『  片恋   − (1) − 』

 

 

 

 

 

シュっと開いたドアをくぐると 一瞬視界がきかなくなった。

フランソワ−ズは反射的に目を細め、足を止めた。

 

「 ・・・えっと・・・ どこかしら。 う〜ん ・・? あ、あっちね。 」

 

白茶けた真昼の光線の下から 一気にひんやりとした洞窟に落ち込んだみたいだ。

ただ・・・ この中は外と同じくらい多くの人々のざわめきで満ちていた。

外と違うのはそこに 様々な < 音楽 > が流れていることだ。

 

「 クラシック・・・ クラシック・・・と。 」

 

フランソワ−ズはキョロキョロしつつゆっくりと進んでゆく。

エスカレ−タ−を一つ昇り、彼女はやっと目的のコ−ナ−に辿りついた。

 

もう一つ ガラスのドアを開ければ。

静かな足音と たまに漏れてくる低い機械ノイズ、そして小さな話し声だけが聞こえた。

 

フランソワ−ズは壁中に設けられている棚の表示を目で追って、奥へと入っていった。

 

 

 

 

「 え? 音楽? ・・・ たいていの音楽CDなら、ほら、駅前のCDショップにあるよ。 」

「 うん ・・・ 帰りに寄ったんだけど。 あのお店ってあまりクラシックは置いてなかったの。 」

「 あ・・・ クラシックか。 仕事で使うの? 」

「 そうなの。 今度の舞台、創作なんだけど・・・ 使う曲を先に聴いておかないと、ね。 」

「 ふうん ・・・何て曲? 作曲者は? ・・・・ あ、持つよ。 」

ジョ−は拾い読みしていた雑誌をぱさり、と閉じた。

立ち上がり、フランソワ−ズが運んできたティ−セットを受け取る。

「 あは・・・ 」

フランソワ−ズの返事にジョ−は肩をすくめ苦笑した。

「 ・・・ぼくじゃ訊いてもしょうがないよね? アルベルトに聞けばイッパツなんだろうけどな。

 ごめん、クラシックはよく知らないんだ。 」

「 いいのよ、ジョ−。 どこか・・・ Y駅の方のお店ならあるかしら。 」

「 いっそさ、レッスンの帰りに都心のS駅とか通るだろ? あそこにでっかい専門店があるよ。 」

「 まあ、そうなの? 」

「 うん ・・・ あ、地図、書くよ。 」

「 ・・・ 一緒に行って・・・ 」

「 え〜とね・・・ あ? なに。 」

「 ううん ・・・ なんでもない。 ・・・地図、お願い。 」

「 うん。 西口を出てさ・・・ 」

ジョ−は有り合わせの紙に熱心に地図を書き始めた。

 

 ・・・ たまには 一緒に出かけたいな。 一緒に街を歩きたいのに・・・

 

彼の手元を覘き込みつつ、フランソワ−ズはこっそりとこころの内で呟いた。

ジョ−は人混みがあまり好きではない。

海岸や近くの野山などには よく二人で遊びにゆくし、

最近では深夜のドライブなんかも連れて行ってくれるようになったのだが・・・

 

G・・・通りにオシャレなオ−プン・カフェがあるの。

K・・・にね、美味しいケ−キ屋さん、見つけちゃった♪

 

フランソワ−ズはさり気なくジョ−を誘ってみるのだが、

いつも ただ彼の笑顔が返ってくるだけだった。

どうも 彼は他人の視線に晒されるのが好きではないようなのだ。

 

・・・キライなら ・・・ 仕方ないわ。

でも ・・・ ちょっとツマラナイな・・・・

 

自分だって年頃の乙女、 カレシと腕を組んで街中を歩きたい。

いくらひとつ屋根の下に住んでいるとはいえ、たまには洒落たカフェでデ−トもしたかった。

 

パリジェンヌはシャイなジャパニ−ズ・ボ−イに たまにはイラつくこともあるのだ。

 

「 ほら・・・ コレで判ると思うよ。 ココの ・・・ 多分2階だな〜 」

ジョ−はこつこつとボ−ルペンで紙片を突いた。

「 ありがとう。  ・・・・ 博士〜〜〜 お茶が入りましたよォ〜〜〜 」

フランソワ−ズはインタ−フォンのボタンを押して書斎の博士に声をかけた。

ジョ−が慣れた手つきでティ−ポットからお茶を注ぐ。

ころん、としたスコ−ンを盛ったお皿とアイスクリ−ムのガラスの器をフランソワ−ズが持ってきた。

もうすぐ、ぼさぼさ頭を振り振り博士が現れるだろう。

 

カ−テンをふんわりと揺らし、午後の風がリビングを吹き抜ける。

ゆったりと ・・・ 時計の針まで眠そうである。

ギルモア邸で 午後のお茶タイムが始まろうとしていた。

 

 

 

 

「 ・・・ふうん ・・・ ジョ−が言ってた通りね。 ココの品揃えは凄いわ・・・

 えっと ・・・ あ。 あったあった ・・・ 」

白い指が 何枚かのCDを選り抜き出した。

「 ああ、よかった! これでばっちりね。 ・・・ あ ・・・ 」

キャッシャ−へ行こうと振り向いた途端に、彼女のバッグが何かに触れてしまった。

 

 − かしゃ ----ん ・・・・ 

 

軽い衝撃、そして金属製の音と揺らいだ空気にフランソワ−ズは慌てて辺りを見回した。

レッスン帰りの大荷物、できるだけ注意はしていたのだが・・・

 

「 ・・・! ごめんなさい! 大丈夫ですか? 」

「 ・・・ あ ・・・ うん、僕こそ ・・・ 」

 

目の前の床には数枚のCDが散らばり ・・・ 少年が蹲っていた。

少し先に 金属製の白い杖が転がっている。

 

「 ( ・・・眼が・・・? ) 本当にごめんなさい! あの ・・・ 立てます? 」

「 あ ・・・ありがとう。 杖は ・・・ どうもすみません。 」

「 はい、これ・・・。 ごめんなさい! わたしの不注意で・・・ どこか痛みませんか?

 怪我は ? 」

「 ううん ・・・ 僕こそ、ぼんやりしてて・・・。 ああ、大丈夫ですから。 ありがとうございます。」

物音に飛んで来た店員や 取り落としたCDを拾ってくれた回りの客に少年はきちんと頭を下げた。

 

「 すみにソファがあるわ。 すこし、休んで行きましょう。 ・・・ 歩けます? 」

「 本当に大丈夫ですよ。 merci, Mademoiselle ・・・ 」

「 ・・・ え ・・・・? 」

フランソワ−ズは流暢な発音にはっとして 少年の顔を覗き込んだ。

「 フランスの方、でしょう? 」

「 ・・・え、 ええ・・・・ 」

 

赤味のかかった柔らかな茶色の瞳が にこにこと彼女に微笑みかけていた。

 

・・・ この瞳 ・・・!

 

麦藁色の前髪からのぞく瞳からフランソワ−ズは目を逸らすことができなかった。

 

 

「 本当に大丈夫? タクシ−で送ってゆきますから・・・ 」

「 いえ・・・ 本当に大丈夫ですよ。 」

少年は同じ言葉を返し、またにっこりと笑った。

「 ・・・ でも ・・・ 」

「 このバスに乗れば 家のすぐ近くで停まりますから。 杖もあるし。

 通いなれてる道だもの、どうぞご心配なく。 」

「 それでも・・・ あの・・・ 」

「 あのね。 全然見えないわけじゃなくて・・・ モノの形とかぼんやりとは判るんです。

 うん、こんな風に暗いところの方が楽だけど。 」

「 そう・・・ ? なんだか ・・・ 申し訳ないわ。 」

「 僕だってCDに熱中してて・・・不注意だったし。 そんなに気にしないで。 」

少年はバス停でフランソワ−ズの申し出をあっさりと断った。

 

「 ありがとう ・・・ お姉さん ・・・ 」

「 え ? 」

「 僕 ・・・ 久し振りで、本当に何年ぶりかで母と同じ音の言葉を聞きました。

 僕の母も ・・・ お姉さんみたいな日本語、しゃべってた・・・ 」

「 そう ・・・ お母様はフランスの方? 」

「 ええ。 父はこの国のヒトだったから ・・・ 僕、<合いの子>なんです。 」

ふふ・・・っと茶色の瞳が揺れる。

柔らかそうな髪がはらり、と少年の顔に掛かった。

 

 − このコ ・・・ 似てる ・・・? ジョ−・・・??

 

「 ・・・じゃあ。 お姉さん、さようなら・・・ 」

「 ・・・  あ ・・・ さようなら ・・・ Au  revoir ・・・! 」

「 うん ・・・ オ−ルヴォア−ル ・・・ 」

 

フランソワ−ズは なぜかぼうっと停留所に突っ立ったまま・・・

少年が乗ったバスを見送っていた。

 

 − あのコ ・・・ もしかして ・・・ 一人なの・・・?

 

ふと耳に蘇った彼の言葉に思い出し、フランソワ−ズは愕然とした。

父も母も。

・・・ 過去のヒト、なのだろうか。

 

バッグの中で買ったばかりのCDが かしゃり、と音をたてた。

 

 

 

 

 

「 ・・・ ただいま。 」

フランソワ−ズの声に反応して玄関のオ−トロックは かちゃり、と扉を開いた。

見た目は普通の ・・・ それも年季入りのがっしりとした樫の木のドア。

実際は精巧なセキュリティ機能と防御装置を備えた、いわば一種の防衛用武器だった。

 

 − この邸も ・・・ 住んでいるモノと同じ、ね。 見た目を偽って・・・

 

ふっと零れそうになった吐息を飲み込んで、フランソワ−ズはもう一度声を張り上げた。

「 ただいま〜 美味しそうなジェレ、買ってきたわ。 」

 

 

「 ・・・ あら。 」

普段より遅くなったのでお茶の時間用に、と途中でデザ−トを買って急いで帰ってきたのだが・・・

ギルモア邸のリビングは からっぽだった。

 

「 ・・・ ジョ−? 」

ちょっと夏休みさ、と言っていたはずのジョ−の姿はどこにも見えない。

そういえば・・・ 玄関に彼のスニ−カ−がなかったっけ・・・

「 博士 ・・・? ただいま帰りました。 ・・・?  」

書斎へのインタ−フォンのボタンを押したが、返ってきたのは時計の音だけだった。

 

なにか連絡でも、と慌てて自分の携帯を取り出したが、伝言もメ−ルも入っていない。

妙な方向に考えが向き始めたとき、やっとフランソワ−ズはテ−ブルの上のメモに気付いた。

 

 < フランソワ−ズへ  博士とイワンをコズミ博士のところに送って行きます。

   今晩は泊まりだそうです。 その足でぼくも出かけます、急な仕事が入りました。

   戸締りに気を付けて!   ジョ− >

 

「 ・・・ なぁんだ ・・・ 」

ぼすん、と荷物を持ったまま・・・フランソワ−ズはソファに座り込んでしまった。

 

・・・ だったら 早めに連絡してくれたらいいのに。

 

夕食用の買い物と オヤツのジェレが ぐん・・・っと重く感じられた。

 

 

 

「 あとは〜 何があったかなぁ・・・ あ、プチトマト♪ ・・・うん、コレでいいわ。 」

お風呂上りに夏用のガウンをひっかけて、フランソワ−ズはキッチンから自室にむかった。

手にしたお盆には 彼女の<晩御飯>がのっている。

 

もう面倒くさいわ ・・・ わたし一人なんだし。 

 

ガラスのお皿にプチ・トマトが山盛り。 後はクラッカ−にカテ−ジ・チ−ズが少々。

マグカップにカフェ・オ・レと ペリエの瓶が一本。

 

ジョ−に言わせれば小鳥のエサみたいだが、彼女にはそれで充分らしかった。

誰もいない、久し振りの一人の夜、のんびりできるはずなのに。

フランソワ−ズはなんだか沈んでゆく気分を盛り上げようと一生懸命だった。

 

ジョ− ・・・

お仕事なら ・・・ 仕方ないわね。 でも・・・つまんないな。

ああ、だめだめ。

・・・ のんびり好きなコトしてすごしましょ。 ねえ?フランソワ−ズ・・・

 

ぱくん、と口に放り込んだプチ・トマトは ちょっと酸っぱかった。

なんだか 目尻に涙が滲んできた・・・

 

・・・・ つまんない ・・・

 

以前、一回だけジョ−の仕事場に行ってみたことがある。

彼女自身の用事で近くまで来たので 寄ってみたのだが・・・

ごたごたしたビルの中にある雑誌社だったが、彼女の姿を見るとジョ−は不機嫌な顔をみせた。

 

「 ぼくの車で待っていてくれる? ・・・すぐに送ってゆくから。 」

 

彼はそれだけ言うと、キ−を彼女に渡し人々の目から遮り彼女を外へ出してしまった。

 

ジョ−は ・・・ わたしと一緒にいるのを見られたくないのかな。

わたし ・・・ ジョ−には迷惑なの・・・?

 

ヤダ・・・。

ひとりで落ち込むのは もうお終い!

お仕事が終われば ジョ−はちゃんと帰ってくるでしょ、ね?フランソワ−ズ・・・

 

さあ。 気分を替えて。 窓を大きく開けて。

 

この邸で一番明るい彼女の寝室には いつも海風が気持ちよく吹き抜ける。

 

そうそう・・・ 折角見つけたCD、聞きながらゴハンにしましょ。

 

<夕食>を載せたトレイをベッドに置くと、フランソワ−ズは放り出してあったバッグを覗き込んだ。

思わぬ出来事で すっかり忘れていたけれど。

本当だったら 今日のメイン・イベントは欲しかったCDを聞くことだったのだ。

 

・・・・ あら。 こんなの ・・・ 買ったかしら?

 

稽古場で指定された曲の他に 覚えのないCDが一枚一緒に入っていた。

それはかなり古いフランスのシャンソンで、どうやら復刻版のようだった。

 

変ねぇ・・・ だいたい、クラシックの売り場に置いてあるはずないし。

・・・ あ・・・!

 

しばらくそのCDのジャケットを眺めていてから、フランソワ−ズは思わず声を上げてしまった。

 

 − そうよ! コレって ・・・ あの <彼> のなんだわ!

 

 

【 Le Pont Mirabeau  】 ( ミラボ−橋 )

懐かしい写真入りのジャケットを見直し・・・ いつしかフランソワ−ズはその旋律を口ずさんでいた。

 

 

 

 

「 ・・・さあ ・・・ それは。 判りかねますねぇ・・・ 」

カウンタ−で店員は困った顔をしつつも、気の毒そうに言った。

「 ・・・ そう、ですよね。 ごめんなさい、ご迷惑をかけました。 」

「 もしそのお客様から何か連絡が入りましたら お伝えしましょうか。 」

「 あ・・・ ではあの方の伝言を預かっていただけますか。 わたし、また来ますから。 」

「 そうですか。 間違ったCDは 【 ミラボ−橋 】 でしたね。 」

「 ええ、そうです。 ほら・・・これ。 」

わかりました、と店員は快く引き受けてくれた。

 

  母と同じ音を久し振りに聞きました 

  父はこの国のヒトだったから

  僕 ・・・ 合いの子、なんです。

  

少年の細い声が フランソワ−ズの心に蘇る。

彼の母は ・・・ このシャンソンを歌っていたのだろうか。

父も亡くし あの身体で彼はどうやって暮らしているのだろう。

 

少年はこざっぱりとした身なりだったし、チラリ、と見た持ち物も高級品だったが・・・

まだ学生、といった年頃だと思えたけれど。

 

フランソワ−ズは思いあぐね、人々の流れに追い越されのろのろと出口に向かっていた。

 

 

「 お姉さん・・・? やっぱりそうだ! 」

「 ・・・? あ、まあ! 」

店のドアを出る手前で ぽん、と肩を叩かれた。

このあたりに多いナンパ野郎か、と無視しかけたのだが澄んだ声に思わず振り返った。

 

あの少年が 立っていた。

 

「 あなた ・・・ よかったわ! あなたを捜して・・・ 困っていたの。 」

「 ? なんですか? 」

人通りを避け、二人はフロアの隅に身を寄せた。

「 これ。 あなたのCDがわたしの方に混じっていたの。 【 Le Pont Mirabeau 】よ。 」

「 あれ・・・そうでしたか? 僕、全然・・・ 」

「 はい、お返ししますね。 」

フランソワ−ズはバッグから取り出した包みを少年の手に握らせた。

「 ・・・ 歌って・・・・ 」

「 え ・・・? 」

「 あ、ごめんなさい。 失礼なコトを・・・ こんな古い歌、お姉さん知らないですよね。 」

「 Je connais tres bien ・・・ et vous ? 」 ( よく知ってるわ。 あなたは? )

囀るみたいな早口の言葉のあとに 優しい旋律が低く聞こえた。

「 ・・・・・・ おなじだ・・・ 僕のママンも ・・・・ そんな風に ・・・ 」

「 ・・・ あとは このCDにお任せするわ。 

 ねえ、今日こそ。 わたしからのお願いなの。 一緒にカフェにでも行きません? 」

「 avec plaisir ♪ 」  ( よろこんで♪ )

フランソワ−ズがさりげなく差し出した手に 少年は素直に彼の手を預けた。

 

 

夏の陽射しも樹々の梢を通るをずいぶんとやさしくなるものだ。

少年はテ−ブル・クロスに落ちる葉影を 指先で追った。

「 オ−プン・カフェでも静かで素敵だな ・・・ 

 この街にこんなカフェがあったなんて。 お姉さんは この街のヒト? 」

「 ううん ・・・ あのね、<お姉さん>じゃなくて。 フランソワ−ズよ。 」

「 あ・・・ あは♪ 落ち着いた声で ・・・・でも指輪、してなかったから・・・

 つい、<お姉さん>って呼んでた。 ごめんなさい、ぼくは ユウ。 」

「 ・・・ ユウ・・・ ? 」

「 うん。 あ! そうだ、そうだ、僕もお姉さ・・・じゃなくて ・・・ フランソワ−ズを

 捜してたんだった! 」

「 わたし、を? 」

「 そうです。 ・・・えっと・・・どこに・・・ああ、ハンカチで包んだんだ。

 はい、これ。 フランソワ−ズのでしょう? 」

「 ・・・・ ? 」

明るい陽射しに少し眼を細めているユウを見やって フランソワ−ズは差し出された包みを開いた。

ピンとプレスの効いたハンカチの中からは 金色のピアスが片方でてきた。

「 ・・・ これ? 」

「 フランソワ−ズのでしょう? この前・・・ 家にかえったら僕のブルゾンにひっかかってたの。

 ・・・ちがうの? 」

「 ごめんなさい、ユウ。 これはわたしのじゃないわ。 

 以前 ・・・ 似たのを貰って・・・いえ、持っていたけれど失くしてしまったし。 」

「 ふうん ・・・ じゃあ、バスの中とかで ・・・・ 誰かのを引っ掛けちゃったのかな。 」

「 これは ・・・ 上等なものみたいね。 ホンモノでしょ。 」

掌の上で、小さな装飾品はきちんと存在感のある重さを感じさせていた。

「 フランソワ−ズ? ほら。 似合うよ〜 ・・・ 貰っちゃったらどう? 」

「 あら、ダメよ。 誰か ・・・ 本当の落とし主さん、捜しているわ、きっと。 

 バス会社か ・・・ 交番にでも届けた方がいいと思うわ。 」

「 うん・・・そうだね。 あ、じゃあね。 今度は僕がお願いがあります。 

 ねえ、 きっと。 ・・・ oui って言って? 」

「 まあ、なあに。 ・・・ ちょっとドキドキするけど ・・・ oui。 」

「 わ〜い♪ じゃあ、行こう? 」

少年、いや ユウはにこにこと笑い席から立ち上がった。

そんな様子は どこにでもいる普通の少年とちっとも変りはなかった。

 

 

 

最後の音が しずかにしずかに空間に消えていった。

その後には。 

金の粉が・・・ そう、蝶の燐粉が煌いて宙に浮いて・・・沈んでゆく・・・

 

 ・・・ はあぁ 〜〜〜

 

フランソワ−ズは眼を閉じたまま ゆるやかに息を吐き出した。

 

「 ・・・ 凄いわ・・・ ユウ、あなた・・・天才よ ! 」

「 フランソワ−ズ、 それは褒めすぎです。 

 僕はピアノが好き。 ただ、それだけだもの。 」

「 ううん! それだけ、なんかじゃないわ。 わたし ・・・ 今あなたの音の世界に

 捕らわれてしまいそうになったもの。 なんていうのかな・・・ 音の迷宮( ラビリンス )? 」

「 ありがとう。 そんな風に言ってくれたのってパパだけだった・・・ 」

「 ・・・ あなたのパパは ・・・ ア−ティスト? 」

「 あは。 僕の父は画家でした。 人付き合いの下手な、まあ一種の天才肌かな。

 貿易商だった親とこの国に来た母と出逢って ・・・ カケオチしたってわけ。 」

「 まあ ・・・ すごくロマンチックね! 」

「 母は資産家の娘だったから この屋敷を買って父は思う存分絵筆をふるって・・・

 やがて僕が、この出来損ないが生まれたの。 」

「 ユウ。 そんな風に言うもんじゃないわ。 あなた ・・・ 本当に天才よ?

 ちゃんと ・・・ その、専門の学校へは行かないの。 」

フランソワ−ズはピアノの前の少年に熱心に話しかけた。

サンル−ムのガラス越しに差し込むプリズムにも似た光が少年の髪にきらきらと纏わり付く。

一見温室風のその離れは 夏の日差しを和らげ、心地よい微風がただよう不思議な空間だった。

膝丈にもなる下草を踏み分け、鬱蒼と影を落とす木々の間をぬけ、

ユウは慣れた足取りで フランソワ−ズをそこに案内したのだった。

 

「 僕は。 眼もこんなだけど。 虚弱体質で音楽家とか無理なんです。

 母が亡くなって・・・ 父は母の国に渡りやはりそこで死にました。 もう・・・誰もいない。

 みんないってしまった。 ・・・僕を待っているヒトはいないんです。

 僕は ・・・ ピアノを弾きながら命の残りをカウントしているんだ ・・・ 」

「 ・・・ ユウ ・・・ 」

声を詰まらせてしまったフランソワ−ズに顔を向け、ユウは鍵盤をぽん、と叩いた。

「 聴いてくださってありがとう。 ・・・ フランソワ−ズは 踊るひと? 」

「 まあ、どうして? 」

「 さっき僕の音にあわせて あなたの身体が動いてるのがわかったから。

 あなたの回りの空気がピアノと一緒に歌ってた・・・ 」

「 ・・・ユウ、あなたって凄いわ。 音への感性がものすごく敏感なのね。

 わたし、そうよ、<踊り子>なの。 」

「 やっぱり♪ ・・・ねえ、聞いてもいいですか。 

 貴女の髪は明るい色でしょ、それで ・・・ 眼は。 大地の色?それとも空? 」

「 ふふふ・・・ じゃあね、自分でようく見てごらんなさい。 ・・・ ほら・・・ 」

「 ・・・・あ ・・・ わ・・・ 」

フランソワ−ズは微笑んでピアノに歩み寄りユウの傍らに立った。

そして 身を屈め彼の両手をとると自分自身の頬を挟ませた。

「 ・・・ あなたの瞳・・・ とても綺麗ね。 」

「 フ ・・・ランソ・・・ワ−ズ ・・・! ・・・ああ・・・! ここに空があるね。 」

「 ユウ、あなたって詩人にもなれそうよ。 」

「 ・・・あの ・・・ あ ・・・ お願い、ちょっとだけ・・・ 」

「 え? ・・・ あっ ・・・・ ユ ・・ウ ・・・ 」

 

少年の手は意外なほど力強く、彼はそのままその美しい女性( ひと )を引き寄せて

唇を合わせた。

 

・・・遠から街の音が響いて来る。

潮騒に似ている、とフラソソワ−ズは頭の隅でちら、と思った。

少年の口付けは 熱く深く ・・・ 一瞬彼女の眼の奥でくらくらと火花が散った。

 

「 ・・・ ごめんなさい。 」

「 ユウ・・・ 悪いコね ・・・ 」

「 ・・・ なんだか急に フランソワ−ズの瞳に吸い込まれそうになったんだ・・・

 ごめんなさい ・・・ もうしません。 」

「 本当のキスは大事なヒトのためにとってお置きなさい、 ね? 」

「 ・・・・ あなたは僕の大事なヒトなんだ・・・ 」

「 ・・・え ? 」

「 あ・・・ううん。 なんでもない。 ね、そこの・・・ベルを押してくれますか。

 お茶を持ってこさせるから。 」

フランソワ−ズは黙って立ち上がり、サンル−ムの壁にあるベルに手を伸ばした。

遠くで コロン・コロンと古風なチャイムが鳴っていた。

 

 − ここは。 空気の色まで違うみたい。 

   ・・・まだわたしが 本当のわたしだったころと同じ空気よ。

   この場所は ・・・ そうね ・・・ ガラスで出来た宝石箱、かしら・・・

 

ピアノの音がまた流れはじめた。

誰でもが知っている ・・・ 優しいメロディ−が部屋中に広がった。

 

「 ・・・ トロイメライね。 わたしのママンのお気に入りだったわ。 」

「 ・・・・・・・・ 」

少年の指先から生まれる音が フランソワ−ズを懐かしい日々へと連れ戻す。

「 フランソワ−ズ ・・・ あなたは 今、幸せ? 

 この、今の時代で しあわせ ですか ・・・・ 」

「 ・・・・ わたし ・・・ え、ええ・・・・ もち ・・・ろ・・・ん ・・・ 」

まろやかな音が繰り返し繰り返し、こころの奥の遠い記憶をまさぐる。

 

いつも キッチンで歌を口ずさんでいた 母・・・

そんな母のお気に入りを 父はひくく口笛で奏でていた・・・

両親が亡くなったあと、兄がいつの間にか父の口笛を引き継いでいた。

・・・ なんでもない、普通の日々。

そんな日が 明日も 明日も 明日も 続くと信じてた あのころ・・・

 

「 ・・・ 帰りたい ・・・? あなたは ・・・ あの日へ 帰りたい? 」

「 ・・・ う ・・・ ううん ・・・ いえ ・・・わからない ・・・わからない・・・わ 」

「 ・・・・ そう? もっと素直になって。 ・・・ねえ・・・」

「 ユウ ・・・ なにを ・・・ 」

「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・・ 」

セピアの瞳がひた、とフランソワ−ズの目を捉えた。

 

 − ・・・・ ジョ− ・・・? ううん ・・・ちが ・・・・う ・・・

 

お腹の底からふわり、と身体もこころも浮き上がりそのまま回りは柔らかな闇に包まれてしまった。

 

 

 

《 次は ・・・ です。 〜線はお乗換えください。 次は ・・・ です。 》

 

・・・ え。

 

耳に馴染んだアナウンスに フランソワ−ズはのろのろと頭を擡げた。

どうも 居眠りをしていたらしいのだが。

 

わたし。 

いつ、電車に乗った・・・?  ・・・ ユウのお家に行ってピアノを聴いて。

お茶を頂いて それで・・・

 

頭が重い。

今日の午後の出来事が はっきりと思い出せない。 

途中から靄の中に消えてしまっている。

 

・・・ まさか、あのお茶に・・・なにか?

ううん、だって アレはティ−セットを受け取ってわたしがカップに注いだわ。

そうよ、ユウも飲んでいたもの。

 

   ・・・ でも。

 

《 ・・・〜 ・・・です。 〜線はお乗換え〜 》

 

いけない・・・!

 

 

フランソワ−ズは荷物をつかむと慌てて座席を立った。

耳の奥で こころの底で 少年のピアノがずっと聞こえている・・・

ふっとそんな気がして、彼女はふっと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「 ただいま。 ・・・・ あれ。

 博士がお茶の支度ですか??  ・・・ フランソワ−ズは? 」

「 おお ・・・ おかえり、ジョ−。

 なに、ワシだって大抵のコトは出来るさ。 ・・・ もっともレンジでチン、だけじゃがな。 」

「 ぼくと大して変らないじゃないですか。  フランソワ−ズはどうしたんです? 」

玄関からリビングに直行したジョ−は荷物も降ろさずに キッチンを覗き込みうろうろしている。

「 ああ、ウチのお嬢さんはいつもより少し遅くなるそうだよ。 」

「 へえ・・・? リハ−サルとか、延長してるのかな。 」

「 いやあ? 詳しいコトは聞いておらんが。 なにか友達の家に寄るとか言っておったぞ。 」

「 ・・・ そうですか。 あ、 お茶くらい僕が淹れますよ。 」

ジョ−は荷物をリビングに放り出すと、キッチンに入っていった。

 

・・・ 友達の家・・・?

彼女に そんな親しい友達が いたっけか。

 

ジョ−は自分でも気づかずに、当たり前の気分で三人のカップを取り出していた。

 

フランソワ−ズのお茶。

楽しみにしてたんだけど・・・・。 スコ−ンも食べたかったな。

・・・ なにか あるかなァ〜〜〜

 

 

 

ちょっとがっかり気分で ジョ−は冷蔵庫に首をつっこんでいた。

 

 

 

Last updated; 08,01,2006.                         index     /     next

 

 

 

 

******  途中ですが・・・ちょっとひと言 

平ゼロ と 原作のまぜこぜみたいな設定であります。

フランちゃん、ちょっと淋しいのかな?

え〜〜ん、また終わらなかった・・・ すみません、あと一回続きます。

よろしかったらお付き合いくださいませ。

【 眼と耳 】 編 亜バ−ジョン・・・かも???(^_^;)