敵の度肝を抜いてどさくさ紛れで逃げる。
思いつくのは簡単だったが、実行となるとそうはいかない。一番確実な方法を絞っていく。

ふ〜っと吐いた息が闇に白く広がった。

「ヴァイス…」
「やっぱ俺かよ…」と顔をしかめながら男を引きずって戸口に持っていく。その時男の胸元から何かがこぼれたのがわかった。月明かりに微かだが反射したのだ。

何かと思って手にとってみる。

「…ガラス玉?」

掌におさまる大きさのそれは…水のオーブだった。月明かりに翳して見ると冷たい青い光を放っている。けれどヴァイスはというと、その存在は知っていても本物を見たことがなかったのでそれが何だか理解出来なかったのだ。とりあえずそれをズボンのポケットに入れたのは、手癖の悪い彼の無意識のなせる技だ。

「ヴァイス、何をしている?」
「ああ、すまん。…金目のものがあるかなと思って…」
「ヴァイス…、こんな時に君は……」
きょろきょろと月明かりをたよりに金目の物を探し出したヴァイスにデニムが呆れた。
「どーせ小屋は丸焼けになるんだ。売れそうな物は持ち出そうぜ。」
「言っとくけど君の命、敵は買わないよ…」
「……」
「荷物を持ってたら逃げおおせないだろう、ヴァイス。欲を出したら、本当に死ぬよ。」
「……」
「ほら、さっさと運んで」
「わかったよ。」

デニムにきつく言われヴァイスはしぶしぶ男を戸口に運んだ。

デニムは死者に断りを告げた。気休めだが、死体を逃亡に利用するのだ。気持ちいいわけがない。
「すみません。少しだけ協力して下さい。」

男から上着を剥いでかわりに自分の上着を着せた。

ヴァイスはショートソードを腰にさし、立ち上がる。デニムがヴァイスのそばに来てヴァイスに手を差し出した。

「?」
「これ…、ヴァイスが持ってるといい。」
そう言って彼に手渡したものは、祝福の聖石だった。
「…おまえ?」
「君は転移石、持っていないだろう?」

…確かに持っていなかった。今回の戦闘の前にヴァイスの転移石は割れてしまったのだ。転移石を持っていたら、デニムを見捨ててとっくに一人でアルモリカに帰っている。

掌の上の祝福の聖石とデニムの顔を交互に見比べてヴァイスは言った。
「オレの方が強いから要らねーよ。」
そう言ってデニムに押し返した。
「でも、僕は…」
「バカか? 暗闇の中だぜ。どっちがオレでおめーか相手にわかるはずないだろう?おまえが持っている方がオレが安心するんだよ。」
「ヴァイス…」
「バカ言ってないでぼちぼち行くか。」
「ありがとう」
「デニム…。言っとが、おまえが捕まってもオレは一人で逃げるからな。」
「僕が捕まったら、君がゴリアテの英雄を名乗って戦うといい。」

それを聞いて一瞬驚いた顔をしたヴァイスの口から自然に言葉が流れる…。打算も野心もなく、幼馴染の親友に対しての彼の真実。

「んなことはどーでもいいんだよ…。」

「ヴァイス…」

「とにかくずらかるのが先だ。」
「ん…」

2人は息をとめてその時を待った。





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