おかげで ちびくろ、助けられました!
あ! 博士。 あの〜〜 お願いがあるのですが。 」
「 なんじゃい、改まって ・・・ 」
「 あのぅ ・・・ ウチでこの仔猫 ― ちびくろ を飼ってもいいでしょうか 」
ジョーはもの凄く真剣な眼差しで博士を見つめている。
「 ジョー 」
「 あの もし家の中がだめなら・・・ 猫小屋を外に造りますから・・・
あ 物置の隅っこでもいいんです。 決してご迷惑はかけませんから お願いします! 」
彼はぺこり、とアタマを下げた。
「 おいおい ・・・ コイツはお前さんの猫じゃろう? お前が助けてやったのだから
しっかり保護しておやり。 」
「 わあ〜〜 いいんですか〜〜 」
「 あはは ・・・ こんな辺鄙な一軒家、隣近所からも苦情はでないさ。
ああ そうじゃ フランソワーズの意見も聞かんと な。 」
「 あ! そうだった! ウチのキッチン管轄長官だもんなあ〜
・・・あのぉ〜〜 フランソワ―ズ ・・・? 」
「 よしよし ・・・ この箱じゃあちょっと可哀想ねえ。 え なあに、ジョー。 」
フランソワーズは仔猫を箱ごと膝に置き そう〜〜っとなでている。
「 えっと あのぉ〜〜 その猫のことだけど ・・・ 」
「 ああ そうだわ、ジョー。 明日の朝一番でね、駅前のペットショップに行って
猫用のトイレと猫砂をもっとたくさん買ってきてくださる?
それから傷がすっかり治ったらキレイにシャンプーして あげたいから
猫用のシャンプーとリンスもお願い ね。 」
「 え! えっと ・・・ トイレと猫砂と ・・・ 」
「 あ 砂はねえ、用足し後にすぐに固まるタイプをお願いね。燃えるゴミに捨てられるの。」
「 は はい。 えっとそれからシャンプー ・・・ あ あのぅ〜〜そのコをさ ・・・ 」
「 あ! あとは爪とぎもお願い。 ベッドは〜〜 そうだわ、果物の盛り合わせを
頂いた時の籠があるから あれにクッションを入れるわ。 どうかしら、ジョー? 」
「 え あ う うん すごくいいよ〜〜〜 それで あの・・・ さ 」
「 はい? 」
「 うん ・・ あの、このコ、ウチで飼ってもいいかなあ・・・ 」
「 え??? きゃはははは〜〜〜 」
フランソワーズは一瞬目をぱちぱちさせたが すぐに声を上げて笑い始めた。
「 え !?? な な なに ??? 」
「 いや〜〜ん もう ジョーってばあ〜〜 すごいユーモアのセンスねえ〜 うふふふふ
ねえ ちびくろ? あなたの飼い主さんはなんて面白いんでしょ♪ 」
「 ・・・ みにゃあ 〜〜〜 」
箱の中の仔猫までもが 声をあげた。
「 えっとぉ 〜〜〜 あのぅ〜〜〜 」
「 うふふふ ふふふ さあ さ、ちびちゃんはもうお休みなさい、の時間ね。
安心して眠ってね〜〜 」
彼女は仔猫にタオルを掛けると そう〜〜っとベッド代わりの箱をソファの横に置いた。
「 あ ここに置いてもいい? キッチンの出口のとことかでもいいんだけど ・・・ 」
「 まあ どうして? ちびくろはウチのコですもの、ここに寝かせてあげましょうよ。」
「 う うん♪ ちびくろ〜 今日からココがお前のウチだからね〜 」
ジョーはもうにこにこしっぱなしで 珍しくもほんのり頬を上気させていた。
ポッポウ ポッポウ ・・・ リビングの鳩時計が真っ暗な中で時を告げた。
「 うわ ・・・ びっくりしたあ〜〜〜 」
ジョーは部屋の真ん中で どき! っと足が固まってしまっていた。
「 ・・・ だらしないなあ・・・ああ でも本当に不意打ちだったから さ ・・ 」
ぶつぶつ言い訳をしつつ 彼はそ・・・っと歩きだした。
「 聞こえちゃったんだ ・・・ ちびくろ ? 眠れないんだろ どこだい? 」
彼は独り言めいて呟くと 辺りをきょろきょろしている。
み ・・・ みぃ ・・・ みゅう 〜〜
微かな鳴き声が ソファの陰から聞こえた。
「 ・・・ あ! こっちかあ ・・・ 」
ジョーはすり足で寄ってゆくと 声の前、いや 仔猫の箱の前に座り覗き込む。
「 ちびくろ〜〜 もう痛くないかい・・・・
」
もぞもぞもぞ ・・・ タオルの中から真っ黒なアタマがひょっこり現れた。
「 ! みゅう 〜〜〜〜 ・・・・」
「 あは その顔だと 淋しくて眠れません ってことだな おいで ・・・ 」
彼はひょい、と仔猫を掬いあげると膝に下ろした。
「 いきなり一人ぼっち は淋しいよねえ ・・・ それも知らない場所で さ。
ず〜〜っと父さん 母さん と 兄弟たちと過ごしてきたんだもんなあ ・・・ 」
「 ・・・ み ぃ ・・・ 」
仔猫は小さく鳴くと じっとジョーを見上げた。
金と青の瞳が まん丸になって彼を見つめている。
「 大丈夫だよ〜 これからはぼく達がお前の家族だからね〜〜
ここはお前の新しいお家 なのさ、 ちびくろ。 」
「 ・・・ み ・・・ 」
「 うん 安心して? 今晩はず〜〜〜っとここにいるから 一緒に寝ようよ。
あ お腹減ってないかい? ミルクでもあっためようか・・・ 」
彼は相棒を抱いたまま ひょろり、とキッチンへ入った。
― そして 15分後。 冷蔵庫に寄りかかり 仔猫をお腹の上に抱いたまま・・・
茶髪の青年は 穏やかな寝息をたてていた。
コトン コトン ・・・・ 階段が小さな音を立てた。
「 きゃ・・・ やだ、ウチの階段って こんなに音が響いたかしら・・・ 」
フランソワーズは 首を竦めつつそうっとそうっと一足づつ降りてきた。
「 夜ってやっぱり音が響くのねえ ・・・ ちびちゃん〜〜 寝てるかな〜 」
時計はとっくに日付を跨いだことを示している。
パジャマの上にカーディガンをひっかけただけの姿で フランソワーズはリビングのドアを
そう〜〜っと開けた。
「 うふふ ・・・ やっぱり気になって ・・・
夜中に目を覚ませて鳴いてるかも・・・ ねえ、知らないお家ですものねえ
初めての場所で独りぼっちなんて〜 ああ 一緒に眠るべきだったわ・・・! 」
カーテンを引いたリビングは真っ暗で波の音ばかりがやけに大きく聞こえる。
「 ・・・? 大人しいわね? ぐっすり眠っているのかしら・・・ 」
一足 二足踏み込んで ソファの陰においた箱を覗き込む。
「 ちびちゃん ・・・ !? うそ いない ??? 」
ふかふかのタオルの下は ― もぬけの殻だった。
「 え 〜〜〜 ヤダ どこ行ったの?? 脱走しちゃったのかしら? 」
きょろきょろ見回し ソファの後ろも見たが 仔猫の姿はない。
いよいよこれは 目と耳 のスイッチを入れなくちゃ! と思った時
く 〜〜〜〜 ・・・ クゥ 〜〜〜〜・・・
ほんの微かな寝息が キッチンの方から聞こえてきた。
「 え !? ウソ〜〜〜 キッチンに入り込んだのかしら!? ちびちゃん・・・? 」
フランソワーズはキッチンへと抜けてゆく。 素足の裏に 床がつめたい。
「 ・・・ スリッパ、履いて来るべきだったわ ・・・ ちびちゃん?
どこにいるの 〜〜 ・・・ あ あら。 」
キッチンの中ほどで彼女は思わず足をとめた。
冷蔵庫の前には ― ジョーが ちびくろ を抱いてドアに寄りかかって寝ているのだ。
仔猫は彼の腕の中ですっかり安心しきって くうくう〜寝息をたてている。
まあ … ふふふ
仲良しさんなのね 〜〜
うふ ・・・ ちびくろちゃん? ちょっとアナタが羨ましいなあ ・・・
彼女はそうっと ・・・ 本当にそうっと手を伸ばすと、こそと仔猫に触れた。
「 ・・・ う ・・・ う〜〜ん ・・・? 」
猫よりも前に、ジョーがむにゃむにゃ言って もぞもぞと動いた。
「 お〜〜っとっと・・・ ちびくろちゃん〜 淋しくないわよねえ〜
・・・ いいなあ〜〜 ふふふ ・・・アナタがちょっと羨ましいわあ〜〜
くぅ〜〜〜〜〜 ・・・・・ みぃ〜〜〜
「 ねえ ・・・ ? わたしも ちょっとだけ いい? ・・・ いいわよねえ? 」
フランソワーズは爆睡しているジョーのすぐ隣に屈みこんで ― こそっと彼の唇にキスを落とした。
「 ・・・ う う 〜〜 ん ・・・・ 」
「 あ 仔猫ちゃんですよ〜〜 ちびくろちゃんで〜す・・・ 」
「 ・・・? ・・・ う 〜〜〜 ん ・・・・ 」
ジョーは少しだけ身じろぎしたが ― 仔猫を抱いたまま またすぐに寝入ってしまった。
「 ・・・ うふふ♪ お休みなさ〜〜い♪
ちびくろちゃん? これはアナタとわたしの ひ み つ♪ 」
ちょんちょん・・・と仔猫の背中をなでると彼女は着ていたカーディガンを脱ぐと
仔猫とジョーの上にこっそり掛けてやった。
そして ― またそうっとそうっと・・・出て行った。
み にゃ 〜〜〜 そんな彼女の後ろ姿にちびくろは低く一声だけ 鳴いた。
「 ちびくろ〜〜〜 朝ごはんよ〜〜〜 」
フランソワーズが キッチンで声を張り上げている。
「 おや どうしたね? チビさんはまだ寝ているのかい。 」
ギルモア博士が ひょい、とキッチンに顔を出した。
「 あ 博士 お帰りなさい。 ええ ちびくろはまだ箱の中にいますわ。
朝のお散歩は如何でした? 」
「 おう 朝の海風というのは実にいいぞ。 ちょいと新しい閃きを運んでくれたよ。 」
「 まあ 素晴らしいですわね! あ コーヒーとオレンジ、 今出しますね。
朝刊は ソファの前のテーブルに ・・・ 」
「 ありがとうよ ・・・ うん? 」
ガサ ・・・! バサリ。 うにゃ〜〜〜〜!
「 ? どうかなさいましたか・・・・? 」
「 いや ・・・ ほら 見てごらん? チビさんが格闘しておるぞ。 」
「 え・・・ あら ・・・ 」
ズ ズズ 〜〜〜 う〜〜〜にゃあ〜〜〜〜ん !
ちびくろが分厚い朝刊を引っ張ろうと奮闘しているのだが・・なにせ相手の方がはるかに大きい。
オマケに折り込み広告がわんさと入っていて 重量もある。
うにゃあ〜〜〜 四肢を踏ん張り尻尾までびん!と床につけて奮戦しているのだが・・・
朝刊はずるずる左右に動くだけだ。
「 あはは 〜〜〜 ちょいとまだお前さんには大きすぎるなあ〜 」
「 うふ ふふふふ・・・・ 可愛い〜〜 」
「 元気になった証拠じゃな。 どれ・・・ これならお前でも遊べるだろう? 」
博士は広告の紙を数枚引き抜くと 四半分に折りたたみ仔猫の前に置いた。
「 ほい。 これがちびくろ用じゃよ。 」
「 みゅう〜〜〜ん♪ 」
ちびくろはぱっとそれを加えると たたた・・・っと自分の箱の中にもっていった。
「 ・・・ みゅう ・・・ 」
「 あら どうしたの? 箱の中で遊ぶのかしら? 」
「 うん? みてごらん? 」
「 え。 あらまあ ・・・ 」
仔猫は寝床としてもらった箱の中で少しだけお粗相をしてしまっていた。
その上に彼は一生懸命、広告の紙を置いている。
「 あらあら いいのよ、すぐにきれいにしてあげる。 ほら お手洗いはこっちよ。」
「 みにゃあ〜〜ん 」
ちびくろはぽん、と箱から飛び出すと フランソワーズの後をちょこちょこついて行った。
「 ほほう〜〜 なんとも利発な仔猫だのう 〜 」
博士は感心して眺めてからよっこらしょ・・・と朝刊を拾い上げソファに陣取った。
ガチャ。 リビングのドアが開き ― ジョーがのそのそ入ってきた。
「 ふぁ〜〜〜 ・・・ おはようございますぅ〜〜〜 」
「 ああ お早う。 ・・・ 時間、大丈夫か。 」
「 え ・・・? 」
みにゃあ 〜〜〜〜 !!
ジョーがぼ〜〜〜っと突っ立っていると 仔猫がたたたた・・・っと駆けてきた。
「 やあ〜 ちびくろ〜〜 おはよう〜〜 」
「 みにゃ〜〜 にゃにゃ〜〜〜!!! 」
ジョーは屈んで仔猫を撫でようとしたが ちびくろは彼のズボンの裾を懸命に引っぱりだした。
「 あは? 遊びたいのかなあ〜〜 」
「 ジョー? 早くご飯 食べないと〜 遅刻よ! 今日はバイトなんでしょ? 」
「 ・・・ あ!!! いっけね〜〜〜 」
「 ほらほら ちびくろも 急いで! って言ってるわ?
わたしもレッスンに行くけど、同じバスに乗った方がいいんじゃない? 」
「 うわ〜〜〜〜 !! ちょっと用意してくる〜 あ! そのトースト、いい? 」
「 ええ どうぞ。 ほら ・・・ 」
「 むぐ。 〜〜〜〜 〜〜〜〜! 」
トーストを咥えさせてもらい、感謝の呻り声?を上げると、彼はどたばたと自室に駆け戻っていった。
みゃああ〜〜〜〜ん ・・・ ! ちびくろが大きく鳴いた。
「 ねえ? こまった飼い主クンねえ ・・・ じゃ ちびくろ〜〜 お留守番、お願いね。」
「 みゃみゃ 〜〜〜 」
こちょこちょ・・っと顎の下をなでてもらい、ちびくろは目を細めている。
「 ふふふ 可愛い〜〜 ・・・ ジョー!?!? わたし、先に行くわね〜〜 」
「 ・・・ わ〜〜〜〜 ま 待ってくれ〜〜〜 あ 博士! ちびくろ!
イッテキマス 〜〜〜 」
ドドドド ・・・ ドタドタドタ ・・・
ジョーはあたふたと玄関を飛び出すと 家の前の急坂を駆け下りていった。
「 ・・・ みゃ〜〜〜〜あ ? 」
「 うん? アイツに加速装置を搭載したのは全くもって賢明じゃった、と
ワシは今つくづく思っておる。 キミもそう思わんか? 」
「 みゃ〜〜〜あ。 」
くるり くるり。 ちびくろは一人前にながいひげを回して応えた。
くるり くるり。 彼女が手にした針を動かすたびにリボンが揺れる。
「 〜〜〜 うにゃあ〜〜〜〜 」
そのリボンの動きを ちびくろの白い手先がひょいひょい追っている。
「 うふふ・・・ 面白い? 引っ張らないでね〜〜 」
フランソワーズは笑いつつ針仕事を続けている。
晩御飯の後、リビングのソファでは皆がてんでのことをやっている。
博士は肘掛椅子で本を開いているし、 ジョーはソファの片側で雑誌を拾い読み・・・
そしてフランソワーズは反対の側で ポアントにリボンを縫い付けている。
彼女の側には ― ちびくろが興味深々・・・まつわりついていた。
「 ・・・ あは? 邪魔ならこっちに引き取るよ? 」
「 大丈夫よ。 ちびくろはじゃれて遊びたいだけみたい。 爪をたててひっぱったりは
しないのよ。 ほら ・・・ ね? 」
彼女が針を進めるたびに 長いリボンがふわふわ揺れる。 ちびくろはそれを追って
ちょこまか動いているが ― 決してリボンに手を掛けたりはしないのだ。
「 ふうん ・・・・ すごいなあ〜〜 ホント、お前は利口だねえ 」
ジョーはくるり、と仔猫を撫でた。
「 ね? ちびくろとい〜〜っぱい遊んであげて? ジョーのこと、待ってたみたいだから。 」
「 うん。 ・・・ ふふふ いいなあ 〜 」
「 え なにが。 」
「 うん ・・・ きみがさ、縫い物してて その側にちびくろがいて。
あは ・・・ なんかぼく、すご〜〜くシアワセな気分だよ。 」
「 あらあら・・・ それじゃそろそろお茶でも淹れましょうか。 ちびくろにはミルクね。」
「 やった〜〜〜♪ 」
「 みゃお〜〜〜ん♪ 」
― ごくありふれた情景の中のごくありふれた・穏やかな時間 ―
この家の誰もが そんな日々に心から感謝して過ごしていた。
束の間の日々だったけれど。
Last updated : 24,06,2014.
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いらぬ注ですが ポアント とは トウシューズのこと。
ポアントには一足一足 手で!リボンを縫い付けます。
も〜〜最高にめんど〜なのですがね〜〜 履くために
必須作業なんですヨ★
・・・・ すいません〜〜〜 あと一回 続きます!