アルモリカ城…
あの後、窮地から抜け出したデニムたちはカチュアやレオナールとも合流してアルモリカまで退却した。
デニムの肩の傷もすぐにカチュアがヒーリングをかけてくれたので大事には至らなかった。
合流した時、ヴァイスとカチュアは一悶着あったようだった。この2人はデニムを間にして特に仲が悪い。
皆、デニムを心配した。実のところ敵に受けた傷はヴァイスの方が多かったのだが、ことさらカチュアはデニムにだけ世話をやいた。いつもの事だ。ヴァイスは別段気にする風でもなかったが、ロンウェー公が爵直々にデニムだけに労いの言葉をかけたことを後になって知り、少し傷ついた。
いつだって、デニムが光の中なのだ。昔から…、誰もがデニムを大切にした。ゴリアテの町の住人も、解放軍の連中も、ゼノビア人も…、ヴァイスはそれがわかっていた。
そして…ヴァイス自身も子供の頃から、皆と同じようにデニムをずっと大事に思っていたのだ。
母を埋葬する時、自分の手を握り締めてきた彼の手の温かさが冷え切った心に染み込んできた。泣いたら負けだと思って必死に泣くのをこらえていた自分の代わりにデニムは泣いていた。彼がいつも横にいたから、自分は最低まで落ちずにすんだのだと思う。そういう意味でヴァイスはデニムの存在に感謝していた。
だがここはゴリアテじゃない。自分たちはもう小さな港町の子供じゃないのだ。オオトカゲの肉をドラゴンと偽って売ったり、店先から品物をくすねて逃げ回っていたあの頃と気持ちは変わらないのに、今はウォルスタを解放に導くために戦いの中に身を置いている。
あの時つないだ手はいつまでもつないだままだと何の疑いもなく思っていたのに…今は確信が持てないでいる。
ヴァイスはアルモリカ城のお気に入りの場所に座って空を眺めていた。カノープスはバカほど高いところに上りたがると言って笑うが、城の尖塔だ。
よく晴れた日だった。下を見るとこれからデニムたちがトレーニングをする準備をしていた。ヴァイスが暇な奴らだとか思って見ていると、デニムがヴァイスに気がついて何か叫んだ。どうせ君も参加しないかとか言っているのだろう。ヴァイスは聞こえないのを承知で叫び返した。
「するわけねーだろ。勝手にやってろ!」
デニムがなおも何か言ってる?
ヴァイスはデニムを無視してその場を離れた。口元が微かに笑っていた。
多分これからもオレたちは変わらないと、そう思った。
「ヴァイス!」
ヴァイスがその場から去るのを地上から確認してもデニムはヴァイスの名を呼んでいた。カノープスが近づいてきてデニムの肩を叩いた。
「ほっとけよ。あいつは1匹狼だ。奴にチームなんて関係ない。」
「そうだけど…」
「さっさと訓練するぞ。」
デニムは目を細めながらさっきまでヴァイスが居た尖塔を見上げた。
あの時、ガルガスタン兵はヴァイスの方をゴリアテの英雄だと判断した。当然だろう。ヴァイスの方が強い。とっさの判断力も行動力もヴァイスの方が上だ。自分はあの時、呪文の一つも唱えられなかったではないか。
何故、ゴリアテの英雄は彼でないのだろう。なぜ、公爵は僕を英雄と呼ぶのだろうか。
それでもデニムは確信していたのだ。ヴァイスと自分が一緒にいる限り、必ずウォルスタは解放できると……。
いつも一緒にいた。デニムはこれからも一緒にいると何の疑いもなく信じていた。