『 選んだ道 ― (3) ― 』
ギルモア邸から 急坂を降り切って 国道から海側に反れると
両側に店舗が並ぶ道にでる。
その 海岸通り商店街 には新旧さまざまな店舗が軒を連ねている。
代々続く八百屋や魚屋 肉屋も多いが 間には新進のこじゃれた店が
みられる。
「 え〜〜〜っと ・・・ お野菜 と お肉にお魚 買ったし・・・
あら?? ショコラのお店ね〜〜 おいしそう♪
う ・・・ あと1キロ 痩せたら買うわ! 」
フランソワーズは 大きな荷物を抱えつつも商店街をふらふら〜
歩いてゆく。
「 お。 岬のお嬢さん〜〜 ご隠居さんのお好きなオレンジ、
いいのが入ってるよ 」
八百屋の大将が声をかけてくれる。
「 あ こんにちは〜〜 オレンジ? わあ おいしそう〜〜 」
「 まいどあり〜〜♪ 」
荷物に オレンジの袋が加わった。
「 あらあら お嬢さん。 今 焼き上がったところよ、バゲット。 」
呼び止めたのは パン屋の女将さん。
「 こんにちは! いい香り〜〜 はい いただきます! 」
焼きたてのフランスパンが バッグの上にのっかる。
「 うわあ ・・・ うんしょ うんしょ ・・・
ああ サイボーグでよかった ・・・ かも ふ〜〜〜 」
荷物の山に埋もれつつ フランソワーズはやっとこ坂の上の ウチ まで
辿り付いた。
「 ・・ た ただいま ・・・ 」
ガチャリ。 ドアを開け 荷物を全部三和土に置く。
「 ? なに・・・ 誰か喋ってる ? 」
耳を済ませれば ― 朗々としたセリフ回しが聞こえてきた。
あ。 グレート ・・・ !
稽古に来てるのかしら
来月 舞台があるって言ってたっけ
ん。 差し入れ持っていって 聞いてみよ!
そうそ 焼きたてパン と 美味しいオレンジ 〜〜
熱いお茶とご一緒に ってね〜〜
パタパタ・・・ キッチンに駆けてゆく。
― 数分後。
熱いティーポット に お手製のお茶帽子を掛けて。
英吉利紳士お気に入りの ジノリのティ・セットを銀盆にのせて
そうっと地下へ降りていった。
レッスン室のドアは半分開いていて びん・・・とした声が
流れてくる。 彼女は足を止め聞き入ってみる。
「 ・・・? あ これ 『 ジュリアス・シーザー 』 じゃない?
もしもし〜〜〜 カエサルさま? 」
とんとん カチャ ・・・ お茶で〜〜す
「 〜〜 しかるに ・・・ おお? これは マドモアゼル〜〜
ティ・タイムとは 忝い。 ん〜〜〜 このティ・コジーは手作りかい 」
「 そ。 はい 熱々です〜〜 」
「 わっほほ〜〜 」
トポポポ −−− 熱い液体がカップの中に落ちてゆく。
「 ん〜〜〜 いい香だな こちらは おう、バゲットにオレンジかい 」
「 そうデス。 みんな地元の、出来たてよ。 どうぞ〜 」
「 ん〜〜〜 んま〜〜〜い 」
「 ふふふ あ〜〜 わたしもっと。 」
フランス娘は どばばば〜〜〜っとカップにミルクを注いだ。
「 ここは ― いい稽古場だな。 地下だが この床がいい 」
トン ・・・ と この名優は足を踏む。
「 そうなのよ 博士がね わざわざオペラ座と同じ材質に
してくださったの。 音響もよ 」
「 ほうほう・・・ あのピアノは独逸野郎のためかい 」
「 そうよ。 あ 彼 今 東京よ。 コンサ―トの打合せ 」
「 ふふん ・・・ 頑張っておるな よしよし。
マドモアゼル、お主はいかに? 」
「 はあい 頑張ってますが ― どうもなかなか苦戦です★
でも でもね。 毎日踊れるって なんてシアワセなの??
足の指は剥けちゃうし なかなか思い通りにはゆかないわ。
せも ― 踊れるって本当に幸せ(^^♪ 」
「 ・・・ んん。 本当にいい笑顔だよ マドモアゼル。 」
「 ふふふ そう ?
ね ジェット、どうしてる? 彼だけ 全然連絡 ないのよ 」
「 ふん? 便りのないのはよい便り だったか・・・
そんな格言を知っておるかい 」
「 ・・・ そう思いたいけど まあねえ ・・・
彼って なんかちょっと こう〜〜〜 変わってる わよね? 」
「 はは ヒトは皆 ちょっと変わっている のさ
同じ であったらそりゃ不気味 」
「 ・・・ そうだけど でも なんか ・・・ 雰囲気が違うのよ。
あの島にいた頃から 思ってたんだけど 」
カチン 俳優氏は優雅な手つきでカップを置いた。
「 ヤツは ジェットは ― なにか突き抜けたような
飄々としたトコがあるな。 」
「 突き抜けた・・・って そう そうなのよ〜〜 なんか・・・
こう〜〜 とらえどころがないっていうの?
あれはなんなの? 彼の性格・・・とも違うと思うんだけど 」
「 − 多分 ヤツには 空 があるから だろうな。 」
「 空 ・・・? 」
「 左様。 空を自由に飛ぶ ― これは長年の人類の夢なのさ。
今のところ 実現させたのはヤツだけ さ。
勿論 ヤツ自身が熱望したコトじゃないが な 」
「 飛ぶ ・・・? ああ。 そう か・・・
それで ― あ 彼の目は 空の色 なのね 」
「 ふふん 詩人だね マドモアゼルは・・・
お主らとて同じではないか 」
「 え。 わたし達は 飛べないわよ? 羽根をつけることはあるけど
シルフィード ( 空気の精 )や 白鳥 にはなるけど 」
「 お嬢さんらのポアントは 重力からの解放 と聞いたぞ。
ほんの一点のみで 地上と接しているだけだ とな 」
「 う〜〜〜ん ・・・ それはそうだけど ・・・
でもね ジェットの空 とは全然違うわ。
そっか ・・・ 空ねえ ・・・・ うん ・・・ 」
フランソワーズは じっと宙を見てなにか納得した風だった。
「 そっか・・・・ ね それじゃ グレートは?
聞いてもいい? なぜグレートは 役者を続けるの。 」
トポポポ −−−−
俳優氏は慣れた手つきでお茶を注ぐ。
その淀みのない動きは ― まさに極上の演技で 彼の心情を表現していた。
彼が口を開くより前に 返事を聞いた、と彼女は思った。
「 ・・・ ( そっか ・・・ ) 」
「 吾輩は ― 演じよ、と 神が我を地上に遣わされたのだから。 」
「 え〜〜〜 そうなの?? 天使さま なの、グレ―トは 」
「 と、 信じているのさ 」
「 ふうん ・・・ 」
「 故に 吾輩は 演じる。 あらゆるモノを演じてゆく 」
「 ・・・ ずっと? 」
「 マドモアゼル? お主に名言を進呈しよう。
これはこの国の歌舞伎の名優の言葉だが 資料を集めていて
・・・ 見つけたのさ
まだ足らぬ 踊り踊りて あの世まで とな。 」
「 ・・・まだ 足らぬ ― もっともっと稽古に精進せよ ということか
踊り踊りて あの世まで って ・・・ ううむ〜〜
吾輩は心から感服し 唸ってしまった 」
「 すごい ・・ 踊り踊りて って いいわね 」
「 うむ。 日本の舞踊はなあ 死ぬまで現役 死ぬまで踊る そうだ 」
「 ・・・ なんか 羨ましいわ
わたし達は すぐに身体がついてゆかなくなるもの ・・・ 」
「 身体が利くから踊れる ― それだけではあるまい? 」
「 ・・・ そうだけど ・・・でも ね 」
「 踊れるだけ踊ったらいい。 命 尽きるまで ・・・マドモアゼル。
赤い靴の少女のように 」
「 きゃ ・・・ さすが〜〜 グレート、ご存知ね 」
「 M・シアラーは 英国女優ですぞ 」
「 そうでした! 」
( いらぬ注: モイラ・シアラー は 映画『赤い靴』の主演女優 )
「 マドモアゼル。 お主はお主の翼で 飛んでゆくがいいさ 」
「 ん ・・・ そうね。 そうね! 」
「 美味しいティ・タイム、多謝多謝〜〜 」
「 ふふふ ・・・ 稽古の邪魔ね 退散しま〜す。
アルベルトが戻るのは夕方だから どうぞゆっくり使ってね 」
「 メルシ・ボク ♪ 」
粋なウィンクに送られ フランソワーズはレッスン室を後にした。
うん ・・・ そうね。
わたしは わたしの翼で 飛ぶわ。
わたしの選んだ道を ― !
その夜は 久々に張大人も顔を出し、賑やかに晩御飯のテーブルを
囲んだ。
< 受験生 > は 仲間たちに激励を受け多いに照れていた。
この最新最強・・・なはずのサイボーグは 暗記用のカードを肌身離さず
持ち歩いていたけれど。
― 翌朝。
「 ≪ おい。 もう行くぞ! ≫ 」
珍しく脳波通信が 島村クン を直撃した。
「 ! わ〜〜〜〜 まって 待って 待ってくだされ〜〜〜
あ 聞こえないか ≪ お待ちくださいませ〜〜〜 ≫ 」
バタバタバタ −−−
二階から一階 バス・ルームへ そしてキッチンへ。
足音が駆けまわっている。
「 ・・・ また寝坊したのかい ・・・ ったく ・・・
アラームを掛けても起きれんのか アイツは 」
リビングの肘掛椅子で 博士が新聞の陰から溜息を吐いていた。
「 お〜〜またせいたしましたぁ〜〜〜 」
「「 おそい!!! 」」
「 ご容赦くださいませ〜〜〜 」
茶髪を振り乱し ジョーが後部座席に転がり込むと ―
ほぼ同時に クルマは動き始めた。
「 うひゃあ〜 アルベルト、すごいね〜〜 」
「 シート・ベルト。 」
「 あ・・・ すいません ・・・ カチャ。 」
「 よし。 お前さんは ヨコハマ駅 でいいのか 」
「 ウン。 予備校は駅のすぐ側なんだ 西口、お願いシマス 」
「 了解。 じゃ スピ―ドアップするぞ 」
バババ −−−−
急坂を降り切ると白いセダンは ガラガラの公道を驀進していった。
「 あ〜〜 いいわねえ・・・ 楽ちんだわ 」
フランソワーズが 助手席でう〜〜と身体を伸ばす。
「 寝ててもいいぞ。 道はわかってる 」
「 ううん 大丈夫。 ドライブを楽しみたいわ 」
「 ふん ・・・ 青山だったな? 」
「 そ。 裏道に入る手前でいいわ 」
「 了解。 」
る らる す さす しむ ず む むず じ まほし まし ・・・
後ろから ぶつぶつ・・・ ジョーの声が聞こえるのだが。
「 ? なんの呪文だ? 」
「 え〜 これ 文法だよ 文語文法。 助動詞の接続〜〜
これは未然形に接続する助動詞さ。
も〜〜 丸暗記するっきゃないんだ 」
「 ? ああ 補助脳は使わない と決めたんだったな 」
「 そうだけど ― これに関しては 全くダメさ。 ポンコツだよ
補助脳 使っても ザーーーーー。 なんにも出てこないんだ〜 」
「 ?? grammar についてだろうが? 」
「 ― 文語文法って。 古典の、古い日本語の文法なんだ。
データがモジュールに含まれてないのさ 」
「 BG が知るわけ ないわね 」
「 そ。 スカールって案外ヌケサクだよな〜〜 」
「 ― これ 」
アルベルトは ダッシュ・ボートから文庫本をとり出した。
かなり読みこんであり手擦れがしている。
「 なに・・・? 」
「 愛読書さ ずっと手元にある 」
「 愛読書? ・・・『 平家物語 』 ? 」
ぱらり とめくったジョーは 目がまさに テン! になった。
「 え!! 平家物語 って え〜〜 原文じゃん これ! 」
「 あ わたしも好きよ。 すごく素敵な物語よね 」
「 え。 フランも読んだの? 日本語 で ? げ 原文で ・・・」
「 最初は英訳。 でもあんまりステキなんで それから原文に
チャレンジしたの。 やっぱりねえ 原文の方がいいわあ
趣があって ・・・ 最高よ 音読してもステキなの
ね アルベルトは誰がご贔屓? 」
「 平 知盛。 ― 見るべきものは 見つ。 」
「 いい いい! いいわよね〜〜
あの場面 大好き♪ 彼はホンモノのナイトだわ〜 」
「 フランソワーズは。 小督か 二位の尼君 か 」
「 ふふ わたしは 敦盛 かな ほら笛が ・・・ 」
「 − いいな 決戦の前の晩に笛の音が・・・ってのが最高だ 」
「 ね〜〜〜 そうよねえ ・・・ 本当の浪漫だわ。
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 〜〜 」
「 盛者必衰の理をあらはす おごれる人も久しからず 」
「「 ただ 春の夜の夢のごとし ・・・ 」」
唱和しふたりは にんまり・・・ 同好の士の笑みを交わしている。
後部座席で ジョーは人生最大の孤独と屈辱をた〜〜〜〜っぷりと
味わっていた。
う〜〜〜〜 ハナシに混ざれない〜〜〜〜〜
日本人なのに! ぼく 唯一の日本人なのに〜〜〜
・・・ 読んでないんだよう〜〜〜〜
ってか 注釈書なかったら読めないよう
大河は見てるけどさあ ・・・・
このヒトたち ガイジンさん だろ???
なんだって平気で日本の古典が読めるんだよぉ〜〜〜
( ジョー君。 それは教養というもののチカラなのですよ )
く っそ〜〜〜〜 !!!
べ 勉強する! ま 負けないから !
彼の人生で これほど < 悔しい > 思いをしたのは
初めてだったのかもしれない。
正当な? 屈辱感は向上への起爆剤になることが多いが。
― 果たして・・・
ヨコハマ駅 西口 で降ろしてもらうと ジョーは一目散に駆けだした。
遅刻するほどの時間でもなかったが ― 早く自習を始めたかったのだ。
う〜〜〜〜 こんな文法、覚えてやる〜〜〜
そんでもって そんでもって〜〜
ぼくも 『 平家物語 』 原文で読むんだぁ〜〜
そうさ 独逸語だってフランス語だって
お 覚えてやる〜〜〜〜 !!
その日 理系Aコースの島村クンは授業の後も最後まで自習室で
めっちゃ集中して勉強していた。
「 ・・・ アイツ ・・・ なんか今日 ヤバくね? 」
「 ・・・ ああ ケムリ 出てる か? 」
「 ってか アタマから湯気 ・・たってね? 」
「 発熱 か? やっぱ〜〜〜 」
「 知恵熱 ちゃう? ・・・ 寄らんとこ 」
「 ああ 」
仲間の受験生少年たちは遠巻きに眺めていたが そそくさと退散していった。
ピアニスト氏 も バレリーナ嬢 も 充実した一日を過ごし
心地よい疲労と共に 岬の < ウチ > に戻ってきた。
穏やかでごく当たり前の夜が 優しい帳を降ろしていった。
二階の一室は 日付が変わっても灯が消えなかった とさ。
― さて 翌日。
「 つっかれたァ〜〜 ただいまで〜す 」
カタン。 カチャ ーーー
フランソワーズは寄り掛かるみたいに玄関のドアノブに手をかけた。
「 おっかえりなさい〜〜 アルね〜〜〜 」
玄関のドアを開けると ニンニクを炒める香とともに陽気な声が
響いてきた。
「 ただいま ・・・ あ〜〜 大人〜〜〜 来てくれたのぉ 」
流れ出てきた香と声に 彼女の顔はぱあ〜〜っと輝いた。
「 うっれし〜〜〜 うわあ〜〜 いい匂い〜〜〜 」
大きなバッグを抱えたまま ドタバタとキッチンに駆けてゆく。
ジャ −−− 中華鍋の中で骨つきチキンが跳ねている。
「 おいしそう〜〜〜 」
「 お帰り フランソワーズはん。 ほれほれ まず手ぇ洗うて
ウガイ して来ぃや 」
「 はあい〜〜 わあ 晩ご飯? 嬉しい〜〜
ねえ お腹 ぺこぺこなのぉ〜〜 」
「 ふふふ・・・ アルベルトはんやグレートはんもおらはるし
今晩は ご馳走でっせ〜〜 」
「 きゃあ♪ あ ジャガイモなんだけど たくさん使ってね? 」
「 了解やで アルベルトはんの好物やからな 」
ふんふんふ〜〜ん♪ 彼女はかる〜〜い足取りでバス・ルームへ向かった。
「 ま 元気や、いうことやな。 ジャガイモ ってか・・・
あれま えろうぎょうさんありますなあ・・・ ま ええやん 」
ごろん ごろん。 シンクに転がす。
「 大人〜〜 お手伝い しまあす 」
エプロンと三角巾をつけ フランソワ―ズが駆け戻ってきた。
「 おおきに。 ほんならまず ニンジンさん、切り分けてや。
短冊切りやで。 覚えてはるか 」
「 たんざくきり・・・ あ 覚えてます! 了解です! 」
フランソワーズは 張り切って包丁を取り出した。
全員でドルフィン号でのミッションに赴く時は
厨房は 張大人の独壇場だった。
フランソワーズは 存分に?彼の <指導> を受け
生まれて初めて手にした でっかい(おっかない?)中華包丁に
悪戦苦闘していた。
「 ・・・ 師匠 ・・・ 切れません ・・・ 」
「 どぉれ これはなあ 包丁をこう 〜〜 もつんや。
切る向きは こう。 ええか? 」
「 は はい ・・・ こう・・・? 」
「 そうや。 焦らんでええ。 けど のんびりは困るで 」
「 は はい ・・・ 」
「 ひと〜つ ひとつ 覚えていかはったらええ。 」
「 ・・・ 覚えられるかなあ 」
「 あのな、嬢や。 腕のいいコックは一生 失業せえへんのやで 」
「 え?? 」
「 ふふふ オトコはんはなあ 胃袋、掴んだらもうこっちの勝ちや。 」
「 ― ! そっか! そうね そうね〜〜 はい! 」
文字通り 命がけの闘いの中 ― 数少ない懐かしい思い出となっている。
コトコトコト シャ −−− ぐつぐつぐつ
台所交響曲 は どんどん盛り上がってゆく。
鍋が主役の時間になると 少し 手が空いた。
「 ふう ・・・ あ 洗いモノ しますね 」
「 おおきに。 あんさん、ええ嫁はんにならはりまっせ 」
「 え ・・・ 」
「 食べる いうことは人生の根幹やからな〜〜 」
「 そうよねえ 」
カチャカチャ ジャーーー
彼女はシンクの中の洗いモノを手際よく片づけてゆく。
「 ― ねえ 張大人。 」
「 なんやね 」
「 あの ね。 聞いてもいい?
大人は どうして料理人になったの? 」
カチン。 料理人の丸まっちい指が ガスを止めた。
「 ― あとは 余熱や・・・ ああ? なんやて? 」
「 あのね。 料理人になったのは 子供の頃から夢 なの? 」
「 は ああん ・・・? 」
ぽすん、と隅のスツールに腰を落とすと 張氏は手元にさやえんどうを
いれたザルを引き寄せた。
ひとつ ひとつ取りだし、丁寧に筋を取ってゆく。
「 採りたてやで。 さ・・・っと湯がいて頂くんや・・・
季節の恵みやなあ どれもこれも光ってます 」
「 あら キレイな色・・・ ドレッシングかけるの? 」
「 それもええが 塩ぱらり やら ええオリーブ・オイルたらり
やらが美味いで 」
「 ふうん ・・・ ジョーなら どば〜〜っとマヨネーズ ね 」
「 アレは感心せえへんなあ ・・・ そら好き好きやけど 」
手を止めずに 料理人はゆっくり ごく普通の声音で語り始めた。
「 ワテは ― もともとは料理人、あらへんで。 農民やったんや
土 耕して 畑つくって ・・・ 」
「 あ そうだったわね 」
「 そや。 けど。 ヤツらから逃げる! と決心した時 思たんや。
ワテの持ってるカードはなんやろ とな。 」
「 え それで お店をやることにしたの? 」
「 うんにゃ。 そん時は考えておらへんかった。
ただ 逃亡中、ず〜っとごはん 作ってたやろ
アレで 料理いうのんは ええなあ と思たんや 」
「 ふふふ いっぱい教わりました♪ 」
「 シゴキ甲斐のある弟子はんやったで 」
「 ありがとうございます! 」
「 ほいで ギルモア先生が 日本に住む、決めはったときな
チャンスや! 思たな 」
「 チャンス? 」
「 そや。 わて日本で店 開いたる〜〜〜ってな 」
「 ふうん ・・・ ねえ 大人がこの国でお店やるって
決めたのは ウチがここにあるから? 」
「 ふん ま それもあるがなあ ・・・
このお国はなあ 慣れてしまえば暮らし易い・・・天国やで。
一定の決まり事さえ呑み込んでしまえば ほんまに自由や。
それに 中華料理 はごっつう人気がある。 ちっさな町中でも な
ほんまの中国料理とは ちい〜とちゃうけど ま ええんや。
お客はんが喜んで食べてくれはれば な 」
「 ・・・ そっか ・・・ それが大人が選んだ道 なのね 」
「 そやなあ ・・・ それから 自然にこの道、歩いてまんがな 」
「 すごいなあ ・・・ 」
「 毎日が修業でっせ? お客はんの好み、いっつも気ぃ張って
見てます。 ぼ〜〜っとしてるヒマ あらへんで 」
「 ― なんか ・・・ 張々湖飯店 がご繁盛なワケがわかった気がします。
マスター。 」
「 はああん? ま 手ぇ 止めたら 終わりや。
足 休めたら 落ちてゆくで 目ぇ 瞑ったら 終いやで。 」
「 ん。 わかりました。 」
「 なあ 嬢や。 あんさんはあんさんが 好きや 思う道を行きなはれ。
好きやったら 歩いてゆけるで。 どんなときも な。 」
さあ〜 これ、さ〜っと湯がいて 晩ご飯やで〜〜 と
料理人はザルを持ち 勢いよく立ち上がった。
「 はあい。 稽古場からグレートを呼んでくるわね 」
「 頼んまっせ。 ジョーはんは いつ帰ってくるネ 」
「 あ・・・ なんかね〜 最近自習室で勉強してるって 遅いのよ。
でもね 大人のご飯よ〜 ってメールすれば飛んで帰ってくるわ 」
「 ほっほ〜〜 坊も頑張ってはるな ええことや。
ほんなら 坊の好きな 唐揚げ、追加しときましょ 」
「 喜ぶわよぉ 〜〜 オトコノコってどうしてあんなに唐揚げが
好きなのかしらね??
ああ どうしましょ わたし、また食べ過ぎちゃうわ 」
「 ええやん ええやん たんと食べてたんと活躍しなはれ 」
「 ん。 あ ・・・ アルベルトの車、 戻ってきたわ。 」
「 そうか ほな ワテはギルモア先生をお呼びしまっせ。
そやそや アルベルトはんにワイン、選んでもろてな。 」
「 はあい♪ わ〜〜い ご飯でぇす〜〜 」
ジョーは なんとか晩御飯たいむ に間に合った。
「 た た ただいま〜〜〜〜 か からあげ ・・・ ある? 」
「 あらあ ジョー お帰りなさい。 ちゃんととってあるから 」
「 うわい♪ 」
「 おい 手 洗ってこい。 ついでに 着替え だ 」
ピアニスト氏が すぐに声を掛けた。
「 へ〜〜い おっかね〜〜 」
「 なんだ? 」
「 いえ なんでもありませんっ 島村、手を洗いにゆきます!
( ウチには生活指導教諭 がいるんだ ・・ ) 」
グレートにアルベルト、そして大人に博士・・・とオトナ組主宰? の
晩御飯の食卓 ― 美味い料理と機知に富んだ会話でおおいに盛り上がった。
乙女は 本来の目と耳を最大限に?働かせ 大人の世界 の吸収に励み、
少年は ひたすら目の前の 唐揚げ をお腹に詰め込んでいた・・・
その日の 深夜 ―
「 ・・・あら。 ジョー まだ勉強しているの 」
フランソワーズは キッチンに降りてきて驚いた。
「 ― ? ああ フラン ・・・ うん もうちょっと・・・ 」
「 無理、しないでね 」
「 へ〜き へ〜き ぼく まだまだまだ だから
皆 ・・・ 決めてるよね しっかり先を見て さ
ぼくは ― なにもないんだ ・・ 」
「 ね ― 道を決めるまでは迷って 迷って いいと思うわ? 」
「 ・・・ ん ・・・ そっか 」
「 そうよ。 選んだら ― 」
「 うん。 ひたすら 進む ! 」
「 そうよ! 」
「 ん ・・・。 」
ワカモノ達はしっかりと見つめ合った。
えへ ・・・ ホントはさ。
ぼくの目標は 一個だけなんだ。
き み。 きみを護る。
それが ぼくの進む道 なんだ〜〜
ジョーは心の中で最大音量で叫んでいたけれど ― 003の耳には
どうも届いていない ・・・ らしかった。
誰もが ― あなたも アナタも 貴方も。
選んだ道だから あるいてゆく。
******************** Fin. ********************
Last updated : 05.17.2022.
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***************** ひと言 **************
そんなこんなで 選んだ道、 四半世紀以上 歩いてきました☆
これからは 赤い靴 をいつ脱ぐか が問題になってきます・・・