『 選んだ道 ― (2) ― 』
「 〜〜〜 う〜〜〜ん ・・・ もうちょっとやるか 」
ジョーは 問題集を持ち上げ一緒に伸びをした。
受験勉強の取っ掛かりとして ジョーは高校時代の復習から 始めた。
昨今流行りのタブレット学習より 古典的に 教科書とノートで
勉強している。
自分の部屋に籠るよりも 階下のリビングのテーブルの方が
集中できるのが自分でも不思議だった。
「 もうちょっと ・・・ うん ココでやるのが一番だな〜 」
彼は 壁の鳩時計をちらっと見上げてから 再び問題集に戻った。
ジョーが < 出発のためプロジェクト > に取り組み始めて
最初に すぐに数学でアタマを抱えてしまった。
中高と全然真面目に勉強していなかったから。
「 ・・・ う〜〜〜〜 なんで?? わっかんね〜〜〜 」
教科書を前に お手上げ状態で呻吟していた。
カタン ・・・ リビングのドアが開いた。
「 あ 博士?? 」
「 おう ジョー。 まだ起きていたのかい 」
「 え はあ ・・・ まあ 博士、なにか御用ですか 」
「 ちょいと熱いお茶が欲しくてな ・・・ 」
「 あ ぼく 淹れます! ぼくも飲みたいし 」
ジョーは 気軽に立ち上がった。
「 おお そうかい ・・・ ありがとうよ
ジョーは 読書でもしていたのかい 」
「 あ いえ その ・・・ 試験勉強を 」
彼は手元の教科書を見せた。
「 ほうほう〜〜 それはいいことじゃな 」
「 それが ・・・ どうも ・・・ 」
「 うん? なにを悩んでいるのかね 」
「 博士 ・・・ あのう・・・ ぼく ・・・ 」
このハーバード出のマルチ天才に 恥ずかしかったけど
ジョーは 腹をくくって告白した。
数学がぜんぜんわかりません と。
「 数学 か どれ・・・」
博士はジョーの 数学1 の教科書をぺらぺらめくってみた。
「 ・・・ ふうむ なるほど 」
「 ・・・ あのう ・・・ ぼく アタマわるくて 」
「 いや ― ここはな 」
博士は ごく普通の顔で数学の初歩、というか入門編を丁寧に教えてくれた。
「 〜〜〜 となる。 そこで 次に ・・・ 」
説明はゆっくりだったが 勘所を的確に突いている。
余分な回り道がないので かえって理解しやすい。
あ。 そっか ・・・!
「 ! 」
ジョーは思わず 顔を上げた。
「 で・・ ? うん? ああ わかったかい 」
「 はい! ・・・ってこの章だけですけど 」
「 いやいや 今の方向で考えていってごらん?
また質問があればいつでもおいで。 なんでもウェルカムじゃよ 」
ばっちん☆
博士は妙ちくりんなウィンクをすると 熱いお茶を啜った。
「 〜〜〜〜 んま・・・ ジョー いい熱さじゃよ
フランソワーズは料理も上手だが 茶の温度だけはイマイチで・・・
うんうん さすが日本人じゃな 」
では おやすみ〜 と 博士はまた飄々と書斎に引き上げていった。
「 あ お おやすみなさい〜〜〜〜 !! 」
最敬礼で送りだすと ― ジョーはテーブルの前に座りなおした。
「 よお〜〜し やるぞ〜〜〜 」
一旦 < とっかかり > をマスターしてしまえば ―
あとは 所謂破竹の勢い というヤツで ジョーはたちまち
受験用の数学 まで辿りついた。
その頃には かなりの数学マニアになっていた。
「 数学 って。 面白いよなあ すごいよなあ
― あ そっか! 戦闘中にフランが送ってくるデータ!
アレはこの数式を使えば ・・・ 」
ただの 試験勉強 から 彼らにとっては戦闘時の重要な
武器にもなるデータ構築 に広がってゆく。
「 ・・・ っと。 ああ そっか・・・
フランって すげ〜な ・・・ 瞬時に判断してるんだ・・・
そりゃ計算を補助脳がやっても 利用を決めて
取捨選択するのは ニンゲンの意志 だもんなあ
あ・・・ 彼女、理系だって言ってたっけ・・・ 」
ぱらぱら ぱらり。 数学の問題集をめくる。
「 あ〜 うん ・・・ あの頃はイマイチだったけど ・・・
数学って必須だよな う〜ん やっぱ工学系、行きたいかも
行けるかな 行きたいな ― 行きたい 行くぞ! 」
ふ〜〜〜 溜息をひつと。
「 おし。 あともうちょい〜〜〜 やる! 」
ジョーは 茶碗をささっと洗ってくると 問題集に没頭した。
深夜ほど理解が進む ― これは実感だった。
日付の線をまたぎ 三日月様が西の方に移動するまで
ジョーは 数学の世界におぼれていた。
すこしづつだけれど 彼の目指す方向が見えてきていた。
ふんふんふ〜〜〜??
たっだいまです〜〜〜
あっ いた〜〜〜 足〜〜〜
う〜〜 やっぱまだまだねえ
フランソワーズは 門の所で靴を脱いだ。
「 はあ〜 ・・・ 開放感〜〜〜〜
・・・ 今度からスニーカーかサンダルでゆこうかなあ
足を締め付けるのは ポアントだけで十分〜〜 」
ぺたぺた ぺた −−−
脱いだパンプスと大きなバッグを担いで 玄関まで歩く。
「 ふ〜〜 足の裏が気持ちいい〜〜〜
ふんふんふ〜〜ん ・・・ ウチに帰ってくるとほっとするわ
ふふふ 海からの風も好きになったわ 」
ガタン ― ドアを開けて。
「 ただいま〜〜もどりましたァ〜〜〜 」
奥に向かって声を張り上げる。
< ただいま > < いってきます > という日本風の挨拶は
自然にこの屋敷での習慣となった。
家にいる人々は < いってらっしゃい > < おかえりなさい > と
これもごく普通に返している。
この地で暮らすことになった時のこと・・・
ジョーがいつも口にしている 言葉 にまずフランソワーズが気が付いた。
それって挨拶なの? と < 地元民 >に訊ねれば―
あ ・・・ う〜ん?
挨拶ってか・・・習慣 かな〜
なんかず〜〜っと・・・
気が付いたら 言ってたよ?
皆 そんなモンじゃないかな
・・・よくわかんないけど
相変らず 曖昧模糊とした答えが返ってきた。
「 ふうん ・・・ なんか素敵な習慣ですよね? 博士 」
「 うむうむ いいのう〜 気持ちの切り替えにもなるしな 」
フランソワーズもギルモア博士も最初から賛成した。
「 ねえ いいと思うわ ・・・ ジョー? 」
「 ・・・ 」
「 あ ・・・ ジョーは 反対? 」
「 ・・・え?? 」
「 あのう ただいま とか いってきます っていう挨拶・・・
もしかして 旧い習慣なのかしら・・・
今は そのう〜 若いヒトは使わないの? 」
「 え! そ そんなこと ないよ!!
ぼくも大大大賛成〜〜〜〜 デス! 」
「 それならいいけど なんか黙ってるから ・・・ 」
「 あ いや ううん ・・・ そのう・・・
ただいま って言って帰れるウチがあって
おかえり って迎えて貰えるって いいなあ〜 って 」
ジョーは なぜかこころなしか目を瞬せている。
「 ?? そう よねえ ・・・ じゃ ウチでは
いってきます と ただいま を言いましょうね 」
「 ウン あ いってらっしゃい と おかえり も・・・ 」
「 そうね そうね〜 ふふふ いい感じ♪ 」
「 ウン ・・・ ぼくの ウチ なんだよね 」
「 そうよ ・・? 」
「 ・・・ ウン ぼくの ウチ ・・・ 」
え ・・・ なに??
泣いてる の ・・・??
チラ見した彼の眼は 確かに潤んでいた。
え・・・ なんで???
「 ・・・・ 」
「 あの ・・・ ジョー ? わたし なんかいけないコト
言ってしまった・・? 」
「 あ ごめ・・・ 嬉しくて さ 」
「 そう ・・・ ? 」
「 ・・・ うん ・・・ あ〜 ここはぼくのウチなんだ 」
「 ええ そうね。 気持ちよく過ごせるようにしましょうね 」
「 うん よろしくお願いシマス 」
「 あらあ うふふ・・・ そうね どうぞよろしくぅ♪ 」
町は外れの海に近い土地で 彼らの新しい生活は
すこぶる快適に始まったのである。
ガタン。 玄関のドアを大きく開けた。
「 あ〜〜〜 お腹減った〜〜
! いっけな〜い 足! 靴、脱いだんだっけ・・・ 」
上がり框に乗ろうとして 気がついた。
「 ・・・ う〜〜 しょうがない! 」
ぺた ぺた ぺた ・・・
荷物とバッグを置いて 彼女は四つん這いでバス・ルームに向かった。
― ほぼ 一時間の後・・・
「 ん〜〜〜 ・・・ 足 いったいなあ〜〜 」
ソファに上り、ハーフ・パンツの裾をたくし上げ 足先に保冷パックを乗せる。
「 ・・・ きもちい〜〜〜〜 はあ〜〜〜 さいこ〜〜 」
今は 誰もいないので ソファの上でのびのび・・・脚を伸ばす。
「 う〜〜〜〜 ・・・ やっぱどうしても剥けちゃうなあ・・・
また博士に特殊絆創膏、 いただかなくちゃ ・・・
う〜〜ん それにしてもぉ〜〜 今日のアレグロ・・・
なんで皆 ついて行けるわけ?? 日本人だから?? 」
ズズズ −−− ミルク入り冷たい麦茶 をストローで啜る。
「 うん ・・・ これ 美味しいわ! アイス・オ・レの味よ〜〜
むぎちゃ って天才〜〜 あ〜〜 おいし〜〜 」
ソファの上で伸びたり縮んだり ごろ〜〜んとリラックス。
「 ・・・ 痛いけど 踊れるってホント素敵♪
毎日踊れるって 夢みたい〜〜〜 あ。 」
なんで踊るの? ― ジョーの素朴な疑問 が蘇る。
「 ・・・ なんで かなあ 」
ぱふん。 お気に入りのイルカ・クッションを抱え考えこむ。
「 ジョーには 赤い靴 のハナシ したけど。
まあ あれは結果論だわねえ ・・・
ホントに なんでわたし ず〜〜っと踊ってるのかなあ ・・・
ねえ イルカさんはどう思う? 」
はぐ はぐ はぐ − クッションを抱きしめる。
イルカは いつも笑っているけど答えてはくれない。
「 そもそも なんでバレエ始めたんだっけか ・・・
う〜〜ん?? ・・・ あ たしか ママンが ・・・ 」
いいこと ファン?
お行儀のいいマドモアゼルになるために
しっかりレッスンしましょうね
昔むか〜〜しの 母の声が蘇ってきた。
「 そうよ〜〜 ママン なにか勘違いしてたんじゃないのかな
だってわたし ・・・ ますますお転婆さんになったものね
ふふふ ・・・ でも初舞台はとても喜んでくれたっけ・・・ 」
初めて舞台で踊った日 初めてポアントを履いた日 ・・・
捻挫した日 肉離れした日 ・・・ 爪が剥がれるのは 慣れたけど、
ステップが出来なくてがっかりしたり 痛かったり 辛いことの方が多かった。
「 けど ― 踊ってきたわ。 踊りたかったの。
どうして ・・・って ・・・・ あ。
好き だから かしら。 」
自然に その言葉が湧きあがってきた。
「 そっか ・・・ そう よね ・・・ うん。 」
「 こらあ〜〜 若い娘がなんて恰好してるんだ! 」
いきなり頭上からお小言が降ってきた。
「 !?!? 」
びっくり仰天、思わずイルカさんの下に隠れれば ―
アタマの上で 銀髪が笑っていた。
「 あ〜〜〜 やだあ〜〜〜 アルベルトぉ〜〜〜 」
「 やだあ はないだろうが。 おい その恰好、なんだ。
若い娘が下着で・・・ はしたない。 」
「 え ・・・ ホーム・ウェアよ? りらこ っていってね
柔らかい生地で楽なの 」
「 だらしない。 それが昨今の流行りなのか 」
「 そうねえ〜 脚も楽よ〜 ばりばり洗濯機で洗えるし・・・
この国ではお家の中だと 皆こんな恰好みたいよ 」
「 あまり賛成できんな。 お前さんら、脚は冷やしたらダメだろうが。
少なくとも俺の前ではちゃんとしろ。 」
「 ふぁ〜い ・・・ 口煩いお兄ちゃんみたい 」
「 なんだ? 」
「 なんでもありませえ〜〜ん ・・・って いつ来たの?? 」
「 空港から直行だ。 トウキョウで仕事がある。」
「 それは聞いてたけど ・・・ 少し早く来てくれたのね。 嬉しいわ 」
いらっしゃい お帰りなさい。 おう ただいま
< 妹 > は < 兄 > の頬にキスをした。
「 ふふん ウチでもリハーサルができる、と聞いたのでな 」
「 あ そうなのよ〜〜 地下のロフトをね レッスン室に改造してくださったの。
グランド・ピアノ 置いたわ、 完全防音だからいつでもどうぞ
」
「 ありがたい。 博士が? 」
「 そうなの。 サプライズでね ・・・ ジョーも手伝ってくれたみたい 」
「 ほう そうか。 うん? ヤツは? 」
「 あ 予備校よ。 受験生なの、彼。 」
「 おう 決心したのか。 進学したい ってぼそぼそ言ってたが 」
「 なんかね〜 決めたみたいよ。 すごい集中してるわ 最近 」
「 いいことさ。 青春の一ページ だ。 」
「 ふふふ 直接言ってやって?
あ お茶淹れるわね 温かいものがいいでしょ? 」
「 ああ 頼む。 部屋に荷物を置いてくるから 」
「 はい あ お部屋 ちゃんと風を通してあるわよ 」
「 ダンケ ・・・ 良い季節だな この国では 」
「 そうね お茶〜〜 って。 そうだわ 」
フランソワーズは にこにこしてキッチンに立った。
♪♪ 〜〜〜 ♪ 低く音楽が流れる
「 ふ〜ん 新しい音? 」
「 ああ 今回の仕事用だ。 」
「 なんだか楽しそうよ? お仕事、順調なのね 」
「 そうなるべく奮闘努力中 だ。 お前さんはどうだ 」
「 あ わたしも 奮闘努力中〜〜 まだまだよ 」
「 やるべきコトがあるのは いいことさ 」
「 山盛りですけど。 はい ホット。 飲んでみて 」
ことん。 彼の前に湯気の立つカップを置いた。
「 ? 薄めか? アメリカン とかは好かんが 」
「 ちがうわよ、 まあ どうぞ 」
「 ・・・ ふん 」
アルベルトは 用心深くその褐色の香ばしい液体を啜った。
「 コーヒー ・・・ ではないが コーヒーの味がするぞ??
味も悪くない。 香がいいな なんだ これ 」
「 ふふふ ・・・ ホット・麦茶 よ♪
わたし これにミルクたっぷり入れて オ・レ にするの 」
「 むぎちゃ? ・・・ ああ 夏に冷やして飲んだアレか 」
「 ピンポン。 ホットもなかなかだと思わない? 」
「 んん ・・・ 」
返事の代わりに 彼はずずず〜〜 とカップを傾ける。
「 お気に召したかしら・・・
あ ― ねえ。 聞いても いい? 」
「 ウマいな これ・・・ 香がいい。 ああ? なんだ 」
「 ええ ― あの アルベルトはどうしてピアノを始めたの? 」
「 ああ? ― 好きだったから だ。 それ以上でも以下でもない 」
銀髪のピアニスト氏は 事も無げに即答した。
「 好きだったから か ・・・ 」
「 そうだ。 なぜそんなコトを聞く? 」
「 あの ・・・ あ 最近 すごく仕事頑張ってるなあ と思ったから 」
「 まあ な。 せっかく 指 を作って貰ったんだ。
― 音楽家として やってゆきたいと思うのは当然だろう? 」
「 そうね! ねえ 今度のコンサートのチケット〜〜〜
ちゃんと押さえておいてよ?? S席 だからね! 」
「 御意。 マドモアゼル。 ヤツにスーツ着用の練習をさせておけ。
デニムにトレーナー はウチの中だけにしてくれ 」
「 わかってるわよ。 わたしだって りらこ で外出しません〜 」
「 当たり前だろうが。 」
「 これはね ホーム・ウェアなんです。 」
「 おい。 晩飯の時にその恰好は NG だぞ 」
「 え〜〜〜 いいじゃない〜〜 」
「 ― お前の両親は なんと言った? どう躾けられた? 」
「 ・・・ はあい ・・・ もう〜〜 ・・・ 」
「 普通の服でいいから。 ソレはやめろ、ジャージも だ。
晩飯は 全員が揃うんだろ きちんとしろ。 」
「 はいはい わかりました 」
「 < はい > は一回 」
「 わかりましたあ〜〜〜 ね 晩ご飯 なにがいい 」
「 なんでも ― あのジャガイモ、あるか? 」
「 あのジャガイモ? ・・・ ああ キタアカリのことね 」
「 名前は忘れた ・・・ 黄味がかったほっこりしたイモだ。
ドイツには というより欧州にはないぞ。 」
「 あ〜〜 今 ウチにはないかも ・・・
うん 大丈夫よ ジョーに買ってきてもらう 」
「 悪いな 」
「 いいの いいの。 帰り買い物を頼まれるって 憧れだったんですって 」
「 憧れ?? 変わったヤツだな 」
「 頼めばなんでも買ってきてくれるの♪
トイレット・ペーパー とか ジャガイモ とか ミカン とか
重いモノは ジョーの担当なの。 」
「 へえ ・・・ ああ キッチン、手伝うぞ 」
「 ありがと♪ ねえ なにが食べたい? 」
「 う〜ん ・・・ あ この前のアレ。 和風の味だが 肉を野菜と
透明なヌードルみたいなのを 煮込んだ料理がいいな。 」
「 ??? 透明なヌードル? ・・・ あ シラタキのことかしら。
タマネギ ニンジン ジャガイモ に お肉 シラタキ ? 」
「 たぶん・・・ 」
「 わかったわ 肉ジャガ です☆ いいわね! きまり(^^♪
博士もジョーも 大好物なの もちろん わたしもね 」
「 材料はあるか 」
「 ジョーがキタアカリ 買ってくれば。
そうだわ タマネギ 切るの、お願い 」
「 おう いいぞ。 ん〜〜 この ホット・むぎちゃ 美味いな。
もう一杯 いいか 」
「 はい どうぞ。 熱くするわね 」
「 ダンケ ・・・ いい顔、してるな。 ここは暮らし易いか 」
「 う〜ん そうねえ ・・・ 慣れてしまうと楽よ。
この地域のヒト達も 適度に無関心だしね 」
「 ほう? 」
「 ヨコハマが近いから ガイジンさん には慣れてるらしいわ。
町の方には いろいろな国のヒトが住んでるし 」
「 それはいいな。 お前も ― 楽しそうだ 」
「 あは ・・・ そう?
もうね〜〜〜 毎日レッスンで大変だけど ―
そうね 楽しいわ。 ・・・ はい ホット・麦茶 」
コトン。 香ばしい湯気を上げるカップが 置かれた。
「 メルシ ・・・ 」
アルベルトは ほっとした気分で熱く香りのいい液体を啜る。
目の前で揺れる金髪は 活き活きとした表情で笑みが輝いている。
ふん ・・・ いい顔してるな。
踊れるシアワセ を楽しんでいるってことだ。
003を初めて見たとき あ バレリーナだ とすぐにわかった。
彼女の姿勢 歩き方 が全てを物語っていた。
どんなに改造されても 本人が持つ雰囲気や動作の特徴は
そうそう変わるものではないのだ。
お前が 俺の指をみていたように
俺もお前が無意識にステップを 踏んでいるのを
何回も見ていた。 気付いていたさ。
それは 俺にとって最高の励ましだった ・・・
いつか必ず ― と 心に誓っていたよ
アルベルトは < 新しい指 > をじっと見つめていた。
ジョーは ご機嫌ちゃんでジャガイモを買ってきた ― 5キロも。
「 ジョー。 こんなにたくさん・・・どうするのよ?? 」
「 ― 特売だったんでさあ ついつい ・・・
あ でもさ! アルベルト〜〜 このくらいカルイよね? 」
「 ああ? ・・・ おい。 いくら俺でもなあ 」
「 保存するっても限度あるのよ?
・・・ いいわ 当分 主食はジャガイモね 」
「 え ・・・ 米のメシが・・・ 」
「 じゃあ ジョーはジャガイモをオカズにご飯を食べれば? 」
「 そ それなら いいけど。 ポテト・フライがオカズなら
軽く3杯は 食べられるし♪ 」
「 ・・・ 食べ過ぎ 注意!
あ そうだわ アルベルト、帰るときに持ってゆく? 」
「 おいおい 農産物は勝手に国外に持ち出せんぞ
独逸にも持ち込めん 」
「 あら そうなのぉ? じゃ ― とにかくいっぱい食べましょ
ジョー 皮むき お願いね〜 アルベルト タマネギ 切ってね〜 」
「「 了解 」」
おしゃべりしつつ 夕食の準備を進めてゆく。
「 ・・・ ん〜〜 いい味♪ 」
フランソワーズは味見をして Vサインをした。
「 わお♪ ねえ フラン〜 お願いがあるんだけど 」
「 なあに 」
「 コレ・・・ この肉ジャガ 明日の弁当に入れてくれるかな 」
「 え 同じものでいいの? 」
「 ウン♪ 肉ジャガとかカレーは 翌日がまた美味いのさ 」
「 へえ ・・・ たくさん出来たからちょうどいいわね。
さあ〜〜 晩ご飯で〜〜す 」
「 博士 呼んでくるね 」
カチャカチャ カチン。 コトコト コトン。
皆で食卓を囲み 賑やかな晩御飯となった。
会話も箸も進み 特に肉ジャガは大絶賛を受けた。
「 ジョー。 予備校はどうだ 」
「 ウン ・・・ なかなか面白いよ。
えへ ・・・ このごろさ 模試の偏差値 上がってきた! 」
「 そりゃよかったな 本気になってきたってことさ 」
「 ウン ・・・ 数学ってさ 面白いよね〜〜 」
「 数学? そうか。 お前 なにを専攻する? 」
「 う〜〜ん それなんだけど。 やっぱり工学系かな 」
「 ふむ 機械工学 か 電子工学 か 」
「 検討中 」
「 ま しっかり悩め。 」
「 悩むよ〜〜 ホント。 」
ジョーは ジャガイモを頬張りつつため息をついている。
「 ジョー。 お前が好きな道を選ぶといい。 それが一番じゃ 」
博士が 何気なくごく普通に言った。
「 はい。 ああ でも なにが好きなのか が問題で・・・
皆は 好きなもの がはっきりわかっててスゴイと思いマス 」
「 まあ 悩め ワカモノよ 」
明るい笑いが 広がった。
好きな道を選ぶ ― か。
そう ね。
わたし この道を選んだの。
だから だからこそ
この道を 歩いてゆく。
選んだ道だから 歩いてゆくの。
賑やかな食卓で フランソワーズは自身の想いを噛み〆ていた。
翌日から アルベルトは都心で楽団との打合せに向かい
ジョーは予備校、 フランソワーズはバレエ団のレッスン に通う。
普通の日々が続くが < 家族 > が増えてやはり少し華やいだ気持ちだ。
「 ねえ みちよ ・・・ 聞いてもいい? 」
「 え なに? 」
レッスン前、ストレッチをしつつ 仲良しさんに聞いてみた。
「 ん ・・・ あのね みちよはどうしてバレエ 始めたの? 」
「 へ?? ・・・ ん〜〜 ああ そうだなあ ・・・
好きだから ってことに尽きるかも 」
「 ― そう? ( やっぱり ね ) 」
「 うん。 この商売さ 好き って気持ちが根底だと思わん? 」
「 そうね そうだわね 」
「 あのさ ジュニアの頃にさ 同じクラスに所謂天才少女がいたの。
も〜 ぶんぶん回るし グラン・フェッテなんてお茶の子だった・・・
ジュニア・コンクールで何回も賞を取ってたっけ ・・・
でもね 彼女 ― バレエ団に入らずあっさり止めて獣医さんになったのさ 」
「 へ え〜〜〜〜〜 もったいない・・・ 」
「 皆そう言って止めたけど。 でもさ 思うに ・・・
彼女はバレエよりも 獣医さん が好きだったのよ。
つまり 彼女の目標は バレリーナ じゃなく 獣医なの。 」
「 あ う〜〜ん そっか・・・ 」
「 コンクールで優勝することよか わんこやにゃんこを助ける方が
< 好き >だったんだよね〜〜 」
好き ― その言葉が つきん と胸をうつ。
「 < 好き > かあ ・・・ やっぱりねえ 」
「 まあ さ。 足とか腰とか痛くても センセに怒られても
踊るの、好きじゃん? だから レッスン、くるし。
あれが踊りたい!って作品には まだまだ手が届かないけど
それでも 踊ってるよね〜 ― やっぱ好きだから 」
「 そうよねえ ・・・ 」
「 まあねえ この気持ちとどこで折り合いをつけるか だよなって。
もうこれまで って思えば ― 諦めることになるだろうし 」
「 う〜〜ん ・・・ ムズカシイわあ 」
「 フランソワーズは どう? 外国に来ても 踊りたかったわけでしょ?
< どうして > って言われない? 」
「 ・・・ ウン。 聞かれるわ。 どうして踊りたいのって。
そう ねえ。 やっぱり 好き だから だわ 」
「 ― でしょ? 」
「 ん 」
「 まだまだ諦め悪く〜 踊ってゆきマスって♪ こと 」
「 そうね そうね ・・・ あ マダムよ ・・・
きゃ〜〜 まだ 髪 結んでない〜〜 あれ ゴム〜〜 どこ?? 」
「 ほら はやく〜〜 ほい ゴム! これ使って!
・・・ え? 輪っかになってないとダメ? ・・・ も〜〜 」
「 あ・・・ メルシ・・・ 」
若い二人は隅っこのバーで ごにょごにょ やっていた。
「 みなさん おはよう! さあ 始めます。
二番から〜〜〜 ピアニストさん よろしくね 」
マダムの びん とした声が響き 朝のクラスが始まった。
好き だから。
わたしは この道を選んだわ。
― 皆は どうなのかな
ジョーはこれから道をみつけるみたいだし。
グレートや張大人は 進行中 よねえ?
ピュンマ ジェロニモJr. は
もうとっくに邁進しているわね
あ。 ジェットって どうなの?
― 彼は なにを見ているの ・・・?
聞いてみたいな。 うん。
「 はい 集中して! おチビちゃんじゃないでしょう 」
ぼ〜〜っとしていたのかもしれない。 早速お小言が飛んできた。
いっけない・・・ ― フランソワーズは目の前の現実に集中した。
ピアノが鳴って マダムの声とともに
ダンサーたちの肉体が滑らかに動き始める。
腕が 脚が 首が。 音楽に溶け合って優雅に舞い始める。
― 新しい一日が 始まった。
Last updated : 05.10.2022.
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*********** 途中ですが
メンバー達の 選んだ道 は ― こうあってほしい〜〜
というワタクシの願望です☆
ジョー君は たぶん 高校中退 かな・・・