男は久しぶりにバスク村に来ていた
何処までも広がるバスクの草原に子供たちの声が響く

夏の光のまぶしさに目を細めた彼の前に
懐かしい人が姿を見せた

いくつになっても
若々しい彼女に男は声をかけた。

「君の子供たちか・・・?」

「ええ、ジュヌーン・・・」

昔のままの笑顔で彼女は答えた。

バスクの娘は見事に成長して幸せを掴んでいた。

遠く、ドラゴンの群れの横にいてこっちを見ている男の顔は
逆光でよくわからないまま・・・



ジュヌーンは夢から覚める








 ジュヌーンは主のいない少女の部屋に入っていった。彼女はあの老婆のところだ。収穫祭が終れば老婆たちはコリタニから去る。オクシオーヌにも老婆にもあまり時間はなかった。月の光が窓から差込み、壁のタペストリーが浮かび上がる。あの老婆からもらったと言うバスクのタペストリー。ドラゴンと人間を簡素化したデザインのそれは老婆が若い頃に自分で織ったという。嬉しそうにジュヌーンに見せたオクシオーヌの笑顔と夢の中の彼女の笑顔が重なる。胸がちくりと痛んだ。

 夢は彼が望んだ未来。オクシオーヌを手放した光景だ。まざまざとそれが甦る。・・・胸の微かな痛みが何かに気がつかないまま、男はずっとタペストリーを眺めていた。








竜が踊る(3)








 コリタニの町は明日から収穫祭を控えて大変な賑わいをみせていた。
大道芸人たちが町のあちこちで芸を披露し、異国の珍しい品々が店先に所狭しと並べられていた。怪しげな薬売りや錬金術師、魔法使いたちも雑踏の中に違和感も無く溶け込んでいた。

 ジュヌーンはヴァイスと一緒にコリタニの町の警備兵の詰め所に来ていた。明日の兵の配置の最終確認をするためだった。責任者といろいろ打ち合わせる。収穫祭は3日続く。カチュアはその間城ではなくこの町に泊まる事になる。町の有力商人の館だった。彼は贅の限りを尽くして女王をもてなすだろう。もっともカチュアがそれを喜ぶかどうかは不明だが、カチュアのそばにオクシオーヌをつけることにした。ヴァイスと喧嘩中のカチュアは頑として彼に警護される事を拒んだのである。

 「おまえ、カチュアにさっさと謝れ・・・。」
 「あ〜、まあ、そのうち・・・。」

 実りのない会話を交わしながらコリタニの町を歩く長身の男たちも雑踏の中では目立たなかった。向こうでひときわ甲高い歓声を集める芸人たちがいるようだ。歩くのを止めて2人は何事かとそちらの方を見た。魔法使いたちが魔法を見せびらかしているのだろう。魔法の火柱が立ちあがるのが見えた。

 「すっげえ美人たちが魔法を操っているぞ!」
 「金を持ってきたらもっとすごいのを見せるそうだ!」

 男や子供たちが興奮しながら彼らの横を走っていく。ジュヌーンのこめかみがピクッと動いた。ヴァイスが面白そうに言った。

 「見に行かなくていいのか・・・?」
 「・・・行かん・・・・・・!」
 忌々しげに吐き捨てる。
 「まあ、教会も建てかえとかで金が要るんだろう・・・。熱心な巫女さんたちだ。」
 「巫女なものか・・・。」

 そう言いながら来た方向に目をやるジュヌーンの顔が急に鋭くなった。ヴァイスがジュヌーンの視線の先を見るとそこに・・・

 レッドドラゴンをつれた若者が彼らの方を見ていた。



 「ヴァイス・・・、用事が出来た。先に城に帰っていてくれ・・・・・・。」
 「・・・面白そうなのに?」
 「ヴァイス!」
 「・・・へいへい」
 「夕刻までには城に帰る。」
 「あ〜、老婆心というやつだがな・・・、おっさんの嫉妬は見苦しいぜ?」
 「どうしてここに嫉妬という言葉が出てくるのだ?」
 呆れた口調でジュヌーンが横の青年に聞いた。
 「・・・何となく・・・、あいつオクシオーヌの知り合いだろう?」
 「いいからとっとと帰れ!」
 「いて!」
 ジュヌーンに頭を小突かれたヴァイスがしぶしぶ離れていった。








 コリタニの町外れの墓地にドラゴンを連れた青年は歩いて行く。その後をジュヌーンが一定の距離をおいてゆっくりと歩いていった。墓地の奥の廃屋の前まで来ると青年は立ち止まりジュヌーンを振り返った。ガルガスタンのドラグーンを睨みつける。その視線を平然と受け止めながらジュヌーンは改めて彼を眺めた。会うのは3度目になる。二十歳前後、浅黒い肌に赤い髪の若者だった。身長はヴァイスくらいか。顔立ちは穏やかだが、薄茶色のきつい眼差しがどこかアンバランスな印象を見る者に与える。確か・・・、名前は? オクシオーヌとの会話の中に時々出てくる固有名詞を思い出しながら、ジュヌーンは彼を観察した。無遠慮なジュヌーンの視線に臆する事も無く若者は目をそらそうとしなかった。もっともここで睨みあっても埒がない。ジュヌーンは軽く息を吐くと静かに尋ねた。

 「話は何だ?」

 若者の横にいたドラゴンが喉を鳴らした。


 “オクシオーヌを連れて行きたい・・・。あんたといると彼女が不幸だ。”


 「・・・・・・!」
 ジュヌーンの目が驚愕に見開かれる。若者は声を使わずに直接彼の頭の中に答えてきたのだった。そんなジュヌーンに彼は再び語りかけてきた。


 “昔からこうだった・・・。あんたも気味悪がるか?”


 否と即座に否定する。
 「ただ、彼女がそんなことは一言も言っていなかったから・・・、少し驚いただけだ。・・・すまない。」

 頭が現実を理解すると落ち着くのは早い。そういう類の人間が稀にいると聞いたことがあった。ずっと昔に混じった亜人種の血が何代も何十代も経て表に出ることがあると。彼にもその血が流れているのかも知れなかった。ジュヌーンの謝罪に対して若者は気にしていないと答え、オクシオーヌが自分のことを何と言っているのかを尋ねた。

 「バスクの民のようにドラゴンを扱えると。」

 その彼の答えに若者が笑った。
険がとれた優しい笑顔。きっと少女に見せている笑顔に違いなかった。それを見た瞬間、彼がオクシオーヌをどう思っているかわかった気がした。そして・・・オクシオーヌも同じように彼に笑いかけるのだろう。

 「で・・・、わたしに何の用だ?」

 ジュヌーンは最初と同じ事を聞いた。彼がそれにちゃんと答えたことは頭に入っていなかった。ヴァイスがいたらあとで笑い話の種にされただろう。若者は同じ事を答える。


 “・・・オレたちは収穫祭が終ったらここを発つ。その時オクシオーヌを一緒に連れて行きたい。”


 瞬間、バスクの草原を彼の後ろに見た気がした。


 “あんたといても彼女は幸せじゃない・・・・・・。”


 若者の真剣な眼差しをバスクを滅ぼした男は静かに受け止めた。そして目を閉じる・・・。事実だと思った。

 成長したバスクの娘の笑顔が脳裏をよぎった。








 一方城に帰っていろと言われたヴァイスである。あの青年が数日前コリタニの町で見かけた竜使いであることは間違いないと思った。バスクの民が滅びた今となっては竜使いを見かけることも無くなっていた。ジュヌーンは否定したがきっとオクシオーヌとも関係あるのだろう。昨夜城にいなかった彼女は彼と一緒だったのかもとか詮索しながらゾード川に沿った街道をのんびりと歩いていた。

 あのガルガスタンの竜騎士は絶対オクシオーヌに手を出さないだろう。心の底では少女が愛しくてたまらないくせに、ややこしい彼の規範が己自身を雁字搦めにしているのに気がついていないのだ。馬鹿な男だと思ったが、振られるのが怖くてカチュアに何もいえない自分も同じように馬鹿だとヴァイスは思っていなかった。

 収穫物を大量に積んだ荷車が何台もコリタニの町に向かって行く。今ごろ町に入る旅の一座もいるようだった。見世物を披露する場所でいい所はもう無いのにと思いながらすれ違った。その中の一人と目が合う。ヴァイスはその男の目が一瞬大きく見開かれるのを見逃さなかった。男の顔に記憶は無かったが。








 コリタニ城に戻ってくるとカチュアが中庭の木陰にいた。オクシオーヌがいないのでカチュアも暇を持て余しているようだ。同世代のフォリナー家の娘たちは城には入らずにコリタニの教会にいた。もっとも彼女たちが城にいてもカチュアと一緒にいることはなかっただろうが。ヴァイスが自分を見ているのに気がつかず、ウォルスタに古くから伝わる歌を歌いながらカチュアは本を読んでいた。音程が微妙にずれているのはご愛嬌と言ったところか。ヴァイスの口元が緩む。

 何かと行動を制限されるハイムの宮廷を離れてカチュアは楽しそうだった。このままゴリアテに2人で帰って気ままに暮らしたいと思わないこともない。いっそのことヴァレリアを出て、デニムたちのように旅が出来たらどんなにいいかと思う。出来ないとわかっているからこそ余計にカチュアを自由にさせてやりたかった。

 ヴァイスがそんなことを考えながら自分を見ていることも知らず、ヴァレリアの女王は本を地面に置き、う〜んと伸びをして寝転がる。服が汚れるのもお構いなしだ。そしてそのままうとうとしはじめたのか、動かなくなった。ヴァイスは中庭から去ると城の女に昼寝中の女王が風邪をひかぬよう上に何かかけてやって欲しいと頼んだ。女があわてて走って行った。








 太陽はゆっくりと傾いていき地上の影が長くなる。








 「用事は済んだの?」

 オクシオーヌが明るい笑顔で帰ってきた赤毛の若者に尋ねた。彼のレッドドラゴンの背を優しく撫でるとドラゴンが目を細めグルグルと喉をならす。

 「婆様が用事があるって言ってたわ。」
 彼が頷いた。
 「今日は城に帰るね。今度来る時バハムートたちを連れてくるわ。またあの子たちに踊りを教えてね。・・・・・・頭悪いけど。」


 “あれだけ物覚えが悪いドラゴンも珍しい・・・”


 「もう少し頭いいと思ったんだけどなあ〜、伝説のディバインドラゴンの末裔なのに・・・。」

 しみじみとため息をついたオクシオーヌに若者もつられて大きく息をはいた。彼も竜達の物覚えの悪さに苦労したようだった。会話が途切れオクシオーヌが歩き出した。彼がその後に続いた。

 オクシオーヌが振り返り彼に言った。
 「婆様がもう大丈夫だって・・・。」
 何がとは言わない。が、彼にはそれで十分だった。


 “・・・・・・・・・・・・”


 ゾードの向こうに広がるコリタニの町を2人で見る。

 「収穫祭が始まるね・・・。」



 それが終ったら・・・、バスクの踊りを踊ろうと思った。そして彼らと別れるのだ・・・・・・。何か言いたげな若者の様子にオクシオーヌは気がついたが、あえてそれには触れずにゾードの岸辺を後にして城に向かって駆け出していった。








 バスク村の生き残りの少女の後姿を見送りながら竜使いの若者はオクシオーヌに初めて出会った時の事を思い出していた。

 コリタニにヴァレリアの女王が来ると知って、彼がいる旅の一座もコリタニにやって来た。ドラゴンや動物たちを連れている彼らは町の中で寝泊りする事はなかった。ゾード川の辺にテントを張る。そこから町に行き動物芸や音楽を披露して生活の糧を得ていたのだ。

 川の岸辺に座り、養い親がよく歌っていたバスクの歌を笛で吹いていた。レッドドラゴンが横で寝ていた。

 その時、オクシオーヌに出会ったのだ。

 後ろで声が聞こえた。多分、バスクの古い言葉だったのだろう。意味はわからなかったが振り返ると少女が目に涙を浮かべてじっとこっちを見ていた。バスク風の服でそうだとわかった。風の噂で聞いたことのあるバスク村の生き残りの娘。コリタニ城に今はいるという。

 咄嗟に娘の手をひいて老婆のところに連れて行った。バスク村出身の老婆は少女と二言、三言バスクの古い言葉で会話を交わすと、少女を抱き締めて涙を流した。そして・・・、オクシオーヌにバスクの踊りを教えたのだ。

 死者たちを弔うバスクの踊り・・・。少女が15になったら教えられるはずだった大切なバスクの踊りを。

 オクシオーヌはそれから毎日来るようになった。昼間来れない時は夜に。時々泊まった。あの夜もいつものように自分の笛の音で彼女が踊りの練習をしている時、彼が来たのだ。



 「ジュヌーン・・・・・・・・・」



 彼を見たまま動かなくなったオクシオーヌの肩を咄嗟に抱いた。小さく震えているのがわかった。男が無言で馬から降りて近づいて来て2人の前で立ち止まり少女の頬をぱんと叩いたのだった。衝撃でぐらつく娘の身体を抱きとめて男に文句を言おうとするよりも早く男が言った。

 「城に帰るんだ!」

 彼のレッドドラゴンが攻撃に移ろうとして男がドラゴンキラーを抜く。オクシオーヌがやめてと叫び彼は剣を鞘に収め、少女の腕を引っ張ってコリタニ城に帰って行った。

 すぐにわかった。彼があの男だと。バスク村を焼き払ったガルガスタンのドラグーン、ジュヌーン・アパタイザ。少女と少女の仇は仲間となり、解放軍の一員として内乱を終結に導いた。その後、彼らはコリタニに来たのだ。何故彼と一緒にいるのかと聞いた事がある。するとオクシオーヌは静かに言ったのだ。

 「もう・・・、憎むのはやめたから。」

 憎むのはやめたから・・・。彼と一緒にいたいからと。

 それがオクシオーヌの望んだこと。けれど、オクシオーヌは気がついていないのだろう。自分があの竜騎士のことを話す時、どんな顔をしているのかを。

 小さい時から話す事が出来なかったかわりにこの赤毛の若者は人の頭に直接考えを送り込むことが出来た。それ故実の親に気味悪がられ捨てられた彼はバスク出身の竜使いの夫婦に拾われ育てられた。彼らは村を出てフィダックの片隅でわずかばかりのドラゴンを飼育して生計を立てていた。養い親たちは彼に愛情を注いでくれたが、彼は人の心を読むことに長けた若者に成長していった。

 だから、わかるのだ。オクシオーヌの心が。彼女が本当に望んでいるのが何か。翳りのある笑顔の訳が。

 少女はジュヌーンに対等に向き合って欲しいのだ。だけどあの男は少女と決して向き合おうとしない。ただ、バスクを滅ぼした罪悪感・責任感から少女の幸せを見守る立場を頑なにとり続けている。

 彼と話してそれを感じた。バスクを平然と焼き尽くしたガルガスタンの悪しき竜騎士のイメージはそこに無く、彼はただ過去を悔やみそこから抜け出せないでいる一人の男だった。

 彼に告げた。収穫祭が終ったらオクシオーヌを連れて旅に出る。オクシオーヌにはまだ言っていないけど、老婆と話して決めた。そしていつの日かバスクを再興すると。ガルガスタンの竜騎士はじっと目を閉じて聞いていた。そして最後に若者に言ったのだ。

 「彼女をよろしく頼む・・・。」

 どこか淋しげにそう告げたガルガスタン人の顔を見て若者はバスクの少女が彼を語る時に浮かべるあの表情と同じだと・・・、思った。








 収穫祭は晴天に恵まれた。

 カチュアが笑顔全開で広場に設けられた特別の席に座っていた。花や葉が撒き散らされた広場を囲む建物にヴァレリアの紋章が刺繍された旗が飾られ、女王を一目見ようとコリタニ中からやって来た人々で町じゅうがあふれかえっていた。コリタニの町の有力者たちは豊かなコリタニの財力をハイムの人間に誇示するかのようにテーブルにご馳走を並べ、葡萄酒やパンが人々に振舞われた。妖精の姿に扮した娘たちが踊り出すと広場はいっそう華やかになる。人々は皆豊かな収穫を大地の女神に感謝した。小さな少女が母親とやって来て自分で作った花冠をカチュアに差し出す。カチュアは嬉しそうにそれを頭に載せた。歓声が上がる。

 カチュアの隣りに座っているのはコリタニ地方の長である元ガルガスタンの穏健派貴族の老人だった。孫娘と爺さんといった風情だ。その後ろにドラグーンの鎧を着けて正装しているジュヌーンが直立の姿勢で立っていた。ヴァイスが少し離れたところできれいな娘たちの輪の中にいた。オクシオーヌは4匹のバハムートたちと広場の片隅にいた。
 彼らは町に入場してくるカチュアたちを出迎える大役を果たしていた。城で無駄飯食いとか言われている彼らも一応は伝説のディバインドラゴンの末裔だ。白銀に輝く身体を人々は驚嘆の目で見る。周りに人垣が幾重にも出来た。オクシオーヌはバハムートたちが興奮しないように彼らの何かと声をかけ、宥めていた。

 「お姉ちゃん!」

 子供の声がした。
 「・・・みんな!」
 そこにいたのは夏の間オクシオーヌとバハムートがいたスォンジーの森の村の子供たちだった。村人総出でヴァレリアの女王を一目見ようとやって来ていた。懐かしい顔が笑っている。村長はジュヌーンと話していた。大人たちに会釈してオクシオーヌは子供たちに話しかけた。

 「元気だった?」
 「うん、お姉ちゃんは?」
 「元気よ。この子達もね。」
 そう言ってバハムートたちを撫でる。子供たちも大きな竜を恐れる様子もなくペチペチと小さな手でたたく。その中の一人がオクシオーヌに聞いた。
 「ねえ、芸はしないの?」
 「・・・芸?」
 「うん、逆立ちしたりする熊とか2本足で歩く犬とかいたよ。」
 「う〜ん、芸ねえ・・・。」
 オクシオーヌがブレス攻撃は芸なのだろうかとか考えているとヴァイスがこちらに歩いてくる。にっと口の端を上げて彼が言った。
 「見てな、ガキども。オレ様が仕込んだ芸だぜ。」
 自信たっぷりに嘯いて大きく息を吸い込んだ。オクシオーヌも含め周りが息を止める。

 「お手!」

 おおお〜!!っと周りからどよめきが起こった。
バハムートが短い前足をあげてお手をした・・・。








 「まったく・・・馬鹿じゃないの、あの男は・・・。」
 カチュアが呆れ果てて言った。あの男とは当然ヴァイスだ。

 夜になりカチュアとオクシオーヌはコリタニの町の有力者の館にいた。夜も宴会だった。主は昼間以上に豪華な食事をテーブルに並べ、楽団が音楽を奏でる。これも女王の務めとばかりにカチュアは笑顔を振りまきこれからのヴァレリアを担うのはあなた方ですとリップサービスを忘れなかった。口で言うのは無料である。彼らが張り切って税を納めてくれたらこの国のためだ。
 カチュアの横にいるオクシオーヌは居心地が悪そうにしていた。コリタニ城にいるバスクの娘のことは城仕えのドラゴンテイマーくらいの認識しか持たれていない。そんな小娘に声をかける者はいなかった。仕方なく目の前のご馳走を黙々と口に運んでいると主たちから解放されたカチュアがオクシオーヌの傍に来て開口一番口にしたのが昼間のヴァイスの事だった。オクシオーヌと話したくとウズウズしていたようだった。

 「いつの間にあんなことを教えたのかしら?」
 「本当びっくりしたわ、あの子たちが芸をするなんて・・・。頭あんまり良くないのに。」
 「どうせ、アイスブレードで脅して無理やりさせたんじゃないの?言う事を聞かなかったらステーキにして食うとか言って。あいつの戦闘能力は半端じゃないのあの子ら知っているもの。」
 「・・・まさか・・・?」

 そうなのだ。コリタニ城に入っていつの間にかヴァイスはドラゴン達に簡単な芸を仕込んでいたのだ。カチュアに無視されてヴァイスは暇だった。ジュヌーンもオクシオーヌも忙しそうだったし、暇を持て余した彼は昔馴染みのオクシオーヌのドラゴンと暇をつぶそうと決めた。
 
 バハムート達とヴァイスの間には確執があった。早い話、ハイムでヴァイスはオクシオーヌのバハムートをこっそり売り払おうとした。寸でのところでオクシオーヌとデニムが青い顔をして助けに来てくれて彼らはドラゴンステーキにならずにすんだが、ヴァイスに対して恨みは深かった。夜道を歩いていたヴァイスが背後からドラゴンにがぶりとやられたのである。同情はない。自業自得だった。

 「彼ならそのくらいするわよ。第一昔の彼はね、そりゃもう・・・。」
 カチュアがゴリアテ時代のヴァイスの話をし始めた。デニムがいて育ての父がいて、ウォルスタ人は弾圧されて苦しい生活を余儀なくされていたがそれでも幸せだっとと思える。あの雪の夜までは・・・。

 オクシオーヌは少し酒が入って頬を赤くした女王の昔話に付き合っていた。ヴァイスの悪口を言ってるカチュアさんが一番生き生きしているかもとか、そう思いながら・・・。だって、幸せそうな顔をしているわ。



 まあ、バハムートの芸を披露して調子に乗りすぎて尻尾で吹っ飛ばされたのが現在のヴァレリアのNo.3である。








 ジュヌーンは数名の兵を連れて深夜の町を巡回していた。宵のうちはあれほど騒々しかった市中も真夜中を過ぎる頃はしんと静まり返っていた。別に異常はない。カチュアとオクシオーヌも今頃は自分たちに宛がわれた部屋に戻って眠っているのだろうと思った。明日もまた忙しくなる。広場の特設舞台でいろんな劇や音楽が上演される予定だった。

 あのバスクの老婆や青年の一座は何か出すのだろうか? 
ジャンヌたちの一座はきっと参加するに違いない。他にもヴァレリアのみならず、外国からもいろんな人間が来ていた。

 兵たちを帰した後もジュヌーンは一人で町を見回った。平和になったものだと思う。内乱で疲弊しきっていたヴァレリアもカチュアを中心にして復興を遂げつつあった。まだまだ新政権に対する反発もある。時には小規模の戦闘もあった。それでも皆平和になったこの国でささやかな幸せを守って生きているのだ。



 ゾード川に出る。川面に月が影を落としていた。ふと昨日の若者を思い出した。確かここからそう遠くない所にいるはずだった。ジュヌーンは馬の首をそちらに向け腹を蹴って駆け出した。



 はたして彼はそこにいた。葦笛が奏でる音楽・・・。旋律はどこまでも優しい。彼の本質はこれなのだろうとジュヌーンは思った。オクシオーヌが言っていた。バスクのことを隠されるのは辛いからこれからは隠さないで自由にして欲しいとジュヌーンが少女に告げてから、オクシオーヌは遠慮がちに、それでも嬉しそうに言ったのだ。彼が吹く笛はバスクの草原を渡る風の音だと。村人たちの声が混じった懐かしい風。思い出は薄れることなく少女の心の中で息づく。

 彼と一緒に旅に出る方があの娘はきっと幸せになれるのだろうと思えた。老婆もいる。オクシオーヌが自然に受け継ぐはずだったバスクの伝統をきっと老婆が教えるだろう。そしていつかあの若者とバスク村を再興するのだろう。自分ではない。自分にその資格などあるはずがなかった。

 いつか少女を生まれた村に帰す。少女が生まれ育った竜使いたちの村。

 収穫祭が終ったら告げよう。

 バスク・・・、彼がバスクを渡る風ならば自分はバスクを燃やし尽くした炎だった。ドラゴンを操り、音楽を奏でる彼の手に対して、この手は血塗られてしまっている。人の命の重みを重みとして感じられなかった過去の自分がいる限り、少女のそばにいていいはずが無いのだ・・・。

 青年はジュヌーンに気付く様子も無く葦笛を吹く。彼の横で眠るレッドドラゴンの炎の鱗が月明りに燃えるようだった。

 ジュヌーンは黙ってその場を立ち去った。



 レッドドラゴンの目が見開かれ、一瞬禍禍しく光った。