『 薔薇に降る雨 ― (1) ― 』
雨が降る ・・・ あの日も 雨だった
すべての モノにヒトに 命に 雨が降る
あの時 アナタが直していった薔薇に 雨が降る
雨が降る アナタとアナタを愛したヒトに
・・・ 雨が 降る ・・・
ザク ザク ザク ガツン。 シャベルの先がまた止まった。
「 あ〜〜 また石ころかあ〜〜 ・・・えいっ! 」
ジョーは屈みこむと 自分が掘っていた穴に手を突っ込んだ。
すぐに引き抜いた手には かなり大きな石が握られていた。
普通の人間であれば 成人男子であっても片手ではかなり難しい大きさだが ―
そこは我らがサイボーグ009、いとも簡単にぽい、と地面に置いた。
「 よ・・・っと 〜〜 ほっんと、ここって荒地なんだなあ ・・・ 」
ぶつぶつ言いつつ 彼は更に石ころを2〜3コ ごろごろ掘り出すと傍らに積んだ。
「 これでいいかな〜 う〜〜ん ? もっと深く掘ったほうがいいのかなあ〜〜
こっちとあっちと ・・・ 二か所って言ってけど う〜〜ん このくらい ・・・? 」
「 あのね、 間は2メートルあればいいわ。 」
爽やかな声が聞こえてきた。
「 あ フラン ・・・ じゃ これでいいかい。 深さってどのくらい? 」
振り返れば フランソワーズが大きな如雨露を運んできていた。
「 どのくらい堀ってくれたの? ・・・ う〜〜んと ・・・ ちょっと待ってて 」
「 あ その如雨露はぼくが運ぶよ。 どこに置くのかい。 」
「 え〜とねえ とりあえず穴の横に置いてね。 すぐ戻ってくるから〜〜 」
「 了解〜〜
」
どん。 ちゃぷ・・・ 水が少し跳ねた。
彼は特大の如雨露を花壇の縁に置いた。 これもかなりの重さ ・・・ とてもとても
一般女性では片手で気軽には運べないだろう。
「 っと。 ふうん? ここには何を植えるのかなあ 結構深く掘ったから ・・・
あ きっと木だな。 うん、なんの木かなあ〜 二本並んだ杉とか紅葉とかかなあ。
ふう〜〜 あ いい風〜〜〜 」
よいしょ、っと彼は花壇の淵に腰を下ろした。
「 ふう ・・・ ここは夏は涼しくて冬は暖かでいいトコだよね ・・・ 」
タオルで汗を拭き拭きな〜んとなく周囲を眺める。
「 ふうん? ま 少しはなんとか庭らしくなってきたな 」
海っ端の崖の上に広がる荒地 ― そこに邸を構えてから どのくらい経ったのかな と
彼は放心したような顔で 思い出を手繰ってしまう。
邸は何回か建て直した。 いや 土台から建て直さなければならなかったこともある。
徹底的に破壊されたり 焼き討ちに遭ったり ・・・ とんでもない思い出の方が多い。
しかし最近は彼らの <事情> も落ち着いてきて、 今の邸もだんだんといい雰囲気に
なってきた。
「 そうなんだよなあ〜〜 家はいろいろいじくったけど ・・・
庭まではなかなか手が回らくて ・・・ いっつも荒地っぽいもんなあ ・・・ 」
足元に伸びる花壇には 今 矢車草がわさわさと揺れている。
その ピンクやらブルーやら紫の花を眺めているうちにジョーが少し眠気まで感じてしまう。
ふうう ・・・ 本当にこの頃は <普通の日> だよなあ ・・・
この家には 博士とイワン、そしてフランソワーズとジョー がいるだけだ。
故郷に帰った仲間たちとは去年のクリスマス以来会っていない。
日本国内に住み着いた仲間 ― 張大人 と ミスタ・ブリテン ― ともご無沙汰だ。
つまり 岬に家には穏やかで静かで ・・・ ごく平凡な日々が流れているのだった。
「 矢車草 か ・・・ ふふ ・・・ ぼくってばチューリップとアサガオと
ひまわり くらいしか花の名前なんて知らなかったもんなあ・・・ 」
つんつん伸びる花たちをながめつつ ジョーは思わずくすくす笑っていた。
「 ジョー ! あのね ・・・ あら? なにか楽しいことがあるの? 」
「 え? あは ちょっとさ ・・・ 」
ジョーは笑みを残したまま振り返れば フランソワーズがメジャーとトートバックを抱えて
立っていた。
「 穴掘り ありがとう〜〜 ほら、冷たいもの、もってきたの。 コカでよかった? 」
「 こか? 」
「 あ ・・・ コークのこと。 」
「 うん♪ わ〜〜〜〜 ありがとう〜〜 嬉しいなあ〜〜 」
「 一緒に飲みましょ はい。 」
「 サンキュ〜〜 ・・・ う〜〜〜ん 美味し〜〜 」
「 ・・・ ふ〜〜〜〜 ほんと・・・ いいお天気ですものね〜〜夏みたい・・・ 」
「 そうだよねえ〜 あ そのメジャー? 」
「 ええ 穴の距離を測ろうと思って。 それでね、もってくるから。 」
「 あ じゃあ 飲んじゃったら測るね。 」
「 お願いします。 ねえ ・・・ なにを笑っていたの。 」
「 え。 ああ さっき? 」
「 そう。 なんだかとっても楽しそう〜〜に笑ってたわ、ジョー。 」
「 えへ ・・・ そうかな〜 ちょっと思い出してたんだ ・・・ 」
「 思い出してた? 」
「 うん。 ここでさ 初めて花壇とか作り始めたころのこと 」
「 ・・・ あ〜〜 ひどい荒地だったわね というか石ころだらけで・・・ 」
「 ね? ジェロニモ Jr.がさあ 根気よく整地して土壌改良のやり方、教えてくれたよ。」
「 そうね。 始めに何を植えようか〜っていろいろ悩んで ・・・
ジョーったら珍しく どうしてもチューリップって主張したのよ。 」
「 うん ・・・ ぼくさ、家の庭でチューリップが咲いてる・・・って憧れだったんだ。」
「 うふふ 春だったから ・・・ 結局その年は鉢植えを買ってきて植え替えたのよね。」
「 うん ・・・ 前の年の秋に球根を植えるって知らなかったんだ。
でもさ〜〜 植え替えでも楽しかった! あ〜 ここがぼくのウチなんだ!って思えて 」
「 わたしもね ず〜〜っとアパルトマンで暮らしていたでしょ。
だから庭いじりって憧れだったの。 夏のバカンスなんかで滞在した別荘では
ちょこっとトマトとかバジルとか・・・ 育てたけど ・・・ 」
「 うわ〜〜 夏休みに別荘?? すごいね〜〜〜 お嬢様だね〜〜フラン 」
「 ??? でも それが普通なのよ。 パリの人たちの多くは夏は田舎ですごすの。 」
「 ふ〜〜〜ん ・・ すごいよ やっぱ ・・・ あは でもここいら辺もさ
十分田舎だよね。 毎日が夏休みかも。 」
「 うふふ ・・・ 田舎でもわたし、ここが好きよ。
ほら こ〜〜んなに広い空と いつでも聞こえている波の音が 好き。 」
フランソワーズは飲み終えたペットボトルを持ったまま 空に向かって両腕を差し伸べる。
「 そうだね〜〜 うん、ぼくもこの家、というかこの土地、好きだな。
それでもって ・・・ こうやって庭いじりとかできてすごく楽しいんだ。
・・・ き きみと一緒だし ・・・ 」
「 わたしもよ〜〜 さて 休憩終わり! わたし、目的のモノをもってくるから
ジョー、測定お願いね〜 」
「 了解〜〜 っと。 え〜と ・・・ 」
フランソワーズは裏庭に駆けてゆき ジョーは穴の側に屈みこんだ。
「 え〜〜と ・・・ 2メートルは余裕であるな〜 おっけ〜〜 っと。 」
屈んだまま ふと目を上げれば垣根が目に入った。
ごく簡単な低い柵がめぐらせてあり、要所要所には木が植わっている。
「 ・・・ あの木も植えたんだよなあ〜〜 全員で さ。 」
「 皆の木 よ。 ほら ・・・ちゃんと10本あるの。」
003は にこやかに言った。
「 10本 ? オレたちゃ 9人だぜ 」
「 あら 10人よ、博士を入れて。 だから10本。 一人が一本づつ ・・・
皆の家の垣根に植えるのよ。 」
「 記念植樹かい マドモアゼル? 」
「 そんな大袈裟じゃなくていいの。 ここが皆の家だ・・・ってしるしよ。 」
「 僕はすぐに帰国する予定なんだけど な・・・ 」
「 まあ そう言うな。 俺も帰るが ― ともかくここは俺達の家だ。 」
「 ね! そうでしょ、004。 皆が居なくても皆の木をみていれば ・・・
一緒にいる気持ちになれるわ。 さあ 植えましょうよ。 」
「 俺 木を運ぶ。 」
「 まあ ありがとう〜〜 005。 」
「 あ ぼく ・・・ シャベルとかもってくるね! 」
「 お〜〜 点数稼ぎやがって〜〜 ほんじゃ オレは〜〜 え〜〜 あ! 水!
水、持ってくる! 」
「 あ 002〜〜 バケツにねえ 5杯。 お願いね〜〜 」
「 5杯〜〜〜〜!? ちぇ〜〜〜 」
「 ほな ワテは皆はんのオヤツを用意しておきまんがな。 ブタまんに餡マン ・・・
そやそや 009はんが好きな胡麻団子もつくりまひょ。 」
「 わあ〜〜〜〜い♪ 」
まだまだぎこちない雰囲気は その頃から少しづつ解れ始めていった。
「 あんな小さな苗がさ ・・・ もうしっかり樹になってるんだからな〜〜〜 」
ジョーは種類も違えば大きさもまちまちな < 垣根の木 > を見て笑う。
「 皆さ 帰って来た時とかちゃんと <自分の木>、気にしてるし。
へへへ ぼくの木が ど〜して柿の木で、フランの木が紅葉なのかな〜って思うけど〜 」
ズ ・・・・ ズズズ ・・・ ズ 〜〜〜〜
突然 耳慣れない音が聞こえてきた。
「 ??? なんだ ・・・ なんの音?? 」
ジョーは慌てて立ち上がり ― 音 の原因を見つけ ― 固まった。
「 ふ フラン 〜〜〜 」
「 ジョー ! ねえ これなの〜〜〜 なかなかキレイでしょう? 」
ズ ズズズ 〜〜〜〜 ズリズリ 〜〜〜〜
フランソワーズは彼女の背丈よりはるかに高いアーチ状のモノを引きずっていた。
どうやら木製らしいのだが 結構細かいデザインでおまけに真っ白に塗ってある。
「 ・・・ あ あの ・・・ それって ・・・・ なに。 」
「 ふう〜〜〜 ね? よくできてるわよねえ〜〜 さすがにジェロニモだわあ〜 」
「 え それ ・・・彼の作品なの? 」
「 ええ そうよ。 この間帰ってきたときに作ってくれたの。
そろそろ季節だから 〜〜 これ、ここに設置したいのよ。 」
「 ここ・・・って ・・・ さっき堀った穴 のとこ ・・・? 」
「 そうよ。 だから間隔が2メートルは欲しいな〜 って。 ねえ ジョー ちょっと
手伝ってくださる? こっち側をもって・・・ 立ててほしいの。 」
「 いい けど ・・・・ えい! これでいいかな〜 」
ジョーはソレの片方の脚をひっぱりアーチ状のモノの起こした。
「 わあ〜〜 ありがとう〜〜〜 まあ 本当に素敵♪ 」
「 ・・・ ね フラン。 あの ・・・ これって なに。 」
「 ねえ やっぱり赤がいい? それともピンク ・・・あ 白もいいわねえ〜
う〜〜〜ん 悩むわあ〜〜〜 ね ジョーは何色がすき? 」
「 え ・・・ あの〜〜〜 どの色も好きだけど ・・・ これに使うのかい。 」
「 そうよ。 さすがにジェロニモよねえ〜 丁寧な細工だわ。 」
「 あ ・・・ けすく せ ? ( コレハ ナンデスカ ) 」
「 は? これは 薔薇用のアーチです。 わかりますか? 」
「 Oui 〜 じゃなくて〜〜 ばらようのあ〜ち?? 」
「 そうよ。 コレをここに立てるでしょう? それでね 両方の足元に薔薇を ・・
そうね 蔓バラを植えるの。 そうするとどんどん薔薇が伸びて絡まって
いつかはアーチ全体が薔薇で覆われるってわけ。 」
「 あ〜〜〜〜 C`est entendu. ( ワカリマシタ ) 」
「 そう? ねえ 何色の薔薇がいいかしら〜〜〜〜 」
「 え ・・・ え〜〜とぉ ・・・ コレ、白く塗ってあるから ・・・
う〜〜〜 あ 赤! やっぱ赤い花がいいよ。 」
「 そうね〜 定番だけど ・・・ まず最初は赤い蔓バラを植えましょうか。
ここでうまくいったらもっとアーチを立てて他の色を植えてみるわ。 」
「 うん それがいいよ! で これを ・・・ ここに建てるんだね。 」
「 そうなの。 ジョーが掘ってくれた穴に こっちとこっちを えい! 」
「 あ ぼくがやるってば。 ほら 貸して? 」
「 ジョー〜〜 ありがとう♪ 」
< 薔薇用のアーチ > は ・・・ 結構高さがあり、そしてやたらと嵩張るし
細かく細工がしてあるのだが。
さすがサイボーグ・・・ といか、当たり前、というか。
ジョーもそしてフランソワーズも 楽々とアーチを持ち運び、あっという間に
目的の場所に設置することができた。
「 ふう〜〜〜 これでいいかい? 曲がってないか、見てくれないかな〜 」
「 おっけ〜〜 ・・・ あらあ〜〜 ステキ〜〜〜
まだ薔薇はからんでいないけれど とってもいいわあ〜〜 ほらほら ジョー、見て? 」
「 どれどれ ・・・ あ わあ〜〜〜〜 ホントだね〜〜〜
これ 本当に木で出来てるのかな〜〜 なんだか金属のアーチみたい〜〜 」
「 全部ねえ、この家を作り替えた時の廃材利用 ですって。
あとは裏の雑木林で拾ってきたそうよ。 」
「 ふうん ・・・ ぼくたちにできることは毎日の水やりだな〜
あ 勿論バラを植えてからだけど。 」
「 なんかね、薔薇って水や肥料が難しいのですって。 ワタシ、勉強するわ。 」
「 あ ぼく も ・・・ あ〜〜 こうやって眺めているだけでもステキだなあ
不思議の国に迷い込んだみたいだあ〜〜〜 ふう ・・・・ 」
「 ・・・ ジョー? 大丈夫? 」
「 ごめん ・・・ ちょっとあんまり素敵なのでため息が出ちゃった。
さあ ・・・ あとはしっかり固めて ・・・ あ いいかなあ? 」
「 ?? いいって なにが。 」
「 うん だってここに薔薇を植えるんだろ? 」
「 あ 多分大丈夫よ。 薔薇ってけっこうたくましいから。
蔓バラは原種に近いし。 明日 赤い蔓バラの苗を買ってくるわ。 」
「 いいね〜〜 なんだかわくわくしてきたよ〜 」
二人は 手作りの白いアーチを見あげてあれこれ庭造りの計画を話しあっていた。
蔓バラは白いアーチを 段々と上って行った。
アサガオほどではないけれど、 ジョーはその成長をとても楽しみにしていて
時にはフランソワーズに代わって水やりやら 蔓を結えたり世話に熱中した。
「 ジョー 手伝ってくれてありがとう。 ね 知ってた?
もうすぐつぼみ第一号が咲きそうよ。 」
「 え〜〜〜 どこ どこ??? 」
「 ほら ここ。 他にも ・・・ そこでしょ こっちも。 」
「 わあ ・・・ これ全部咲いたらキレイだろうねえ 」
「 ね♪ 楽しみだわね 」
「 ウン ぼく こういうの、初めてだからさワクワクしちゃうな。 」
「 わたしも。 憧れだったの。 」
「 水 もってくるね。 」
「 お願いしま〜す 」
ジョーは嬉々として如雨露を取りにいった。
ちゃぷ ちゃぷ ちゃぷ ・・・
「 ・・・っと〜〜 よいしょ ・・・ あ 」
水を一杯にした如雨露を地面に置いて ― 彼は足を止めた ・・・ いや
自然に歩みが止まり そのまま立ち尽くしている。
わあ ・・・ きれいだなあ ・・・
彼のちょっと先には 白いアーチに蔓ばらがからまり、ひとつだけ赤い花が見える。
そして その前に ― 亜麻色の髪を風にゆらし乙女が立っている。
白いブラウスに コットン・パンツ ・・・ ごく普通の恰好なのだが
ジョーの目は張り付いてしまって 動けない。
妖精 ・・・ってこんなカンジなのかも ・・・
― 彼女は 薔薇の妖精 かな
う〜〜ん ・・・ ちがうな ・・・
そうだ 初夏の妖精だよ〜〜 うん!
フランソワーズは バラの蔓をアーチに上手く絡ませてやったり、千切れた葉を取り除いたり
その間 ずっと柔らかい笑みを浮かべている。
「 ・・・ 素敵な笑顔だよなあ ・・・ あんな笑顔 初めてみるよ 」
あは ・・・ なんかさ〜 バラが羨ましいなあ 〜
いいなあ ・・・ あんな風に見ても笑ってもらえて さ ・・・
初めて会った時 ― 彼女は今と変わらず美しかったけれど 厳しく冷たい表情をしていた。
あなたもこちらへいらっしゃい ・・・ その時だけちらっと微笑みを見せたが
その後は終始彼女は無表情だった。
そして彼女の口からは 的確かつ正確な索敵情報が次々にもたらされ
ジョーはその情報に押され また仲間たちに引っ張られるみたいに闘いの中に飛び込んでいった。
・・・ フランの声がさ いつもぼくを背中から支えてくれたんだ
そりゃ それが 003 の役割だけど。
でも。 ぼくは ― だから 闘ってこられたんだ ・・・ !
この地に住むようになって ― 彼女の表情はすこしづつ明るくなって行った。
平凡で穏やかに流れる日々 フランソワーズはよく笑うごく普通の女の子に戻ってきていた。
「 ・・・? あ ジョー! お水 ありがとう 〜〜〜 重かったでしょう? 」
ぱあ〜〜っと ・・・ 赤いばらよりも鮮やかに彼女の笑顔が広がった。
そして それは − ジョーに向けられている。
うわ ・・・ !
どき ・・・ ん !
ジョーの心臓が飛び跳ねた。
加速装置全開で敵の中を駆け巡り大暴れをしてもびくともしない人工心臓が
彼女の笑みひとつで でんぐり反った。
― そう。 この時に キューピッドの矢 が きぴ〜〜〜ん と
ジョーのハートに ( 人工心臓ではなく! < はあと > ) に命中したのである。
う 〜〜〜〜 ・・・・ !
か か 可愛い 〜〜〜〜 ・・・!!!
「 あ う ううん ・・・ キレイだねえ 〜〜〜 」
「 ね? ジョーって花好きなのね。 」
「 あ ああ う うん ・・・ キレイなのは きみ だよ ・・・ 」
「 え なあに。 」
「 あ あのう 〜〜〜 」
「 そっちの株におねがいね。 少しづつ ・・・ 」
「 あ う うん ・・・ 」
ジョーは蔓バラの根本に如雨露を運び水やりに熱中 ・・・ するフリをして
実はず〜〜〜っと彼女の顔だけど見つめていた。
見つけた よ! うん。
ぼくの 目的。 ぼく自身がみつけたぼくだけの 目的!
ぼくは ― 彼女の笑顔を護る。
そうさ! そのために ぼくはこれから生きる ・・・!
ジョーは 熱い熱い想いがふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
今までどんな戦いの最中にも感じたことのない高揚感が彼を包んでゆく。
「 ぼく は ・・・ 」
「 え? なあに、ジョー。 」
あかるい笑みが また彼に向けられる。
・・・ ! ああ ぼくは!
きみ が 好き だ ! あ い し て る !
「 あ あの ・・・ 好きなんだ。 」
「 ええ わたしもよ。 」
「 え !? 」
「 ねえ こうやって大地に触れて 風を感じて ― キレイなお花をみて ・・
いいわよねえ 〜〜 庭いじりってとっても好きよ。 ねえ? 」
「 ・・・ へ? あ ああ そ そうだね ・・・ 」
「 さあ 〜ってっと。 蔓バラさんにはお水と肥料をあげたし、
わたし達もお茶にしない? ジンジャー・クッキーがあるわ。 」
「 わお〜〜♪ いいね! あ ぼく 如雨露や肥料を片づけてくるから。 」
「 ありがとう。 わたしは美味しいお茶を用意するわね。 」
「 うん♪ 」
如雨露とシャベルと肥料の袋をもって ジョーは彼女の後ろ姿をじ〜〜っと見ていた。
― 決めたんだ。
ぼくは きみを 護る。 きみの愛するものを 護る。
ぼくは そのために生まれきて そのために ・・・ 009 になったんだ。
この日 ジョーは初めて009に改造されたとい現実に プラスの感情を持った。
ぶっちゃけて言えば サイボーグになってよかった〜〜〜 と思ったのだ。
「 ・・・ ジョ− ・・・ちゃんと晩御飯 食べたかしら。 」
フランソワーズはカーテンを閉めつつ とっぷりと暮れた濃紺の空を見あげた。
「 なに 大丈夫じゃよ。 アイツはわしらよりずっと東京には詳しいさ。 」
博士は肘掛け椅子で分厚い書物を広げていたが 顔を上げて頷いた。
「 なにせここは彼の生まれ育った国なんじゃから ・・・ 」
「 それは そうですけど。 でも ・・・ 」
「 さあさあ そんな顔はおよし。 遅くなったところで元気モノの青少年、
心配する必要もあるまいて。 」
「 そうですわね ・・・ 009 ですものねえ 」
「 そうじゃよ〜〜 」
「 それじゃ もう心配するのは止めにしますわ。 今晩はね、ポークの
リンゴソース焼き ですの。 」
「 おお 美味しそうじゃな ・・・ どれ それではワシはワインでも開けるか。 」
「 あら 嬉しい♪ 」
「 ふふふ ・・・ 一応赤を選んでくるぞ。 」
「 お願いします〜〜 ふふふ いいチーズを見つけましたの。 あと商店街のパン屋さんで
< ふらんす ぱん > っていうバゲット買ってみたんですけど ・・・・ 」
「 ほう? で 味は 」
「 それがすご〜〜〜く美味しいんです♪ ぱりぱりでふかふか〜〜 」
「 いいのぉ〜〜 ほんにこの国は美味しいモノが多いな。 」
「 ええ ・・・ じゃ ワイン お願いしますね〜 」
「 引き受けたよ。 ふんふん〜〜〜 サンテミリオンあたりにするかのう・・・ 」
博士は上機嫌でワイン・セラーへ降りてゆき、フランソワーズもキッチンに戻った。
ジョーは 今日仕事で東京まで出かけている。
コズミ博士の護衛と ついでに聴講生について大学の学務部を訪ねているのだ。
帰りは遅くなるから晩御飯はいらない ・・・ と 彼は少しばかり残念そうに言っていた。
「 ・・・ ぼく、ウチで食べるご飯が一番好きなんだけど ・・・ 」
「 あら それならジョーの分も作ってとっておきましょうか? 」
「 え いいの? 」
「 勿論。 あ それを明日のお弁当にする? 」
「 うん!!! わ〜〜〜 すごい楽しみ〜〜〜 」
彼は 遠足の前日の小学生みたいな笑顔となり、張り切って出かけたのだ。
ガタ ガタガタ・・・ ガタ ・・・
夜になって風が強くなってきた。 この邸は崖っぷちに建っているのでなおさら風が強く感じられる。
「 ・・・ 薔薇 ・・・ 大丈夫かしら 」
フランソワーズは そっとカーテンの隙間から暗い庭を眺めている。
「 薔薇? ・・・ おお あの蔓バラかね。 」
「 はい。 アーチごと倒れてしまったりしないかしら。 」
「 アレは ジェロニモ Jr. が作ったのじゃろう? 」
「 はい とっても凝ったデザインでキレイにペンキも塗ってくれましたわ。 」
「 それなら大丈夫じゃ。 彼のことだ、しっかり耐久性も考えて設計・施工しておるよ。
少々の風くらいでは壊れたりはせんじゃろう。 」
「 そう ですねえ ・・・ でも薔薇は 」
「 蔓状の植物はひよひよしておるように見えるがな、実際はとても強靭なんじゃ。
かなりの強風も ふわふわ〜空中に漂ってやり過ごす。
一見 強固な大木が耐え切れずに根本から倒れるような時でも 蔦などは生き残るよ。」
「 それなら ・・・ いいのですが ・・・ 」
フランソワーズは まだ外を眺めていた。
その時 ―
「 ・・・ あら? ジョーは車で出かけましたかしら? 」
「 いや? 都心はパーキングが少ないから・・・と置いていったぞ。 」
「 そうですよねえ ・・・ じゃあ あの光はなにかしら ・・・
あ! 博士 危ない〜〜〜 !!! 」
フランソワーズは博士の手を引いて 部屋の奥に駆けこんだ。
「 な なんじゃ? どうしたのだ? 」
「 誰か ・・・ いえ なにか が 来ますっ 突っ込んで来るわっ !!! 」
ガシャ −−−−−− ン ッ !!!!!
彼女の悲鳴の直後に なにか がこの邸のリビングに飛び込んできた。
「 きゃあ〜〜〜〜 !!! なんなの ??? 」
ズザザザ −−−− !
超小型のエアカーか円盤にも見える物体が リビングの真ん中に着地している。
「 !? 誰? 中に誰かいるの!? 」
フランソワーズは すかさずスーパーガンを構えると、大声で誰何した。
「 答えなさい! いきなりヒトの家に飛び込んできて 失礼な!
答えないと 撃つわ! 」
ハハハ ・・・ 勇ましいな お嬢さん 〜〜
突然 円盤がしゃべった。 いや、円盤の中から声が響いてきた。
「 ! 中に誰かいるの? 降りてきなさいっ! 」
彼女はスーパーガンを構えたまま はっきりと言い返す。
・・・ ヘンだわ。 あの円盤 ・・・ 中を見ることができない
特殊なシールドをしているのかしら。
「 何の用ですか! 不法侵入で警察を呼びますよ! 」
お〜っと お嬢さん。 まずはその物騒なモノをひっこめて欲しいな。
「 そっちがそこから出てきたら ― 引っ込めるわ。 」
残念ながら 僕はこれから離れることはできないんだ。
「 − え ? 」
僕の名は X。 サイボーグ X(エックス) だ。
「 サイボーグ X ですって?? 」
そうだ。 オメガ博士に造られた最強のサイボーグさ。
ここはギルモア博士の研究所と聞いたが ― ゼロゼロ・ナンバーサイボーグはどこだ。
「 オメガ博士 じゃと!? 」
ソファの後ろに避難していたはずのギルモア博士が ひょこり!と顔を出した。
「 博士! 危ないですわ! 」
「 いや ・・・ 確かめねば。 アンタは本当にオメガ君のサイボーグなのか? 」
そうだ。 アナタはギルモア博士か。
「 いかにも。 そのオメガ君のサイボーグが何の用事かね。
いきなり邸に飛び込んでくるのは ― いささか常軌を逸していると思うが。 」
ふん。 そんなコトはどうでもいいだろう?
それより アンタの造ったゼロゼロ・ナンバーサイボーグはどこだ!?
「 それを聞いてどうするつもりだね。 」
ヤツらと闘いヤツらを倒す。 そして僕が最強のサイボーグであることを
証明する。
「 それはオメガ君の命令か。 君自身の意志はどうなんじゃな 」
そ そんなことはどうでもいい。 ゼロゼロ・ナンバー 出せ。
「 まずはそこから降りてもらおう。 ここはガレージではないのでな。 」
― ここから離れることはできない。 しかし まあ ・・・ 顔くらい
拝ませてやる かな
「 ・・・・・ 」
シュ ・・・ っ!
圧縮空気の漏れる音がして ― 円盤の上半分がぽっかりと開き そこには ・・・
まだ年若い青年の上半身が あった。
「 まあ ・・・! 」
「 君が サイボーグX か! 」
「 そうだ。 」
青年は 相変わらず甲高い声で答えたが 今までの金属的な響きはなくなっていた。
「 ! なんのために闘いなんかしなければならないの? 」
「 ― それが オメガ博士の命令だからだ。 」
「 そんな ・・・ ねえ そこから出てきてゆっくり話合ましょう?
」
「 それはできない。 」
「 どうして ・・・ あ。 」
≪ フランソワーズ! 今 そっちに着くから! ≫
突如 フランソワーズのアタマの中に 懐かしい声が聞こえてきた。
「 ・・・ ジョー!? ≪ どこ? ≫
≪ 海岸通りを抜けた! 後は最大レベルで駆けこむから。一旦切るよ。 ≫
≪ 了解! 気をつけて! 侵入者は サイボーグだって言ってるの ≫
≪ ・・・・・・・ ≫
ジョーからの返信はなかった。 加速装置稼働中は脳波通信を頻繁には使用しない。
不可能ではないが 負荷がかかりすぎるので戦闘時以外では通信を切る。
ジョー ・・・・ ! ありがとう !
フランソワーズは 円盤から見える青年の上半身にかっきりと目線を当てた。
なんとかして時間稼ぎをしなければならない。
「 Xさん。 無意味な闘いはやめて友達になりましょう。 」
「 ふん! 人間に僕の気持ちがわかるものか! 」
「 わたしも サイボーグだわ。 」
「 !? え ・・・ アンタ が ・・?!? 」
「 そうよ。 わたしはサイボーグ003。 ゼロゼロナンバー・サイボーグの一員よ。 」
「 ・・・ アンタは 人間だろう ? 」
「 勿論 人間だわ。 でもサイボーグよ。 ・・・ ! あ あなた は !
あなたの身体は ・・・! 」
003が鋭く息を飲みまじまじと見つめると Xと名乗る青年の顔がさっと歪んだ ・・・
― その時。
グワッシャ ・・・!!! −−− シュッ !!
一陣の旋風が 大破したリビングの窓から吹き込んできて
「 こい! ぼくが相手だっ !!! 」
・・・スタッ !
かるい足音とともによ〜く見慣れた赤い特殊な服が 彼女の前に立った。
「 ジョー !! 」
「 遅くなってごめん! お前〜〜 なんだっ ヒトの家には勝手に入って! 」
ジョーは フランソワーズと博士を後ろ手に庇い、 宙に浮く円盤をにらみつけた。
「 おお よく帰ってきてくれたなあ〜〜〜 009 ・・・ 」
「 博士! 大丈夫ですか! 」
フランソワーズは博士をソファの後ろへそっと押し込んだ。
「 009? ふん お前が ・・・ 009か! 」
円盤の中から青年がジョーを睨み据える。
「 そうだ! 」
「 お前が最強のゼロゼロ・ナンバーサイボーグ と聞いた! 」
「 おい! そんなモノから降りてこいッ! 不法侵入犯め! 」
「 ふん ・・・ 用があるから来ただけだ。 この家がドアは僕には
ちょいと狭すぎるだけさ。 」
「 なんだとっ?
」
「 警察に連絡します。 今 電話を 」
「 ふん。 ここにサイボーグが住んでいます、と通報するのか。 」
「 なに? 」
「 人外の怪物がいる、と知られてもいいのか。 」
「 ぼく達は 人間だ! 」
「 さあ どうかな? ― くらえッ !! 」
ヴィヴィヴィヴィ −−−−− ・・・!
円盤の前から一条の光線が ジョーを狙った。
「 くそ ッ ・・・! 」
ババババ −−−− !
すかさず009がスーパーガンで撃ち返す。
「 ふん ・・・ レーザーシャワーだっ ! 今日はこれで引き揚げてやる。
ははは ははは 次はもう手加減しないからな! 」
ヴィヴィヴィ 〜〜〜〜 ヴィヴィヴィ 〜〜〜〜 !
円盤はレーザーを乱射すると ギルモア邸のリビングから飛び出して行く。
ガラガラ 〜〜〜〜 天井の一部が剥がれ落ちてきた。
「 うわ 〜〜 ・・・ 003! 無事か! 」
「 009! 大丈夫よっ 」
「 博士を頼む! 待て 〜〜〜 ! 」
009は円盤を追って窓から飛び出した。
「 009! 気をつけて! レーザーの発射口は 前だけよっ! 」
003も窓に駆け寄った。
サ −−−−−− ・・・・
雨が 降りだしていた。 細かい雨が 空中に舞っている。
「 ははは ははは ・・・ また 会おう ! 」
シュ −−− ・・・ ! 円盤は庭先を薔薇のアーチを掠めて飛び上がる。
葉やら土が舞い上がった。
ゆらり ― 尋常ではない風圧を受けアーチが傾いた。
やっと咲き始めた薔薇が散らされそうだ。 弄られた赤い薔薇から雨のしずくが滴りおちる。
キュ。 円盤が一瞬 停止した。
「 ・・・? 」
キュル キュル キュル 〜〜〜〜 円盤の前部からアーム状のものが伸びてきた。
ガサ ・・・ ロボット・アームのように巧に、それはアーチを立て直した。
「 ふん。 ・・・ あばよっ! 」
シュ −−−−−− ・・・・・ !!!
円盤は急上昇すると たちまち闇に消えていった。
「 003! すぐに追い掛けよう! 」
009が ぐちゃぐちゃになったリビングに戻ってきた。
「 追い掛ける? 」
「 ああ。 車を出してくる! ヤツは町の上空を通過しているんだ。
加速装置でぶっちぎるのはちょっとヤバいから ね! 」
「 わかったわ。 わたしも着替えておきます。 」
「 頼む! 」
009は ガレージへ消えた。
あのヒト ・・・ 薔薇のアーチを 直していったわ ・・・
003, いや フランソワーズは 雨にけぶる夜空を見上げてから 自室へと急いだ。
Last updated : 05.06.2014.
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旧ゼロの あのお話 を 平ゼロ設定? で書いていみました。
もとのお話とは少しテイストが違ってくるか な ・・・?