< Part 5   暗闇  >

 

 

 

 

最後の音の余韻がゆっくりと空間に消えてゆく。

ポ−ズを解いた踊り手二人は なんともばつが悪そうに視線を逸らせている。

音楽がなくなった分、稽古場にはなおいっそう気詰まりな空気が増えたようだ・・・・

 

「 ・・・・ねえ。 フランソワ−ズ。あなた、出遅れた分頑張ってくれないと・・困るのよ 」

「 ・・・・・・  」

「 なんとかしてね。本番まであまり時間がないのよ? ・・・ お疲れ様。 」

荒い息をひそめうな垂れているフランソワ−ズに一瞥をなげ、芸術監督のマダムは

静かにスタジオから出て行った。

 

「 焦らないで。 君っていつももっと動けるじゃない? どこか痛めている? 」

「 ・・・ いいえ。 大丈夫です。 」

今回のパ−トナ−、トオルがフランソワ−ズの脚にちらりと視線をあてた。

「 そう? 完治してるって思い込んでいるのかもしれないよ。 身体が退けちゃってる。 」

「 ごめんなさい、練習不足なんです。 次のリハ−サルまでに、ちゃんと・・・・ やっておきますから・・・ 」

「 頼むよ・・・。 じゃ、お先に。 お疲れ様〜 」

「 ・・・ お疲れ様でした・・・ ありがとうございました・・・ 」

 

日本式に深く下げたアタマを フランソワ−ズはすぐには上げることができなかった。

− ぱたぱたぱた・・・

零れた涙が 足許にちいさな池をいつくも作り始めていた。

 

脚・・・わたしの、脚。

 

すんなりと形の良い膝。 すっきりと伸びた脹脛。 きゅっと締まった足首・・・・

そんな<理想的>な脚の どこに故障があるのか、とヒトは思うだろう。

故障・・・、そう、そんな生易しい状態ではなかった。

あの時あまりの激痛に気を失うことすらできずに、呆然と眺めた・・・ 自分の脚。

一瞬、その姿が鮮明に浮かび、フランソワ−ズはあわてて首を振った。

 

 − ・・・だめよ、思い出しては・・・だめ。 もう、治ったんだもの・・・!

 

実際、脚の機能は万全のはずである。 ・・・・ 以前と何の変化もないはずなのだ。

博士も目を剥くほどのダメ−ジだったが その天才的な技術を駆使し

じつに短期間で<修復>してくれた。

完全に元通りになった、と博士は保証してくれたのだ。

 

   ・・・・ でも。

 

ちがう。 なにかが、違うのだ。

実際の身体と 自分の観念の中にある<身体>の動きが、かみ合わない。

身体が退けている・・・ トオルの言った通りだとフランソワ−ズは思った。

 

・・・怖いのね。 もう痛みなんかちっともないはずなのに・・・ 身体が怖がってるわ。

 

回転の負担がかかるたびに、床を思いっきり蹴るたびに 身体は萎縮する。

あの・・・ 痛みを本能的に思い出して身をちぢめてしまう。

ツクリモノの脚になってもこんな違和感が残っているのがなんだか可笑しかった。

 

そうよ。 怪我なんてしなかった、ちょっとお休みをしてしまっただけ、なのよ?

ちょっと・・・他の<お仕事>が入っただけでしょう?

ねえ、わたしの脚さん? なまけちゃった分頑張ってちょうだいね。

 

一度は諦めかけた舞台だった。

<仕事>自体はあっけないほど短期間で終わったのだが、

自分自身の復帰に時間をとられてしまった。

・・・復帰。 そう、モトに帰る・・・

あの怪我では生身だったら踊ることはおろか、独りで立ち上がることも多分できなくなっていただろう。

でも、忘れなきゃ。 

以前とちっとも変わらない、怪我なんて気にしていないって・・・ 見せなくちゃ。

 

ずり落ちてきた右脚のウォ−マ−を引っ張り上げると 

フランソワ−ズは誰もいないスタジオの中央に歩み出た。

 

 − わたしは 大丈夫。 ・・・どうぞ もう気にしないで。 ・・・ジョ−

 

こころの中で念じて フランソワ−ズはゆっくりと踊り始めた・・・・・

 

 

 

・・・・ キ ・・・ ッ ・・・・

ほんのわずかに軋るクセのあるドアを フランソワ−ズは出来る限りそうっとあけた。

「 ・・・・ ただいま ・・・・ 」

もう誰も起きてはいないだろう、と思いつつもちいさく呟いてみる。

それはこの国に来て以来 自然と身についた習慣でもあった。

 

「 ・・・ おかえり。 遅かったね。 」

「 !? ・・・・ ジョ− ・・・? 」

玄関ホ−ルの暗闇からひびいた声に フランソワ−ズは驚いて振り向いた。

「 ・・・あ、ああ・・・びっくりしたわ・・。 ただいま。 」

「 ずいぶん遅かったね? スタジオにいたのかい。 」

「 ええ・・・ リハ−サル、長引いて・・・・。 ちょっと自習もしてたし。 

 ジョ−、まだ起きているって思わなかったわ。 」

「 なにかあったのかと思って心配したよ。 遅くなるならちゃんと連絡を入れてくれないか。

 いまのぼく達の状況、わかっているはずだろう? 」

「 ・・・・・ ごめんなさい・・・ 」

疲れきってぼうっとしていた頭が 一時にす・・・っと冷えた。

・・・そうだ、そうなのだ。 

自分たちはまだ完全に非常事態を解いてはいないはずだ。

硝煙ただよう地から帰ったのは そんなに遠い日ではない。

 

冷えたアタマは同時に落胆の想いも運んできた。

 

あなたが心配したのは・・・ ミッションのため?

わたしの事・・・フランソワ−ズじゃなくて、003として・・・ 気にかかっていたの・・?

喉の奥に昇ってきた熱いモノを飲下すと 彼女はかっきりと顔を上げた。

 

「 油断していたわ、わたし。 以後気をつけます。 」

「 うん・・・ お願いするよ。 」

「 あら、ジョ−、お食事は? わたしったら何の用意もしてなくて・・・ 」

「 あ、うん。 大丈夫、外ですませたから。 ・・・あれ、フラン・・? きみ、脚・・・・? 」

「 ・・・・ え・・? 」

傍らを歩む彼女の歩き方に ジョ−はすぐに気付いた。

 

 − ? 右足・・・ 引き摺っている? まだ完治していないのか?? いや、そんな・・

 

「 ちゃんと博士の最終チェックはパスしたはずだよね。 まだ、不具合があるの? 」

「 あ・・・ やだわ、わたしったら・・。 ごめんなさい、コレって昔からのわたしのクセなの。

 ちょっと疲れたりすると・・・ ううん、脚は全然なんともないわ、完全よ。 心配しないで。 」

「 それならいいけど。 あんな事になったのはぼくの責任だから。 」

「 ジョ−? もう、それは言いっこナシでしょう? ・・・あの怪我は誰のせいでもないわ。

 それに本当に大丈夫。 わたしこそ余計な心配をかけて・・・ごめんなさい。 」

「 そう? でも大事をとった方がいい。 休める時に十分に休んでおかないとね。 」

「 ええ。 ・・・・あ・・! 」

「 ・・・ ゆっくり、ね・・・ 」

さっと脚を掬われた次の瞬間、フランソワ−ズはジョ−の腕の中にいる自分に驚いた。

「 ・・・ ジョ− ・・・ あ ・・・・ ・・・ 」

 

ジョ−はそのまま唇を求めてきた。

不意をつかれ強張った身体が 触れ合った熱い一点からじんわりとほぐれてゆく・・・

強引に歯列を割って入ってきた彼の舌が 彼女を絡めとる。

・・・・ く ・・・っ ・・・・!

無意識に彼の背にしっかりと縋りつき フランソワ−ズは低い呻きをもらした。

・・あ・・・やだ ・・・ 

押さえられない昂ぶりに がくりと首の力も抜けた、その時・・・

 

 − ・・・・ あ ・・・・?

 

ふ・・・と漂うお酒のにおい。 それに隠れるようにほのかに薫る・・・香り。 

これって。 わたしの・・・じゃない。 これは・・・ 香水? そう、知ってるわ、この香り・・・

・・・あのヒト・・・の・・・?

 

熱く疼いていた身体の芯が 瞬間、そのまま凍った。

全身の血液がぎりぎりと軋りそのめぐりをとめた、と思った・・・

 

ジョ−・・・あなた、 やっぱり。

 

いきなり身体を強張らせたフランソワ−ズに、さすがに気ついたのかジョ−は唇を離した。

「 ・・・・ ごめん・・。 ねえ・・? 」

「 ・・・ 明日も早いの。 お休みなさい、ジョ−。 」

フランソワ−ズは かなり本気でジョ−の腕を振り解くと真正面から見詰めた。

「 ・・・あ、ああ。 忙しいんだったね。 ・・うん、じゃあ。 お休み。 」

「 ・・・・ 」

憮然としているジョ−に 艶やか過ぎる微笑を残しフランソワ−ズは自室のドアを閉めた。

 

 − ・・・・ ジョ− ・・・・!

 

たった今、うしろ手で閉めたドアにぴたりと頬を寄せフランソワ−ズは心の中で呻いた。

ジョ−・・・ ジョ−・・・! あなたを疑っているわたし自身がとても・・・いや。

ほんとうは 抱いてほしいの、あなたが・・・欲しいの、あなたに包まれていたいの・・・

でも。

こんな気持ちで抱かれるのは嫌。

どうして? ・・・・ お願い ・・・・ わたしだけを見て。 わたしだけを愛して。

・・・・ わたしだけを ・・・・ 抱いて。

どうして? ・・・・ お願い ・・・・ 他の女性( ひと )のこと、見ないで!

 

たった一枚のドアが ジョ−と自分の間を締め切っている。

ドアを閉めたのは ・・・ 自分なのに。

開かない ・ 開けない ・ 開けられない ・・・・ !

簡素な木の扉の向こうには、深淵な暗闇がぽかりと口を開けていた。

 

こんな気持ちでいては また 失敗する・・・。

こんな気持ちで ・・・・ 踊れない、 愛の踊りはそのこころが表現ができない

こんな気持ちでは ・・・・ またミスする・・・。

戦場で・・・ 足手まといになって・・・ また、みんなに迷惑をかけてしまうわ!

 

こみ上げくる嗚咽を聞かれまいと 彼女は必死で口を両手で押さえていた。

やがて。

聞き慣れた足音が ゆっくりと彼女の部屋の前から遠ざかっていった。

 

 − ・・・・ ジョ− ・・・・ ここに・・・いて・・・・!

 

ああ、そうね、あの時。

爆風に煽られ 衝撃で全身を地に打ち付けられ 吹き飛ばされ。

きれぎれの意識のなかでわたしは 同じことを願っていたわ・・・

ジョ−、ここにいて、と。 彼の姿だけを、それだけをじっと見詰めて願っていたのよ。

 

そう、ね。 あ ・ の ・ と ・ き ・・・・・

 

ついこの間、飛び込んでいった尋常ではない世界が ありありと目に浮かぶ。

真っ暗な部屋で さらに闇に沈み込みフランソワ−ズはきゅ・・・っと目を瞑っていた。

 

 

 

 

「 で、どうする?」

「 わざわざ言わせるのかい、004? 」

「 ふん、ちょいと遊んでみたかっただけだ。 」

「 ふふ・・・どんな遊びなんだか・・・ 」

無駄口を叩きあいながらも 最前線に位置する009は慎重に歩みを進めていた。

 

アルベルトからの情報で 所謂戦争屋の資金源をたどっていたサイボ−グたちは

南アジアの奥地に覚醒剤精製のための大規模な工場を探し当てた。

そこから運び出される純度の高い<クスリ>は 世界中に持ち出されてゆき

末端では驚くほどの高値となり めぐりめぐって兵器製造の糧となる。

 

結局、裏で糸をひく実際の経営者を追い詰めることはできなかった。

高速で跳び去るどこか見覚えのあるようなタイプの脱出ボ−トを 彼らは忌々しく見送った。

 

あとに残ったのは 瓦礫の山と化したかつての<大工場>。

サイボ−グたちの侵入を感知すると 彼らは応戦するよりも証拠隠滅に終始した。

 

「 相変わらずの手口だな。 なにもかも、潰して行きやがった! 」

「 ・・・・ 酷いな ・・・ 何も知らずに働いていた人間も 全て・・・ 」

「 使い捨て、さ。 いらなくなれば 即廃棄。 」

「 ・・・・・・ 」

 

あまりにあっさりと事実上の基地ともいえる施設を放棄していった彼らの行動に

もっと思慮をめぐらせるべきだった。

いくら探査を専らとする仲間がいるとしても、自分自身の安全は自分の責任なのだ。

 

ひしゃげた鉄筋が露出した柱をよけ、その空き地に一歩踏み入ったとき、

瞬時に脳内のセンサ−が異状をしらせ ・・・・ ほぼ同時に。

 

 

突き上げるように大地が爆発したが ・・・ジョ−の身体はなにか柔らかいモノに突き飛ばされた。

− ・・・? ・・・・!!!

本能的に作動させた加速状態のなかで ジョ−は爆風に煽られゆっくりと落ちてゆく

フランソワ−ズを見つけた。

 

 − ・・・・地雷、か?いや・・・?  ・・・くそっ・・! なんてザマだ!

 

小柄な防護服姿が 地面に叩きつけられる一瞬前に、ジョ−は辛うじて抱きとめた。 

この時初めて、ジョ−は自分が地雷を踏んではいないことに気付いた。

 

・・・・ ぼくの代わりに 踏んだ、のか・・・? フランソワ−ズ・・・・!!

 

「 ・・・・ ゼロゼロ・・・ナイン・・・ だいじょ・・うぶ? ごめ・・・んなさ・・・い

 ちゃんと・・・・ サ−チ ・・・ してた・・・つもり・・・・ 」

「 003! 」

辛うじて身を起こした003は 土煙のなか009を認めるとかすかに頬を綻ばせた。

「 ・・・・ あ ・・・ よかっ・・・・た ・・・・ 」

009の顔からはずれた視線を 自分の脚に虚ろにおとし・・・彼女は崩折れた。

「 003! おい! しっかり・・・?! 」

 

ジョ−は彼女を抱き上げた時に 戦慄を覚えた。

 

 − 脚・・が・・・・!

 

力なく垂れている彼女の左脚は 防護服の切れ端で辛うじてその持ち主に付属していた。

ブ−ツが吹き飛んだ右足首は 考えられない方向に捻じ曲がっている。

不自然に浅くなった呼吸が きれぎれになってきた。

 

「 おいっ!009、003!  無事か?!  ・・・! 」

「 ・・・・ 004 ・・・ 」

「 ・・・ちっ! 単純なトラップだ。 追ってきた獲物を厄介払いするだけの、な。 

 ・・・おい、しっかりするんだ! 003を博士のところへ・・・ はやく! 」

「 あ、ああ・・・! あとは・・・頼む。 」

腕の中の力ない身体を呆然と見詰めていた009は はっと我に返った。

急がなくては・・・・!

 

 − !  フランソワ−ズ ・・・!

 

ほとんど色を失った唇にそっとキスを落とすと、ジョ−は再び加速装置のスイッチを噛んだ。

 

 

 

 

・・・こつ。

閉じられたドアに ジョ−はそっと手をかけた。

こんな扉 開けるのは造作もないことだ。

でも。

いま、このたった一枚の薄い木の隔てが 自分と彼女の間に計り知れない闇となっていた。

 

いつも、いつだって きみを一番愛しているのに・・・・!

他の誰よりも、いちばん・・・

なぜ わかってくれないんだ・・・! ぼくは どうしたらいいんだ・・・!

きみは 何を望んでいるのかい?! 

 

むこう側に彼女の気配が はっきりと感じられる。

それは 直に触れ合っているよりもなおいっそう彼を昂ぶらせた。

こじ開け押し入り、強引に彼女を抱く自分の姿が 脳裏をかすめた。

 

でも。

 

こころが沿ってこない抜け殻を、その形骸だけを抱いてどうしようというのだ。

肉体は得られても 彼女のこころは自分から飛び去ってしまうだろう。

 

  − どうしたら・・・いいんだ・・・! 

 

握り締めたこぶしは どこにも行くあてがない。

 

あの時。

抱きとめたぼろぼろの防護服姿が その暖か味をどんどん失っていったとき、

ジョ−は生まれて初めての恐怖を感じた。

自分の命よりも大切なものが もぎ取られてゆく・・・・

なににも代え難い存在を失うかもしれない、という恐れは 最強といわれたその身を

硬直させ、 こころは震え上がり悲鳴は声すらをも失った。

・・・・もう あんな想いは・・・二度としたくない・・・

 

きみがいてくれれば。 

生きて呼吸して 微笑んでいてくれれば。

それだけで十分なはず、なのだ。 

きみが欲しい、この腕にかき擁きめちゃくちゃになるまで愛したい・・・

でも

きみは・・・・いま、ソレをのぞんでいない・・・んだ・・・

噛み締めた唇から 重い吐息がもれた。

 

ジョ−は ありったけの意志の力でドアから我が身を引き剥がすと

一歩一歩床を踏みしめて 歩み去った。

 

 

平和な夜の帳のなか 二人のうえには重苦しい時間がのろのろと流れて行った。

 

 

Last updated: 10,28,2004.                back   /    index    /   next

 

 

*****  ひと言  *****

chapterが進む毎にだんだん長くなってしまってます〜(泣)

簡潔にぴりりと・・・が目標ですのに。 ううう・・・

さて。少しづつ事態は進展しています。一応原作設定です〜

ギルモア邸もそんなかんじ。ログハウスではありませんです。