<Part 11.
約束 >
・・・フランソワ−ズ ・・・・ フランソワ−ズ ・・・?
誰かが自分を呼んでいる。
だれ・・・? お兄ちゃん・・・ ううん ・・・ ジョ− ? ・・・ ちがう ・・・・
ゆっくりと重い瞼を明ければ、そこには一面乳白色の霧が立ち込めていた。
身体は動かさずに<眼>のスイッチをいれる。
・・・ あら ?
どんなにレンジを広げ精度を上げても003の瞳にうつるのは やはり霧の海だけだった。
「 ・・・ あ ・・・ わたし ・・・ 」
焦る気持ちをおさえ、フランソワ−ズはたった今、気付いた風に身じろぎをした。
「 ・・・ やあ、気が付いた? ごめんね、手荒な方法をつかって・・・ 」
穏やかな声音とともに 見覚えのある青い瞳が心配そうに覗き込んで来た。
「 ・・・・ ? ・・・フィル! フィリップ! 」
「 気分はどう? また会えて嬉しいよ。 ・・・きみもいろいろ大変なんだね。 」
「 ・・・え、ええ。 ここは・・・どこ? すごく静かね。 なんの音もしない・・・ 」
慎重に周囲を探索しながら フランスワ−ズはゆっくりと身を起こした。
やはり なにも<見え>ず<聞こえ>ない。
何もない、というより霧の壁でシ−ルドされているのかもしれない。
「 覚えてない? ここはトワイライト・ゾ−ン。 ・・・君と初めてあった場所さ。 」
「 なぜ? ・・・どうしてわたしを連れてきたの。 あんな無茶なやり方で・・・ 」
「 きみが! フランソワ−ズ、きみが泣いていたから。 君が幸せじゃなかったからだよ。 」
「 幸せ・・・? ・・・あなたに何がわかるの!勝手にこんなところに連れてきて・・・
帰して。 お願いだからわたしを もとの世界にかえしてちょうだい・・・ 」
「 それは・・・できない。 君が家族に、子供とあの青年に会いたいなら・・・彼らを連れてくる。」
「 そんなことだめよ! わたしを帰して。 お願いよ・・・ 」
フランソワ−ズの身を横たえていたソファのような家具の脇に フィリップは静かに膝をついた。
差し伸べられた掌に両の手を預けならがらも、フランソワ−ズの感性はぴりぴりと警告を発する。
− 温かい・・・けど。 でも。
ちがう。 これは・・・彼の、フィルの掌では・・・ない。
「 君は<向こう>で 幸せかい? ・・・正直に言って・・・ 」
「 フィル・・・ わたし・・・・ 」
「 いいんだ、言いたくないよね。ごめん、知ってるんだ。 故郷を離れて遠くの国で結婚して・・
不実な夫に耐えかねて帰ってきたんだってね。 赤ん坊もいるのに・・・」
「 ・・・ フィル? 」
やはり。 十分予測していたことだが、こころの何処かでは否定していた、いや、したかった・・・。
フランソワ−ズはそっと目を閉じた。
そう、以前にここで出会ったときも。 故郷の街で唇をあわせた時も。
穏やかな彼の瞳は いつもその陰に哀しみを潜めていた。
あの・・・哀しみが いまここにいるフィリップからは感じることができなかった。
「 だから、こっちで・・・暮らそう、その・・・一緒に。 」
「 フィリップ・・・ 」
「 きみは むこう側にいるべきヒトじゃあ ないんだ。 あんなヤツは捨ててしまえよ。
きみに涙は似合わない。 いつも微笑んでいて欲しいな。 」
「 フィル。 」
フランソワ−ズはソファにしゃんと起き上がり 背筋をまっすぐに伸ばし
フィリップを真正面から 見詰めた。
「 フィリップ。 ・・・あなた、誰? 」
「 なに言ってるんだ? しっかりしてくれよ! 僕は・・・ 」
「 ちがうもの! あなた、わたしの知ってるフィルじゃないわ。 ・・・ あなたは 誰?!
本物のフィルはどうしたの?! 」
一瞬まばたきをして見詰めてきた彼から なにか見えないモノが剥がれ落ちた。
仮面が落ち、目の前にいる人物はフィリップとは全く別のニンゲンになっていた。
マスカレ−ドは終わって 本来の姿が現れたんだ、とフランソワ−ズは直感した。
なにかわからないものが ひやりと気持ちを逆撫でしてゆく。
「 ・・・・・・ へえ? 判ったんだ? でも僕がフィリップだってのは事実さ。
君に会いに行ったヤツには 消えてしまった、とでも言わせて欲しいな。
だ・か・ら。 今はこの僕が正真正銘の<フィリップ>ってわけ。 」
「 消したのね・・・・! 」
フィリップの頬に浮かんだ薄い微笑が 背筋にぞくり、とイヤな冷たさを落とす。
「 とにかく、君にはこちらに居てもらうよ。 そのほうが幸せに決まっている。」
「 ・・・幸せって・・・。 他人の幸せなんてどうしてわかるの! 勝手に決めないで。 」
「 誰だって幸せになりたいんだ。 そのために努力して何が悪い? 」
「 努力? ちがうわ! あなた達は・・・目的のためには手段を選ばないだけよ。 」
≪ ・・・・ フ・・ランソワ ・・−ズ? もうす・・ぐ そこへ ・・ 行く ・・ ≫
「 ・・・( イワン! ) ・・・ 」
突然、切れ切れのテレパシ−がフランソワ−ズの心に飛び込んできた。
≪ そこ・・に・・は 脳波 ・・通信・・・ ダメ みたい・・なにか 壁・・ ≫
徐々にはっきりとしてくるイワンのメッセ−ジに、フランソワ−ズははっとなった。
壁。 そうか・・・! なにも見えない・聞こえないのは この霧の壁のせいなのだ。
どうやら この中ではサイボ−グ機能は働かないらしい。
「 ・・・イワン! 来ちゃだめよっ!! もどって・・・!! 」
≪ ・・・・?! ・・・・ 了解 ・・・ じゃア、荷物をおとすヨ ・・・ ≫
「 荷物? 」
突如叫びだしたフランソワ−ズにフィリップが警戒の色を強めたその途端・・・
「 ・・・?! ジョ− !!! 」
どさり、と唐突にジョ−が空間に押し出され フランソワ−ズの足許に落ちてきた。
「 ・・ぅ・・・う・・。 ・・あ、ああ! フラソソワ−ズ ! 」
「 ジョ−! 」
「 ・・・おっと。 そこまでだ、お二人さん。 感動の再会場面を邪魔して申しわけないけど。 」
蹲るジョ−に フィリップは薄く笑った。
彼の銃はその照準を フランソワ−ズにぴたりと合わせている。
「 コレは預かるから。 ここからは出られないよ。 」
ホルスタ−からジョ−のス−パ−ガンを抜き取り、フィリップは二人の腕を拘束した。
「 ・・・さあせいぜい再会を楽しむんだな。 ふん、夫婦喧嘩の続きでもやる気かい。 」
フィリップの背後の霧がゆらり、と路をあけ彼はその空間から姿を消した。
「 ・・・フランソワ−ズ? 大丈夫かい? 」
「 ええ、あなたは? イワンが飛ばしてくれたのね?」
「 うん。 イワンがエンジンでぼくが・・・ぼくの念がナビゲ−タ−さ。 」
「 念? 」
「 ・・・きみのこと。 きみの側に行きたいって強く願ったんだ・・・ 」
「 ・・・そう。 」
チュ−ブ状の不思議な拘束具は 二人を後ろ手同士に繋いでいる。
顔は見えなくても 声とわずかに触れ合う指先からお互いの気持ちが伝わってきた。
− 温かい・・・ ああ、こころが熱くなるわ。 そうよ、これがホンモノ・・・
にじんで来た涙の熱さが 心地好い。
フランソワ−ズは ぷるんと頭を振り涙を散らばせた。
とにかく。 今はここから脱出しなければならない。
「 フランソワ−ズ? この中ではサイボ−グとしての機能は働かないといったね? 」
「 ええ。 わたし、なにも<見え>ないし<聞こえ>ないもの。 それに・・・ ・・・・ ね?
脳波通信もだめでしょう? 」
「 ・・・ああ。 ってことは、普通になら十分動けるってことだな。 」
「 普通に ・・・? 」
「 いいかい、よく聞いて。 次にアイツが現れたら・・・ 」
≪ ジャンさん! ≫
「 ・・・? ・・・ わッ!!! 」
いきなり自分の腕のなかにふわりと赤ん坊が現れた。
ジャンは その小さな身体をあわてて抱きしめた。
「 ・・・ああ・・・ 君か。 どうした? 妹とアイツに何かあったのか!? 」
≪ ・・・・うん・・・ あ、ダメだ・・・ パワ−が・・・≫
ほわ・・とちいさなアクビをもらし、赤ん坊は眠たげにつぶやく。
≪ ちょっと・・・眠るね。 大丈夫・・・ジョ−を・・・飛ばした・・・フランソ・・・ワ−ズのそば・・・
ボクは ・・・ 行って帰って・・・ 来た ・・・ ≫
もぞもぞっと身体を丸めると イワンはすぐに穏やかな寝息を立て始めた。
「 ・・・おい? 大丈夫・・・だな? 」
ジャンは呆れ顔でその寝顔をのぞきこんだ。
「 すげえ赤ん坊だなあ・・・ キミはテレポ−トのタッチ&ゴ−をやってのけたのか・・・」
ソファの横に置いてあった揺りかごにイワンを寝かせジャンはしばし赤ん坊の寝顔に見入っていた。
無心に眠る銀髪のその姿は どこにでもいる普通の赤ん坊となんにも変わるところなど、ない。
「 なあ。 キミが本当に妹とアイツの子供で・・・ 時に夫婦喧嘩の挙句に里帰りしてきたり
・・・そんな夢を見てはいけないのかな。 なあ、坊主・・・? 」
兄妹の部屋に差し込む淡い日差しが 冬の訪れを告げていた。
霧の一部がぐらり、と揺れた。
「 来た! 行くよッ 」
二人はその開かれ始めた空間にむかって突進し 同時に身を投げ出した。
「 ・・・わっ ・・・ なんだっ?! わぁ! 」
現れたフィリップにぶつかりなぎ倒し、外へ転がり出た瞬間ジョ−は加速装置を作動させた。
・・・くっ・・!
拘束されている手首がよじれ、引き摺られているフランソワ−ズの身体が宙に浮いた。
その反動を使ってジョ−はさらに自分の手首を捻った。
くそ・・・!拘束具が食い込み、ゆっくりと亀裂が走り出しやがて破片となって散りだす。
落下してきたフランソワ−ズの身体に腕を差し伸べ ジョ−は加速を解いた。
彼女を下ろすと、倒れているフィリップの手からス−パ−ガンを取り戻した。
「 さあ? これで立場は逆転したよね? 」
ジョ−はフランソワ−ズの腕から取り外した拘束具でフィリップの手を縛った。
「 ここに入って居てもらうよ。 さあ、ぼくらは皆を呼ぼう。 」
「 呼ぶってどうやって? 」
「 ぼくがここに来た方法と同じさ。 二人で念じて・・・ あ・・・きみ、手首? 」
そっとさすっていた手首を ジョ−に目ざとく見つけられフランソワ−ズはあわてて手を隠した。
「 あら・・・なんでもないわ。 ちょっとね、さっき擦れただけよ。 」
「 ・・・コレが擦れただけ、かい? 」
ぱっと捕みだした手首は既に赤く腫れあがり始めていて、ジョ−は眉を顰めた。
「 なにか・・・補強するものは・・・ ああ、そうだ! 」
「 ジョ−、大丈夫だってば・・・あ、つっ・・・! 」
ジョ−の大きな手で捕まれ、フランソワ−ズは思わずちいさく悲鳴を洩らした。
「 ごめん。 あんな状態で負荷をかけたら・・・
もう少しできみの手首をねじ切ってしまうところだった・・」
「 ごめんなさい。 できるだけあの拘束具に力を掛けようと思ったんだけど。 」
「 きみのせいじゃない。 」
ジョ−はマフラ−を外すと細く裂きはじめた。
「 ・・・さあ、これですこしは補助になるかな。 ・・・ああ、そう・・・忘れてたよ・・・ 」
フランソワ−ズの手首を固定し終わると ジョ−は嬉しそうに自分の防護服を探った。
「 ・・・はい、これ。 」
「 ? ・・・まあ、ジョ− ・・・ 」
差し出された彼の手には。 フランソワ−ズのカチュ−シャが乗っていた。
「 あ、手、痛いだろ? ぼくがやるよ、え〜と・・・こんなカンジ? 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
以前よりも短くなった髪に、赤いそれはあまり上手くフィットしなかったけれど、
フランソワ−ズは 今が一番自分に似合っていると思った。
「 うん! これで 003 だね! 」
「 ありがと・・・ ジョ−・・・ 」
「 ねえ? 聞いてもいい。 ・・・どうして髪を切ったの? 」
ジョ−はふわりとフランソワ−ズを抱きしめ、その耳元で囁いた。
「 ちょっ・・・ ジョ−? そんなコト、今言ってる場合じゃないでしょ・・・あ・・・ 」
不意に唇を塞がれ ジョ−の熱い身体がその重みを掛けてきた。
あつい固まりが ずん・・・と身体の芯を突き通る。
ジョ−はすこし腕を緩め、そのセピアの瞳をじっと注いできた。
「 ぼくには大事なことなんだ・・・ ね、どうして? 」
「 ・・・ ジョ−。 いつでもわたしの側にいてくれる? なにがあっても・・・還ってきてくれる? 」
手首の痛みも忘れ、フランソワ−ズも静かに彼の瞳を見詰めている。
− うん。
言葉よりも 抱擁よりも。 ジョ−の瞳の奥で真実の炎が燃え盛る。
「 捨てたかっただけ。 イヤな自分を・・・髪と一緒に切り落としたの。
でも。 もういいの。 わたしは、ずっとあなたと一緒よ。 決して離れないわ。 約束よ。 」
「 ・・・ ありがとう。 」
ジョ−は いま、すべての応えを受け取った、と思った。
大丈夫。 この答えがある限り、自分は強く生きてゆける・・・!
フランソワ−ズのこころは 何にも増してジョ−を奮い立たせ力づけた。
フランソワ−ズも これで十分だ、と思った。
言葉はいらなかった。 彼のこの瞳、この眼差し。
自分だけに注がれるこの炎。
その熱さ、激しさを知り受け止められるのは・・・わたしだけ。
「 ・・・でも、さ? 」
ふふ・・っとセピアの瞳がゆらゆらと瞬く。
「 ぼくとしては・・・ もっときみと仲良くしたいんだけど。 もう一口〜♪ 」
「 ? ・・・ ! ジョ−ったら! 」
気が付けば 彼の唇は吐息がかかる近さにあった。
「 ・・・ あ・・・もう、ジョ−! ここをどこだと・・・う・・・っ 」
身体に廻された腕を懸命に振りほどこうとしたが 痛めた手首が思うように動かない。
あっという間に ジョ−は楽々と彼女の唇を再び奪った。
さっきよりも 長く 熱く 深く。
・・・懐かしい温かさ、馴染んだにおい、心地好い痺れ。
フランソワ−ズはたちまちふわふわと身体が浮き上がり、脚が力なくがくがくと戦慄いた。
甘やかな霞を通して ジョ−のすべてがなだれ込む・・・・
「 ・・・・ ジョ− ・・・ 」
「 ぼくは きみだけのものさ。 コレが・・・ ぼくの約束。 」
やっと彼女を解放し、ジョ−は静かに微笑んだ。
その微笑に フランソワ−ズは彼の決心を読み取った。
− ジョ−。 あなたは・・・
「 ・・・わかったわ。 ありがとう、ジョ− 」
湧き上がる涙を 唇をつく嗚咽を フランソワ−ズは必死に飲み込んだ。
泣いてはいけない。
しっかりと受け止め、そして還さなければならない。
それが出来るのは 自分だけなのだ。
この人を愛している・・・ だから。 だから その優しさも哀しさも全部受け止める。
大きな瞳をなおかっきりと見張っているフランソワ−ズの背を ジョ−は軽くたたいた。
「 さあ、皆を呼ぼう。 多分、イワンが後押ししてくれるよ。 二人で念じるんだ。 」
「 ええ! 」
手を取り合い、こころをひとつに祈っている彼らに やがて
仲間たちの応えがつぎつぎと聞こえ始めた。
Last
updated: 12,20,2004.
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***** ひと言 *****
やっとすこ〜し<サイボ−グ009>っぽくなりましたか?
敵中でなんてコトのんびりとやってるんでしょう、この二人は・・・
ぼ〜っとてる敵方もどうかと・・(苦笑) さて、次回でやっと終わります。あ〜・・・