『  片恋  − (2) − 』

 

 

 

 

 

ぱたぱたぱた・・・・

軽い足音が 大急ぎで玄関の外ポ−チに駆け込んできた。

 

   − ・・・あ! 帰ってきた! ・・・ よかった・・・

 

ジョ−は手にしていた本をぱっと伏せた。

 

カチリ。

 

彼は薄暗い玄関ホ−ルに座り込んでいたが飛び立つ勢いで

内側から電子ロックを解除してドアを開けた。

どのくらい、ここに座り込んでいたかジョ−はもう忘れていた。

持ち出してから一ペ−ジも進んでいない本が 彼の足元に転がっている。

 

「 お帰り、フランソワ−ズ。 」

「 ・・・ わ・・・! あ、ああ・・・ びっくりしたわ〜〜 

 ただいま、ジョ−。 遅くなってごめんなさい。 」

「 ・・・ うん ・・・・ あの・・・どうしたの? 」

「 お茶に・・・お友達のお家まで行ったの。 おしゃべりし過ぎちゃったわ、ごめんなさい。 」

「 いや ・・・ 別にいいけど。 その家って稽古場の近くなの? 」

「 ううん。 S駅の方・・・ちょっと奥にはいるけど。 大きなお家でね、

 広いお庭にサンル−ムがあって・・・ 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

頬をすこし紅潮させ華やかな声音で話すフランソワ−ズに、

ジョ−はぶっきらぼうに口を挟んだ。

「 そっか。 遅くなる時にはちゃんと連絡を入れてくれ。 

 迎えに行くから。  その・・・・いろいろ物騒だろ。 」

「 それでね ・・・ え? ああ・・・ ごめんなさい。 

 今度から メ−ル入れるわ。 」

「 頼むよ。 」

ぷつっと口を噤むと ジョ−はすたすたと自室へ引き上げていった。

 

・・・ わたしの話、聞いてくれても ・・・ いいじゃない。

 

ふぅ・・・ 小さな吐息をついて、フランソワ−ズは荷物を抱え直した。

 

お腹、空いていたのかな、ジョ−・・・

晩御飯、はやく作り始めなくちゃ。

あら。 これって ジョ−の本 ・・・ ?

 

玄関の隅に文庫本が落ちている。

 

 −  へえ・・・ジョ−ってこうゆうの、読むんだ?

 

フランソワ−ズは拾い上げた本をしげしげと眺めクスっと笑った。

 

 『 赤毛のアン 』 

 

 

 

 

「 オヤ・・・ いい匂いじゃの。 」

「 あら、博士。 お仕事の区切りは付きましたの? 」

「 うむ・・・ ま、ひと段落、かの。 」

部屋履きを引き摺ってギルモア博士が リビングに現れた。

フランソワ−ズは 丁度オ−ブンを開けたところだったので素通しになっている

キッチンから声をかけた。

 

「 よかった〜〜 たった今、オ−ツ・ビスケットが焼きあがったところです。

 熱々を どうぞ? 」

「 ふんふん・・・ なんだか懐かしい匂いじゃな。 」

ひくひくと鼻を動かし、博士は嬉しそうにソファに腰を下ろした。

「 ・・・ん? ジョ−はどうしたね。 今日は昼前に一回帰ってきたようじゃったが・・・ 」

「 ・・・ええ。 また出かけました。 取材ですって。

 なんだか・・・次の仕事が車関係で ・・・ 取材にも熱が入ってるみたい。 」

「 ふむ? ま、古巣は懐かしいのじゃろ。 

 かまわん、かまわん。 ワシらだけで平らげてしまおう♪ 」

「 ふふふ・・・ そうですわね。  はい、 どうぞ。

 あ、お茶はロシアン・ティ−にします? 」

「 おお・・・ これは美味しそうじゃの。 ああ、ダ−ジリンで結構じゃよ。 」

つまんだ指先がちょっと熱いほどの<焼きたて>を博士はふうふうと吹いて口に運ぶ。

「 ・・・ どうかしら? ・・・お気に召しました? 」

ティ−カップを手にしたまま、フランソワ−ズはちょっと心配そうに

博士の顔を見つめた。

焼きたてビスケットの香ばしい匂いとダ−ジリン・ティの馥郁たる香りが

こころを和ませる。

 

・・・上手に出来たと思うんだけど。

博士の太鼓判が出たら、ユウにも持ってゆきましょう。 きっと気に入るわ。

 

フランソワ−ズは無意識に 片方の手で耳朶を探っていた。

 

「 ・・・ うむうむ・・・ ああ・・・ なんだか懐かしい味じゃのう。

 この ・・・ ぱりぱりと香ばしいモノは何かね? ナッツではなさそうじゃし・・・ 」

「 懐かしい味、でした? よかった♪ これはオ−トミ−ルが入っているんです。 」

「 ・・・ああ! オ−トミ−ルか。 うむ〜〜 そりゃ、懐かしいわけじゃのう。

 子供の頃、毎朝食べていたもんじゃ。 もっとも近頃は流行らんらしいが・・・ 」

「 わたしも 結構食べましたわ。 お気に召してよかった♪ 」

「 なぜだか、ほっとする味じゃな。 うむうむ・・・ ジョ−になんぞ勿体無いわい。 」

「 ええ、帰ってこないヒトには オヤツはナシ!です。 」

「 ははは。 後で悔しがるじゃろうよ。 ・・・ お? 新しい耳飾りか?

 いい色じゃの。 お前の髪によく映えておるよ。 」

「 まあ・・・ そうですか。 嬉しい・・・・ 」

博士の古風な言い回しが可笑しかったが 温かい眼差しが嬉しかった。

自然にあの歌が 唇から零れていた。

「 ・・・うん? なんの歌じゃったかね・・・ わしにも聞き覚えがあるぞ? 」

「 え、あら、ご存知ですか? 」

ちょっと驚いて フランソワ−ズは小声で数小節歌ってみた。

 

 Les jours s'en vont je demeure ・・・

 

「 日々は行き、我は残る・・・か。 ・・・ああ、思い出したぞ、【 ミラボ−橋 】だ。 」

「 ・・・・・・ 」

黙って頷いたフランソワ−ズに 博士は低く呟いた。

「 ・・・もう、誰もお前を置いていったりはせんよ・・・ なあ・・・ 」

「 ・・・ ええ ・・・ 」

フランソワ−ズの声は 遠くの波音にかき消されてしまった。

 

 ・・・ ジョ−。 ここに ・・・ いて ・・・

 

なんだか訳もなく彼が恋しかった。

ジョ−の手、あの大きな暖かい手で しっかりと抱き締めて欲しかった。

 

地に足がついていないってこんなカンジ・・・?

わたし。 

どこに いればいいの。 ・・・ わたしの居場所は ・・・ どこ。

 

フランソワ−ズは思わずきゅっと自分自身の身体に腕を回した。

そうしなければ あまりに頼りないこの身体は そして このこころは

ふらふらと宙に漂っていってしまうかもしれない・・・

・・・ ちろり、と澄んだ音が微かに耳元で鳴った。

 

− ユウの プレゼント ・・・・ 嬉しかったのに・・・

 

新しい耳飾は ちっとも気晴らしにはならなかった。

 

 

 

 

あの日。

あの不思議なサンル−ム風の離れからの帰り際に、少年は小さな箱を持ち出した。

「 母の形見なんです。 ・・・これ、フランソワ−ズに付けて欲しくて。 」

「 まあ・・・ ピアスね? だめよ、あなたの大切なものでしょう。 」

「 大切なものだから ・・・ 大事なひとに付けて欲しいんだ。 

 僕のお願いです。 」

「 そんな ・・・ あ ・・・ あ・・・? 」

ユウはフランソワ−ズの脇にぴたりと身を寄せると器用にピアスを彼女の耳に付けた。

 

 一瞬。 

 触れた金属の冷たさに ぴりり・・・と なにかが背筋を走った。

 

「 ユウ ・・・ 本当に困った・・・コねえ。 」

「 また、そんな子供扱いするんだから。 でも・・・いいや。

 フランソワ−ズ ・・・ また・・・来てくれますか。 」

「 ・・・ あなたが迷惑じゃないのなら。 」

ユウはぱっと微笑み、黙ってフランソワ−ズの手を取った。

そして そっと ・・・ 掠めるみたいな口付けをした。

 

「 merci beauque、 mademoiselle Francoise ・・・・ 」

 

 

少年の細い声が 耳の奥でこだましている。

眼を閉じれば ・・・ あの瞳が、茶色のベルベットみたいな瞳が浮かぶ。

あまりその用はなさない、と言っていたけれど、

そこに宿る柔らかな光と温かさは ・・・ フランソワ−ズの心にしっとりと染み込んでいた。

 

ジョ−も。 あのくらいの年頃には あんな眼をしていたのかしら・・・

 

ユウの面影を思い出しつつも 一生懸命でそれをジョ−になぞっている自分に

フランソワ−ズはまだ気がついていない。

 

 

 rurururu ・・・・・

 

リビングの電話が鳴った。

博士はとっくに書斎にもどり、がらんとしたリビングにやけに大きく音がひびく。

 

・・・ 誰かしら。 こんな時間に・・・

 

「 ・・・ はい。 ギルモア研究所です。 」

「 あ、ジョ−さん、いますぅ? シマムラ・ジョ−さん! 」

受話器の向こうで思いっ切りの高声がそうぞうしく響く。

フランソワ−ズは少し眉根を寄せた。 

「 ・・・はい? 」

「 ジョ−さん! いなんですかァ。 」

「 今日はまだ帰っておりませんが。 あの、どちら様ですか。 」

「 ふ〜ん。 でもこのbナいいんだ〜 そっか♪ 」

「 あの? ・・・あ。 」

ガチャリ、と耳障りな音を残して通話は一方的に切れてしまった。

 

 ・・・ また。 

 

顔を歪め溜息をつき。 フランソワ−ズはのろのろと受話器を置いた。

このテの電話、しばらく絶えていたのだけれど・・・

ジョ−の仕事が忙しくなると 必ずこんな電話が増える。

彼宛の手紙が多く舞い込み、時にジョ−自身が持ち帰る時もあった。

 

 − これ。 きみが処分してくれる。 

 

ぶっきらぼうに差し出される 色とりどりのパッケ−ジやら封書を − 皆未開封だったが −

フランソワ−ズも黙って受け取り そっと始末していた。

 

・・・ もう そんな彼の<環境>には慣れっこのはずだった・・・

今日も彼は 帰りが遅い。

仕事 取材 出張  ・・・ 仕事 取材 旅行 ・・・

そう、何日かすれば何でもない顔をして 彼は戻ってくるのだ。

元々口の重い彼はなにも言わないから。 彼女も強いて何も尋ねはしない。

そう・・・ そんな関係にもう 慣れていたはずだ。

自分達は そんな間柄なんだと納得している ・・・ つもりだった。

 

 ・・・ でも。  

 わたし達って ・・・ ずっと こうなの? これからも・・・?

 

フランソワ−ズはぱっと顔を上げるとぱたぱたとキッチンへ戻った。

オ−ブンから出し、トレイに並べてあるオ−ツビスケットを彼女は丁寧に包み始めた。 

耳元でアンティ−クなピアスがかすかに揺れた。

 

 

 

「 あれ・・・今からお出掛けですか〜 丁度良かった。 」

「 あら・・・ 郵便配達さん。 こんにちは。 」

玄関を出たところで、この地域担当で顔馴染みの郵便配達氏とばったり顔をあわせた。

「 書留小包です。 え〜と・・・ シマムラさんあて。 」

「 ご苦労様です。 あの、ジョ−、いえ島村は今不在なんですけど・・・ 」

「 あ〜 ギルモアさんのハンコで構いませんよ。 」

「 そうですか、ちょっと待ってくださいね。 」

はい、と郵便配達氏は小振りのパッケ−ジを手渡してくれた。

 

 なにかしら・・・ 軽いわね。

 

包みを受け取るとフランソワ−ズは一旦家の中に引き返した。

リビングのテ−ブルに 目立つように置く。

 

 ・・・ どこから? あら。 

 

フランソワ−ズでも知っている世界的に有名な宝飾店の銀座店からだった。

中味は。 

軽いけれど上質なパッケ−ジをフランソワ−ズはぼんやりと眺めていた。

彼女に限らず、メンバ−達は日常生活では勿論 能力 などは使いはしない。

 

 

 rurururururu ・・・・・

 

あら。 ・・・ また、知らない女の子から・・・?

 

思わず零れそうになる吐息を飲み込みフランソワ−ズはゆっくりと受話器を取った。

 

「 ・・・ はい。 ギルモア研究所ですが。 」

「 ××宝飾店でございますが。 シマムラさまはご在宅ですか。 」

「 ・・・ ぁ ・・・・ シマムラは出張中で・・・ 」

「 そうですか。 あ、奥様でいらっしゃいますね? ご伝言をお願いしたいのですが・・・ 」

「 え・・・・ あ ・・・・ あ、はい。 」

「 ご注文の品、配送手配しました。 ご希望の石です、とお伝えください。 」

「 ・・・あ ・・・ はい ・・・ 」

では、どうぞ宜しく、と落ち着いた声の電話は切れてしまった。

 

これ・・・ ジョ−自身の注文なの?

・・・ だれに。

 

自分の誕生日も ジョ−自身のも。 とっくに過ぎている。

不意に 奥様 と呼ばれひとり火照らせてしまった頬をフランソワ−ズは持て余していた。

 

 

 

 

「 これ、ね。 お土産なの。 あ、笑わないで・・・ 」

「 なになに? わ・・・ いい匂いだね! 」

「 あの ・・・ ビスケット、オ−ツ・ビスケットなの。 わたしが焼いたのよ。 」

「 フランソワ−ズのお手製なの?  ・・・ すごい ・・・ ! 」

 

翌日、気紛れな夏空は朝から太陽を隠していた。

時間と共に空はどんどんと雲に覆われて行き、フランソワ−ズがあのサンル−ムを訪ねた時分には

完全な曇天になっていた。

これなら外で、と少年はサンル−ムのテラスに彼女を案内した。

 

「 これ・・・こんな綺麗なピアスを頂いたお礼。 ・・・ 気に入ってくれると嬉しいわ。 」

フランソワ−ズは髪を揺すり、耳元を飾るピアスを見せた。

ちろちろと澄んだ音に ユウは耳を傾け微笑んだ。

「 ・・・僕。 お手製のビスケットって初めてだ。 大急ぎでお茶を淹れるね。 」

「 あら、わたしがやるわ。 ここにはいつもティ−セットの用意があるのね。 」

「 ・・・ いつも誰かを待っているから ・・・ 

 母の習慣だったんです。 ずっと ・・・ だからココにはカップがいつも余分に準備してあるの。 」

「 素敵な習慣ね。 」

「 ・・・ そうかな。 ・・・ 淋しいって思うけど・・・・ 」

「 淋しい? 」

「 待ってるけど。 誰も来ないんだ。 ずっとずっと・・・ でも待ってる。

 そのうちカップには埃が溜まる。 それでも 誰も・・・ 」

ユウはふ・・・っと視線を逸らせた。

濃い影が少年の白皙の頬に深く澱んでいる。

 

 ・・・ ユウ? どうしたの。 なにか ・・・ あったの。

 

「 今日はわたしが来たわ。 明日は あなたのお友達を呼べばいいわ。

 小鳥さんを招待するのも素敵よ、ね? 」

「 ・・・ フランソワ−ズ。 僕は あなたが来てくれればそれで、それだけでいいや。 」

「 さ。 お茶を頂きましょう。 ・・・これ、もしよかったら・・・食べてみてください。 」

「 わ♪ ・・・あ〜いい匂いだ〜 ・・・ すこしゴツゴツしてるね?これは何かな〜。 」

両手で掬い上げ、ユウは熱心にビスケットの表面に触れている。

「 うふふ♪ なんでしょう? 当ててごらんなさい。 」

「 よォし・・・ いただきまぁす♪ ・・・ わ ・・・・ サクサクしてて ・・・ 

 な〜にかな〜 ・・・・・ この味?? え〜なんだっけ?? 」

ちょっと首をかしげ、熱心にビスケットを齧る少年をフランソワ−ズはにこにこと見つめていた。

 

・・・こんな風に。 一緒に食べたかったのに・・・

 

フランソワ−ズの頭に素っ気無いメモの文字が浮かび上がった。

 

 

 《 また貰い物です。 お茶の時間にでも食べてください。

   明日も早出になりました。 〇日に帰ります。

   夜食ありがとう。 気使いしないで・・・  ジョ− 》

 

 

昨夜遅く戻ったジョ−は そのまま今朝早くにまた出かけてしまった。

車の音で慌ててリビングに下りてきた彼女を一枚のメモだけが待っていた。

あの宝飾店からの包みは どこにも見当たらなかった。

 

・・・ ジョ−・・・ ちょっと声をかけてくれればいいのに。

顔 ・・・ 見たかった

 

メモの脇には昨夜用意しておいたビスケットが半分、ぽつんとお皿に残っていた。

隣には高名なパティスリのロゴ入りの包みが朝日に輝いている。

 

やだ・・・ こんな有名なお菓子と一緒に・・・

やっぱり口に合わなかったのね・・・

 

フランソワ−ズは慌ててビスケットのお皿をキッチンに下げた。

頬がか・・・っと熱くなり、流しで洗っているお皿に ぽろん、と涙が落ちてしまった。

 

 

 

「 ・・・ねえ? フランソワ−ズったら・・・ 」

「 ・・・え? あ、ごめんなさい。 ユウ ・・・ 食べられた? 」

軽く腕を揺すられ、フランソワ−ズははっと我に返った。

茶色の瞳が 思いがけないほど近くで彼女をみつめている。

 

「 どうしたの。 ぼんやりして・・・  」

「 ううん、ちょっと・・・ あ、今度はどんなビスケットにしようかなって思ってたの。 」

「 そう? 僕、これがいいなぁ。 ねえ、何の味? すご〜〜く美味しかった!

 絶対どこかで知ってる味なんだけどな〜〜 舌は知ってるって言うんだけど・・・ 」

ユウは お皿に残った欠片を指で集めて齧っている。

「 あら! もうみんな食べちゃったの?? わ〜〜 嬉しいわ。 」

「 もしかしたら・・・食べたことある味なんだ。 でも・・・う〜ん?? 」

「 うふふ・・・。 皆そう言うの。 あの、ね。 オ−トミ−ルが入ってるのよ。 」

「 オ−トミ−ルかぁ! 」

「 ユウ、知ってる? ちょっとリゾットみたいなんだけど。 ミルクをかけてバタ−を乗せて

 朝御飯に食べるの。 ・・・ 今はあまり見ないけど。 」

「 知ってます。 パパがよく・・・ 二日酔いの朝とかに食べてたもの。 」

「 まあ、そうなの? 」

「 ねえ? すごくすごく美味しかった! ありがとう〜フランソワ−ズ。 

 あれ・・・ ごめん、僕なにか気に障るコト、言った? あの・・・ 」

急に言葉をつまらせ、俯いてしまったフランソワ−ズに ユウはおずおずと腕と伸ばした。

少年の細い指が そっと彼女の頬に触れた。

 

「 ・・・ 泣いてるの・・・? ・・・どうして・・・ 」

「 あ・・・ なんでもないの。 なんでも ・・・ 。 これは・・・そうよ、うれし泣きよ。

 ユウがあんまり喜んでくれたから ・・・ 感激したの。 ・・・・ 嬉しかったの。 」

「 フランソワ−ズ。 ・・・ あなたも ひとり? みんな行ってしまったの? 」

「 え ・・・ 」

それは 囁きに近い低い小さな声だったけれど、とてもはっきりと聴こえた。

こころの奥底に直に響く。

フランソワ−ズははっと顔をあげ、ユウを見つめた。

茶色のベルベットの瞳は しっとりと潤み温かい光を湛えている。

「 ・・・ あなたを泣かせるのは ・・・ だれ。  だれのためにフランソワ−ズは

 こんな ・・・ 涙をながすの。 」

「 そ、そんなヒト ・・・ いないわ。 

 ただ・・・ わたしも。 みんな、家族もお友達も ・・・ みんな 行ってしまったの。 」

「 一緒だね、 僕たち。 」

ユウは 低くハミングをした。

 

 ・・・ 過ぎた時も ・・・ 二度とは帰ってこない ・・・

 

ああ。

パパも よくこんな風に。 そう・・・ お兄ちゃんもよ、あの歌を口ずさんでいたわ。

少年の口から流れる 【 ミラボ−橋 】 の懐かしいメロディ−に、

フランソワ−ズはそっと 目尻をぬぐった。

「 こんな風にね。 おしゃべりして 笑って 一緒にビスケット食べて。

 なんだかとっても嬉しくて。 ・・・ごめんなさい。 ヘンよねぇ ・・・ 嬉しくて泣くなんて。

 あら・・・? 」

「 ・・・なに・・・? あ 雨、かな? 」

 

ぽつり、ととうとう今度は空が大粒の涙を落とし始めた。

 

「 あらら・・・ いつの間にか空が雲だらけよ。 わ・・・降ってきたわ。

 ユウ、サンル−ムへ入って? わたし、お茶の道具を片すわ。 」

「 いいよ、そんなの。 ほら、一緒に。 ・・・ 一緒に行こうよ。 」

「 ・・・? ・・・ ユウ ・・・? 」

ぱっと立ち上がると少年はフランソワ−ズの手を握り、

ぐいぐいとサンル−ムへ引っ張っていった。

 

熱い風が吹きぬけ、やがて生暖かい雨がぼとぼとと落ち始めた。

夏の午後、夕立が派手な飛沫をあげテラスを濡らしている。

 

 

 

「 ・・・ あら〜。 凄い降りだわ・・・ まあ、ユウ、びしょぬれじゃない。 」

「 あなたも。 フランソワ−ズ。 」

少年は握ったままのフランソワ−ズの手を引き寄せた。

「 服、濡れちゃったね。 」

「 大丈夫よ、夏だものすぐに乾くわ。 ねえ、タオルかなにか・・・ない? 」

「 あ・・・ そこの・・・ 壁際のチェストに。 」

「 ちょっと開けさせてね? ・・・ あら。 いい匂い。 ・・・ラベンダ−ね? 」

「 ウン。 ママンが好きだったの。 下着やハンカチの引き出しに入れていたっけ。 」

「 まあ、わたしもよ。 あのね・・・ その・・・昔、街角にプロヴァンス地方から

 ロバに乗せてラベンダ−のポプリを売りに来ていたわ。  ・・・ああ、懐かしい匂い・・・ 」

「 ちょっとひっかきまわしてみて? 匂い袋があるはすだよ。 持って行って・・・ 」

「 まあ、ダメよ。 コレは ・・・ あなたのものでしょ。 

 さ、こっち向いて? いくら夏でもちゃんと拭いておかないと風邪をひくわ。 」

フランソワ−ズは取り出したタオルを ぱさり、とユウの頭から被せた。

「 わ・・・ォ 」

「 こ〜ら じっとしてなさい。 」

「 はぁい。  ・・・ フランソワ−ズも濡れてるじゃない。 」

「 直ぐに乾くわ。 すごい夕立ね ・・・ あ? ・・・きゃっ 光った! 」

「 え? ・・・ わ、雷だね。 ・・・・・・ そんなに近くないから大丈夫さ。 」

ユウは落ち着いてカウントし、タオルの間から笑顔をみせた。

「 え、ええ・・・ でもね。 雷は ・・・ キライなの。 わ! また〜 ・・・ 」

 

カ・・・・ッと 一瞬サンル−ムが青白い光で一杯になる。

灰色の空を割って 冷たい火柱が上から下までジグザグに走った。

 

 − パシャ−−−−−−ン !!!

 

爆発音とはまた少し違った自然の破裂音が 空気を揺るがせる。

 

「 大丈夫だよ。 ねえ? ・・・ 具合、悪いの。 」

「 ・・・ う、ううん ・・・ 」

ユウの腕が そっとフランソワ−ズの身体を引き寄せる。

「 だって こんなに震えて・・・ 手、冷たいよ? 」

「 ごめん・・・なさい ・・・ ちょっと ・・・ きゃ・・・! 」

再び空を満たした光に、フラソソワ−ズは耳を押さえ少年の胸で縮こまった。

 

戦場での爆発音、射撃の音、破裂音 ・・・ そんなものは聞き慣れてしまった。

彼女の能力潰しを狙った武器の激痛にも似た衝撃も 

どこか見当がつきそれなりに耐えられるようになっていた。

しかし。

自然界の轟音は 時として彼女の神経をひどく痛めつける。

日常の生活で能力はオフにしていたけれど ひどく鋭敏な知覚を遮断することはできない。

突然の落雷は 激しい衝撃となって彼女の感覚を責め立てた。

 

「 ね? 奥へ入ろうよ。 稲妻も見えなければすこしは怖くないだろ。

 大丈夫 ・・・ 歩ける ? 」

「 ・・・ ごめんなさい ・・・ ユウ・・・ 」

「 誰にだってね〜 苦手はあるよ。 ほら、そこのソファに座ろう。 」

ドアを開け、ユウはサンル−ムの奥へとフランソワ−ズを連れて行った。

 

「 ね・・・ ここなら。 雷の音も随分聴こえないでしょ。 」

「 ええ ・・・・ 」

「 もう大丈夫? あ、リキュ−ルかなにか ・・・ もってこさせるね。 」

「 ユウ・・・ いいのよ、大丈夫・・・。 あ・・・ソファ、濡らしてしまったわ。 」

「 いいよ、そんな・・・。 額が冷たいよ? まだ震えてる・・・ 」

「 ごめんなさい。 本当にもう大丈夫・・・・ 大騒ぎして恥ずかしいわ。 」

フランソワ−ズは慌ててユウの腕から身体を引き離した。

濡れて額に纏わる髪をかきやり、濡れたスカ−トを引っ張る。

薄物のブラウスはぴたりと肌に張り付いていて、フランソワ−ズは胸元にタオルを当てた。

 

「 やっぱり ・・・ カフェ・オ・レでも淹れるよ。 手、まだ冷たい・・・ 」

「 ・・・ ごめんなさい、迷惑かけて。 」

「 ううん ・・・ ねえ、フランソワ−ズ、凄く耳が敏感なんだね?

 ああいう音( おん ) が苦痛なんでしょう? 」

「 え・・・ええ。 ちょっと ・・・頭痛がするの。 」

タオルで一生懸命ブラウスを拭い、フランソワ−ズはぎこちなく微笑んだ。

ユウの手が きゅ・・・っとフランソワ−ズの腕をつかむ。

「 ・・・ やっぱり ・・・ あなたは ・・・ 」

「 え? 」

「 ・・・ 僕は あなたを連れてゆかなくちゃならない・・・ 」

「 ・・・ ユウ ? 」

 

  − バタ−−−ン ・・・ 

 

突然、サンル−ムの窓が開く音が響いた。

降りしきる雨音が どっと大きく聞こえてくる。

ざわざわと衣擦れの音をさせ、カ−テンが風に弄られている。

 

  − ・・・ ガタン !

 

「 窓が? なにか落ちたみたい。 ちょっと見て来るわ。 」

「 あ・・・ フランソワ−ズ・・・ 」

絡みつく少年の視線を振り切って フランソワ−ズはサンル−ムへ引き返した。

 

 

 

Last updated: 08,08,2006.                       back     /      index     /     next

 

 

 

*****  またまた途中ですが ・・・

すみません〜〜〜 終りませんでした ( 泣 ) 

あと 一回! どうぞどうぞお付き合いくださいませ〜〜〜 <(_ _)>

 

【 ミラボ−橋 】 につきましては コチラをご参照ください。

(アタマの h を抜いてあります)

ttp://pinkchiffon.web.infoseek.co.jp/bookmarie.htm

オ−ツビスケット  につきましては めぼうき様 に教えて & ご馳走に

なりました♪ 本当にすご〜〜〜く美味しいのです♪♪♪