Part. 12  帰還 >

 

 

 

 

 − ・・・ああ。 春の香りがするわ・・・。

開け放った窓辺で フランソワ−ズはおおきく息を吸い込んだ。

空は相変わらずひくく灰色にたれ込め ひんやりと重たい大気が澱んでいるのだが

その奥底には ほのかな甘さが感じられる。

だれにも気がつかれなくても 自然はちゃんとその歩みをすすめているのだ。

 

 − わたしも。 ・・・・ね?

 

見慣れた街並みに 遠くに望める森に そして 空に。

フランソワ−ズは もう一度微笑みをこめて視線をめぐらした。

 

「 ・・・いいかい。 あ? 寒くないのか、窓なんか開けて。 」

軽いノックとともにジャンが戸口に顔をのぞかせた。

「 お兄さん。 どうぞ 」

「 坊主が風邪引くぞ。 ああ、よく寝てる・・・ 」

「 うん、いま<夜>なのよ、イワンにとっては。 」

「 不思議な赤ん坊だなあ・・・  ほんとに、この坊がお前とアイツの子供だったら・・せめて・・」

「 ・・・ これでいいのよ、お兄さん。 」

「 ・・・ そうか、そうだな・・・ 」

兄妹は 穏やかな微笑みを交わした。

「 やっぱり、行くのか。 」

「 うん。 」

「 そうか。 お前がそう決めたのなら、オレは反対はしない。 ただ、自分で決めた以上は

 死に物狂いでがんばるんだ。 ・・・もう、泣いて帰ってきても、ココにはいれないぞ? 」

「 ・・・ 厳しいのね。 ええ、大丈夫。 わたし、わたし達、約束したんだもの。 」

「 そうだな・・・。 」

「 ・・・ ええ。 」

兄と妹は言葉少なく、でも深い眼差しをかわし静かに微笑みあった。

「 シャルル・ドゴ−ルまで送って行くから。 」

「 ありがとう、お兄さん。 ・・・ もうすぐ 春が来るわね! 」

「 ・・・ああ。 お前の、お前たちのところにもきっと、な。 」

兄は妹の肩を抱いて 妹は兄の背に腕をまわして 頬にキスを落とした。

「 さあ、 行こう。 」

 

 

 

 

手を取り合い目をつぶって念じていた二人に ほぼ同時に切れ切れだが

間違いなく仲間たちからの脳波通信が 届き始めた。

「 みんな・・・ 聞こえるよ! ・・・え?うん・・なんだって・・・? 」

「 しっ・・・ わたしが聞くわ。 」

フランソワ−ズはジョ−の手を離し、すっと背筋をのばすと音を拾うことに集中する。

そこにはいるのは不安な目をした女の子ではなく、ジョ−の最も大切な戦友003だった。

 

「 ・・・わかったわ。 お願い。 」

「 なにか起こったのかい? 」

ひくく呟いた彼女にジョ−は気遣わしげな視線を送る。

「 イワンがね、戻った方がいいって。 皆でわたし達を呼び戻すからこちらからも

 みんなのことを強く思ってほしいそうよ。 」

「 そうか。 イワンがそう言うなら間違いはないね。 とにかく二人で戻ろう。

「 ええ。 」

再び手を取り合うとほとんど同時に 二人は何かに強く包み込まれる感覚におそわれ、

次の瞬間、赤い服の二人は霧に囲まれた亜時空間から忽然と消えた。

 

 

「 ありがとう、みんな来てくれて。 」

「 当り前だろう。 コレは前のミッションの続きだ。 」

「 しっかしなあ! 意志の力で<飛ばせる>のは初めてだぜ。 」

イワンの許に集まっていたメンバ−達は 目を丸くして自分達の前に現れた二人を囲んだ。

「 すごい体験だろ? ・・・あれ、001は? また寝ちゃったのかい? 」

「 まさか。 君達を引っ張るとすぐに研究室に飛んだよ。 例のクスリのことらしい。 

 明日、僕は日本にゆくよ。 ちょっと手伝ってくる。 」

白い歯をのぞかせ、ピュンマはかるくウィンクを送ってよこした。

「 ・・・そうか。 なんとか実物が手に入らないかなあ。 そうすれば・・・ 」

「 うん・・・かなり巧妙な手口らしいね。 密かにクスリを手渡しておいて

 周囲が気付いた頃には<別人のよう>になってる。 」

「 − つまり 入れ替わっているってことか。 」

アルベルトが忌々しげに 呟いた。

「 そうなの。 姿かたちは、見た目は全然かわらないの、本人そのものよ。

 ・・・でもね。 なにかが・・・そう、雰囲気っていうのかしら、それが微妙にちがうの。

 理屈では言えないわ、肌でつたわる感覚みたいな・・・ 」

「 ふん。 ごく親しい人間にしかわからんわけだな。 えらく手のこんだやり口だ。 」

「 彼らはコトを表沙汰にしたくないんだ。 極秘裏に進めているからね。 」

とにかく、設備の整った本拠地 − ギルモア研究所 − に戻ろう、という結論になった。

こちらも 目立たぬようにごく自然に動く必要がある。

「 ・・・じゃあ、ぼくも日本へ帰る。 グレ−トの後くらいがいいかな。 」

「 おっと。 坊や、おぬしはココで芝居を打ち上げてからにして頂きたいな。 」

「 芝居? 」

にやにやしているグレ−トに ジョ−は何の事か皆目見当がつかない。

「 姫君の兄上から承ったぞ? えらい大根ぶりだったそうだな、<浮気亭主>くん。

 台詞は棒読みだわ、忘れるわ・・・ ちょいと我輩が演技指導をしよう? 」

「 浮気亭主って・・・?   ・・・・・あ ・・・ 」

怪訝な顔を一転 ぱっと朱に染めたジョ−を皆が笑った。

「 ・・・・ ま、とにかく、後始末してから来い。 責任はとらなくてはなあ? くくく・・・ 」

「 アルベルトまで・・・ひどいよ。 」

ジョ−をサカナに皆がそんな軽口を叩けることを楽しんでいた。

 

 

ここは不思議な街だ、とジョ−は口のなかでつぶやいた。

他人にはひどく冷淡で無関心な顔をよそおって それでいて懐深く誰でも迎え入れる。

そんなアンバランスさがこの街 − PARIS − の魅力なのだろう。

ラフだがそれぞれが、ぴったりと自分にあった装いで行き交う学生達の集う街の一角を

ジョ−も留学生然として 闊歩していた。

 

 − 若者が集まる場所なら、もしかしたら。 大抵の新しい流行の発信地だし・・

 

モノの直接の売買が頻繁に、しかしおおっぴらでなく横行している街は?と聞かれたジャンは

さんざ首をひねった末に、う〜ん?と考え考え教えてくれた。

この寒いのにオ−プン・カフェに屯する学生たちは?

道端で熱心に話しこんでいるカップルは もしや値段の交渉をしているのか?

・・・だめだ・・そんな疑心暗鬼になっては目つきが違ってきてしまう・・・

ついついキツイ視線を向けてしまう自分を ジョ−は宥めようとわざとゆったりと歩く。

 

「 けっこうよ! 煙草は吸わないの。 ・・・しつこいわね! 」

軒を連ねたビストロの間、狭い路地から東洋系の女性が飛び出してきた。

「 離して! 大声をあげるわよ! 」

かなり勢い込んで捕まれている手をふりはらった彼女は 反動でバランスをくずした。

咄嗟に脚を速め ジョ−はその女性の身体を支えた。

「 ・・・おっと。 大丈夫ですか。 」

「 ! ・・あ、ああ・・・ ありがとうございます。 酔っ払いかしら、絡まれて・・・ 」

「 いいえ・・・ なにか盗られたりしませんでしたか? 」

「 ・・・ 島村くん・・?!

「 え・・・? ・・・あ、理恵子さん・・・ 」

ジョ−に支えられたまま まじまじと顔を見詰めていた彼女は信じられない面持ちで呟いた。

 

「 ええ。 こちらの短期大学に留学したの。 うふふ・・オバサン・留学生よ? 」

「 そうなんですか・・・ 専攻はなにを? 」

「 服飾、というより布、繊維、かしら。 ・・・私、絶対不燃の生地を開発したいの。

 もっと高性能なレ−シング・ス−ツを作りたい。 事故にあっても・・・二次的なコトで命を

 落とさずにすむように。 」

「 ・・・理恵子さん。 」

「 そんな顔、しないで? 私、燃えてるのよ、こんな充実した日々は久振りだわ。 」

ショ−ト・カットの黒髪をゆらし、熱心に語る理恵子夫人を ジョ−はとても綺麗だ、と思った。

こころの奥底に畳み込んだ想いがちら、と甦りジョ−はあわてて話題を継いだ。

「 よかったですね。 お元気そうで・・・きっと森山先輩も喜んでますよ。 」

「 ええ。 私もそう思うわ。 不思議ね・・・今のほうが何倍も主人を身近に感じるの。

 ふふふ・・・私の気のせいかも知れないけど・・・ 」

「 そんなこと。 ちゃんと先輩は理恵子さんのこと・・・見守ってます。 ええ、きっと。 」

「 ・・・ありがとう。 ・・・あら、島村君はどうして? やっぱり留学? 」

「 いえ・・・あの、あ〜 今こっちで暮らして・・・ 」

「 ? ・・・あ、ああ! そうか、やっとフランソワ−ズと一緒になったのね! それでこっちに・・・

 よかったわあ〜〜 おめでとう! 」

「 ・・・いや ・・・ その、おめでとうってあの・・・ 」

口下手なジョ−にこの縺れた誤解をきちんと解きほぐす自信など、ない。

仕方なくもじもじと赤くなっていると 理恵子夫人は新婚サンの照れと好意的に解釈したようだった。

 

「 そういえば、さっき・・・この辺りって結構物騒なんですね。 」

「 う〜ん・・・そうでも無いはずなんだけど・・・。 このごろ急にね。 すごい煙草があるとか

 グッド・トリップできるとか言ってくるヤカラが増えて。 ・・・ 私、その類は絶対に御断りだから! 」

「 なにか見せましたか? あの連中・・・ そういう煙草っぽいものとか。 」

理恵子夫人の語気の強さに ジョ−はなにか引っ掛かるものを感じていた。

「 ううん。 でも、わかるのよ。 どこでも同じだもの、ああいう連中の手口は。 」

「 ・・・ どこでも? 」

今度こそジョ−は真顔になって彼女を正面から見詰めた。

 

 

 

「 ・・・ほら、 これよ。 」

理恵子夫人はジョ−の前に封をまだ切っていない煙草を一個、持って来た。

実は以前、日本でも同じ経験があって、と言い夫人は時間があるなら自分のアパルトマンに

ちょっと寄って欲しい、とジョ−に頼んだのだ。

「 拝見します。 」

その一見なんの変哲もないパッケ−ジを ジョ−は慎重に手にとった。

「 ちょうど、森山の葬儀なんかがひと段落ついたころだったわ。 あの、ドライバ−が・・・

 あの時森山が押しのけて代わったヒトよ、彼が尋ねてきたの。 」

「 先輩が<別人のようだ>と言っていたヒトですね? 」

ええ、と夫人は頷いて少し言葉が途切れた。

「 ・・・すみません! 辛いこと、思い出させて・・・ 」

「 ううん・・ちがうの、ごめんなさい。 なんか森山が島村君に伝えてくれって言っているみたいな

 気がして・・・うれしかったのよ。 」

「 きっと、そうです。 」

理恵子夫人の頬が淡く染まり、やわらかな微笑みが浮かんだ。

「 その彼がこの煙草を<お詫び>と称して持って来たの。 疲労回復には抜群だから、とか・・・

 一応受け取ったけど、私吸わないでしょ? その場で封を切って試さない私に

 彼はなんか苛立たしげな顔をしていたわ。 」

「 疲労回復、ですか・・・ 」

「 結構しつこくいろいろ言ってたけど、私が興味を示さなかったのでヤツは戦法を変えたの!」

「 ? 」

夫人は急に語気が荒くなり、眉を吊り上げた。 

「 淋しいだろう、とか心細いだろう、とか言い出して。 なにコイツ?って私が黙ってたら・・・

 いきなり抱きついてきたのよっ 」

「 ・・・そ・・・それで・・・ 」

「 引っ叩いてやったわ! ふふんっ オンナの細腕って甘くみてたんでしょ、でも私ってかなりの力持ち

 だから。 ヤツはよろめいて柱に頭ぶつけて・・・ほうほうの態で逃げ帰ったわ。 ふん! 」

理恵子夫人はナナハン( 大型バイク )のライセンスを持つ。 

あの重量級のマシンを操るには かなりの腕力と運動神経が必要なのだ。

「 ぷっ・・・ い、いや・・どうも失礼。 ・・・イッパツ喰らわなくてよかった・・・ 」

思わず吹き出してしまったジョ−は あわてて謝った。

「 ジョ−君ったら・・・。 ・・・えっと・・・ああ、それでね。アイツはこの煙草を忘れていったわけよ。」

 

問題の煙草らしきモノを預かってジョ−は 夫人のアパルトマンを辞去した。

二人は穏やかな微笑みをかわし 握手をした。

「 ・・・島村君? 」

「 はい? 」

「 フランソワ−ズと仲良く、ね? 素敵な家庭をつくって・・・ 」

「 ・・・は、はあ・・・ か、彼女はまだコドモだから・・・ 」

また赤くなってもごもごと口篭るジョ−に、夫人は背伸びして彼の耳元にささやいた。

「 そのコドモを<オンナ>にするのが あなたの役目でしょ。  頑張って♪ 」

 

 

 

「 これなんだけど・・・ 見て、どう? 」

フランソワ−ズは手渡された煙草を ゆっくりと見詰めた。

「 ・・・・・ 見かけは・・・ごく普通のシガ−ね。 中味・・・う〜ん・・・ 含まれている成分

 まではわからないから・・・。 解きほぐしても見た目に特別なところはないわ。 」

「 ・・・そうか。 そう簡単にシッポは掴ませないってわけだね。 コレは研究所へ送ってイワンに

 分析を頼むしかないな。」

まさか、試してみるわけにもゆかないしね、とジョ−は苦笑した。

グレ−ト曰く<芝居を打ち上げる>ために、ジョ−はアルヌ−ル兄妹の部屋に滞在していた。

・・・もっとも彼のベッドは リビングのソファだったけれども。

ジャンは外では渋い顔をしながらも、<妹一家>の訪問を喜んでいる兄を演じていた。

 

「 あ・・・違うかもしれないけれど。 そのクスリって・・・多分。よくいうでしょ、エクスタシ−系って

 いうのかしら。 だめって自分で思うけど、ぐいぐい惹かれてしまうの。 」

「 フランソワ−ズ、きみ・・・? 」

「 ・・・あのね、フィルが・・・ 」

俯いて言葉を止切らせたフランソワ−ズに ジョ−は眉を寄せた。

「 ねえ、聞いてもいい? きみとフィリップって。 どういう付き合いだったの。

 お兄さんが楽しそうに会っていたよ、って言ってたけど・・・ 」

「 ・・・フィルと? え・・・お茶したりお食事にいったりしたわ。 普通の御友達よ。 

 あの・・・そうね、キスもしたわ・・・ でも! ジョ−、聞いて! 」

すっと視線を逸らせソファで脚を組み替えたジョ−の正面に、フランソワ−ズは立つ。

「 ちゃんと聞いて、ジョ−。 彼は、本当の彼は一度はわたしを<むこう>へ誘ったの。

 多分・・・あのキスでクスリを使おうとしたんだわ。 でもね! 彼はそうしなかった・・・ 」

「 ・・・フランソワ−ズ・・・ 」

「 本当のフィリップは わたしを連れてゆこうとはしなかったのよ。

 そのために・・・<消されて>しまったわ・・・ 」

「 わかった。 正直に話してくれて・・・ありがとう。 」

ジョ−は自分の前に立ち 真正面からかっきりと見詰める青い瞳を眩しげに見上げた。

「 ごめん・・・バカなこと、聞いて。 なんか自分のこと、棚に上げて調子いいって思うだろ・・・

 でも、でもな。 ぼくは絶対にきみを・・・失くしたくないんだ。 

 この前、戦闘できみを失うかと思ったあの恐怖は ・・・ もう二度と味わいたくない。 」

それはごく普通の声音で穏やかな調子だったが 一言一言にジョ−の想いのありったけが

込められていた。

「 ジョ−・・・ 」

フランソワ−ズは ごく自然に彼の前に膝をつき ジョ−のほほに両手を差し伸べた。

「 わたし。 どこにもゆかないわ。 ・・・ほら、トワイライト・ゾ−ンであなたは約束してくれた・・・

 どんな事があっても・・・わたしの許に還ってきてくれるでしょう? 

 だから。 わたし、信じるわ、そして誓うわ。  あなたを ・・ 愛してます。 」

「 ・・・ フランソワ−ズ 」

ジョ−の腕がフランソワ−ズの細い肩を引き寄せ、背に回り、そのしなやかな身体を抱え込む。

「 ・・・だめよ・・・ 兄が・・もうすぐ 帰ってくるわ・・・ 」

「 まだ 早いよ? ・・・ねえ・・? 」

「 ・・・ジョ・・・− ・・・  あ・・・ 」

 

≪ 悪いけど。 ちょっとお邪魔させてもらうよ ≫

 

二人の脳裏に甲高い赤ん坊の声が響いたと思うと 次の瞬間ソファの脇に見慣れた

揺りかごが登場した。

 

「「 ・・・ イワン・・・!! 」」

 

≪ ああ、これ。 ありがとう、助かるな・・・ ≫

あわてて身づくろいをする二人を尻目に、イワンはあの煙草をふわふわと手許に持って来た。

≪ これを分析すれば より完璧な解毒剤ができるよ ≫

「 解毒剤? 」

まだ顔を赤らめているジョ−の問いに 赤ん坊は澄まして答える。

≪ ジョ−。 口紅がついているよ? ・・・そう、あのクスリの解毒剤さ。

 向こうが極秘裏ならこちらも同じこと。 コトを荒立てないように・・・密かに混入させる。≫

「 直接<向こう>の基地を叩く方が早道じゃないかな? 」

≪ それもアルベルトたちと検討したけどね。 勝手がよくわからない亜時空間でコトを構えるのは 

 こちらに不利だよ。 向こうさんは自分達の存在を極力嗅ぎ付けられたくないらしいし。 ≫

「 そうか。 ちょっとちがうけど・・目には目をってわけだね。 」

≪ そういうこと。 じゃあ、研究所でピュンマが待ってるから。 ああ、今日ジャンさんは

 帰りが遅くなるはずだから ごゆっくり ド−ゾ♪ ≫

 

皮肉なのか親切なのか・・・微妙な発言を残し、例の煙草とともに揺りかごは再び忽然と消えた。

「 ・・・なにが ごゆっくり、だよ・・・ 」

「 ふふふ。 とんだお邪魔ムシね? 」 

「 ああ、まったく! ・・・ね?お兄さんは遅いそうだから・・・ 」

また絡んできたジョ−の腕から フランソワ−ズはするりと抜け出した。

「 あら。 イワンが言ったでしょ? ミッションはまだ続いてるし、また<向こう>に行くことになるわ。 

 だ・か・ら。 今夜はいい子で早めに休みましょ。 じゃ・・・おやすみなさい、ジョ− 」

蕩ける微笑をうかべ、彼の頬にさっとキスを落とすとフランソワ−ズはあっという間に出て行った。

「 ・・・ ちぇ・・・・! 」

まだ春遠い夜、急に冷え込んできたパリのアパルトマンで ジョ−はひとり悪態をついていた・・・。

 

 

 

≪ ・・・・ さあ、みんないるよね? ≫

相変わらず濃い霧に囲まれた空間で 全員のあたまにイワンの声が響いた。

無言の頷き、うめき声にちかいもの。 ごく単純なもの・・・

それぞれの個性そのままの聞きなれた答えがつぎつぎとかえって来る。

赤い服を纏った8人が 揺りかごを取り囲んで集まった。

 

「 さあ、これでどうする? 」

 

ぐるりと周囲に警戒の目をめぐらせ、アルベルトがひくく呟く。

≪ ジョ−が預かった煙草を分析して より完全な解毒剤をつくったよ。

 コレをわからなにように原料に加えてしまえば 出来上がるのはただの普通の煙草さ。≫

揺りかごの中で イワンは得意げにちっちゃな鼻をくんくん鳴らしてみせた。

「 こっちも向こうサンの手口に乗って、被害を食い止めるっていう寸法さ。 それだけに

 コトは慎重に、極秘に運ばなければならいんだ。 」

イワンの手伝いをしていたピュンマが 防護服のポケットから密封された小さな瓶を取り出した。

「 あいや〜? これっぽっちで足りるアルか? 大鍋に耳掻き一杯〜の感じアルよ〜 」

ピュンマの掌に乗った小瓶を張大人が 心配げに覗き込んだ。

「 大丈夫。 コレを加えると原料の組織そのものが変化してね、新しく入ってくるものにも

 影響を及ぼし続けるんだ。 」

「 ほ〜う・・・ ビ−ルや酒の酵母菌みたいなものだな? 」

≪ そう思ってもらってイイヨ ≫

「 それで俺らの役割は? 極秘ってなら全員でぞろぞろ行ったらヤバいんだろ? 」

「 当然だ。 中枢に侵入し作業をするのは・・・ ひとりでいい。 」

「 だれ・・・ 」

 

「 ぼくが 行く 」

 

ジェットの言葉に被り、ジョ−の落ち着いた声が響いた。

今回は事後承諾じゃないよね、とジョ−が小さく笑う。

それは もう言いっこなしでしょう、とフランソワ−ズが苦笑する。

みなの目がフランソワ−ズに向けられた。

 

「 ジョ−。 行っていいわ。 」

 

澄んだ声音が よどみなくはっきりと応える。

二つの穏やかな声を聞き、 メンバ−達はとても自然に成り行きを受け入れた。 

二人の決定について余計な口を挟むものは いない。

 

「 O.K.  あとのモノは陽動作戦だね。 それもなるべく派手に、ね。」

「 主役以外の諸君は、場を守り立てるのが務めというもの。 我輩は名脇役に徹しよう。 」

「 派手なパフォ−マンスは任せとけって! 」

≪ ジョ−。 いいんだね? ≫

イワンの問いに ジョ−は無言で頷く。

≪ みんなは、作戦後に僕が<送る>よ。 キミは<仕事>が終わったら強く

 僕らの事を念じて欲しい。 なにか・・・こちらのキ−になるものを持って行くといいよ。

 それを頼りに僕がひっぱるから。 ≫

「 わかった。 キ−になるもの・・・??  」

「 ジョ−! 受け取って! 」

「 ・・・ わっ ・・・! 」

いきなり目の前に放られたス−パ−ガンを ジョ−は慌てて掴んだ。

「 言っとくけど。 それ、貸しただけよ?  わたしの手首が完治するまで。 」

「 おっけ。 預かっといてやるよ? 」

「 お願いね。 ・・・あと少しで治るんだから! 」

「 d'accord! ( 了解 ) 」

 

手を握ることはおろか、指1本触れ合う事もなく。

ジョ−とフランソワ−ズは互いに近寄りもせず、ただ目と目を合わせ微笑みあう。

 

・・・ それで 充分だった。

 

ジョ−はくるりと背を向けると、そのままイワンに指示された空間に消えた。

 

 

彼を見送ると、メンバ−たちはやはり無言のまま頷きあいイワンを中心に集まった。

≪ じゃあ、みんなも頼むね? ≫

次の瞬間 赤い服の集団は消え去った。

 

 

 ・・・ ジョ−  あいしてるわ ・・・・

 

 

途切れがちになる意識の中で 全員のこころに小さな呟きが・・・伝わった。

 

 

 

・・・あ?

 

フランソワ−ズは 見慣れた自室の壁を見詰めている自分に気がついた。

ほんの瞬きをするだけの時間だったような気がした・・・

あらあら・・・

腕のなかで もぞもぞ動く赤ん坊を慌てて抱えなおす。

 

ジョ−。 愛してるわ。

 

もう一度、彼女は小声で呟いた。

 

あなたは きっと還って来る。

必ずわたしの許に もどってくる。

 

そう。 そして わたし達のあたらしい日々がはじまるの。 

 

  − そうよ、 それから。 

 

 

パリの古ぼけたアパルトマンの一室で フランソワ−ズはひとり穏やかに微笑んだ。

 

 

******    Fin.    *****

 

Last updated:  01,03,2005.                  back    /    index    /    atogaki