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黒潮が育む水中マクロの世界


写真



 週末の朝は少し早くおきて車を走らせます。国道56号から321号を乗り継ぎ約3時間ほどで山道になります。曲がりくねった細い道を15分ほど走ると、目の前には真っ青な海が広がり、道の先には小さな島が見えます。高知県の西南端にあるこの島の名前は柏島。高知市内からは約180kmの道のりです。大月とは柏島大橋で結ばれているため車で渡ることができます。
 柏島は面積1平方キロメートルに満たない小さな島ですが、伊豆、和歌山と並んで日本有数のダイビングスポットになっています。特にNHKの生き物地球紀行で特集されてから全国的にも有名になりました。以前は磯釣り客が利用していた民宿でも、いまでは宿泊客のほとんどがダイバーになりました。平日は人もまばらで静かなこの島も連休やお盆には県外ナンバーの車であふれかえります。
 これほどダイバーを引き寄せる柏島の魅力はなんといっても魚の種類の豊富さでしょう。柏島は宿毛湾の入り口にあるため、黒潮によって運ばれてきた南方の生物が流れ着きやすい環境です。さらに島自体が太平洋の荒波を遮って島の北側に広大な珊瑚礁と水のよどみを作るため、流れ着いた生き物たちが定着しやすくなります。さらに冬でも16度以下にならない高い水温のおかげで小さな生物たちは成長を続け、なかには越冬するものもいます。インドネシアやマレーシアでしか見られない生物が温帯域のありふれた魚たちと共存する不思議な海がここ柏島にはあります。現在柏島周辺の海で確認された魚は約1000種であり、日本沿岸に棲息する魚の約1/3を見ることができます。これほど多彩な魚種が見られる場所は日本では他に例がありません。キツネメメジリンボウなどの新種記載されたものや、イナズマヒカリイシモチなどの日本初記録種がこの島では簡単に見ることができるだけでなく、沖縄などでは深い水深でしか見られないハゼたちが比較的浅いところでみることができるのも魅力のひとつです。
 この島のもうひとつの特徴はカメラを持ったダイバーが多いことです。ダイバーのカメラ保有率は世界一でしょう。初めてこの島を訪れたダイバーたちは、魚の多さよりもボートに並べられたカメラの多さにまず驚きます。ここを訪れるダイバーの多くは潜りにではなく写真を撮りに来ているわけです。何を隠そう、私もその中の一人なのですが。ひとことで水中写真といってもピンとこない人も多いと思いますので、簡単に説明してみます。
 水中で写真を撮るには専用の水中カメラを使うか陸上用のカメラを防水ケース(ハウジングといいます)に入れて使うかの2通りがあります。水中専用カメラのほとんどが目測ピントのファインダー式のため構図が決めにくく、また小さなものをとるのには向いていません。以前、ニコンからニコノスRSという水中一眼レフカメラが発売されていましたが製造中止となり、今では中古市場で100万円以上のプレミアムが付き一般庶民には手の届かない高嶺の花となってしまいました。そこで多くのダイバーは陸上用の一眼レフカメラを専用のハウジングへ入れて使用しています。
 陸上での撮影との一番の違いは水中では途中でレンズやフィルムの交換ができないことです。撮影する前にあらかじめ何を撮るかを決めてレンズをセットしなければなりません。透明度のあまりよくない四国の海では100mm前後の中望遠マクロレンズが主流です。マクロレンズが好んで使われる理由は、被写体に近寄れるからです。水中では被写体とレンズとの間に水が介在しますが、この水の量が少ないほど出来上がった写真の質は上がります。したがってレンズの最短撮影距離の短いマクロレンズのほうが水中では都合が良いのです。  水中では太陽の光が吸収されるため、浅瀬を除くと自然光のみでは露光不足になります。特に赤い光は青い光に比べて吸収されやすいため、色鮮やかな魚たちも水中では青っぽく色あせてみえます。この青かぶりを解消するため、水中ではストロボを使用します。ストロボのおかげで被写体本来の色が描き出されるため、出来上がった写真は実際にみるもの以上にきれいにみえます。しかし水中ではストロボの光がとどくのもせいぜい1メートル。マクロレンズで撮れる被写体の大きさは10cmくらいまでということになります。
 マクロレンズで撮れる被写体の代表的なものが共生ハゼです。共生ハゼはテッポウエビが掘った穴に住んでいるのですが、ふだんは巣穴の上を泳いで危険が迫ると目の見えないテッポウエビに尾ビレで知らせます。さらに危険が迫ればハゼ自身も巣穴へ逃げ込んでしまいます。このような共生ハゼの撮影のコツはハゼにストレスを与えずに近寄ることです。ハゼに限らず、魚たちは一般的にダイバーの空気の音を嫌がります。ゆっくり時間をかけてすこしずつ近寄るのですが、最後の10cmほどは息を止めてさらに慎重になります。ストロボの光で逃げてしまう魚も多いので、シャッターチャンスは1度だけ。この何ともいえない緊張感がたまらないのです。
 柏島のあちこちで見られるハゼたちも、水温が20度を切るとめっきり少なくなってきます。ハゼのいなくなった冬場の主役はエビやカニなどの甲殻類です。被写体となるのは私たちが日常食用としているものではなく、珊瑚や海草に潜んでいる1ー2cmの小さなものです。等倍のマクロレンズにクローズアップレンズやテレコンバーターを付けて倍率を稼ぎます。撮影はほとんどが最短付近のため、被写界深度(ピントの合う範囲)が非常に狭くなります。陸上ではこのような撮影は三脚を使うのですが、水中では三脚は使用できないのでできるだけ体が動かないようにします。呼吸によるわずかな浮力の変化によってもピンぼけになるため、撮影中は息を止めます。当然オートフォーカスではピントが合わないのですべでマニュアルですが、ピントが合いにくい場合には1分以上息を止めていることもめずらしくはありません。同じカットを数枚づつ撮るのですが、それでも半分以上がピンぼけです。
 かつては高知の秘境といわれた柏島ですが、8月末に大月町平山から一切地区へ抜ける大堂トンネルが開通し、所要時間が約15分短縮されました。高知自動車道がさらに西へまでの延びれば、市内から2時間圏内になることも夢ではありません。今後多くの人々が訪れるにつれて環境破壊などの問題も生じてくると思いますが、これからもファインダーを通してこの豊かな海を見続けたいと思っています。


追記

5年前に転勤の際に趣味を紹介した文章をアップしてみました。これ以降、広報誌の表紙の写真を担当するはめになってしまいました。こちらの方もそのうち少しずつ紹介していきます。


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