< Part 3 遊戯 >
「 あの・・・・ もしかして、島村くん・・・? 」
「 ・・・は・・? 」
適当に料理を取り分けてきたプレ−トとオン・ザ・ロックのグラスに気を取られていたジョ−は
思いがけず後ろから呼びかけられ、一瞬ぎくりとしてしまった。
「 ・・・・そう、ですけど・・・ 」
こんな所に知り合いなどいるはずは ない。
自分へむけられた華やかな笑顔に ジョ−は訝しげな視線を当てた。
「 やっぱり! あら〜 覚えてない? 私、森山の家内です。 」
「 ・・・・ああ! レ−シング・チ−ムの・・コウイチ先輩の・・・! 」
「 思い出してくれた? 森山 理恵子です。 ・・・こんなところに どうして? 」
フランソワ−ズに付き合って しぶしぶやって来たパ−ティ会場。
華やかな色彩と賑やかな会話の溢れるその会場を一瞥すると 彼女はちょっと
笑って ジョ−をまじまじと見詰めた。
「 あ・・・いえ、ちょっと知り合いの付き合いで・・・。 森山さんこそ・・・? 」
「 ・・ふうん? アナタの彼女はバレリ−ナってわけか・・・へえ〜 」
「 え・・・彼女って、そんな・・・。 ぼく達はべつに・・・ あ・・・。」
「 ぼく達、ねえ? いいじゃない、素敵だわあ・・・。 島村君ってば走ってるころからそのテの
噂ってほとんどなかったものね。 本当はモテモテだったのよ、皆けん制し合ってけど。」
「 いやあ・・・ もうぼくは・・マシンから降りた人間だから。 」
外見は この先ずっとほとんど変わらない自分たち。
そんな身にとって 自分らの過去を知る人物はどうしても警戒し、避けてしまう。
<いつまでも変わらないね>で済まされる年月は そう長いものではない。
「 惜しいわ、まだまだ走れたのに・・・。 今は? 」
「 ああ、えっと・・・ フリ−のライタ−、かな。 やっぱり車関係ですけど。 」
「 そうなんだ・・・。 森山が知ったら喜ぶわよ。 」
「 はあ・・・。 ・・・それで、森山夫人、あなたはどうして・・? 」
「 あは、ごめんなさいね〜 アナタのことばっかり詮索して。
私、このバレエ団のオバサン向けの美容クラスに通ってるの。 中年太りを喰い止めるべく! 」
「 中年・・だなんて・・・。 え、じゃあ、ご存知ですか。 あの・・・ 」
「 ・・・え? ああ、ゴメン、やっと友達を見つけた! 島村くん、君に紹介したげるわ〜
お〜い・・・! ここよぉ〜 ・・・ 」
「 ・・・はあ・・・ 」
会場の中心に手をふる夫人と おなじ方向に少々当惑気味に視線をなげたジョ−が
みつけたものは・・・
− ・・・あれ??
眼を瞑っていてもわかる、慣れ親しんだ亜麻色の髪。
「 ・・・・モリヤマさん ・・・ こんばんは。 」
「 捜しちゃったわ、どこに居たの? あ、紹介するわね。 こちら・・・ 」
「 ・・・フランソワ−ズ・・・! 」
「 やだ・・・ ジョ−。 こんなところに居たの? え?紹介って・・・? 」
「 えええ?? 」
一瞬 真顔で見詰め合った3人は誰からともなくほぼ同時に笑いを弾けさせた。
そしてまた、皆はっとして周囲をながめたが賑やかな会場のざわめきに
すべては呑み込まれたようだった。
「 え〜! 知り合いなの、あなた達!? ・・・あ、そうか!島村君の彼女ってのは
フランソワ−ズだったのねぇ?」
「 理恵子さんったら・・・。 え、でもジョ−とお知り合いだってちっとも知りませんでしたわ。」
「 ああ・・・ そうよね。 島村君は主人の、森山の仕事での後輩。
彼が現役のころの、ね。 」
「 森山先輩の奥さんが きみの<素敵なともだち>だったなんて、本当に驚きだよ。 」
「 わあ・・・ 楽しい偶然ね。 ね、ジョ−、来てよかったでしょう? 」
「 あら? 」
「 もうね、さんざん渋るのをやっとこさ、引っ張って来ましたの。 」
「 ・・・あはは・・・ わかるわぁ〜 ウチのなんか行って来れば?ってきりだもの。
ま〜まるで畑ちがいだし、ね。 ふふ・・・こうゆう所って苦手でしょう? 」
「 え、ええ・・・ まあ。 」
「 ねえ、フランソワ−ズ? 彼はね、現役の花形レ−サ−の頃でさえ
パ−ティ−っていうといっつも<壁の花>を決め込んでいたのよ。 」
「 あら、そうなんですか? ・・・・・あ、ちょっとごめんなさい。 ジョ−、マダム・モリヤマの
お相手をお願いね。 」
彼女を捜しに来た、おそらく同じダンサ−仲間であろう若い女性に引っ張られるように
フランソワ−ズは会場の中心へ戻っていった。
「 お〜お・・・彼女は人気モノだから・・・。 島村くん、凄いじゃない? 」
「 いや・・・ そんな・・・ぼく達は・・・ 」
話の継ぎ穂を捜すことができず、ジョ−は所在なさげにグラスを傾ける。
それでも、自然と視線はしっかりとフランソワ−ズを追っている自分に気付いて苦笑した。
会場のメインのグル−プに呼ばれたフランソワ−ズを中心に 華やかな笑い声がわきたっている。
なにかいいことがあったのだろうか、人々に囲まれ頬を紅潮させて喜んでいる彼女を
ジョ−はちょっと複雑な想いで見遣っていた。
「 ・・・島村くんってば? 聞こえてるの? 」
「 ・・え、あ、・・・ああ! すみません、ぼんやりして・・・ 」
ぺこり、と頭をさげるジョ−に森山夫人は苦笑まじりに肩を竦めた。
「 まあったく・・・ はい、はい、ゴチソウサマ♪ 君は彼女が気になって
こんなオバサンの愚痴ばなしなんか上の空ってワケね〜 」
「 そ・・・そんなこと・・ない、ですよ。 」
「 いいって、無理しないで。 お世辞も社交辞令も下手クソなのが 島村くんの
トレ−ドマ−クだったものね。 」
「 ・・・・ すみません。 あ、そうだ、バイク! フランソワ−ズが言ってましたけど・・・
ナナハンに乗るって本当ですか? 」
「 あ〜ら、ばれてる? こう見えても結構体力あるのよ、私。
ふふ・・・ それでも苦労してライセンス取ったんだけど・・ 今はあんまり乗ってないの。 」
「 そうなんですか? 勿体無い・・・ どうして? 」
さあねえ?とすこし首を傾げると、森山夫人はうすく笑った。
揺れるショ−トカットの陰で 一瞬なにかが光ったようにジョ−には思えた。
「 ・・・ああ〜 ココは暑いわね! ちょっとテラスへ出てみない?
今夜は晴れてたから星がきれいよ、きっと・・・・ 」
「 ・・・あ、 はい・・・ 」
日中は近づく夏を感じさせる陽射しの強さだったが、夜気はまだその熱さを残してはいない。
冴えた夜空では 星たちが煌きの大河をかたち作りはじめていた。
「 ・・・あのう・・・ 」
「 え・・? 」
「 失礼かもしれませんが・・・その、なにかあったんですか・・? あ、つまり、そのう・・・ 」
自分の足許ばかり見詰めて口篭りつつ、とつとつと尋ねるジョ−に
森山夫人は振り返って ちょっと目を見張った。
「 ・・・え、あら・・・。 そんなに変わった? 私・・・ 」
「 変わったっていうか・・・・ あのう・・・ 具合でも悪かったのかなぁって。
あ、すいません、不躾ですよね。 女性に・・・そんなコト・・・・ 」
ジョ−の声は もうほとんど呟きに近くなっている。
「 は・・! だらしないわねえ、私ったら。 他人様に指摘されちゃうなんて・・・
・・・ふふ・・・ ウチの人と、森山とね、・・・ あんまり上手くいってないのよ・・・ 」
「 え・・!? コウイチ先輩と、ですか? あの・・・先輩が、なにか? 」
「 あ〜ら、 島村くん、君は森山がそんな男だと思ってるわけ? 他のオンナに手をだすとか? 」
「 い、いえ、その、そんな・・・。 違います、すいません、先輩はそんな人じゃない。 」
心地好い夜風を受けているのに汗びっしょりのジョ−に 森山夫人はたまらくなって吹きだした。
「 ・・・あは・・・! 島村くんって! 相変わらずねえ・・・・。
そうよ、違うわ。 あの人の問題じゃないわ。 ・・・・コレは私自身の問題なの。 」
「 ・・・ あなたの??? 」
夫人はすっと背筋を伸ばすと 視線を夜空に飛ばした。
その白い引き締まった横顔に ジョ−は思わず見入ってしまう。 目が・・・離れない。
「 私。 自分自身を買い被っていたみたい。 ・・・私って・・・そんなに価値があるヒトじゃ
なかったってわけ・・・。 ふふふ・・・馬鹿みたいでしょ・・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
二人の背後からは 熱気とともに華やかなざわめきが流れでてきている。
そろそろ 人の流れが大きくなってきてお開きも近いようだ。
「 ・・・・ ジョ− ・・・・? 」
頬を染めたままジョ−を捜しに来たフランソワ−ズの足取りが ぴたりと停まった。
そのストップ・モ−ションに・・・・身体と弾んだこころが一気に萎えた。
・・・・ ジョ− ・・・・ 理恵子サンと・・?
大きな瞳をさらにかっきりと見開き、まるで能力を使っている時のようにまじまじと見詰め。
どんなに 目を凝らしても、 ソコに居るのは少し離れて普通に談笑している友人同士。
寄り添っているわけでも、肩に手を掛けているわけでもない。
二人の間には 見た目にも十分な距離がある。
・・・でも。
− ・・・・ ジョ−・・・ どうして・・??
フランソワ−ズはカタカタ震えてきた自分の身体を必死で抱きしめた。
言葉が漏れないように きつくきつく唇を噛み締めた。
ジョ−の・・・気持ちが。 理恵子さんをすっぽりと包んでる・・・・
初夏の浅い夜を背景に こちらに背を向けた二人。
他愛もない会話に興じている、楽しんでいるだけの ごく普通の友人。
・・・でも。
フランソワ−ズにはそこに、そこだけに鮮やかなピン・スポットが当てられているのが見えた。
「 ・・・・疲れたのかい? 」
「 え・・・・、ううん・・・そんなこと、ないけど・・・ 」
街から海沿いの道へ車が入ったとき、ついにジョ−が口を開いた。
「 だって変だよ? さっきからず〜っと黙って。 気分でも悪いのかなって。
カクテルとかに悪酔いしたかい? 」
「 そんなんじゃないわ・・・。 ちょっと考え事をしていただけよ。 」
「 ・・・そう? それにしてもさ、偶然だったね。 あんな所で知り合いに逢うとは
思ってなかったし。 きみの友達ってのも・・・ なんかさ、楽しいよね。 」
「 ・・・ そう、ね・・・ 」
「 そういえば・・・ きみ、なにか良い事、あったんじゃない? 仕事? 」
「 え・・・ああ、そう・・・。 次の定期公演のハナシ。 」
「 ・・・・ ? 」
普段より彼が饒舌に思えるのは・・・気のせいだろうか。
妙に勘ぐっているのは 自分だけなんだろうか・・・。
だんだん滅入ってくる自分がイヤで フランソワ−ズはぷつり、と口を噤んでしまった。
「 なあ、 何かあったのかい? 」
「 ・・・・ 」
心配そうなジョ−に後ろめたい気もして、フランソワ−ズは俯いたまま首をふった。
「 いったい、どうしたって・・・ あ。 」
「 ?! 」
ジョ−の携帯が鳴った。
仲間内だけの < 緊急呼び出し >
「 ・・・・ アルベルトからだ。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−は ゆっくりと車を路肩に停めた。
対向車も後続車もない、辺鄙な道で二人は固唾を呑んで携帯の画面を見詰めた。
Last
updated: 10,10,2004.
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***** ひと言 *****
ネ−ミングに困り果てた結果、『 赤い靴 』編からの借用です〜 この女性とその旦那さん。
え、敵役じゃありません、彼女。 あんまりお題の<遊戯>っぽくない展開ですが、
まあ、そんなにシリアスじゃないってコトでご勘弁ください。<(_
_)> さて、ハナシは??