『 薔薇に降る雨 ― (2) ― 』
シュバ −−−− ・・・・・
小雨の中 ジョーの車は滑らかに疾走してゆく。
もうすっかり寝静まっている海岸沿いの田舎町を抜け突っ走る。
「 ああ どんどん郊外に行くな ・・・ 最終目的地はどこだ? 」
ジョーは巧にハンドルを捌きつつ特殊ナヴィをちらちら眺めている。
助手席のフランソワーズは しばらくじっと前方を凝視していたがこっくりとうなずいた。
「 ジョー この距離ならわたしがナヴィできるわ。 運転に専念して。 」
「 ありがとう じゃあ 正確な位置は ・・・ 」
「 ― 了解。 」
フランソワーズはナヴィシステムの画面から正確な位置をジョーから受け取ると
補助脳にインプットした。
「 でもどうして? こんなにはっきりXの軌跡を追えるの? 」
「 うん ・・・ アイツが急上昇する寸前に超小型のGPS装置を投げつけたんだ。
上手く張り付いたらしくて アイツは気が付いていない。 」
「 まあ そうなの? ・・・ あ ら? ヨコハマに向かったわ! 」
「 ほう? ヤツのアジトはもしかしたら港の方なのかな。 」
「 ! ・・・ ジョー ・・・! 進行方向は 張々湖飯店 ・・・ よ! 」
「 なんだって!? 間違いないかい? 」
「 ええ。 だって港に出るには遠回りしているし ・・・ やっぱり・・・
大人がゼロゼロナンバー・サイボーグの一員って知っているのね 」
「 う〜〜ん 彼らはかなり詳しくぼく達の情報をもっているらしいね。
≪ ・・・ 張大人〜〜〜 緊急事態発生だよ! ≫
「 グレートもいるはずでしょ。 ジョー、わたしが運転するから ・・・
加速装置で先に行って! 」
「 オッケ。 それじゃ ・・・ 」
ジョーは路肩に車を寄せた。
シュ ・・・・! 小さな音と共に彼の姿は 消えた。
「 009! 頼むわね。 わたしは連絡を引き受けなくちゃ。
≪ グレート? 007!! 敵襲よ〜〜〜〜 ≫
≪ ** Ω ★ ☆ 〜〜〜 ≫
≪ グレート! どうしたの?? ≫
≪ ・・・ あ ああ 〜〜〜 マドモアゼルかい ・・・?
すまんね〜〜 慌ててベッドからころがり落ちた ウ〜 イテテテ ≫
≪ まあ! しっかりしてくださいな! さあ 起きて! ≫
≪ アイアイサー・・じゃなくて マム〜 ≫
≪ もう〜〜 敵襲よ! そちらに向かっているの! ≫
≪ は???? 敵 とな。 はてブラック・ゴーストも壊滅した今時 面妖な ・・・ ≫
≪ ちょっと! 真面目な話なのよっ 今 敵が張々湖飯店の方向に向かっているの。 ≫
≪ む・・・ 敵は本能寺にあり・・・じゃなくて! 何者かね? ≫
≪ サイボーグよ、 サイボーグX と名乗ったわ ≫
≪ X??? なんじゃ そりゃ? して ヤツの風体は。 ≫
≪ それが ・・・ 円盤なの。 ≫
≪ ・・・ 円盤が口をきいたのかい? ≫
≪ いえ そうじゃなくて ・・・ 本体は円盤なの。 空飛ぶ円盤よ。
でも ・・・ 上半身は まだ若い男の子だったわ ≫
≪ UFO ??? ≫
≪ ・・・ それ 若いヒトには通じないからね 007さん! ≫
≪ あはは すまん すまん〜〜 つい 〜〜 ≫
≪ もう〜〜 ふざけている場合じゃないのよ! 敵襲 ・・・ あら? ≫
≪ どうしたのかな 003? ≫
≪ コースが ・・・ 変わったわ。 すこし逸れて始めたわ ≫
≪ おお〜〜〜 その円盤オトコめ、天下の007様に恐れをなしたとみえるな? ≫
≪ ・・・ 高速道路の下に入った わ! ≫
≪ 左様か ・・・ ではもう一眠り〜〜 ≫
≪ 007!!! ≫
≪ う 〜〜〜 冗談だってば 〜〜〜 ほい もうすっきり目が覚めたヨ。 ≫
≪ もう〜〜〜!! 円盤の方は009が追うわ! とりあえずわたしは
張々湖飯店に向かっています。 ≫
≪ 了解〜〜 こっちも出動体勢を整えておくよ。 ≫
≪ 気をつけてね! それじゃ ! ≫
≪ おう。 任せとけ! ≫
脳波通信を切ると フランソワ―ズはぐい、とアクセルを踏み込んだ。
「 ・・・ なんとまあ派手なお客サンじゃったのう ・・・ 」
カチャン ・・・ カチャ カチャ ・・・
ギルモア博士は床に散乱している窓ガラスの破片の中から 文献を拾いあげている。
「 掃除は機械でイッキ、じゃな。 しかしなんでまた ・・・ オメガ博士、と言って
おったが ・・・ アヤツは生きておったのか? 」
≪ 博士 ・・・ ナニカ クルヨ ≫
「 おお〜〜 001、 まだ目覚めの時ではないじゃろうに ・・・ 」
≪ 皆ノ心ガ ざわざわシテテ 目ガ覚メチャッタ。 ソレヨリ ナニカクル! ≫
空中に浮き上がったクーファンから 警告が流れる。
「 なにか・・・とはなにかね? 」
≪ ワカラナイヨ! トモカク そふぁ ノ後ロへ! ≫
「 わ 〜〜〜 わかったが ・・・ う〜〜〜この書類とあの本と。
おっといかん いかん、 研究中のデータも ・・・ 」
≪ 博士! アブナイヨ! ≫
「 しかし 〜〜 おおおお? 」
ギルモア博士の重そう〜〜な 身体がふわり、と宙に浮いた。
「 わわ ・・・ な なんと〜〜〜 」
≪ ジットシテテヨ 博士! ソレ 〜〜〜 ≫
博士の身体が 無事にソファの後ろに潜りこんだ。
「 うわ ・・・ ! 」
≪ 博士? ダイジョウブ? ≫
「 こ これしき〜〜〜〜 うむ うむ・・・えいっ!! 」
博士が立ち上がり 顔を見せた途端に ―
カシャーン ・・・・!!!
なにかが ほんの少しだけ残っていた窓のサッシを突き破り飛び込んできた。
ごとん。 ソレはリビングの真ん中に軟着陸 した。
「 ほい ・・・ 今度はなんじゃろうかな・・? 」
≪ ・・・ ダイジョウブダヨ。 武器 ハ見当タラナイ。 ≫
「 よかった! しかしだな これは不法侵入であるから〜〜 警察に ― 」
ギ ギギギギ ・・・! ぎ 〜〜〜
ソレは 突如、音をたてて動き回りだした。
「 な なんの音じゃ!? 」
ブブブ ギギギ ザザザ 〜〜〜 しばらく雑音だけが聞こえていたが
ぽん。 小さな破裂音とともに音声が流れだした。
( 〜〜〜 ギルモア博士か? )
「 いかにも。 その声は ・・・ オメガ君か ? 」
( そうだ。 よく覚えておったな! ついでに10年前ワシの学説を否定したことも
覚えておるじゃろう? )」
「 勿論じゃ。 だが 否定ではないぞ、欠陥を指摘しただけじゃ。 」
( ふん! ワシはワシの学説が正しいことを証明するために全てをかけてきた。
そして その成果として サイボーグXを造った! )
「 オメガ君 君は・・・! 」
( Xと あんたのゼロゼロ・ナンバー・サイボーグと闘わせる。
ワシの挑戦じゃ! Xが勝てば ワシの学説の勝ちじゃ! 覚悟していろよ! )
「 挑戦じゃと? なにを馬鹿なことを・・・!
真の勝負は学問の分野で行うべきだろが! 人類の幸福にいかに寄与できるか・・・
それを学問上で競うのがわれわれ学者の本分じゃ それを ! 」
( 問答無用だ! ワシの造ったXが お前のゼロゼロ・ナンバー達を 破壊する!
ははは ははは ワシはかならずあんたに勝つ! ははは 〜〜〜 )
「 オメガ君! バカなことは ・・・ ああ 切れてしまった・・・ うわ?? 」
バシュ ・・・!
音声が消えた後 がたがた動いていたソレは突如、破裂し砕け散った。
「 ふうう ・・・ やれやれ ・・・ なんということじゃ〜〜〜 」
≪ 博士。 おめが博士ッテ 誰ダイ? ≫
さっそく イワンから質問が飛んできた。
「 おお イワン〜〜 大丈夫かな、破片が飛んでゆかなかったかの? 」
≪ の〜ぷろぶれむ サ。 オメガ博士ッテ 博士ノ友達カイ?
ぶらっく・ご〜すと デノ同僚カイ? ≫
イワンは珍しくクーファンから身を乗り出している。
「 いや ・・・ BGを脱出してから知ったのじゃ。 」
≪ フウン ソレジャ サイボーグ ノ平和利用トカ目指シソウナモンダヨネ? ≫
「 それが・・・彼は天才の頭脳を持っておるのじゃが ・・・ それを人類の幸福のため、
科学の進歩のために使おうとはせん。 彼の目指すサイボーグは 最強の兵器 なのじゃ 」
≪ X ・・・ カ ≫
「 そうらしいの。 ワシは彼の学説は否定せん、しかしその用い方には断固反対なのじゃ。
それを ・・・ 彼は < 戦いに敗れた > と解釈したらしい ・・・ 」
≪ 困ッタひとダネエ ≫
「 なんとか理解してほしいのじゃが ・・・ 」
≪ トモカク 009達ガ追イ掛ケテイルカラネ。 無駄ナ争イハごめんダヨ ≫
「 ほんになあ ・・・ あのXとやらにもいろいろ事情はあるだろうに ・・・ 」
≪ マアネ ・・・ 博士〜〜 みるく! ≫
「 え ・・・ まだこんな夜中にいいのかのう ・・・ 」
≪ イイサ。 たっぷり飲ンダラ ソコノ窓ヲ直スヨ。 ≫
「 おお〜〜〜 そうか そうか それじゃいますぐにミルクを温めてくるぞ 〜〜〜 」
ギルモア博士は 嬉々としてキッチンに消えた。
001は クーファンからリビングをぐるりと見回した。
≪ フン ・・・ コリャ めちゃくちゃ ダナア。 シカシ 何ダッテ えっくす トヤラハ
ワザワザここニ来タノカナア ? あいつノ心理状態ガいまいち掴メナイ ・・・・ ≫
超能力・赤ん坊 は 赤ん坊にはあるまじき ため息 をふかぶかと吐いた。
≪ 〜〜〜 みるくハイツモノ三割増シ クライ飲マナイトだめカモ〜〜〜〜 ≫
・・・ 要するに 001もオトコの端くれ・・・後片付け は超苦手〜〜 らしい。
シュババババ −−−− ・・・ 円盤は闇夜を突っ切り飛んでゆく。
しかし都会の夜は不夜城、至るところに明かりがあり一晩中眠ることはない。
このままではXの異様な風体が ヒトの目に留まるのは時間の問題だろう。
シュ −−−−− ・・・・
円盤は速度を落とすと高度も落とし やがて高速道路の脇に降下した。
高速道路の下を 防犯カメラを避け闇にまぎれて飛んでゆく。
「 この辺りは ・・・ よくバイクやクルマを飛ばしたもんだよなあ ・・・ うん? 」
シュシュ 〜〜〜 ・・・ 円盤はさらに高度を落とし、地面すれすれの高さに浮いた。
「 ・・・ ! こ ここは ・・・ ! 」
ビルやら高架が作った薄暗い空間に 跪く少女の姿が浮かび上がった。
彼女の前には ・・・ 小さな十字架がありその傍らには白い花束が見える。
「 ・・・ま さか ・・・ 君 は ・・・!? 」
「 !? だ だれ ??? 」
円盤の排気音に 少女はおびえた瞳で振り返った。
「 ・・・ ミッチィ ・・・? 」
「 ?! そ その声は ・・・ ? 」
「 ああ ミッチィ 〜〜〜 久しぶりだね。 」
「 ・・・ な ナック?? あの ・・・ ナックなの?! 」
シュ 〜〜〜 ・・・・ 円盤はさらに下降し完全に地上に着陸した。
「 ウソ ・・・ ? ねえ もっと顔をちゃんと見せて! 」
「 ・・・ これでいいかい。 」
シュ ・・・ 円盤の上半分を覆っていた部分が開いた。
「 ・・・ ナック ・・・ ほ 本当に ナック なのね! 」
「 ミッチィ ・・・ 相変わらず可愛いなあ〜 」
「 ナック ! どこに ・・・ どうしていたの??
あの事故以来 ・・・ アナタの消息は全然わからないし ・・・ 警察に聞いても
事故死のリストには載っていないって言われて ・・・ でも 誰に聞いてもわからなくて ・・・
そんなことって ・・・ 」
「 ははは ナックは死んだって言われたんだろう? 」
「 違うわ! 行方不明だから ・・・ 諦めろ とか 忘れた方がいい とか 」
「 まあな そりゃ一理あるよ。 僕のことなんか忘れた方が身のためだよ、お嬢さん。 」
「 ・・・ どうしてそんな意地悪な言い方をするの?
私 ・・・ どんなに探してもわからなくて ・・・ 仕方がないから ・・・
アナタが事故を起こした ところ ・・・ ほら あそこ。 あそこにお墓を作っていたの 」
少女は 白い十字架を指した。
「 へえ・・・ なかなかいい趣味してるじゃないか〜〜 」
「 ナック ・・・ それで あなたの好きな薔薇を手向けていたのよ。 」
「 ・・・ 薔薇 ・・・ ああ 白い薔薇 ・・・ 」
Xは しばしぼんやりと白い花に見入っていた。
「 でも ! こうして無事に帰ってきてくれたんですもの。 もう なにも聞かないわ!
私、 ナックが元気なら それでいいの。 それだけで幸せよ 」
「 ミッチィ ・・・ ナック は ― 死んだ よ。 」
「 え?? ヘンな冗談はやめて。 だってナックはちゃんと ・・・ ほら
私の目の前にいるじゃない? 」
「 僕は ― 僕はもう ・・・ ナック じゃない。 」
「 ・・・ え 」
「 ミッチィ。 君と一緒に暮らしていた ・・・ ナックはもう死んだんだ。 」
「 うそ ! だってナックは今 私の目の前にいるわ!
声も髪もちっとも変っていないもの。 ナック どうしてそんなことを言うの。 」
「 ・・・・ 」
「 ねえ そこから降りてきて。 あなたの手に触れたい あなたの瞳がみたい ・・・
あなたを抱きしめてあなたの温もりを感じたいの ・・・ 」
「 ミッチィ ・・・ それは できないんだ ・・・! 」
Xは顔を歪ませ つ・・・っと視線を逸らせてしまった。
「 ナック! ねえ ナック! どうしたの?? なぜ ・・・ そこから出てきて
くれないの? 私のナック ・・・ ! 」
「 僕はもう ナックじゃないって言っただろ。 さあ よく見るんだ ! 」
「 ・・・・? 」
カシャン ・・・ 小さな機械音が聞こえ 円盤が少し揺れた。
「 これが 今の僕の姿さっ! 」
立ち上がったのは ― 鋼鉄むき出しの脚を何本ものケーブルで円盤に
繋がれている ・・・ 機械のごとき姿だった。
「 !? ・・・・ 」
「 驚いたかい。 今の僕は サイボーグ X !
闘うために改造された ・・・ 機械人間なのだ。 」
「 ・・・ 闘うため ・・・? 」
「 そうだ。 ゼロゼロ・ナンバー・サイボーグ共と戦う。 そして奴らを全滅させてこそ
最強のサイボーグとなれるのだ。 」
「 どうして・・・? どうしてそんなことをしなければならないの? 」
「 それがサイボーグとして蘇らせてもらった僕のただ一つの生きる道だからさ。 」
「 ・・・ そんな ・・・ 恐ろしい ・・・・ 」
「 そうさ 言っただろう、僕は恐ろしい闘う機械。 ・・・ あばよっ! 」
カシャン ・・・ 再びXの身体は円盤の中に填まった。
「 ま 待って ! ナック ・・・ いつまでも待っているわ! あなたのこと・・・ 」
「 バカな。 忘れろ と言っただろう! 」
再び円盤の上部が透明なカバーで蓋われ始めた。
「 ナック! これ ・・・ アナタと一緒に育てた薔薇よ! ナック ・・・ 帰ってきて 」
「 ・・・!! 」
少女は必死の思いで 白いバラを数本、円盤の中に投げ入れいた。
「 僕のことは ・・・ 忘れろッ! 」
シュバババ −−−− ・・・・ !
円盤は急上昇したちまち闇夜の紛れてしまった。
「 ・・・ ナック ・・・ ああ ナック ・・・ ! 」
呆然と佇んでいた少女は がくり、とその地に膝をついた。
小さな十字架の脇には まだ数本のバラが残っている。
「 ・・・ どんな姿だってアナタはアナタなのに ・・・ わたしのナック ・・・ 」
白いバラを握りしめ 彼女はゆっくりと立ち上がる。
「 ・・・ ナック ・・・ あなたのバラを 私 ・・・ 」
ぽつり ぽつ ぽつ 雨が 細かい雨が白い花に そして少女の髪に 落ち始めた。
「 あら?? Xが ・・・? 」
003は 車を待避車線に寄せると じっと前方に目を凝らせた。
「 ・・・ おかしいわ ・・・ Xの機影が ・・・ 消えてしまったわ。
最大レンジに広げても ・・・ 見えない ・・・
≪ ジョー ・・・! 009 聞こえる? ≫
≪ ああ 003。 どうした。 ≫
瞬時に頼もしい声が アタマの中に響いた。
≪ Xが ・・・ Xの機影がわたしの視界から消えたの。 ≫
≪ なんだって? ≫
≪ 最後に探知したのは湾岸を廻る高速道路の方だったのだけど ・・・ ≫
≪ 了解。 ぼくは張々湖飯店にいる。 これから 006 007 と共に近辺を捜索する ≫
≪ 了解。 わたしは高速道路から回るわ。 気をつけてね、ジョー ・・・
Xの円盤はステルス加工がしてあるのかもしれないわ。 ≫
≪ きみこそ気を付けて! 安全運転で頼むよ〜〜 ≫
≪ まあ! わたし、ジョーみたいに暴走したりしませんよ! ≫
≪ ははは ・・・ 道に迷うなよ〜〜 ≫
≪ もう〜〜! ・・・ あ 張大人にヨロシクね ≫
≪ 了解〜〜〜 餡饅を頼んでおくからさ。 じゃ! ≫
≪ あ〜〜〜 もう ジョーってば ・・・ ≫
フランソワーズはちょっと膨れてみたけれど、すぐに車を発車させた。
「 ・・・ え〜と ・・・ ここから高速道路の方に出なくてはね ・・・
あら ・・・ 雨だわ ・・・ イヤねえ ・・・ 」
彼女の車は 滑らかに雨の夜道を走り出した。
ライトの中に細かい雨がきらきら瞬きつつ落ちてくる。
「 ふんふん〜〜♪ あ ラジオでもつけましょうか ・・・ うん? 」
小雨のけぶる中 ・・・ 前方にふらふら歩く人影が見えてきた。
「 ・・・危ないわあ ・・・ あ! 」
人影が突然視界から消えた ― のではなくて 倒れたのだ。
「 あぶないっ !! 」
バン ・・! 彼女は咄嗟にブレーキを踏むと車外に飛び出した。
「 え〜〜と ・・・? もしも〜〜し ・・・ あ あそこ だわ! 」
駆け寄ったそこには 若い女性が横たわっていた。
「 ああ ・・・! ・・・ 大丈夫。 大きな外傷ナシ。 転んだ時にできた
打撲やすりキズだけね。 あの ・・・ しっかり ・・・ 」
フランソワーズ はそうっと彼女の額に手を当てた。
「 ・・・ う〜ん ・・・ あ ・・・ 」
ぱっちり開けた瞳は 糖蜜色、 さっとおびえた表情が現れた。
「 大丈夫 ・・・ 何もしません。安心なさって? ご気分、大丈夫ですか? 」
「 あの わたし ・・・ 」
「 さきほど 大きな道路で事故に遭われたのかしら? あの 起きられますか。
こうして拝見している分には ・・・ 大きなお怪我は見あたらない ですわ。 」
「 ・・・ 私 ・・・ ちょうど見ごろになった花を もって ・・・・
あの お墓参りに来たのです ・・・ 」
「 お墓参り?? あのこの近くに ですか。 」
「 ええ ・・・ し 知り合いが この付近で事故で ・・・ 亡くなったものですから 」
「 まあ ・・・ でも どうして? 道に倒れていらっしゃったわ。 」
「 ・・・ え ・・・ あの ・・・ き 気分が そう 気分が急に悪くなって
・・・きっと貧血です、 もう大丈夫ですわ。 」
少女は ふらふらと立ち上がろうとした。
「 危ない ・・・ ねえ 本当に事故に遭われたのではないのですね? 」
「 ええ ・・・ ご心配かけました ごめんなさい ・・・ 」
「 そう? それじゃ 差支えなかったらお家までお送りします。
お住まいはどちらですか。 」
「 ・・・ え あ あの ・・・ 」
「 あ わたしは フランソワーズ・ アルヌール といいます。
後見人の方と一緒に 海に近いすご〜〜い田舎に住んでいますわ。 」
フランソワーズは殊更 明るく言った。
「 ・・・ 私は アイカワ ミツコ といいます。 」
「 みつこさん ね。 さあ わたしの車でお送りします、 どうぞ? 」
「 ・・・ すみません ・・・ 」
少女は ― いや みつこ はやっと少しだけ微笑んだ。
「 あ 歩けます? ・・・ あ ・・・ 」
「 この脚は ・・・ 少し前の事故で傷めてしまって ・・・ 傷は治ったのですが
少し不自由になってしまいました。 」
「 そうですか ・・・ どうぞつかまってくださいな。 」
「 ありがとうございます ・・・ 」
フランソワ―ズは 半分抱きかかえる風にして彼女を車に案内した。
・・・ まあ ずいぶん軽いのね ・・・
脚の傷は確かに治っているけれど ・・・
ああ どうしてそんなに淋しい瞳をしているの
「 シート・ベルト いいですか? あの どちらの方面なのかしら。 」
「 私の家は代々庭師で あ 家は 山の手の方です 」
「 わかりましたわ。 ではそちらの方に向かいますから ・・・ 曲がり角とか
指示してくださいね。 」
「 はい お世話をかけます。 」
「 いいえぇ ・・・ あら その花・・・ 持ってきてしまったの? 」
「 え? ・・・ ああ コレ ・・・ 」
みつこ はずっと握っていたバラの枝を眺めた。
ぎゅうっと握ってきたせいか 葉もずいぶんと千切れ 花びらも元気がない。
「 はい ・・・ コレ 亡くなったわたしの・・・ ゆ 友人が好きだったので・・・
お墓に手向けたのですが ・・・ 」
「 まあ そう ・・・ すごく素敵な薔薇ですね。 白というか・・・花の芯が
青いみたい ・・・ 」
「 この薔薇 ・・・ わたしの父がつくりました。 」
「 え??? 貴女の お父様が 」
「 はい。 父は庭師でしたが花が、特に薔薇が好きで・・・ 庭中に広げて
楽しんでいました。 薔薇づくりは趣味だよって言ってましたけど ・・・
これは父の会心の作だと思いますわ。 」
「 きれいですねえ〜〜 素敵だわあ〜〜〜 」
「 ありがとうございます。 < もの想い > という名前なんです。 」
「 まあ ・・・ ますます素敵 ・・・ アンニュイな雰囲気もあって ・・・
ねえ この薔薇、大人気なんじゃないですか? 」
「 ・・・ これは ウチに薔薇園にしかありません。 公表していませんの。
」
「 まあ なぜ? 」
「 この薔薇とペアで 赤い花を作っていたのですが ・・・ 」
「 まあ 紅薔薇と白薔薇? すてき〜〜〜 」
「 でも ・・・ もう紅薔薇は できません ・・・ あ そこの角を曲がってください。 」
「 わかりました。 」
フランソワーズの運転する車は 岡の中腹へと登ってゆく。
所謂 市街地から外れるので人家の灯は減ったが その分、広い庭がそちこちに見えた。
「 ああ ・・・ その裏です、ええ そこからは私道ですから車を停めて大丈夫。 」
「 ありがとう ・・・じゃ え〜〜と ご門は? 」
「 ・・・・ そこです ほら。 」
「 え? ・・・ まあ ・・・ すごい ・・・ 」
少女が指さす方向には 幾本もの薔薇が組み合わさった大きなアーチが あった。
「 すごい〜〜〜 」
「 これは代々ウチの家族が世話をして守ってきた < 家の門 > なんです。 」
「 ・・・ すばらしいわ ・・・ 」
そこには夜目にも鮮やかに 白・クリーム・ピンク・・・ の蔓バラが重なって揺れている。
「 どうぞ ・・・ ウチは古いですけど この庭だけは自慢ですわ。 」
「 わあ ありがとうございます。 お邪魔しま〜す ・・・ 」
少女、 いや みつこはずっとしっかりした足取りで フランソワーズを案内していった。
< 古い家 > と みつこは言ったけれど ・・・ 薔薇園の中に立つ邸は 年期の入った
瀟洒な洋館だった。
通された居間は天井も高く 凝った壁紙が張り巡らされ細長い窓には鎧戸が付いていた。
まあ ・・・ なんだか懐かしいみたいなお家ね ・・・
でも ヒトの気配がなくて ・・・なんとなく荒廃している感じ ?
フランソワーズは ビアズリー模様の壁紙やら足元のペルシア絨毯をながめている。
カチン カチャ カチャ ・・・
陶器の触れ合う音と一緒に いい匂いが漂ってきた。
みつこが 銀のトレイにティー・セットを乗せて運んできた。
「 どうぞ ・・・ このジャムは庭の薔薇ジャムですわ。 」
「 まあ ・・・! あ こんな遅い時間にごめんなさい ・・・ お家の方に
ご迷惑をかけてしまいましたわ。 」
「 いいえ ・・・ 私しかおりませんし。 送ってくださってありがとうございました。」
繊細な模様の茶器を差し出しつつ みつこはほんのりと微笑む。
「 え ・・・ この広い薔薇園におひとりで ? 」
「 はい。 父が亡くなってからずっと ・・・ 以前は 友人がおりましたけれど・・・ 」
「 やはり庭師の方? 」
「 ええ めざして修業しているうちに ・・・ 薔薇作りにもはまっていましたわ。 」
「 そうなんですか ・・・ ここは本当に素晴らしいお邸ですのね。
ああ 昼間だったこの窓から お庭中の薔薇を拝見できたのに ・・・ 」
フランソワーズは残念そうに 傍らの窓を見上げた。
「 またいらしてくださいな。 薔薇園の奥に立つと 港も遠くに見えますわ。 」
「 わあ〜〜 ますます羨ましい ・・・
あ ねえ 薔薇のこと、いろいろ教えてくださいません?
ウチの庭にもね、 薔薇のアーチが欲しくて ・・・ やっと一本だけ蔓薔薇を植えたの。
でも ・・・ 海に近いから心配なんです。 」
「 私にわかることでしたら 喜んで ・・・ 」
「 お願いします。 あ ・・・ これは < もの想い > ですね? 」
フランソワーズは 花瓶に溢れる白薔薇に目をとめた。
「 はい。 今が一番綺麗な時期ですわ。 」
「 ステキ ・・・! アナタのお友達も これ・・・お好きだったでしょう? 」
「 ええ ・・・ 彼は とてもとてもこの花を気に入っていました。
造園業をめざしていて ・・・ 花作りにも詳しくて ・・・
私にいろいろ教えてくれました。 」
「 まあ〜〜〜 いいわねえ・・・ わたしの友達はね もう〜〜 花のことは全然。
最初、 バラとチューリップとひまわり くらいしか名前を知らなかったの! 」
「 うふふ ・・・ 男性はそういう方がほとんどみたいですわ。 」
「 そう?? でもね、穴掘りとか水運びとかやってくれるの。
少しづつお花のこと、教えて・・・ 今 バラのアーチを作っています。 」
「 素敵ですわね ・・・ ね? その方はアナタの彼氏さん? 」
「 え! ・・・ そ ・・・ そうなったら いいな ・・・って ・・・ 」
「 いいわね ・・・ 羨ましいわ ・・・ 」
みつこの頬に つ・・っと涙が一筋流れた。
「 ご ごめんなさい ・・・ あの ・・・? 」
「 あ 私こそ ごめんなさい。 」
「 あの ・・・ 気に障ったらごめんなさい、さっきの亡くなった方って ・・・ 」
「 ええ ・・・ 彼です。 彼は 時々私をドライブに誘ってくれました。
でもね ・・・ふふふ 珍しい樹木とか岩とかを見に行くドライブばかりで
全然ロマンチックじゃなかったけど ・・・ 楽しかったわ ・・・ 」
「 ・・・・・ 」
「 あの日も二人で山の方にドライブに出て 庭石用の展示をみてきた帰りでした。
夕方から降り始めた雨が道路に水たまりをたくさん作っていました ・・・ 」
「 ・・・ 事故 ・・・ ですか。 」
「 ええ。 でも 原因も相手も そして ・・・ 彼の行方も分かりません。
私はあの時、物凄い光と衝撃に気を失って ― 気が付いたら病院のベッドでした。 」
「 ・・・ まあ ! 」
「 私は脚に後は遺症が残り ・・・ 後は なにもかも不明なんです。
周囲の人たちは 諦めろ、彼は死んだんだ と言いますが ・・・ 」
「 そう ・・・ それで あそこに? 」
「 ええ ・・・ ちょうどあの近辺で事故に遭ったのです。
彼が心血を傾けていたのが 赤いバラ・・・ この < もの想い > にぴったりの紅薔薇を
作るんだ・・・って 夢中になっていました ・・・・ 」
「 そう ・・・ なんですか ・・・ 」
ポッポウ ・・・ 鳩時計が古風に時を告げた。
Last updated : 13,05,2014.
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******* またまた途中ですが
ハナシがどんどん逸れてきた〜〜〜 かも??
ゼロナイ・キャラは 平ゼロ で読んでくださいませ〜
短くて そしてヘンはトコロで切れてて すみません <m(__)m>