夜 明 け の 同 窓 会 

★ 本編 1998年11月17〜18日 ★


 第三章 夕べのひととき


…やがて、夕焼けがすっかり暮れた頃、沙希の料理ができ上がった。むろん、篤志の大学の女の子たちも     少数ながら男もいたが     一緒になって作った結果だ。
「みんな!! 夕食が出来上がったわよ!!」
沙希の明るい声が駐車場いっぱいに響いた。それに応えるように、駐車場のあちこちで観測の準備と雑談にいそしんでいた連中が、ぞろぞろと立ち上がる。
「よおし。待ってました!!」
観測機器のそばから立ち上がった弘希は、喜びいさんで真っ先に駆け出していく好雄を見やって苦笑した。彼は相変わらず、女の子の輪の真ん中にいる。
「あいつ…」
弘希は苦笑した。おそらく、彼は大学生になっても女の子と仲良くなることに熱中しているに違いない。
「はは、相変わらず騒がしい奴だな」
隣にやってきた翔が、やれやれと首を振って、同じようにその光景を見つめた。
「少しは大人になったかと思えば、ちっとも変わりゃしない」
「そう言うなよ。…さ、俺たちも行こうか」
翔を促して、弘希は沙希たちのもとへ歩いていく。
夕食は、屋外で作ったものとしては、驚くほど豪華なものだった。何しろ、大きなダッチ・オーブンいっぱいに、トマトベースのスープがぐつぐつ煮えたっているのだ。しかも、これかまた、うまい。
もちろん料理はそれだけではない。中程度のナベには、ふっくらと炊き上がったご飯がいっぱい、バーベキュー用の網には、ほどよい焼け具合の肉や野菜や焼きそば、などなど。しまいには、どこから持ち出したのかわからないテーブルにパンやデザートがところ狭しと並んでいる始末だ。
大学のサークルの一人が思わず、
「何だ、これは」
と目を剥いたのもわかるというものである。
「これ…、みんな虹野さんが?」
やってきた弘希も、大変な量の夕食に面食らっていた。
「うん。でも、みんなも手伝ってくれたから、そんなに手間はかからなかったよ」
「手間って、でも、こんなにいっぱい…」
すごいじゃないか、と半ば呆れながらそう言う弘希に、沙希はウインクをひとつ返す。
「大したことないよ。みんなが喜んでくれるならも、わたしはそれが一番嬉しいから。後は…」
根性かな、沙希はいたずらっぽくそう付け加える。さすがに、高校時代に五十人分の弁当を作った沙希だけのことはあった。
「いっぱいあるから、どんどん食べてね」
そう言ってニコニコ笑う沙希が、弘希には妙に眩しかった。
もちろん彼女の言うとおり、一人でこれだけの料理を作ったわけではない。聞いた話だと、サークルのメンバーに加えて詩織と奈津江と涼子も手伝っていたという。
そして…、
「えっ、鏡さんも?」
話を聞いた公たちはびっくりしていた。もともと、親衛隊のメンバーだった弘希には周知のことだが、彼らにとっては、魅羅が料理が得意だったことは意外に映ったらしい。
「ふふっ、おかしいかしら?」
魅羅は、そう言って柔らかに微笑む。
「だって、なあ…」
好雄と公は戸惑ったように顔を見合わせる。このとき、彼らは初めて、魅羅に弟が六人もいたのを知ったのだった。
「高校のときは、家事はわたしがみんなしていたのよ。今でも、実家に帰ると必ずすることにしているの」
居合わせた公たちは、ふとその姿を頭に描いてみた。いつもグラビアの中にいる妖艶な彼女がエプロンをつけて…。
「…それはそれで似合ってるかも」
とは、好雄の弁である。もっとも、彼の場合、少しばかり想像の仕方が違っていたかもしれないが。
「かもな。ていうか、むしろそんな鏡さんの方が、俺には素敵な気がするな」
ふと食事の手を休めて魅羅を見やると、公もうなずいた。普段、詩織と一緒に過ごしている分だけ、彼にはその辺りの事がよく分かっているのだろう。女性が一番輝いて見えるのは、何も綺麗に着飾った時ばかりではない。
「ふふっ、ありがと。褒めても何も出なくて残念だけれども」
魅羅は弘希の顔を見やってくすっと笑った。
ところで、いくら料理がたくさんあるといっても、ここにいる人数は、サークルのメンバーにきらめき高校の旧科学部と同窓生を合わせて、五十人ちかくもいるのだ。誰もが食べきれないと思っていた料理もあっというまになくなっていく。
「いやあ、それにしても…」
と、弘希の隣で健啖ぶりを発揮していた公が、ふと辺りを見まわしてつぶやいた。
「ん、なんだって?」
と弘希が聞き返す。
「いや、何かいいなあって思ってさ」
「?」
「ほら、十一月の寒い中だけど、こうして屋外で、みんなと一緒に暖かい料理を食べるのってさ、やっぱり独特の楽しさがあるなあ、と、な…」
「それに、天気もいいし、ね」
と、横から詩織も口をはさむ。
「?」
と、弘希が不思議そうな顔で二人を見やると、
「ほら、公くんは部活で忙しかったし、わたしは何もしてなかったから、こんなことやったことって、ほとんどなかったのよ。だから、こういうのにちょっと憧れてたの」
「ああ、なるほどね…」
弘希は納得した。夏休みになると、弘希の所属していた科学部も屋外での活動が増え、こういうことはしょっちゅうあったものだ。だから、昼夜を問わず屋外でものを作って食べることには慣れている。
けれども、やはり高校生の誰もが、こういう体験をできるわけではないのだ。昼間はともかく、夜ともなれば、よほどの理由でもないかぎりこんなことをするチャンスはない。
弘希は手を止めると、改めて周囲を見まわした。大きなダッチ・オーブンとバーベキューのセット。それを囲んで談笑する旧知の、あるいは初対面の仲間たち。そんな優しい光景をライトの灯りが照らし出している。
そして、目を転ずると、そこには、済みきった空に星がひとつ、またひとつと輝いていく。
これから訪れることはともかく、今この瞬間は、たしかに心地よいひとときだった。
「それにしても、あれには参ったよなあ…」
「あれ?」
詩織と弘希は、異口同音に尋ね返した。対する公は何も言わずに、視線を少し離れた場所に向ける。そこには、旧友たちと笑い合うレイの姿があった。
「ああ、伊集院”さん”のことね」
そのときのことを思い出したのか、詩織はくすくす笑いながらうなずいた。
実のところ、好雄たちからレイのことを聞いたときの公の驚きようは、並大抵のものではなかったのだ。何しろ今まで男だったと信じ込んでいたクラスメートが、実は女の子だったというのである。公にしてみれば、高校時代の三年間が音をたてて崩れていくような思いだったことだろう。それを聞いた勝馬や淳が、あんぐりと口を開けたまましばらく硬直していたことは言うまでもない。
彼らに改めて紹介されたレイは、とても素敵な女の子だった。高校時代のように、いつも憎まれ口を叩いて、男子生徒からは天敵のごとく見られていた伊集院レイではない。ニッコリ笑ったレイに、公たちは大いに戸惑ったものである。
先に来ていた好雄たち同様に、本人の口から事の次第を聞いた彼らも、高校時代に今の彼女と知り合うチャンスを逸したことを残念がった。彼女が女の子のままであれば、きっと彼らの高校生活も、随分と違ったものになったことだろう。もっとも、公などは、レイのような女の子がクラスメートにいようものなら、三年間、ずっと詩織を想い続けていられたかどうかいささか心もとなかったが。
と、そこに随分と出来上がった好雄がやってきた。といっても、顔が赤くなっているだけで、他はいつもと変わるところはない。
「…あ、そうだ。弘希、俺お前に聞きたいことがあったんだ」
と、好雄はふと背後を振りかえった。公と弘希は彼の視線を追う。
「あれは何だ、弘希?」
「あれ?」
弘希は首を傾げた。彼の視線の先には、バンガローが八つほど。うちひとつは、弘希が事前に送っておいたものだ。他には、別に訝しがられるようなものはない。
弘希は首を傾げた。
「何か気になることでも?」
「何かって、お前なあ…」
好雄と公はため息をついた。弘希の感性が凡人のそれと大きく異なるのはよく承知しているつもりだが、それでもここまでズレた返答をされると、いい加減友達をやっているのがイヤになってくる(ことがある)。
公は弘希の持ってきたバンガローを指差した。
「一体何だってあんなデカい物を持ち込みやがったんだよ」
「テカい物?」
訳がわからない、という顔の弘希を見やって、二人は思わず顔をしかめた。彼らのやりとりを見ていた詩織がくすっと笑う。
「お前なあ…」
「だってそうだろう。あんなの、バンガローじゃないぞ」
公たちが訝るのも、無理もないことだった。弘希が持ち込んだバンガローは、並みの大きさではなかったのだ。
八つのバンガローのうち六つは並みの大きさである。これは、篤志の大学のサークルで用意されたものだ。夜中に睡魔を押さえられなくなったら、ここで寝ればいい、というわけだ。
問題は、残りの二つだった。六つのバンガローの隣に、一階建ての家に匹敵する巨大なバンガローが二つ。このうちひとつはレイがヘリで持ち込んだものだが、残るひとつが、弘希の作ったバンガローなのだ。あまりにも巨大なので愛用のバイクでは運びきれず、仕方なく事前に何回かに分けて部品を送ってあったのである。
彼のバンガローは、外見に違わず、内装も豪勢なものだった。四隅には、二人ずつ寝ることのできる区画があり、中央部には簡易テーブル(ちゃぶ台ともいう)が設けられている。
何よりすごいのは、四つの部屋のそれぞれに窓があり、さらに壁には弘希手製の断熱材が仕込まれていることだった。おまけに、シュラフ同然の布団が部屋に備えつけられている。つまり、バンガローであるにも関わらず、この中では普段どおりに過ごすことができるのだ。
話を聞いた好雄と公は呆れかえった。
「相変わらず、こういう事になると常識ってものを無視する奴だなあ」
「何もそんな大げさなものを作らなくったって…」
「そんなことないわよ」
と、詩織は対照的にくすくす笑っている。
「冴草くん、わたし達女の子も来るから、ああいうものを作ってくれたんでしょ?」
「まあ、ね…」
弘希はうなずいた。
「もちろん、そればかりじゃないよ。俺、夏にここであの連中と一晩過ごしたことがあったんだけど、そのときは、夏なのに夜がひどく寒かったんだ。だから今はもう十一月だし、そんなことがないようにって思ってね」
「くすっ、冴草くんらしいね」
弘希と詩織の背後から、新しい声が響く。二人が振り返ると、そこには、沙希の笑顔があった。
「高校時代とぜんぜん変わってないんだ、ちょっと、安心したな」
妙にハイテンションな調子でウインクすると、沙希はちゃっかり弘希と詩織のマグカップにコーヒーを注いでいく。
「安心って?」
と詩織。公と好雄のカップにもコーヒーを注ぎ足しなから、沙希はちょっとばかり複雑な表情を見せた。
「うん。ほら、わたし達、高校を卒業してから、ほとんど会うことってなかったじゃない? だから、みんな、ひょっとしたらあの頃とすっかり変わってるんじゃないかって。それで自分だけが取り残されてしまったんじゃないかって、ちょっと不安だったの…」
つかの間、四人のあいだに沈黙が降りた。高校を卒業してからまだ半年ほどしか経っていないが、その間に自分がどこか変わったかと問われれば、やはり気になってしまう。
「や、やだ。大したことじゃないのよ、ほんとに」
妙にしんみりしてしまった四人に気づいた沙希は、慌てて笑顔をつくった。せっかくの楽しい時間なのだ。つまらないことを言って、みんなの興をそぎたくはない。
「でもさあ、虹野さん…」
と弘希が口を開いたとき、
「変わるわけないじゃん」
背後から、再び明るい声が響いた。五人が振り返ると、そこにはマグカップを持った夕子がいた。
「朝日奈さん…」
ちょっとどいて、とばかりに、夕子は強引に、みんなの輪の中に割り込んでくる。
「朝日奈さん?」
と、これは沙希だ。夕子はマグカップに入った紅茶で一息入れている。立ち昇る湯気に含まれた香りから察するに、どうやらブランデー入りらしい。
「だからさぁ、沙希、あんた、ここにいるみんなを見ててわかんないわけぇ? みんな、あの三年間を一緒に過ごしたんだよ。あの三年間より素敵なことなんて、たった半年ぽっちであるわけないじゃん。そうでしょ?」
そう言った夕子の視線が、好雄に向けられる。やはり、彼女と一番波長が合うのは好雄のようだ。
「だよなぁ、やっぱ…」
と、好雄がうなずいた。弘希も公も、これにはまったく同感だ。
「でしょでしょ。だから、そう簡単に変わるわけないんだって。そうだよね、ゆかり?」
夕子は背後を振り返った。いつのまにか、彼女の後ろでは、ゆかりがにこにこ微笑んでいる。
「ええ、もちろんですとも」
「そういうこと」
夕子はひとつうなずくと、わざとらしくため息をついてさらに後ろを指差す。
「ま、あそこまで行くと、さすがに誰かブレーキかけてくんないかな、とは思うけどね」
一瞬の沈黙。次の瞬間、辺りは爆笑に包まれるのだった。
話のダシにされた弘希だったが、やはりこんなノリの渦中にいるのは、何となく心地よかった。あの頃のつながりは、今でも確かにここにあるのだ。
やがて、あれほどたくさんあった料理がすっかりなくなった。辺りはもう真っ暗である。
「…さてと、始めるか」
弘希はそうつぶやいて立ち上がった。翔たち元科学部員と、篤志の大学のサークルのメンバーも、目配せしあって立ち上がる。
「…いよいよ、だな」
「ああ…」
隣にやって来た翔にうなずくと、弘希は夜空を見上げた。今日は月がないので、満天の空を望むことができる。
「よしっ!!」
気合を入れると、弘希は自分の持ち場であるCCD全天カメラに向かった。いよいよ、しし座流星群の夜が始まるのだ。
                                            



目次に戻る  第四章に進む