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 スターダスト・シャワー

エピローグ

”拝啓

 冴草先輩、お元気ですか? 
 …って、まだあの日が一週間も経ってないけど…♪”

弘希が、そんな書き出しから始まるつばさの手紙を受け取ったのは、その週の週末のことだった。送られて来た小包みの中には、手紙と一緒に、あの日二人で撮った写真が収められたアルバムと、同じ写真をデジタル編集して焼き込んだCDが同封されている。
「…そっか、あれから、まだ一週間も経ってなかったのか…」
手紙を読みながら、弘希は感慨深げにつぶやいた。逆転に継ぐ逆転を何度も体験したドラマティックな二日間だっただけに、今になってみると、もう遠い日の出来事だったような気がする…。

 


あの後、弘希とつばさは、太陽が八ヶ岳の縁から顔を出すまで、観測地となった駐車場で仮眠を取った。周囲は霧に覆われていたし、休んでおけば後々体が楽だからだ。
二時間ほど眠った後で駐車場を出た二人は、目の前の谷間をすっぽりと覆う真っ白な濃霧に気づいて、唖然とすることになる。一瞬前まで快晴だったのに、次の瞬間には五メートル先すら見えないほど濃い霧に包まれてしまうのだ。昨夜発生した濃霧が、諏訪湖で出来たものだという可能性にも十分な説得力があろうというものであった。
さんざん辺りを走り回った結果、この中を走るのは危険過ぎる、ということで、結局また駐車場に戻る羽目になった。
谷間の霧が晴れるのを見計らって八ヶ岳を後にした二人は、諏訪南ICから中央道に乗り、諏訪SAで再び休憩を取った。そして、そこに温泉があることに気づいてゆっくりと風呂に入った疲れを癒した。癒し過ぎて、つばさは長野道から上信越道に入る前に、運転しながら櫂を漕いだほどだ。よほど疲れが溜まっていたのだろう。
さすがにこの時ばかりは、弘希が運転を交代した。助手席でぐっすりと眠りこけるつばさをみながら、弘希はいたずらっぽく笑ったものだった。
そして、前日二人が再会した上越IC近くの駅で、二人は別れることになる。
「…ありがとう。おかげでとてもいい体験が出来たよ。みんなお前さんが誘ってくれたおかげだな」
「それはよかったです」
礼を言われたときのつばさは、本当に嬉しそうに微笑んだ。あのかけがえのない夜を一緒に分かち合った友人がいたことが、そしていい体験が出来た、と弘希が言ってくれたことが何よりも嬉しい、彼女は全身でそう語っていた。、
二人の別れはあっさりとしたものだった。”じゃ、また”、と運転席から微笑みかけるつばさに、”またな”、と踵を返す、それだけである。
それで十分だった。二人の住む街同士は決して近くはないし、会うにもかなりの手間がかかる。だが、そんなものは、二人を疎遠にする材料になどなりはしないのだ。顔を合わせて二言三言言葉を交わせば、会わなかった時などすぐに飛び越えて高校時代の先輩後輩だった二人に戻ることができる。もはや二人の間に、時間と空間の距離はないも同然だった。

 


そして今、弘希の手元には、あの日撮ったつばさからの写真があった。前日に立ち寄った諏訪南SAから撮った諏訪湖、その日の夜に撮った冬の星座、数え切れないくらい見た流星、そして、翌日の八ヶ岳。みんな、あの日あの場所で、たしかに自分とつばさが体験した大切な想い出だ。
それは、おそらく一生でただ一度の出来事で、その思い出は、人生を通してかげがえのない宝物になるだろう。あの日のしし座流星群に匹敵する素晴らしい体験など、今の弘希には考えられなかった。

”また何かあったら、先輩をお誘いしますね。そのときまで、お元気で

                            敬具”

そう結ばれたつばさの手紙とアルバムを手に、弘希はふと窓の外を見やった。あの日のしし座流星群をもたらしたテンペル・タットル彗星は、今、土星軌道のすぐ外を、太陽系の外へ向かって進んでいるはずだ。既に次の回帰の予報が出ており、それによると、次に戻ってくるときは今回のような大出現はないという。
「また何かあったら、か。まったく…」
と、弘希はおかしそうに笑って首を振った。あれほどの体験をしたというのに、つばさときたらもうさっそく…。
だが、ひょっしたら、まだこの先にも、素晴らしい体験はあるのかもしれない。人生はまだ長いのだ。
それに…、
「あいつが言うと、ほんとにまた何かありそうだ。…期待してるぜ」
遠い空の下にいるつばさに、弘希はふとそう語りかけるのだった。


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