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   夜 明 け の 同 窓 会 

★ プレストーリー 1998年8月12〜13日 ★


第ニ章 8月12日…夜半

1.旧友の住む街へ


そして、8月がやってきた。夏休みも真っ盛りのこの日、弘希は、篤志の住む街へやってきていた。もちろん、彼に頼まれたCCDカメラは完成している。
「え〜と、待ち合わせの場所は、と…」
弘希は、持ってきたメモを広げた。篤志から送られてきた電子メールについていた地図である。
「あっちか、よし…」
弘希は、高校時代から愛用しているバイクを市街地をバイパスする道へと向けた。ちなみに、このバイクには車輪が十六個ついている。高校時代には十個だったもので、不整地でも安定した走行を追求した結果、こんな化け物じみたマシンが出来上がったのだ。こんなところにも、彼のとんでもない才能が見え隠れしている。
「…よう、久しぶりだな、篤志」
「あ、冴草くん!! 待ってたよ」
市街地を離れた山の中腹で、篤志は待っていた。むろんひとりではない。大学のサークルのメンバーが一緒だ。
篤志はみんなを振り返った。
「みんな、紹介するよ。彼が、僕の高校のときの友達の、冴草弘希くん。僕のCCD望遠鏡の制作者で、ほんとにすごい技術を持っているんだ…」
などなど。とうとうと自分の高校時代の偉業(!?)を並べたてていく篤志に、少しばかり照れくささを覚えつつ、弘希はサークルのメンバーに自己紹介した。篤志はこのメンバーの中でもみんなに慕われているらしく、弘希はすぐにみんなと打ち解けることができた。
ひととおり自己紹介が済むと、篤志はさっそく、弘希に話しかける。
「で、冴草くん。頼んでおいたCCDカメラは?」
「それは大丈夫さ。三日前に完成したやつを持ってきてある。ちょっと待っててくれ」
そう言いつつ、弘希はバイクに積まれていたダンボールを持ってきた。中身を取り出して、みんなの目の前で組み立てる。とたんに、集まった一同からどよめきの声が上がった。
「おお」
「これはすごい…」
「一から作ったとは思えないわね…」
弘希の持ってきたCCDカメラ、それは、大きさを除けば、あるいはこの種のカメラとしてはごく平凡なものだったかもしれない。やや頑丈な作りの三脚の上に、パソコンに接続できるようにコネクターの付いた架台がある。そして、架台の上には、おわん状に並べられたCCD感光部が全部で十二個、それがすべてだ。
けれども、この手のカメラは、ある種の人間にとっては、喉から手が出るほど欲しいものだった。例えば、ここにいるサークルのメンバーのような。流星を観測する連中にとっては、全天を一望に写すことができ、リアルタイムで画像を解析できるような装置は、究極の理想といってよかった。
「相変わらずだね、冴草くん…。まさか本当に、こんなものを作ってくれるなんて、思ってもみなかった」
「おい、そんな顔をするなよ。お前が作ってくれって言ったんだぜ」
「それはそうだけど、実際にこうして見てみると、まだ信じられないよ」
篤志にそう言われて、弘希はちょっぴり自慢気な微笑を浮かべた。
「見直したか?」
「うん、とっても」
篤志は、屈託のない笑顔でうなずく。
「ま、事前に動作確認はしてきたし、いちおうマニュアルも作ってきたから、今のうちにお前のパソコンにつないで動かしてみるといいよ」
「うん。そうさせてもらおうかな」
弘希からマニュアルを受け取った篤志は、心から嬉しそうに、弘希に笑いかけた。
「ありがとう、冴草くん。冴草くんには、いつも世話になりっぱなしだね」
「いいって。そんなこと気にするなよ。友達だろ」
弘希は、そう言っておどけたように笑った。高校時代とまったく同じ感覚で彼と付き合えることが、弘希には嬉しい。
みんながCCDカメラを囲んでいるあいだに、弘希はふと辺りを見回してみた。彼らの陣取った場所は、ちょうど駐車場になっており、まわりに目立つ建物がなかった。視界もかなり広いようだ。夜になれば、観測場所に事欠かないだろう。街灯がないうえに、背後の山が街明かりを遮ってくれるので、かなり良好な空が望めそうだった。
「いい場所があったもんだな…」
「うん…」
弘希の声に、顔を上げた篤志がうなずく。
「観測のあるときは、いつもここでやってるんだ。このあたりじゃ、一番いい場所だよ」
「ああ、この景色を見れば、誰だってそう思うよ」
弘希は、目を細めて西の空を眺めた。晴れ渡った空に、鮮やかな夕焼けが映える。今日は星を見るには絶好の日かもしれない。
と、
「はい、冴草くん」
「え?」
弘希は、声のした方を見やる。サークルの女の子が、マグカップを差し出していた。どうやら篤志の先輩らしい。
「こんな日は、熱いコーヒーが一番よ」
「真夏なのに?」
「うん。今はまだ暑いけど、ここは、夜になるとかなり冷えるからね」
なるほど、と弘希は思った。見ると、サークルの他のメンバーは、みんなマグカップを手にしている。コーヒー入りのポットも、十分なだけ用意されているらしい。
「あなたも付き合ってくれるんでしょ、夜明けまで」
「夜明けまで?」
「そう。せっかくの夏休みなんだから、一晩中楽しまなきゃ」
横から、篤志がにこにこと口を添える。
「で、でも、俺はそんな準備なんてしてきてないし」
「ああ、それなら大丈夫さ。君が来るって聞いて、みんなで用意はしてきたからね。初心者は大歓迎だよ」
と、別の先輩が篤志の横から言った。どうやら、何もかも準備されていたらしい。大学生の常とはいえ、えらくフレンドリーな連中だ。
「ま、そういうことなら…」
苦笑しつつ、弘希はうなずいた。もともと、実地テストには付き合うつもりだったし、急いで帰る用事は何もない。久しぶりに、旧交を温めあうのもいいだろう。
「それにしても、ちょうどいい時に来てくれたよ。これを使うには、ぴったりの夜だからね」
何やら謎めいた微笑をうかべると、篤志は弘希にそう言った。




2.観測準備


やがて、辺りは真っ暗になった。それまで文字どおりサークルを作って談笑していた彼らは、あちこちに散らばっている自分の器材のもとへと散っていった。午後七時を過ぎたころである。
「…満天の星空、だな」
夜空を振り仰いだ弘希は、ふと篤志に話しかける。こんな星空を見たのは、本当に久しぶりのことだ。
「うん。今日は特に、シーイングも透明度もいいから、星を見るにはいい日だと思うよ。ほら、天の川がちゃんと見える」
篤志は東の中天を指差した。そこには、ゆったりと天球を横切る雲のようなものがあった。その一角を囲むように、明るい星が二等辺三角形を作っている。夏の大三角だ。
こうして見ると、宇宙の大きさというものが改めて実感できる。
「あれか、初めて見たよ…」
「この辺りだと、条件のいい日には必ず見えるんだ。ただね…」
「うん?」
「今はまだいいけど、九時半くらいには月が昇ってくるから、普通に望遠鏡で楽しめるのも、それまでかな」
「そうか、月があるのかぁ…」
そういえば、高校のときに、篤志が、月のある日は観測ができないとか何とか言ってたな、と弘希は思い出した。
「それじゃ、なんで今日は一晩じゅう観測を? このあいだくれたメールに、わざわざ今日って指定してあったけど」
「うん。今日は、どんなに条件が悪くても外せない日なんだ。ペルセウス座流星群の極大日だから」
「ペルセウス座流星群?」
弘希は怪訝そうな顔で篤志を見やった。今では、この流星群の名前も一般に知られるようになってきたが、同じ理系でも工学系のにみ異常な興味を示す弘希は、そんなことはまったく知らない。
そんな弘希に、篤志は説明した。流星群というのは、特定の時期に空のある一点から降り注ぐように見える流星の集まりを言う。もとになる塵は彗星から供給されているため、毎年、地球がその軌道を横切る度に、決まった方角から(輻射点という)流星が流れる、というわけだ。
流星の集まりといっても、その頻度は一時間に数個から数十個ほどだが、この時期にペルセウス座の方向から降り注ぐ流星群は特に規模が大きく、一時間に五十から六十個ほどの流星を見ることができる。ちょうど夏休みにかかることもあって、流星を観測するには、最適といっていい流星群なのだ。
「へえ、そういうわけだったのか…」
「そう。ただ、ペルセウス座は秋の星座だから、かなり夜が更けないと高い高度まで上ってこないんだ。輻射点が高い方がたくさんの流星を見れるから、この流星群を観測するなら、明け方までがんばっていないとね」
「なるほど、それで一晩じゅう、か」
「まあ、この時期でないと、一晩じゅう星を見るなんてこともできないしね。だから、みんな楽しみにしてるんだ」
なるほど、みんな楽しそうにしているし、な。弘希は辺りを見回してそう思った。ただ単に星を見るだけのことだが、ここにいる連中は、それを心から楽しんでいるようだ。周囲は真っ暗闇だが、何となく雰囲気でわかる。
「それに、星を見るだけが観測会の楽しみじゃないしね」
「なに?」
思わず振り返った弘希に、篤志はとぼけた顔で笑った。
「夜が更ければ、すぐにわかるよ。さ、それよりも、月が出ないうちに、僕たちも観測に入ろうか」
「そうだな。…よし、じゃ、CCDカメラを動かしてみようか」
「うん」
うなずいた篤志と一緒に、弘希はCCDカメラのセットアップにかかった。篤志がこのカメラの威力を知ったのは、それから十分後のことである。




3.篤志の先輩


…それから十五分後、弘希と篤志の周りには再び人だかりができていた。CCDカメラが動き出したと聞いて、みんなが集まってきたのである。最初は物珍しさが先走っていたが、
「すご〜い…」
「ほんとにこんなことがてきるなんてねぇ」
「便利な世の中になったもんだよなあ…」
カメラに接続されたディスプレイを見ながら、みんなは口々に感嘆の声を上げる。ディスプレイには、魚眼レンズで撮ったような映像が映し出されていた。今現在の夜空である。
一見すると何でもないようだが、実はこれが大変なことなのだ。このカメラには十二個のCCD感光部があり、そのおのおのが空の一部分のみを走査している。これを画像処理の過程で、一枚の全天画像として表示しているのだ。CCD画像はかなり容量が大きいにも関わらず、それを寸分の狂いもなく、しかもリアルタイムで重ね合わせる能力は、まさに画期的の一語に尽きた。
「どうかな、篤志?」
「うん、これなら大丈夫だ。立派に使えるよ」
そう言いながら、篤志は内心驚きを禁じえなかった。こうなることは十分に予測していたが、実際にそれがディスプレイ上に再現されてみると、やはりそのすごさが実感される。
「実のところ、別に大したことをやってるわけじゃないんだ」
と、弘希は説明する。
「この全天画像は、今実際に見えている星をみんな映しているわけじゃないからね。そんなことをしたら、画面が真っ白になってしまうよ」
そこで、処理段階でフィルターをかぶせて、表示密度を下げているのだ。当然、表示されなかった情報は、すべてディスクに(圧縮された状態で)記録されている。
「もちろん、表示の設定はいつでも変更できるけどね」
弘希はそう付け加える。
「それから、視野の拡大縮小は、データの保存処理とは切り離されているから、今何を撮っているかを気にする必要がない。いつでも好きなところを表示できるってわけさ」
「なるほど。で、拡大率はどのくらいまで?」
と、メンバーの一人が尋ねる。
「最大で、五度四方まで。七等星ぐらいまではデータを取っているから、それが限界、かな」
再び見学者たちから驚きの声が上がる。五度四方で七等星まで、といえば、双眼鏡の性能がちょうどこのくらいだ。これでは双眼鏡がいらない。
もっとも、欠点がないわけではない。
「データはかなり圧縮されているけど、それでも一晩じゅう動かしていると、容量がギガバイト単位になってしまうんだ。篤志のパソコンはかなり大きなディスクだけど、けっこう負担がかかるんじゃないかな」
「うん。でもまあ、それは仕方ないよ。これだけの器械なんだから、そのくらいは我慢しなくちゃね」
篤志の言葉に、みんなはうんうん、とうなずいた。これほど高性能な器材が使えるのならば、少々の問題は喜んで目をつぶる、そう言わんばっかりだ。
「いやあ、これからは、流星の観測が楽になるなぁ」
いやに間延びした部長の一言に、みんなは爆笑したものだった。もっとも、半分は本気らしかったが。
「そういや、流星の観測は、誰がやってるんだい?」
「ああ。去年までは、こちらの栗崎先輩が専門にやってたけど、先輩、来年は四年生だから、今年からは僕も本気で取り組んでみようかなって」
篤志は、隣にいた女の先輩     フルネームは栗崎智香子という     を振り返る。
「うん。久川くんが後継者になってくれるし、立派な器材も入ったから、これで安泰かな」
彼女は、嬉しそうに笑った。弘希のCCDカメラを見ながらも、ちらちらと空に目を配るあたりが、彼女が篤志以上に天文に熱意と技術を持っていることをうかがわせる。
「で、肝心の流星は?」
と、別の先輩が問いかける。
「ああ、それがまだなんですよ。もっとも、立ち上げてから二十分ほどしか経ってないし、夜は長いですから…おっ!!」
ディスプレイの片隅に、一瞬、白い筋が光った。
同時に、
「あっ!!」
智香子が声を上げる。つられてみんなを空を見上げたが、すでにそこには何もなく、いつもの星座が輝いているだけだ。
どうやら、念願の流星のようだ。弘希はすぐに、表示を切り替える。
「記録されてる?」
「ええ、バッチリ。時間はGPSとJJYからとってますから、十分に正確なはずです」
「どれどれ」
智香子は、ディスプレイを覗き込んだ。ウィンドゥのひとつに、先刻の流星がスローで表示されている。
「どうですか?」
「うん。これなら問題はないわ。立派に観測データとして使えるわね」
智香子は、そう言って弘希に笑いかける。
「それはよかった」
弘希は嬉しそうにうなずいた。自分の作ったものが誰かの役に立つというのは、本当に嬉しい。
と、言ってる間にまた流星が流れた。
「あ、まただ」
サークルの誰かが叫んだ。さっきから、みんなは空を見上げている。
「今日はいやに多いな」
と弘希。もちろん、今の流星も記録済みだ。
「そうさ、今日はペルセウス座流星群の極大日だからね」
さも当然といった顔で、篤志は言った。その横から、
「まだまだ多くなるわよ、冴草くん」
智香子はそう言っていたずらっぽく笑った。




4.月の出


やがて、月が昇ってきた。東の空が、白っぽくかすむ。
「あちゃあ、もう上がってきたかぁ…」
とたんに、駐車場のあちこちからうめき声が上がった。暗い空を誰よりも愛している彼らにとって、月は相変わらず邪魔者らしい(もっとも、例外が一部いるが)。
一方、流星を観測している弘希たちはといえば、
「篤志、月のデータをフィルターに取り込むぞ」
「月のデータって…、そんなことできるの、冴草くん」
篤志はびっくりして弘希を見やった。弘希は、さも当然といった体でうなずく。
「まあな。こんなこともあろうかと思って、対光害フィルターを用意して来たんだ。月明かり程度なら、記録時にシャットアウトできる」
そう言って、弘希はふと、篤志に笑いかけた。
「もっとも、昇った直後のあんな月じゃ、フィルター用のデータとしては参考にならないから、もう一時間ほど待たないといけないけどな」
そう言って、弘希は東の空を見上げた。地平線のすぐ上に、満月を過ぎた月が赤っぽく光っている。本来の月は、もっと白く輝いているはずだ。
「ちょっと冴草くん。それって、つまり、月明かりのデータさえ取り込んでしまえば、後はそれを気にせずに、観測を続けられるってこと?」
「ええ。そういうことです。そうでなかったら、記録するデータにそのときの環境によるばらつきが出てしまいますから」
これには、智香子も篤志も驚いた。対光害フィルターのことは二人ともよく知っていたが、リアルタイムで画像処理をしている最中にそれを行えるとは思ってもみなかった。このCCDカメラは、そんなことまでできるのだ。
「へえ、冴草くんて、何でもできるのね…」
「ははは…、まあ、うちの大学の科学部に、天文をやってる奴がいましてね。そいつから、どんな機能を盛り込んだらいいか、こと細かに聞いたんですよ」
照れくさそうに笑った弘希は、立ち上がって智香子を見やった。
「でもまあ、月がもっと高くなるまでは、データの劣化は避けられません。一時間ほど、観測を中断した方がいいと思います」
「そうね。休憩するにはちょうどいい時間だし…」
智香子はそう言うと、数メートル離れたところで望遠鏡をいじっていた部長のそばに行った。見ていると、何やら小声で話しかけている。
弘希は首をひねった。
「休憩って?」
「ああ、観測会では、必ずやるんだ。大体、いつも真夜中まで観測するからね」
「?」
さっぱり要領を得ない返答に、弘希は怪訝そうな顔で智香子たちを見やる。
やがて、話がまとまったらしく、部長は大きくうなずいた。
「おおい、みんな。ちょっと早いけど、なべにするぞ!!」
「おお〜!!」
辺り一面から何やら歓声が上がったと思うと、急に周囲が騒がしくなった。
「なべ?」
と、弘希は篤志を振り返る。
「うん。観測のときは必ずやるんだ。何しろ外にいる時間が長いから、それなりにスタミナもいるし、いい休憩になるからね。それに、いくら夏といっても、夜の屋外は寒くなるから、どうしても暖かいものが欲しくなるし」
「なるほど…」
「今日は一晩じゅうここにいるから、たぶん二回ぐらいは、やることになると思うよ。実は、これがけっこう楽しみだったりするんだ」
そう言いつつ、篤志は智香子を見やる。材料を取り出していた智香子は、くすっと笑った。
「そうね。星をじっと見ているのもいいけど、やっぱりみんなでわいわいやるのも楽しいものね」
弘希は納得した。星を見る楽しみに加えて、こんなイベントがあるのなら、夜遅くまで頑張るのも苦にならないだろう。
「さ、今日は君の分もあるからね。いっぱい食べてってくれよ」
後ろからやってきた先輩とおぼしき人が、通りしなに、弘希にそう声をかけていく。このあたりの飾らない心遣いが、弘希には嬉しい。
「そういうことなら」
と、弘希は喜びいさんで、なべの集まりに加わるのだった。




5.鍋で一服


やがて、なべが出来上がった。話によると、こういうことが得意な人がメンバーに何人かいて、持ち回りでなべを作るのだそうだ。今のところ、篤志は材料の買出し専門だが、智香子はそうではないらしい。いずれ、そのあたりのことも智香子から受け継ぐことになるだろう。
わいわいがやがや、出来上がったなべを囲みながら雑談が弾む。今日の話の主役は、なんといっても弘希のCCDカメラだ。
「へえ、CCDのストックがそんなにたくさん…」
「まあ、大半が捨てられたビデオカメラなどから外したものですけどね。それでも、実用には十分耐えられますよ」
「じゃ、製作にかかった費用は…」
「ええ。タダ同然です」
「う〜む」
と、中の何人かが考え込む。全員が学生であるため、懐事情が寒いのはみんな同じのようだ。
「設計は、全部自分で?」
「そうですね、そんなに大変なことじゃなかったですし」
むろん弘希にとっては、である。傍で聞いていたサークルのメンバーは、一様に驚いた顔をした。彼らとて望遠鏡を自作するくらいだからそれなりの技術は持っているのだが、それでもこんなCCDカメラなどとても作れたものではない。
「できないことじゃないですよ、冴草くんなら」
篤志はさも当然といった顔でうなずいた。高校時代の三年間をともに過ごした篤志にとって、弘希の科学力はもはや当たり前のことなのだ。なにしろ、
「あれを一人で作るぐらいですからね」
と、弘希の乗ってきた十六輪バイクを指し示す。元はバイクだったそれが、ここまで変貌してしまったことこそが、まさしく弘希のとてつもない科学力の証明していた。
「なるほどね…」
みんなは納得してうなずいた。CCDカメラに加えて、あんなものを見せられたのでは、もうそのまま受け容れるしかない、そんな表情だ。
「でも、みなさんの器材もかなりチェーンされてるじゃないですか。見たところ、既製品そのままのものなんてひとつも見当たらないようですけど」
「まあね。みんな、いろいろ使い易くしているから」
と、彼らは順番に自分の器材の説明を始めた。いや、自慢といった方がいいかもしれない。みんな、それぞれに熱意を持って取り組んでいるのだ。
話を聞いているうちに、弘希は、彼らがそれぞれ専門の分野と器材を持っていることに気づいた。惑星の観測には中口径の反射赤道儀、星雲星団は大口径の反射経緯台、写真撮影はポータブル赤道儀、といった具合に、である。
弘希がそのことを口にすると、
「いや、最初からこうだったわけじゃないんだよ」
「最初は、みんなオールマイティにやってたの。でもね…」
「そう、何年もやってたら、そのうちに自分が何が好きなのかに気づいて」
「それで、専門の器材を使うようになったんだよ」
「へえ…」
弘希は感嘆した。つまり、みんなそれだけ深く天文をやってきたということである。天文というと単に星を見るだけ、といった程度の認識しかなかった弘希にとって、これは新しい驚きだった。
「だけどさ、光学系の器材って、かなり金がかかるからね。」
と、メンバーの一人がくすっと笑う。とたんに、辺りから同意のくすくす笑いが漏れた。
「そう。いいものになると、レンズ一枚が数万円もするからね」
「だから、レンズとか反射鏡だけを買って、あとは全部自分で作っちゃうんだ」
「そうすれば、費用も安くあげられるし、光学の勉強にもなるからね。ま、大学のコンピュータが使えるから、図面を引くのは簡単だし、工学部の連中が多いから、暇な奴からいろいろ手伝ってもらえるし。だから、昼間でも部室に集まっていることが多いよ」
「なるほど」
弘希は納得した。高校時代は弘希も、放課後は科学部に入り浸りだったし、大学に入ってからもその傾向は変わっていない。
「立派なもんですよ。星を見るために手作りの器材をなんて、ね」
弘希にそう言われて、みんなはにっこり笑った。やっばり、外の人間から自分の打ち込んでいることを認められるのは嬉しいようだ。
「ははは、ま、君と同じさ。好きなことにはいくらでも、ってね」
そう言った部長の表情が、弘希にはすべてを物語っているように思えた。
やがて、なべはすっかり空っぽになった。
「…さて、観測の続きでもはじめるか」
部長の一言を合図に、みんなは再び駐車場に散らばっていった。




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