夜 明 け の 同 窓 会 

★ 本編 1998年11月17〜18日 ★


 第ニ章 11月17日…再会


1.駐車場にて


そして、いよいよその日がやってきた。十一月十七日の火曜日、しし座流星群の極大日である。
この日は、朝からニュースの度に、この三十三年に一度の天体ショーのことを流していた。地球上で東アジアが一番条件がいいということもあって、全国で観測の計画が立てられている。おそらく、今夜は天文に興味のない人たちも、数多くが夜空を眺めることになるだろう。ただ、冬型の気圧配置になるため、日本海側での観測は絶望的のようだ。
だが、篤志の観測地は違う。彼の大学は太平洋側にあるので、こういう気圧配置のときはまさに素晴らしい晴天がのぞめるだろう。昨日寒冷前線が通り過ぎたばかりなので、昼間のあいだは雲が多く残りはするが。
その日の夕方、弘希は観測地に着いた。夏に一度来た場所なので、迷うことはない。科学部の満も一緒だ。
そこで、弘希は思いがけない人物に出会った。
「よう、弘希。お前も来たか」
「翔!!」
バイクを降りた弘希に真っ先に声をかけたのは、高校時代の同級生、島崎 翔だった。弘希と同い年の科学部員では、弘希に次いでbQの科学力を持っていた男である。
バイクを降りた弘希は、喜びいさんで翔に駆け寄った。
「一体なんでまた、お前がここにいるんだ!? 大学はどうした」
翔は軽く肩をすくめる。
「今日はサボリだ。俺もこの流星群を見逃すつもりはないんでね」
「ああ、そうか。お前の大学は…」
弘希はうなずいた。ちなみに、彼の大学は、日本海に面した港町にある。流星群どころか、今日は雪が降るかもしれなかった。
改めて弘希を見やると、翔は嬉しそうに笑った。
「久しぶりだな、弘希。元気にやってるみたいじゃないか」
「まあな。講義はけっこう面白いし、毎日がやりたい放題さ。今日はちょっと残念だっだけどな」
「だろうな。高校時代と同じ、いい顔をしてるぜ」
「わかるかい?」
「もちろん!! あれを見れば一目瞭然さ」
翔は、弘希の乗ってきたバイクを指差した。そこには、高校時代からぐんとパワーアップした十六輪バイクがある(ちなみに、高校時代は十輪だった)。
ひとしきり笑いあった後で、弘希は翔を見やった。
「それにしても、どうしてここに?」
「ああ。篤志から連絡があったんだよ。高校時代の仲間がみんな集まるっていうんで、それじゃ俺も参加しようかと思ってね。俺は今来たばかりだけど、聞いた話じゃ、あいつ、科学部の全員に声をかけたらしいぜ」
「全員に? そいつはすごいな。それじゃ、遼も来てるのか?」
「ああ。今、篤志のサークルの仲間たちと話し合ってるよ」
翔は、離れたところにできている二つの人だかりの一方を指し示した。この夏知り合ったばかりの篤志の大学のサークルのメンバーに混じって、懐かしい顔がいくつも見てとれる。
それを見た弘希は目を細めた。彼らこそ、高校時代の三年間を弘希と一緒に過ごした、きらめき高校科学部のメンバーなのだ。特にその中の一人、栗林 遼は、弘希や翔ととに科学部の三本柱として活躍した仲だった。三年生のときは、部長をやってもいる。
みんなの見慣れた顔を見ながら、弘希はふと、きらめき高校で過ごした三年間を思い出していた。今と比べればはるかに限定的なことしかできなかったが、それでも、あの三年間は弘希にとって、一番輝いた時間として心に残っていた。そんなメンバーが、奇しくもここに集まっている。
「なんだか、同窓会みたいになってきたな…」
「ああ。最初は考えもしなかったけど、ここに来てみて、俺もそう思ったよ。ま、高校を卒業して半年以上経っているんだ。同窓会ぐらいあってもいいんじゃないかな」
「半年以上、ね…」
弘希は苦笑した。言外に"たった"という響きがこもっている。まだ二十歳にもなっていない弘希にとっては、半年という期間などその程度のものだろう。
と、そのとき、
「冴草く〜ん!!」
もう一方の人だかりから、弘希を呼ぶ声がした。見ると、そこにも懐かしい顔があった。弘希に向かって大きく手を振る女の子、高校時代の三年間、弘希のクラスメートだった虹野沙希である。輝くような笑顔も相変わらずだ。
弘希は苦笑しつつ翔を見やった。
「悪い、翔。ちょっと行ってくるよ」
「ああ。じゃ、俺は満とあっちにいるからな」
踵を返すと、弘希は翔と別れて沙希のもとへ向かった。




2.旧友達との再会


「久しぶりだね、冴草くん。元気にしてた?」
弘希が近づくなり、沙希は彼ににっこり笑いかけた。少しばかり大人びてはいるが、かつてのサッカー部マネージャーの元気な笑顔は、今も健在だ。
「ああ。虹野さんも元気そうで何より、って…」
そう言うなり、弘希は目の前にあるナベの群れを見て目を丸くした。アウトドア用品としてよく売っている、ダッチ・オーブンと呼ばれる鋳鉄製のごついナベが、大小取り混ぜて五つほど。最大のものは、ビッグサイズのピザが丸ごと入りそうなほどの大きさがある。さらに、そばのテーブルにはまな板や包丁などの調理器具がところ狭しと並び、その傍らには焚き火セットが三つほど組み立てられている。
弘希は開いた口がふさがらなった。
「これ、全部虹野さんが?」
「うんっ!!」
沙希は元気いっぱいにうなずいた。
「だって、今日は一晩ここにいるんだもん。朝まで持つようにいっぱい食べ物を用意したくて」
「しかし…どうやってここまで?」
「あたしの車で運んだんだ」
その声に、弘希は背後を振り返った。篤志のサークルの女の子達に混じって、ここにも見慣れた仲間たちの顔がある。
「よう、久しぶり」
「ご無沙汰してます、冴草さん」
「清川さんに、如月さん…」
かつても弘希の友達、清川 望と如月未緒は、弘希ににっこりと笑いかけた。未緒は今、大学の一年生、そして、学生時代に水泳部で全国レベルの活躍をしていた望は実業団に入り、二年後のオリンピックを目指して活躍中だ。
望は、後ろを指し示した。そこには、どんな山奥へでも行けそうなランド・クルーザーが鎮座している。
「ちょうど車を買った直後でさ、みんなで集まるっていう話を聞いて、沙希の道具も一緒に積み込んできたんだ」
「道具、って…」
車の中を覗き込んだ弘希は、次の瞬間絶句した。クルーザーの貨物室には、シュラフや着替えは言うに及ばず、きちんと切り刻まれた食べ物やら水の入ったタンクやらが、ところ狭しと押し詰められている。
「に、虹野さん…」
これ以上ないくらい唖然として沙希を見やる弘希に、沙希は得意そうに笑った。
「どう、冴草くん。これなら、一晩ぐらい食べ物に不自由しないでしょ」
「あ、ああ…」
弘希はこくこくうなずくしかなかった。高校時代はサッカー部のマネージャーで、料理が大の得意だった彼女。あの三年間で培った経験が、専門学校に入ってはるかにパワーアップされている。
ふと思いついて、弘希は望にそっと聞いてみた。
「まさか、これ全部虹野さんのものってわけじゃないよね?」
「まさかぁ。そんなことはないよ。聞いた話だけど、道具は卒業したサッカー部の仲間から借りてきたんだってさ。大学に行った奴らの中には、体力作りを兼ねて山に登ってる奴もいるらしいから」
「…よくこれだけのものを貸してくれたよな」
「そこはそれ、沙希は今でも連中に人気があるからね。沙希も仲間が出るサッカーの練習試合があると、たまに応援に行ってるんだって」
「なるほど…」
弘希は納得した。沙希の面倒見の良さと人懐っこい性格が、いつの間にかサッカー部の部員達に浸透していく様子を、弘希は実際に目の当たりにしている(そのせいか、サッカー部には人の心配事に気を揉みたがる熱血漢がやけに多かった)。きっと卒業後も付き合いのある部員達は多いのだろう。
もちろん、そういう望も、高校時代はちょくちょく沙希の応援を受けていたものだ。同じクラスになった事はなかったが、水泳部で頑張る望とそれを応援する沙希は、いつも仲良しだった。
「うふっ。さすがは虹野さんよね」
その声に振り返った弘希は、さらに驚きを体験することになった。まさか、彼女まで来ているとは思ってもみなかったのだ。
「か、鏡さんまで…!!」
「久しぶりね、冴草くん」
ここに集まったメンバーの中でも、場違いなほど綺麗な彼女、鏡 魅羅は弘希に穏やかに笑いかけた。彼女は今、その魅力を活かしてモデルをやっている。高校時代には彼女の親衛隊があったほどで、ひょんな経緯から、弘希もその親衛隊に科学担当として入っていた。
グラビアの中では妖しい魅力を放つ彼女が、ごく普通に弘希に笑いかけている。
「あら、どうなさったの、冴草くん? 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「あ、いや…」
弘希は慌てて視線を逸らす。
「まさか鏡さんまで来てるとは思ってもみなかったから」
「思ってもみなかった? …やれやれ」
魅羅は苦笑して首を振った。
「いくら忙しいからって、連絡を受けたからには来ないわけにはいかないでしょう、同窓会」
「ど、同窓会!?」
弘希は目を丸くして魅羅を見つめた。彼女は相変わらず微笑んだまま、弘希をまっすぐ見つめている。
「あら、違うの?」
好雄の奴、マジにそんな名目でみんなを誘ったのか…、と弘希は顔をしかめた。きらめき高校を卒業してたった半年しか経っていないにも関わらず、なぜこれほど多くの天文には関係のない旧友たちがここに集まったのか、ようやく理解した思いである。あの三年間を共に過ごした仲間たちなら、同窓会と言われて来ないはずがない。
「ん、ああ。まあ、そのような、そうでもないような…」
などと意味不明のことを口走る弘希に、魅羅の背後にいた沙希と望が、顔を見合わせてくすっと笑った。
照れを隠すように咳払いをひとつすると、弘希は沙希たちを見やった。
「で、当の主催者はどうした?」
「まだ来てないみたい。でも、日が暮れるまでには、みんなやって来ると思うよ」
沙希はそう言って、弘希にウインクした。沙希の言う”みんな”が、好雄だけでないのは、弘希にもよくわかった。




3.主催者到着


ひととおり再会したみんなに会ったあと、弘希は篤志たちに合流した。料理の方は沙希に任せて何の問題もなかったし、もともと弘希は、しし座流星群を見るためにここに来ているのだ。
そして、一時間ほど経ったとき、さらに二台のクルマが到着した。ともにRVである。
「やっと来たみたいね」
弘希のそばにやってきた沙希がつぶやいた。彼女の言うとおり、RVから、”同窓会”の主催者が降りてくる。
「いやあ、悪い悪い。ちょっと、仲間を拾ってたら遅くなっちゃってさあ…」
ぜんぜん反省している様子もなく、かつてのきらめき高校の自称”愛の伝道師”こと早乙女好雄はにこやかに笑った。
「言い出しっぺにしては、随分と着くのが遅いじゃないか」
弘希がそう言うと、
「まあ、そう言うなよ。これでもお前の後始末に駆けずり回ってたんだからさあ」
「俺の後始末?」
「そう。まったく、お前って奴は…」
わざとらしくため息をつきながら、好雄は後ろを振り返った。そこには、懐かしい顔とともに、弘希が思ってもみなかった顔があった。きらめき高校の同級生の朝日奈夕子、そして弘希の幼馴染みの巣鴨涼子である。
「涼子までか…!!」
弘希は顔をしかめた。同じアパートに住んでいながら彼女には何も知らせてなかったので、ここで顔を合わせるのはどうにもばつが悪い。
「ヤッホー。冴草くん、元気だった?」
夕子は右手をひらひらさせて弘希に挨拶した。その仕草は、まるでつい昨日別れたとでもいうようにどこまでも軽い。さすがに弘希は苦笑を返さざるを得なかった。彼女は今、フリーターとしてバイトを掛け持ちしている。いつも自由奔放に生きる彼女らしい選択だ。
それはともかく、
「でもほんとにひどいわよ、弘希? 同じアパートの相沢くんとつるんでたクセに、あたしには何の連絡もないんだから。早乙女くんから連絡がなかったら、今頃どうなってた事か」
「だよねぇ。冴草くんってば、ほんっとに友達甲斐がないんだから」
弘希は頭を掻いた。
「ワリい。だってお前、こんな事に興味持ったことなかったろ? だからさ…」
「そりゃ、いつもならね。でも今日は三十三年に一度の事なんだし、同窓会を兼てねるって言われたらやっぱり話は別よ。それをあんたは…」
放っておくと機嫌を損ねそうな雰囲気を素早く察した弘希は、傍らでニヤニヤ成り行きを見ていた好雄に目を向けた。
「同窓会ったって…。おい、好雄、お前なぁ…!!」
「おおっと、ストップストップ。せっかくみんな集まったんだから、今日は楽しくやろうぜ、なっ!!」
弘希の肩をポンッと叩いて、好雄はそそくさと沙希たちのグループに合流した。二人の追及の矛先から逃げたのは、一目瞭然である。
「まったく…」
そんな彼の後ろ姿を見送りながら、弘希は苦笑した。どうやら、今夜はほんとうにフルメンバーが集まるらしい。
そんな弘希を、涼子はからからと笑いながら見やった。事情はどうあれ、今日の同窓会にはきちんと参加できたのだ。結果がよければ、彼女も、とことんまで弘希を吊るし上げるつもりはないらしかった。
「ほんとに悪かったな、涼子。そっちは講義大丈夫なのか?」
涼子は肩をすくめた。
「大丈夫じゃないけど、でも、仕方ないでしょ。せっかくの同窓会なんだから」
いたずらっぽく瞳を輝かせる涼子に、今度は弘希が肩をすくめる番だった。大丈夫でないのは弘希も同じなのだ。もっとも、弘希の目的は少しばかり違うが。
「あっ、ひなちゃん、涼子ちゃん、こっちこっち!!」
彼女達の姿を目ざとく見つけた沙希が、嬉しそうに叫んだ。涼子も手を振り返す。
「じゃ、弘希」
「ああ」
弘希は踵を返すと、元の作業に戻った。




4.金髪の同級生


驚くべきことはさらに続いた。それから十五分ほど経ったとき、広い駐車場にいきなり爆音が響いたのだ。
「な、何だ!?」
集まったメンバー…篤志の大学のサークルときらめき高校の同窓生たち…は、一様に驚いた顔を見合わせた。
と、
「おい、弘希。あれ…!!」
隣にいた翔が、空を指差した。そろそろ赤味のさした西空から、一機のヘリコプターがこっちに向かってくる。
とたんに、
「おいおい。こんなときにTV局の取材かよ…」
近くにいたサークルの一人が恨めしそうに毒づいた。彼らにとっては、辺りかまわずライトの光を振りまくTV局の取材班は、いわば天敵も同然の存在なのだ。
「そういや、今日はあちこちでTV中継があるって言ってたもんなあ」
「頼むから、こっちに来ないでくれよ…」
そんな彼らの祈りも空しく、ヘリコプターは駐車場の端に着陸した。ローターの巻き起こす風が、彼らに激しく吹き付ける。
弘希がおかしなことに気づいたのは、そのときだった。
「おい、弘希、あれは…?」
翔もそれに気づいたらしい。そう、あのヘリの尾翼に書かれたロゴ・マークは、きらめき高校の生徒にとって忘れようとも忘れられないものなのだ。視界の隅で、好雄が嫌なものを見てしまった、とばかりに顔をしかめている。
ところが     
彼らの予想に反して、ヘリから降りてきたのは、背の高い女性だった。腰までありそうな長い金髪をなびかせて、こっちへ歩いてくる。
「!!」
驚く一同を尻目に、彼女は弘希のそばまでやって来た。ここにいるみんなの中で、直接会ったことのあるのは、弘希しかいなかったからだ。
まっすぐに弘希を見つめると、彼女は穏やかに笑いかけた。
「久しぶりね、冴草くん。お元気だった…?」
「ああ、久しぶりっていっても、まだ半年しか経ってないけど」
弘希は、懐かしそうに彼女を見やった。高校時代にこの姿を見かけたのはほんの数回だったが、その実、彼女は弘希がもっとも世話になった友達の一人なのだ。彼女がいなければ、弘希の高校生活はもっと地味なものになっていただろう。
「あんたも元気そうで何よりだ。いつこっちに?」
「ついさっきよ。ここにみんなが集まるって聞いたから、どうしても会いたくって…」
「そっか…」
弘希はこくっとうなずいた。ここで会えるとは思ってもみなかったが、実際に目の当たりにしてみると、やはり懐かしい。
驚いたのは他の友人たちである。よもや弘希が、こんな綺麗な女性と知りあいとは想像だにしなかったのである。幼馴染みの涼子ですら、彼女のことは何も知らない。
「お、おい、弘希」
「ん、何だ?」
しどろもどろに尋ねる好雄に、弘希はちらっと一瞥をくれる。
「彼女、一体誰なんだよ? 何でお前と知り合いなんだ?」
弘希は意味あり気な微笑を浮かべた。
「なに? お前、三年間一緒にいながら気づかなかったのか? きらめき高校一の情報屋の名が泣くぞ」
「三年間一緒、に? だ、だって、そんな綺麗な女の子なんて、俺のクラスには…」
好雄は困り果てた顔で考え込んだ。およそ女の子のことなら誰よりも早く情報をキャッチできると自負していた自分が、こんなに素敵な女の子のことを知らずにいたのが信じられないのだ。
そんな好雄を見やってくすっと笑うと、彼女は長い髪をかき上げて見せた。
そして…。
「はっはっは。やあ、諸君!! 元気だったかね?」
「な…!!」
好雄は文字通り仰天した。この嫌味たっぷりな声は、忘れようとも絶対に忘れられるものではない。
「伊集院…、お前、ほんとに伊集院なのか!?」
「まったく情けない。これだから庶民の記憶力というものは…」
などと、彼女はさも大仰にため息をついてみせた。むろん、好雄がまったく知らないのは承知のうえである。
「し、しかし…」
好雄は目を白黒させて弘希を見やった。当の弘希は、これ以上ないくらいに笑いこけている。
「お、おい、弘希…」
「悪い悪い、ちゃんと紹介するよ。好雄、彼女が伊集院レイさん、だ。三年間、お前のクラスメートだったんだぜ」
「なにぃ…!!」
そう叫ぶなり、好雄はそのまま大口を開けてレイを見やった。よほどショックだったなしく、ぴくりとも動かない。
「おい、好雄?」
弘希は彼の目の前で手をひらひらさせてみる。
「可愛そうにな…」
わざとらしくため息をついた弘希を見やって、レイはくすっと笑った。彼らの中でただ一人、同じクラスにいた好雄には、大変なショックだったことは彼女にも容易に想像がついた。何しろ、女の子と見れば見境なく声をかけていた奴なのだ。
そんな二人を、きらめき高校の同窓生たちは唖然として見つめている。
「ほ、ほんとに? ほんとにあの伊集院くん、なの?」
みんなを代表して、沙希がたどたどしく尋ねた。そんな沙希を、そして後ろに控えている級友たちを見やって、レイは穏やかに微笑んでうなずいた。
「ええ。そうよ。わたしが、あなた達みんなの知っている、伊集院レイ。そして、この姿が、もう男のふりをする必要もない、本当のわたしなの」
「本当のわたし、って…。じゃ、どうして今まで男の子の格好なんて」
「くすっ。もうみんなには話してもいいわね。少しばかり長い話になるけど」
そう言うと、レイは事の次第を話し始めた。伊集院家のしきたりで、女児は高校を卒業するまでは、男として過ごさなければならないこと、それを誰にも知られてはならないこと、そのために、みんなとわざと距離を置こうとしてあんな意地悪な性格を装っていたこと。
話を聞いているうちに、彼らの顔に同情の色が浮かぶのを弘希は見てとった。無理もない。そんな無意味としか思えないようなしきたりのせいで、レイは彼らと仲良くなる機会をみんな捨てなければならなかったのだから。最初から女の子のままだったら、彼女の高校三年間はもっと明るく輝いたものだっただろう。
もっとも、レイ本人はあまり気に病んでいない。たしかにみんなにはつらく当たらざるを得なかったが、それでも自分は孤独に三年間を過ごしたわけではない。男のままでも、十分に活躍できたし、何を言っても声をかけてくる懲りないクラスメートも多かったからだ。好雄などはその筆頭である。
それに、極少数だが、その事情を知って彼女を気遣ってくれる生徒もいたのだ。ひょんなことからそれを知ってしまった弘希もそうである。
そして…。
「ああ、そうそう。今日は、もうひとり同窓生を連れてきたの。顔を見れば、みんなも喜ぶと思って…」
そう言うと、レイはヘリコプターを振り返った。突然、話の腰を折られたみんなは一様に面食らった顔を見合わせている。
「さあ、もういいわよ。出ていらっしゃい」
それから、たっぷり十秒ほど経って、ヘリのタラップを一人の女の子が降りてきた。長い髪を三つ編みに束ねて、やたらとゆっくりとしたテンポでこちらへやってくる。
彼女が誰かに気づいたメンバーの何人かは、黙って天を仰いだ。そんなことだろうとは思っていたが、実際にそれを目にするとなると、やはりため息のひとつもつきたくなるというものである。
彼女が並ぶと、レイはみんなを振り返った。
「紹介するわね。古式ゆかりさん。わたしの幼馴染みなの」
「ご無沙汰です。みなさん、元気そうでなによりですねえ」
古式不動産のご令嬢で天下無敵のマイペース娘、古式ゆかりは、にっこりと居合わせたみんなに笑いかけた。黙って見てれば、まさに天使の微笑みだ。
「空港に着いたら、ちょうど彼女が迎えに来てて、それで事情を聞いて一緒にやってきたの」
それを聞いたみんなの反応は、見事に真っ二つに分かれた。
「えーっ!!」
事情を知らない女の子たちと初対面同然の男たちは一様に驚いた顔でゆかりを見やる。一方、
「…」
一方、高校時代から彼女と付き合いのあった男たちは、憮然とした顔で視線を交わしていた。彼女の難攻不落ともいえるスローなテンポに人生を狂わせた仲間も一人や二人ではなかったからだ。
一番喜んだのは、好雄と一緒にやって来ていた夕子である。
「ゆかりぃー、久しぶりじゃん!! 元気にしてた?」
「はい。朝日奈さんも、お元気そうですね。安心いたしました」
「そんな堅っ苦しいのはやめやめ。あたしとゆかりの仲じゃん」
ゆかりの両手を取ってはしゃぐ夕子にも、弘希は思わずにやっと笑った。何だが、辺りの空気が一変したような雰囲気がある。
「今日はすごいんだ。こっちに来てよ」
「はいはい…」
夕子はゆかりの手を引いて望のクルーザーのそばまで引っ張っていく。辺りにほっとした空気が流れたような気がするのは、弘希のうがち過ぎというものだろうか?
何にせよ、これで同窓会らしい体裁は整ってきた。後は…。
「後は、主役の到着を待つだけ、かな?」
弘希は、そう言ってレイに笑いかけるのだった。




5.そして伝説の…


…そして、夕焼けが西の空を真っ赤に染め上げたころ、駐車場の二台のRVがやって来た。おそらくは今日最後の来訪者、この同窓会の主役となる人物が、そこに乗っているはずだ。
「来たか…」
篤志たちと観測の準備をすっかり終えた弘希は、それを見るなりにやっと笑った。彼らと会うのは、高校を卒業して以来、これが初めてのことだ。
それに気づいたのだろう。高校時代の仲間たちも、懐かしそうにRVを見つめている。みんな、あの二人と縁があった仲間たちだ。
と、弘希の隣に、翔と遼がやってきた。
「いよいよ、伝説のカップルのご登場、かな」
「ああ…」
弘希はうなずいた。卒業式のあの日、彼らは大勢の生徒たちに見守られてあの伝説を成就させたのだ。他にも伝説を成した恋人たちはたくさんいたが、彼らは、まさにその代表だった。
やがて、RVは駐車場の端に仲良く並んで止まった。中から、三組のカップルプラス二人、合計八人が降りてくる。
「公くん、藤崎さぁん…!!」
こちらに来るのが待ちきれなかったらしく、沙希が彼らに向かって走り出した。その後を好雄たちが追いかける。
と、弘希は、その八人の中に、特徴的な髪型をした女の子を見つけた。腰までありそうな長い髪を耳の後ろで丸く束ねて…。
「彼女までやって来たのか…」
弘希は笑って首を振った。好雄のメモ帳に載っていなかった、きらめき高校でただ一人の女の子である。まさか連絡がいってるとは思ってもみなかった。
「じゃ、俺たちも行こうか」
そう二人を促すと、弘希は最後にやってきた八人を囲む輪に向かった。


「…やあ、久しぶりだな、元気にしてたか?」
「弘希!!」
弘希がそう声をかけると、輪の真ん中にいた人物、主人 公(ぬしびと こう)は嬉しそうに振り返った。
「やっぱり来ていやがったか、そうじゃなくちゃな!!」
そう叫ぶと、公は弘希のそばに駆け寄った。
「おいおい、何をそうはしゃいでいるんだよ。たった半年じゃないか」
「そりゃそうだけどな、弘希。決して短かったわけじゃないよ。俺にとっちゃ、高校時代の三年間は、特別だったんだから」
「ま、気持ちはわからなくもないが…」
弘希は苦笑して首を振ると、公と、彼の後ろで微笑している女の子を交互に見やった。
「どうやらうまくいってるようだな。安心したよ」
「当たり前さ。あれだけみんなに心配をかけて、それで結びついた俺たちだ。ちょっとやそっとじゃ壊れやしないよ」
「ああ、そうだな」
弘希はこくっとうなずいた。最初に出会ったときは、どこか頼りなさそうな印象のあった公だったが、今ではそんな陰など微塵もない。弘希から見ても、どことなく眩しく感じられる立派な青年だ。あの三年間が、彼をここまで大きく成長させたのだ。
むろん、まったく何の目標もなしに、彼がこうなったわけではない。すべては、公の隣にいる女の子のためなのだ。
彼女     藤崎詩織は、にこっと弘希に笑いかけた。その輝くような魅力は相変わらずだ。いや、高校時代よりもさらに磨きがかかったかもしれない。
「こんばんは、冴草くん。久しぶりだね」
まるで卒業してから今までの時間などなかったかのように、彼女は自然に挨拶する。
「ああ。藤崎さんも元気そうで何より」
笑顔で挨拶を返しながら、弘希はふと、おやっと思った。外から見るとあまり変わったようには見えないのだが、言葉を交わしてみると、どことなく以前よりも落ち着いた雰囲気がある。
次の瞬間、弘希はその理由に気づいた。
「幸せそうだね、藤崎さん」
「…うん」
詩織は嬉しそうにうなずいた。公を見る彼女の目をみれば、彼女がどれほど公といられる時間を幸せに感じているかがはっきりとわかる。いつも隣に愛する人がいてくれること、それは、誰にとってもかけかえのない貴重なものに違いない。
たっぷり五秒間ほと二人を見つめていた弘希は、ふと我に返って二人の連れてきた仲間たちを見やった。彼らは、後ろで先にやってきたみんなと話し込んでいる。
「…それにしても、随分と大勢で来たもんだな」
「まあね」
公と詩織は、顔を見合わせて笑った。最初は公と詩織の二人だけでという話だったのだが、どうせならと友達も一緒にと誘いをかけた結果、クルマ二台に分乗という大世帯になったのだ。
弘希は、懐かしそうに彼らを見やった。高校三年間、一度も同じクラスになったことはなかったが、公たち、ここに集まった六人が友達であることに変わりはない。
「冴草くん」
「お久しぶりです…」
弘希の視線に気づいたのだろう、二人の女の子が弘希に声をかけた。弘希も嬉しそうにうなずく。
「久しぶりだね、冴草くん。がんばってる?」
一体、今日は何度同じ言葉をかけられたことだろう。けれども、今日は何回聞いてもその度に嬉しい。
「ああ。館林さんも、美樹原さんも、元気そうで何より」
彼女たち、館林見晴と美樹原愛は三年間同じクラスメートだった。見晴は涼子の、愛は詩織の親友である。
その見晴は、高校時代に見慣れた、世にも珍妙な髪型をしていた。仲間うちでコアラカットと呼ばれた、彼女にしかできない髪形だ。
「そういや、館林さん、今日はその髪で来たんだ?」
「もちろん!! せっかく高校時代のみんなに会えるんだもん。普段はおろしているけど、やっぱり、今日はこの髪型でなくちゃ!!」
そう言って、見晴はくすくす笑った。久しぶりに髪型を戻したことを楽しんでいるようだ。
そんな見晴を見やって、弘希はニヤッと笑って愛に目配せする。
「そうだね。館林さんは、やっばりその髪型が一番似合うかな」
「ええ、わたしもそう思います…」
ひとつうなずくと、弘希は相変わらず仲のいい二人を見つめた。見晴は今、弘希と同じく大学の一年生、そして愛は、きらめき市内のとある会社に勤めている。弘希の知る限り、友達の中で卒業後も市内に残っているのは、愛と夕子だけのはずだ。
と、
「ちょっとぉ、わたし達には挨拶もなし?」
二人の背後から陽気な声が飛んできた。弘希は、やれやれと首を振る。
「…順番ぐらい待てよ。別に急いでいるわけじゃないんだからさ」
そう答えつつ、弘希は残り四人、二組のカップルに向き直った。高校時代に弘希の知るカップルの中では、まずまずまともだった二組、芹沢勝馬、鞠川奈津江の幼馴染みコンビ、そして、戒谷 淳と十一夜 恵のカップルである。弘希はその場を見ていないが、二組とも、公たちと同じく伝説の樹の下で告白して結ばれたカップルだそうだ。
「よう、元気にしてたか?」
「久しぶり、冴草くん!!」
奈津江と勝馬は、笑顔で弘希に挨拶した。
続いて、
「やあ」
「こんばんは、冴草くん」
かっこいいを絵に描いたような淳と、可愛いを絵に描いたような恵が、弘希に笑いかける。
と、言葉を返す前に、弘希は四人をじっと見つめた。
「な、なに?」
「…いや、みんなうまくやってるんだなあって思ってさ。こうして見ると、どちらももお似合いだね」
「うふっ、ありがと」
奈津江は、勝馬と顔を見合わせてうなずいた。おそらく、二人ともからっとした裏表のない性格だからだろう、この二人はいつも仲がいい。弘希から見ると、同じ幼馴染みカップルの公たちよりも、見ていて安心できた。そして、公と詩織の仲をいつも心配していたものである。ちなみに、奈津江は高校時代はバスケ部に所属しており、優美のいい先輩だったことを弘希も覚えている。
一方、
「もうっ、冴草くんったら…」
恵はいかにも恥ずかしい、と言わんばっかりに顔を赤らめて俯いてしまった。この二人がつき合っていることを知ったときには、弘希も違和感を覚えたものだ。何しろ、レイと肩を並べるほど女の子にもてた淳と、四六時中占いに凝っている恵が、どういういきさつでこうなったのか、どう考えてもわからなかったからだ。まあ、本人たちがわかっていれば、他人が詮索するようなことでもないのだが…。
そんな恵を、淳は優しい眼差しで見つめている。
「いいじゃないか、せっかく冴草が誉めてくれたんだから、素直に喜ぼうぜ」
「だって…」
傍から見るかぎり、高校時代からまったく進歩のないように見える恵であった。
高校時代そのままの四人を、弘希は懐かしそうに見やった。
「やっぱり、みんな好雄から連絡を?」
「いや、淳たちはそうだったらしいけど、俺たちは…」
「詩織からも連絡があって、それでどうせならみんなで行こうってことになったの」
「みんな、今住んでる場所があまり変わらなかったからな。せっかくみんなに会えるんだから、予定を合わせて、ね」
なるほど、と弘希はうなずいた。確か、この四人も進学組だったはずだ。それぞれ大学は違うが、大学のある場所は大して離れていない。だから、今でも会う機会は多いのだろう。
「なるほど、みんな公たちが元凶だったわけだ」
「いいじゃないか。こういうことは、人数の多い方が楽しいんだし」
「俺は別に悪いなんて言ってないぜ」
揶揄するような弘希の言葉に、そこに居合わせたみんなからどっと笑い声が巻き起こった。
しばらく話し込んだあとで、ふと公は、駐車場に集まったメンバーを見まわした。科学部のメンバーを含めて、総勢四十人あまり。みんな、それぞれの思いを持ってここに集まった仲間たちだ。
「しかしまあ、随分と大勢が集まったもんだな…」
「まあな」
と弘希はうなずく。
「最初は流星群の観測って話だったんだが、誰かさんのせいで、いつのまにか同窓会にすり替わってしまったからな。篤志のサークルの連中には、迷惑な話だろうに」
そうぼやいた弘希をちらっと見た公は、ふっと笑った。
「だろうな。でもまあ、おかげで、懐かしい仲間たちにも会えたことだし、いいんじゃないか」
柄にもなく郷愁を込めた声でそう言う公に、弘希は同感というようにうなずいた。事情はどうあれ、弘希も同じ思いを持っていたからだ。
「ああ。そういう意味では、好雄に感謝しなくちゃな」
弘希は、そう言ってうなずいた。暮れなずむ駐車場のあちこちで、久しぶりに再会した仲間たちの輪が広がっていく。
「…さてと、観測の準備にかかるか。じゃ」
「ああ。また後で」
公たちと別れた弘希は、科学部の仲間たちと合流した。これから、長く楽しい夜が始まるのだ。
                                            



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