『 選んだ道 ― (3) ― 

 

 

 

 

ギルモア邸から 急坂を降り切って 国道から海側に反れると

両側に店舗が並ぶ道にでる。

その 海岸通り商店街 には新旧さまざまな店舗が軒を連ねている。

代々続く八百屋や魚屋 肉屋も多いが 間には新進のこじゃれた店が

みられる。

「 え〜〜〜っと ・・・ お野菜 と お肉にお魚 買ったし・・・

 あら?? ショコラのお店ね〜〜  おいしそう♪ 

 う ・・・  あと1キロ 痩せたら買うわ! 」

フランソワーズは 大きな荷物を抱えつつも商店街をふらふら〜

歩いてゆく。

 

「 お。 岬のお嬢さん〜〜  ご隠居さんのお好きなオレンジ、

 いいのが入ってるよ 」

八百屋の大将が声をかけてくれる。

「 あ こんにちは〜〜  オレンジ? わあ おいしそう〜〜 」

「 まいどあり〜〜♪ 」

荷物に オレンジの袋が加わった。

 

「 あらあら お嬢さん。 今 焼き上がったところよ、バゲット。 」

呼び止めたのは パン屋の女将さん。

「 こんにちは! いい香り〜〜 はい いただきます! 」

焼きたてのフランスパンが バッグの上にのっかる。

 

「 うわあ ・・・ うんしょ うんしょ ・・・

 ああ サイボーグでよかった ・・・ かも ふ〜〜〜 」

荷物の山に埋もれつつ フランソワーズはやっとこ坂の上の ウチ まで

辿り付いた。

 

「 ・・ た ただいま ・・・ 」

  ガチャリ。 ドアを開け 荷物を全部三和土に置く。

「 ? なに・・・ 誰か喋ってる ? 」

 

耳を済ませれば ― 朗々としたセリフ回しが聞こえてきた。

 

     あ。  グレート ・・・ !

     稽古に来てるのかしら

 

     来月 舞台があるって言ってたっけ

     ん。  差し入れ持っていって 聞いてみよ!

     そうそ 焼きたてパン と 美味しいオレンジ 〜〜

     熱いお茶とご一緒に ってね〜〜

 

パタパタ・・・ キッチンに駆けてゆく。

 

 ― 数分後。

 

熱いティーポット に お手製のお茶帽子を掛けて。

英吉利紳士お気に入りの ジノリのティ・セットを銀盆にのせて 

そうっと地下へ降りていった。

 

レッスン室のドアは半分開いていて びん・・・とした声が

流れてくる。 彼女は足を止め聞き入ってみる。

 

「 ・・・?  あ これ  『 ジュリアス・シーザー 』 じゃない? 

 もしもし〜〜〜  カエサルさま? 

 

   とんとん  カチャ ・・・   お茶で〜〜す

 

「 〜〜 しかるに ・・・  おお? これは マドモアゼル〜〜

 ティ・タイムとは 忝い。  ん〜〜〜 このティ・コジーは手作りかい 」

「 そ。 はい 熱々です〜〜 」

「 わっほほ〜〜 」

 

   トポポポ −−−  熱い液体がカップの中に落ちてゆく。

 

「 ん〜〜〜  いい香だな  こちらは  おう、バゲットにオレンジかい 」

「 そうデス。 みんな地元の、出来たてよ。 どうぞ〜  」

「 ん〜〜〜    んま〜〜〜い  」

「 ふふふ あ〜〜 わたしもっと。

フランス娘は どばばば〜〜〜っとカップにミルクを注いだ。

 

「 ここは ― いい稽古場だな。 地下だが この床がいい 」

 トン ・・・ と この名優は足を踏む。

「 そうなのよ  博士がね わざわざオペラ座と同じ材質に

 してくださったの。  音響もよ 」

「 ほうほう・・・ あのピアノは独逸野郎のためかい  」

「 そうよ。 あ 彼 今 東京よ。 コンサ―トの打合せ 」

「 ふふん ・・・ 頑張っておるな よしよし。

 マドモアゼル、お主はいかに? 」

「 はあい 頑張ってますが ― どうもなかなか苦戦です★

 でも でもね。  毎日踊れるって なんてシアワセなの??

 足の指は剥けちゃうし なかなか思い通りにはゆかないわ。

 せも ― 踊れるって本当に幸せ(^^♪ 」

「 ・・・ んん。  本当にいい笑顔だよ マドモアゼル。 」

「 ふふふ  そう ?

  ね  ジェット、どうしてる? 彼だけ 全然連絡 ないのよ 」

「 ふん?  便りのないのはよい便り  だったか・・・

 そんな格言を知っておるかい 」

「 ・・・ そう思いたいけど  まあねえ ・・・

 彼って  なんかちょっと こう〜〜〜  変わってる わよね? 」

「 はは ヒトは皆  ちょっと変わっている のさ 

 同じ であったらそりゃ不気味 」

「 ・・・ そうだけど でも なんか ・・・ 雰囲気が違うのよ。

 あの島にいた頃から 思ってたんだけど 」

 

    カチン  俳優氏は優雅な手つきでカップを置いた。

 

「 ヤツは ジェットは ―  なにか突き抜けたような 

 飄々としたトコがあるな。 」

「 突き抜けた・・・って そう そうなのよ〜〜 なんか・・・

 こう〜〜 とらえどころがないっていうの? 

 あれはなんなの? 彼の性格・・・とも違うと思うんだけど 」

「 − 多分 ヤツには  空 があるから だろうな。 」

「 空 ・・・? 

「 左様。 空を自由に飛ぶ ― これは長年の人類の夢なのさ。

 今のところ 実現させたのはヤツだけ さ。

 勿論 ヤツ自身が熱望したコトじゃないが な 」

「 飛ぶ ・・・?  ああ。  そう  か・・・ 

 それで ― あ 彼の目は 空の色 なのね 

「 ふふん 詩人だね マドモアゼルは・・・

 お主らとて同じではないか 」

「 え。  わたし達は 飛べないわよ?  羽根をつけることはあるけど

 シルフィード ( 空気の精 )や 白鳥 にはなるけど 」

「 お嬢さんらのポアントは 重力からの解放 と聞いたぞ。

 ほんの一点のみで 地上と接しているだけだ とな 

「 う〜〜〜ん ・・・ それはそうだけど ・・・

 でもね ジェットの空 とは全然違うわ。

 そっか ・・・ 空ねえ ・・・・ うん ・・・ 」

フランソワーズは じっと宙を見てなにか納得した風だった。

「 そっか・・・・ ね  それじゃ グレートは? 

 聞いてもいい?  なぜグレートは 役者を続けるの。 」

 

     トポポポ −−−−  

 

俳優氏は慣れた手つきでお茶を注ぐ。

その淀みのない動きは ― まさに極上の演技で 彼の心情を表現していた。

彼が口を開くより前に 返事を聞いた、と彼女は思った。

「 ・・・ ( そっか ・・・ ) 」

「 吾輩は  ―   演じよ、と 神が我を地上に遣わされたのだから。  」

「 え〜〜〜  そうなの?? 天使さま なの、グレ―トは  」

「 と、 信じているのさ 」

「 ふうん ・・・ 」

「 故に 吾輩は 演じる。 あらゆるモノを演じてゆく 」

「 ・・・ ずっと? 」

「 マドモアゼル? お主に名言を進呈しよう。  

 これはこの国の歌舞伎の名優の言葉だが 資料を集めていて 

 ・・・ 見つけたのさ

 

      まだ足らぬ 踊り踊りて あの世まで    とな。 」

 

「 ・・・まだ 足らぬ  ―  もっともっと稽古に精進せよ ということか

 踊り踊りて あの世まで って ・・・ ううむ〜〜

 吾輩は心から感服し 唸ってしまった  」

「 すごい ・・ 踊り踊りて って いいわね 」

「 うむ。 日本の舞踊はなあ 死ぬまで現役 死ぬまで踊る そうだ 」

「 ・・・ なんか 羨ましいわ  

 わたし達は  すぐに身体がついてゆかなくなるもの ・・・ 」

「 身体が利くから踊れる ― それだけではあるまい? 」

「 ・・・ そうだけど ・・・でも ね 」

「 踊れるだけ踊ったらいい。 命 尽きるまで ・・・マドモアゼル。 

 赤い靴の少女のように 

「 きゃ ・・・ さすが〜〜 グレート、ご存知ね 

「 M・シアラーは 英国女優ですぞ 」

「 そうでした! 」

 

( いらぬ注: モイラ・シアラー は 映画『赤い靴』の主演女優 )

 

「 マドモアゼル。 お主はお主の翼で 飛んでゆくがいいさ 」

「 ん ・・・ そうね。 そうね! 」

「 美味しいティ・タイム、多謝多謝〜〜 」

「 ふふふ ・・・ 稽古の邪魔ね 退散しま〜す。

 アルベルトが戻るのは夕方だから どうぞゆっくり使ってね 」

「 メルシ・ボク ♪ 」

粋なウィンクに送られ フランソワーズはレッスン室を後にした。

 

       うん ・・・ そうね。

       わたしは わたしの翼で 飛ぶわ。

 

       わたしの選んだ道を ― !

 

その夜は 久々に張大人も顔を出し、賑やかに晩御飯のテーブルを

囲んだ。

< 受験生 > は 仲間たちに激励を受け多いに照れていた。

この最新最強・・・なはずのサイボーグは 暗記用のカードを肌身離さず

持ち歩いていたけれど。

 

 

 ― 翌朝。

 

「 ≪ おい。 もう行くぞ! ≫ 」

珍しく脳波通信が 島村クン を直撃した。

「 ! わ〜〜〜〜  まって 待って 待ってくだされ〜〜〜

 あ 聞こえないか ≪ お待ちくださいませ〜〜〜 ≫ 」

 

     バタバタバタ −−−

 

二階から一階 バス・ルームへ そしてキッチンへ。

足音が駆けまわっている。

 

「 ・・・ また寝坊したのかい ・・・ ったく ・・・

 アラームを掛けても起きれんのか アイツは 」

リビングの肘掛椅子で 博士が新聞の陰から溜息を吐いていた。 

 

「 お〜〜またせいたしましたぁ〜〜〜 」

「「 おそい!!! 」」

「 ご容赦くださいませ〜〜〜 」

茶髪を振り乱し ジョーが後部座席に転がり込むと ―

ほぼ同時に クルマは動き始めた。

 

「 うひゃあ〜  アルベルト、すごいね〜〜 」

「 シート・ベルト。 」

「 あ・・・ すいません ・・・ カチャ。 」

「 よし。 お前さんは ヨコハマ駅 でいいのか 」

「 ウン。 予備校は駅のすぐ側なんだ 西口、お願いシマス 」

「 了解。  じゃ スピ―ドアップするぞ 」

 

     バババ −−−−  

 

急坂を降り切ると白いセダンは ガラガラの公道を驀進していった。

 

「 あ〜〜  いいわねえ・・・ 楽ちんだわ 

フランソワーズが 助手席でう〜〜と身体を伸ばす。

「 寝ててもいいぞ。  道はわかってる 」

「 ううん 大丈夫。  ドライブを楽しみたいわ 」

「 ふん ・・・ 青山だったな? 」

「 そ。 裏道に入る手前でいいわ 」

「 了解。 」

 

   る らる す さす しむ ず む むず じ まほし まし ・・・

 

後ろから ぶつぶつ・・・ ジョーの声が聞こえるのだが。

 

「 ? なんの呪文だ? 」

「 え〜  これ 文法だよ 文語文法。 助動詞の接続〜〜 

 これは未然形に接続する助動詞さ。 

 も〜〜 丸暗記するっきゃないんだ 」

「 ?  ああ 補助脳は使わない と決めたんだったな 

「 そうだけど ―  これに関しては 全くダメさ。 ポンコツだよ

 補助脳 使っても ザーーーーー。  なんにも出てこないんだ〜  」

「 ??  grammar についてだろうが? 」

「  ― 文語文法って。 古典の、古い日本語の文法なんだ。

 データがモジュールに含まれてないのさ  」

「 BG が知るわけ ないわね 」

「 そ。 スカールって案外ヌケサクだよな〜〜 」

「 ― これ 」

アルベルトは ダッシュ・ボートから文庫本をとり出した。

かなり読みこんであり手擦れがしている。

「 なに・・・? 」

「 愛読書さ ずっと手元にある 」

「 愛読書?  ・・・『 平家物語 』 ?  」

ぱらり とめくったジョーは 目がまさに テン! になった。

「 え!!  平家物語 って  え〜〜 原文じゃん これ! 」

「 あ わたしも好きよ。 すごく素敵な物語よね 」

「 え。  フランも読んだの? 日本語 で ? げ 原文で ・・・」

「 最初は英訳。 でもあんまりステキなんで それから原文に

 チャレンジしたの。 やっぱりねえ 原文の方がいいわあ

 趣があって ・・・ 最高よ  音読してもステキなの

 ね  アルベルトは誰がご贔屓? 」

「 平 知盛。 ― 見るべきものは 見つ。 」

「 いい いい! いいわよね〜〜  

 あの場面 大好き♪  彼はホンモノのナイトだわ〜 」

「 フランソワーズは。 小督か 二位の尼君 か 」

「 ふふ  わたしは 敦盛 かな  ほら笛が ・・・ 」

「 −  いいな 決戦の前の晩に笛の音が・・・ってのが最高だ 」

「 ね〜〜〜 そうよねえ  ・・・  本当の浪漫だわ。

  祇園精舎の鐘の声  諸行無常の響きあり

  沙羅双樹の花の色  〜〜  」

「  盛者必衰の理をあらはす  おごれる人も久しからず 」 

 

   「「 ただ 春の夜の夢のごとし ・・・ 」」

 

唱和しふたりは にんまり・・・ 同好の士の笑みを交わしている。

後部座席で ジョーは人生最大の孤独と屈辱をた〜〜〜〜っぷりと

味わっていた。

 

    う〜〜〜〜  ハナシに混ざれない〜〜〜〜〜

    日本人なのに! ぼく 唯一の日本人なのに〜〜〜

 

    ・・・ 読んでないんだよう〜〜〜〜

    ってか 注釈書なかったら読めないよう

    大河は見てるけどさあ ・・・・

 

    このヒトたち ガイジンさん だろ???

    なんだって平気で日本の古典が読めるんだよぉ〜〜〜

 

 (  ジョー君。 それは教養というもののチカラなのですよ  )

 

    く っそ〜〜〜〜  !!! 

 

      べ 勉強する!  ま 負けないから !

 

彼の人生で これほど < 悔しい > 思いをしたのは

初めてだったのかもしれない。

正当な? 屈辱感は向上への起爆剤になることが多いが。

 

 ― 果たして・・・

ヨコハマ駅 西口 で降ろしてもらうと ジョーは一目散に駆けだした。

遅刻するほどの時間でもなかったが ― 早く自習を始めたかったのだ。

 

     う〜〜〜〜 こんな文法、覚えてやる〜〜〜

     そんでもって そんでもって〜〜

 

    ぼくも  『 平家物語 』 原文で読むんだぁ〜〜

 

     そうさ 独逸語だってフランス語だって

    お 覚えてやる〜〜〜〜 !!

 

その日  理系Aコースの島村クンは授業の後も最後まで自習室で

めっちゃ集中して勉強していた。 

 

「 ・・・ アイツ ・・・ なんか今日 ヤバくね? 」

「 ・・・  ああ  ケムリ 出てる か? 」

「 ってか アタマから湯気 ・・たってね? 」

「 発熱 か? やっぱ〜〜〜 」

「 知恵熱 ちゃう?  ・・・ 寄らんとこ 」

「 ああ 

仲間の受験生少年たちは遠巻きに眺めていたが そそくさと退散していった。 

 

ピアニスト氏 も バレリーナ嬢 も 充実した一日を過ごし

心地よい疲労と共に 岬の < ウチ > に戻ってきた。

穏やかでごく当たり前の夜が 優しい帳を降ろしていった。

二階の一室は 日付が変わっても灯が消えなかった とさ。

 

 

― さて 翌日。

 

「 つっかれたァ〜〜   ただいまで〜す 」

 

   カタン。   カチャ ーーー

 

フランソワーズは寄り掛かるみたいに玄関のドアノブに手をかけた。

「 おっかえりなさい〜〜 アルね〜〜〜 」

玄関のドアを開けると ニンニクを炒める香とともに陽気な声が

響いてきた。

「 ただいま ・・・ あ〜〜 大人〜〜〜 来てくれたのぉ 」

流れ出てきた香と声に 彼女の顔はぱあ〜〜っと輝いた。

「 うっれし〜〜〜  うわあ〜〜 いい匂い〜〜〜 」

大きなバッグを抱えたまま ドタバタとキッチンに駆けてゆく。

 

   ジャ −−−   中華鍋の中で骨つきチキンが跳ねている。

 

「 おいしそう〜〜〜 

「 お帰り フランソワーズはん。 ほれほれ まず手ぇ洗うて

 ウガイ して来ぃや 

「 はあい〜〜  わあ 晩ご飯?  嬉しい〜〜 

 ねえ お腹 ぺこぺこなのぉ〜〜  」

「 ふふふ・・・ アルベルトはんやグレートはんもおらはるし

 今晩は ご馳走でっせ〜〜 」

「 きゃあ♪  あ ジャガイモなんだけど たくさん使ってね? 」

「 了解やで  アルベルトはんの好物やからな 」

 

  ふんふんふ〜〜ん♪  彼女はかる〜〜い足取りでバス・ルームへ向かった。

 

「 ま 元気や、いうことやな。 ジャガイモ ってか・・・ 

 あれま えろうぎょうさんありますなあ・・・ ま ええやん 」

  ごろん ごろん。  シンクに転がす。

「 大人〜〜 お手伝い しまあす 」

エプロンと三角巾をつけ フランソワ―ズが駆け戻ってきた。

「 おおきに。  ほんならまず ニンジンさん、切り分けてや。

 短冊切りやで。  覚えてはるか 」

「 たんざくきり・・・ あ 覚えてます! 了解です! 」

フランソワーズは 張り切って包丁を取り出した。

 

 

全員でドルフィン号でのミッションに赴く時は

厨房は 張大人の独壇場だった。

フランソワーズは 存分に?彼の <指導> を受け

生まれて初めて手にした でっかい(おっかない?)中華包丁に

悪戦苦闘していた。

 

「 ・・・ 師匠 ・・・ 切れません ・・・ 」

「 どぉれ   これはなあ 包丁をこう 〜〜 もつんや。

 切る向きは こう。  ええか? 」

「 は はい ・・・  こう・・・?

「 そうや。  焦らんでええ。 けど のんびりは困るで 」

「 は はい ・・・ 

「 ひと〜つ ひとつ 覚えていかはったらええ。 」

「 ・・・ 覚えられるかなあ 」

「 あのな、嬢や。 腕のいいコックは一生 失業せえへんのやで 」

「 え?? 」

「 ふふふ  オトコはんはなあ 胃袋、掴んだらもうこっちの勝ちや。 」

「 ― !  そっか!  そうね そうね〜〜  はい! 」

 

文字通り 命がけの闘いの中 ― 数少ない懐かしい思い出となっている。

 

 

 

   コトコトコト  シャ −−−  ぐつぐつぐつ

 

台所交響曲 は どんどん盛り上がってゆく。

鍋が主役の時間になると 少し 手が空いた。

「 ふう ・・・ あ 洗いモノ しますね 」

「 おおきに。  あんさん、ええ嫁はんにならはりまっせ 」

「 え ・・・ 」

「 食べる いうことは人生の根幹やからな〜〜 」

「 そうよねえ 」

 

   カチャカチャ  ジャーーー

 

彼女はシンクの中の洗いモノを手際よく片づけてゆく。

「 ―  ねえ 張大人。 」

「 なんやね 」

「 あの ね。 聞いてもいい? 

 大人は どうして料理人になったの? 」

 

    カチン。  料理人の丸まっちい指が ガスを止めた。

 

「 ― あとは 余熱や・・・ ああ? なんやて? 」

「 あのね。 料理人になったのは 子供の頃から夢 なの? 」

「 は  ああん ・・・? 」

 

  ぽすん、と隅のスツールに腰を落とすと 張氏は手元にさやえんどうを

いれたザルを引き寄せた。

ひとつ ひとつ取りだし、丁寧に筋を取ってゆく。

 

「 採りたてやで。 さ・・・っと湯がいて頂くんや・・・

 季節の恵みやなあ  どれもこれも光ってます 

「 あら キレイな色・・・ ドレッシングかけるの? 」

「 それもええが 塩ぱらり やら ええオリーブ・オイルたらり

 やらが美味いで 」

「 ふうん ・・・ ジョーなら どば〜〜っとマヨネーズ ね 」

「 アレは感心せえへんなあ ・・・ そら好き好きやけど 」

手を止めずに 料理人はゆっくり ごく普通の声音で語り始めた。

 

「 ワテは ― もともとは料理人、あらへんで。 農民やったんや

 土 耕して 畑つくって ・・・  」

「 あ  そうだったわね 」

「 そや。 けど。 ヤツらから逃げる! と決心した時 思たんや。

 ワテの持ってるカードはなんやろ とな。 」

「 え それで お店をやることにしたの? 

「 うんにゃ。 そん時は考えておらへんかった。

 ただ 逃亡中、ず〜っとごはん 作ってたやろ 

 アレで  料理いうのんは ええなあ と思たんや 」

「 ふふふ  いっぱい教わりました♪ 」

「 シゴキ甲斐のある弟子はんやったで  」

「 ありがとうございます!  」

「 ほいで ギルモア先生が 日本に住む、決めはったときな

 チャンスや! 思たな 」

「 チャンス? 」

「 そや。  わて日本で店 開いたる〜〜〜ってな 」

「 ふうん ・・・ ねえ 大人がこの国でお店やるって

 決めたのは ウチがここにあるから? 」

「 ふん  ま それもあるがなあ ・・・

 このお国はなあ 慣れてしまえば暮らし易い・・・天国やで。

 一定の決まり事さえ呑み込んでしまえば  ほんまに自由や。

 それに 中華料理 はごっつう人気がある。 ちっさな町中でも な

 ほんまの中国料理とは ちい〜とちゃうけど  ま ええんや。

 お客はんが喜んで食べてくれはれば な 」

「 ・・・ そっか ・・・  それが大人が選んだ道 なのね 」

「 そやなあ ・・・ それから 自然にこの道、歩いてまんがな 」

「 すごいなあ ・・・ 」

「 毎日が修業でっせ?  お客はんの好み、いっつも気ぃ張って

 見てます。  ぼ〜〜っとしてるヒマ あらへんで 」

「 ― なんか ・・・ 張々湖飯店 がご繁盛なワケがわかった気がします。

 マスター。 」

「 はああん?  ま 手ぇ 止めたら 終わりや。 

 足 休めたら 落ちてゆくで  目ぇ 瞑ったら 終いやで。 」

「 ん。  わかりました。 」

「 なあ 嬢や。 あんさんはあんさんが 好きや 思う道を行きなはれ。 

 好きやったら 歩いてゆけるで。 どんなときも な。 」

   さあ〜 これ、さ〜っと湯がいて 晩ご飯やで〜〜 と

料理人はザルを持ち 勢いよく立ち上がった。

「 はあい。  稽古場からグレートを呼んでくるわね 」

「 頼んまっせ。  ジョーはんは いつ帰ってくるネ 」

「 あ・・・ なんかね〜 最近自習室で勉強してるって 遅いのよ。

 でもね 大人のご飯よ〜 ってメールすれば飛んで帰ってくるわ 

「 ほっほ〜〜 坊も頑張ってはるな  ええことや。

 ほんなら 坊の好きな 唐揚げ、追加しときましょ 」

「 喜ぶわよぉ 〜〜  オトコノコってどうしてあんなに唐揚げが

 好きなのかしらね??

 ああ どうしましょ わたし、また食べ過ぎちゃうわ 」

「 ええやん ええやん たんと食べてたんと活躍しなはれ 」

「 ん。  あ ・・・ アルベルトの車、 戻ってきたわ。 」

「 そうか  ほな ワテはギルモア先生をお呼びしまっせ。

 そやそや アルベルトはんにワイン、選んでもろてな。 」

「 はあい♪   わ〜〜い ご飯でぇす〜〜 

 

ジョーは なんとか晩御飯たいむ に間に合った。

「 た た ただいま〜〜〜〜  か からあげ  ・・・ ある? 」

「 あらあ ジョー お帰りなさい。 ちゃんととってあるから 」

「 うわい♪ 」

「 おい 手 洗ってこい。 ついでに 着替え だ 」

ピアニスト氏が すぐに声を掛けた。

「 へ〜〜い  おっかね〜〜 」

「 なんだ? 」

「 いえ なんでもありませんっ  島村、手を洗いにゆきます!

 ( ウチには生活指導教諭 がいるんだ ・・ ) 」

 

グレートにアルベルト、そして大人に博士・・・とオトナ組主宰? の

晩御飯の食卓 ― 美味い料理と機知に富んだ会話でおおいに盛り上がった。

乙女は 本来の目と耳を最大限に?働かせ 大人の世界 の吸収に励み、

少年は ひたすら目の前の 唐揚げ をお腹に詰め込んでいた・・・

 

 

 その日の 深夜 ―

 

「  ・・・あら。 ジョー まだ勉強しているの 」

フランソワーズは キッチンに降りてきて驚いた。

「 ― ? ああ フラン ・・・ うん もうちょっと・・・ 」

「 無理、しないでね 」

「 へ〜き へ〜き  ぼく まだまだまだ だから 

 皆 ・・・ 決めてるよね しっかり先を見て さ 

 ぼくは  ―  なにもないんだ ・・ 

「 ね ―  道を決めるまでは迷って 迷って いいと思うわ? 」

「 ・・・  ん ・・・ そっか  」

「 そうよ。  選んだら  ― 」

「 うん。   ひたすら 進む ! 」

「  そうよ! 」

「 ん ・・・。 」

 ワカモノ達はしっかりと見つめ合った。

 

      えへ ・・・ ホントはさ。

      ぼくの目標は 一個だけなんだ。

 

      き    み。    きみを護る。

 

      それが ぼくの進む道 なんだ〜〜

 

ジョーは心の中で最大音量で叫んでいたけれど ― 003の耳には

どうも届いていない ・・・ らしかった。

 

 

     誰もが ―  あなたも  アナタも  貴方も。

 

       選んだ道だから  あるいてゆく。

 

 

********************       Fin.     ********************

Last updated : 05.17.2022.               back      /      index

 

*****************    ひと言   **************

そんなこんなで  選んだ道、 四半世紀以上 歩いてきました☆

これからは 赤い靴 をいつ脱ぐか が問題になってきます・・・