暫らく咳が続いていたが、別に寝込んでいるわけではなかった。
それでも心配して母親に大丈夫かと聞くと、彼女は笑いながら大丈夫だからと言った。
だから安心していたのに、突然大量の血を吐いて倒れたのだ。
ヴァイスは教会に走っていって、プランシー神父に助けを求めた。
「神父様! 母ちゃんが…、母ちゃんが!」

父親はどこかで酒を飲んでいた。

ヴァイスが神父と一緒に家に戻ってきた時はすでに母は事切れていた。








可哀想に…
母親が飲んだくれの親父のせいで死んだそうだ

気丈な子だね…
涙一つ見せないよ…




あんなろくでなしの父親と2人で
これからどうするんだか
あの子の先が思いやられるねえ…





埋葬に参列した者たちがヒソヒソと話している。ヴァイスはそれを表情も変えずに聞いていた。
ヴァイスの横に立っているデニムがそっとヴァイスの手をにぎってきた。デニムの顔を見るとデニムはぽろぽろと涙を流して泣いていた。カチュアが嫌がるのでヴァイスの家に遊びに行ったことはなかったが、それでもヴァイスの母は町で会ったときは優しく笑いかけてくれたのだ。

「ばーか、何おまえが泣いてんだよ…」





「だって…、だってヴァイス……」


握った手からデニムの悲しみが流れてきた・…
その手を握り返しながら…ヴァイスは涙を見せず、続く祈りの時間もじっと前を向いていた。





「ヴァイス、家に来るかね?」
プランシー神父がすべて終わった後で彼に聞いてきた。デニムも
「そうしたら? ヴァイス」
と、そう言ったが、ヴァイスは首を横にふった。
「そうか…、何かあったらすぐ教会に来なさい。」
神父はヴァイスの頭を温かい手で優しく撫でてくれた。

それを振り払ってヴァイスは駆け出す。





台所も寝室も何もかもが一緒になってる家の中で父親が空っぽになった何本もの酒瓶を前に声を殺して泣いていた…・
息子が戸を開けた音に気がついて彼は顔を上げた。

「ヴァイス…。母さんはちゃんと埋葬してもらえたか?」
「…ああ…」
「そうか…、ヴァイス。ご苦労だったな…」
「ん…」
「こっちに来い、ヴァイス」
父親がヴァイスを自分のところに呼んだ。ヴァイスは黙って言われたとおりにする。

粗末な作りの椅子に座ったまま父親はヴァイスの顔を両手に挟んでしみじみと言った。
「母親にそっくりだな…、髪の色も目の色も。母さんの方がずっと顔立ちは優しかったが…」
酒臭い息が嫌だった。顔をそむけようと力を入れる。父は手を離し、テーブルにひじをついて両手で自分の顔を覆った。

ヴァイスはそんな父親をほっといてテーブルの上の酒瓶を黙って片付けた。

自分を愛してくれた母はもうこの世にはいないのだ…。
誰もが自分とデニムを比較して、ヴァイスの父親すらデニムみたいないい子が息子なら…と言った。けれど、母親だけは笑いながらヴァイスは本当はとても心の優しい子供なのにねえと抱き締めてくれた。細い腕はそれでも自分への愛情であふれていたのだ。

ヴァイスは瓶を家の外に出すと、壁にもたれかかるようにして膝を丸めて泣いた。外はいつしか雨が降り出していた。顔が雨と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになるのもかまわず、いつまでもずっとそのままで…。

大切な人を無くした自分を哀れんで…、幸せじゃなかった母の人生を思って…。



母の死はヴァイスのその後の人生観に大きな影を落とす事になる。





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