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 スターダスト・シャワー

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中篇


第七章

二人はそれから、クルマの後ろで観測機材の準備を行った。写真撮影用のカメラと自動追尾装置、それに夜半までのお楽しみ用の双眼鏡と三脚、これが二人の観測機材だ。
「今日はここで観測しよう。他の場所にこれだけの機材を持っていくのは大変だし、こんな暗い中で不案内な場所を歩き回るのは危ないだろうから」
「そうですね。ここなら、クルマにも事務所からも近いですし」
と、つばさはクルマのすぐ後ろにレジャーシートを敷いた。弘希はその上に観測機材を置いていく。
ちなみに、追尾装置とカメラには真新しい電池を補充してある。カタログデータによればこれで一晩は十分に持つはずだが、この気温では電池の消耗が思った以上に激しいかもしれない。もちろん、そうなってもいいように、予備の電池を一揃え準備してある。
「さてと…」
追尾装置を組み上げた弘希は、北の空を見やった。追尾装置のセッティングには、北極星が必要なのだ。
極軸望遠鏡を覗き込むと、弘希は追尾装置の軸を地軸と平行になるように合わせていく。その傍らで、つばさがバッテリーに買ったばかりの電池を入れた。標準の状態なら、これで一晩以上連続稼動できるはずだ。
「…よし、これで準備完了。さてと、じゃ、動作確認を兼ねて何枚か撮ってみようか」
そう言うと、弘希は今日最初の一枚の撮影にかかる。最初の目標は、やはりオリオン座と冬の天の川だろう。
弘希はシャッターを切った。写真撮影で一番楽しいのは、何といってもこの瞬間だ。
「ほいっ。では3分ほどじっとしているように」
「くすっ、わかりました」
いたずらっぽくうなずくと、つばさは再び空を見やった。
3分ほどの短い時間だが、それでもカメラを固定しておくと星が曲線を描いて写る。そこで、日周運動に合わせて追尾していくのだが、そうすると今度は地上の風景がブレる。まあ、どのみちこの辺りは電灯などはまったくない暗闇だから、あまり気にする必要はないのだが。
「ほいっ、一枚終わり、と…」
シャッターを閉じた弘希は、カメラの向きを変えつつたて続けに写していく。もっとも、今日は流星の撮影用のレンズしか持って来ていないので、一枚でかなり広い範囲を撮ることができる。十枚も撮影すれば、全天をカバーできるのだ。
むろん、弘希はそこまで撮影しない。
「こんなところかな」
5枚ほど撮ったところで、弘希は撮影やめた。今夜に備えて、二人は24枚撮りフィルムを2本、12枚撮りのフィルムを一本持ってきている。普段であればそれで十分以上だが、今日は特別だ。先のことを考えるとここでフィルムを無駄に消費するわけにはいかない。
むろんそれは、追尾装置の電池も同様だ。
「じゃ、電源を切りますね」
そう言うと、つばさは追尾装置のスイッチを切った。いちおう、持ってきた機材はすべて正常に動くことは確認したので、後はゆっくりと星空を見る余裕ができる。
「さて、じゃ、俺は何か飲み物買ってくるよ。リクエストある?」
「すみません。それじゃストレートティーをホットで」
「了解」
そう踵を返すと、弘希は事務所へと向かった。途中の道は真っ暗なので、本心を言えばヘッドランプをつけたいところなのだが、両脇で空を眺めている人たちもいるので、それはできない。事務所から漏れてくるわずかな灯りを頼りに、慎重に歩いていく。
やはり長時間外にいると寒いからだろう、入り口近くにある自販機のホットドリンクは既に全滅していた。さもありなん、と思いつつ、弘希は事務所に入る。
事務所は相変わらず人でごった返していた。仕事で来ているマスコミ関係の人をはじめとして、休憩のため暖を取りに来る人、飲み物や食べ物を買いに来る人などさまざまな人達が出入りしている。おかげで受付は大忙しだ。
この事務所にはTVクルーをはじめとして、報道関係の人達が常駐しているため、全国の情報が逐次入ってくる。弘希が聞きかじったところでは、日本海側はもとより、太平洋側の一部でも雲が出ているらしい。今日の寒気は、それほど勢力が強いのだ。
入り口から少し入ったところでは、TVクルーを囲んで人だかりが出来ていた。何でも、流星を直接TVカメラに収めるための機材の試験をしているらしい。
売店で缶のホットティーを買い、ちゃっかりそこにあったポットからお湯をもらってコーヒーを入れると、弘希は事務所を出た。この周りにも多くの人達が星空散歩を楽しんでいる。
そんな人達の一人に、弘希は話しかけてみた。今日はどんな感じですか?
弘希たちに比べてかなり軽装な初老の男性は、楽しそうに答えた。
「…いやあ、ここに来てよかったですよ。天気はいいし、星はすごく綺麗だし…」
ほら、今はあそこに光っている木星を見てるんです、と彼は東の中天を指し示した。ちょうどふたご座のあたりに、ひときわ明るく輝く星が見てとれる。
星空散歩には絶好の日ですね、と彼は言った。聞けば、3年前もここでしし座流星群を見ていたそうだ。
「今日の予報、当たるといいですね」
「ええ。しし座流星群も、今年でもう最後ですからね、ぜひ当たって欲しいものです」
お互いがんばりましょう、と笑顔を交わして、弘希はその男性と別れた。星を見にこういう所に来ると、そこに集まった人達と親しく話せるのもまた楽しいことなのだ。

 


第八章

午後10時過ぎ。
機材の動作チェックも含めてひととおりの準備を終えた二人は、温かい飲み物を片手にゆったりとくつろいでいた。
空は相変わらずため息が出るほど満天の星空だが、もって来たフィルムが三本しかないとあっては無闇に使うわけにはいかない。まだ夜は長いのだ。
「それにしても、ねぇ…」
と、つばさはつぶやいた。
「あれ、何とかなりません?」
弘希は苦笑した。
つばさの指し示す方には、一台のワゴンがエンジンを響かせている。暖房のためヒーターをつけっ放しにしているのだ。エンジン音からすると、他にも、何台かヒーターをつけているクルマがいるようだ。
おかげで、カメラや望遠鏡を載せた三脚が震動してしまい、観測ができないことおびただしい。もっとも、弘希たちは望遠鏡を持ってきているわけではないので、単に気になる、という程度ではあるが。
「どう考えたってマナー違反ですよ、あれ」
憮然とした顔で文句を言うつばさに、弘貴は肩をすくめてみせた。
「まあ、今日は”通”の人だけが集まってるわけじゃないからね、その辺りのことは知らない人も多いんだろ」
実のところ、弘希はあまり気にしていない。予想された大出現まではまだだいぶ時間があるわけだし、それまでは何をしていようと基本的には暇つぶしである。震動に邪魔された人たちにとっては、この素晴らしい星空を満喫できない不満はたしかにあるだろうが、逆にクルマの中の人たちとて、この星空の目の前にしてそうそう長時間クルマに篭っていられるわけがない。
「…まあ、そのうち注意のアナウンスが入ると思うよ」
果たしで、弘希の言うとおり、しばらくするとエンジンを止めるようにというアナウンスが入った。
場内にいるすべてのクルマのエンジンが止まったのは、それから10分ほど後のことである。
事務所のロビーに行ってみると、そこではもうTVの取材活動は終わっていた。
相変わらず人の出入りが激しく、一部の人たちは最新のニュースを入手しようとTV画面に釘付けになっている。どうやら、ハワイ方面で大出現があったらしかった。
休憩所に立ち寄ってみると、そこには既に寝ている人たちが何人もいた。おそらく、今夜半に備えて、今から寝だめをしておくつもりなのだろう。たしかに、遠方からやってきた人たちには、徹夜はきついかもしれない。
事務所で軽食を買ってつばさのもとに戻ると、弘希はそのニュースを伝えた。
「…へえ、そんなことが…」
事前の予報では、日本の大出現に先立つ数時間前に、太平洋方面で中規模な出現があるという。その予報が的中したことで、日本での大出現にもいよいよ現実味を帯びてきたわけだ。
「なんだか、ワクワクしてきますね」
そう言って、つばさは立ち上がった。どうやら、居ても立ってもいられなくなったらしい。
かくいう弘希も内心は同じだ。海外で予報どおりの出現があったとなれば、否応なく期待も高まろうというものである。
「あと三時間かぁ…」
そうつぶやいて、つばさは東の空を見やった。もちろん、しし座はまだ地平線の下にあり、夜半を過ぎないと昇って来ないのだが、ひょっとしたら、という思いもある。輻射点が地平線のすぐ近くにあった場合、そこから駆け上ってくる流星が見られるかもしれないのだ。
ふと周りを見てみると、同じように東の空を振り仰いでいる人も何人か見受けられた。これだけ澄み切った星空である。みんな、期待に胸を膨らませているのだろう。
「ね、先輩」
と、つばさは弘希を振り返った。先ほどから、弘希もつばさと同じように立ち上がって夜空を振り仰いでいる。
と、つばさは弘希の顔に怪訝そうな色を見てとった。西の空を見やって、眉をしかめている。
「先輩…?」
弘希の視線を追うように、つばさは西の空を見やった。西の地平線近く、そこには星空を遮るような黒い影がある。
不意に、悪い予感がした。

 


第九章

それは、このような日に見つけるものとしては、あまりにも不気味なものだった。何しろ、弘希たちは今、山間部にいるのだ。ここに着いてからは気にも留めていなかったことだが、山の天気は、ふとした拍子にあっという間に変わり易いのである。
「あれ、一体何でしょうか…?」
つばさはつぶやくように言った。声に隠しきれない不安が滲んでいる。
弘希はそれに答えず、しばらくじっと西の空を見つめていた。黒い影は、ゆっくりとその濃さを増していく。
「雲…?」
ちらっとつばさを見やると、弘希は視線を戻す。黒い影の正体を見極めようとしているのか、その視線は鋭い。
ややあって、
「…いや、あれは雲じゃない」
弘希は首を振った。
「あれは霧だよ」
「え…」
つばさは、あっけにとられたような顔で弘希を見やった。
「霧、ですって…?」
「そう。それも、とびきり濃いやつだ」
「まさか、そんな…」
信じられない、といった顔でつばさは迫り来る黒い影を見つめた。それは、さして高度を上げることなくゆっくりとこちらに向かってくる。
それに気づいたのだろう、辺りに目を向けると、あちこちで西の空を指し示す人影がいくつも見られた。誰もが、不安そうな雰囲気を纏っている。こっちに来るなという思いは、そこにいた誰もが抱いたことだろう。
だが、そんな願いも空しく、黒い影はほどなく辺り一面を覆ってしまった。弘希たちのいる場所から100メートルほど離れた事務所の灯かりさえ見えなくなるほどの濃霧だ。
「どうしてこんな日に霧なんて…?」
とつばさは弘希を振り返った。当の弘希は、クルマに戻っていた。ノートパソコンを取り出して、何やらいろいろ調べている。
しばらくして、
「なるほど、そういうことか…」
弘希は得心したようにうなずいた。つばさの視線に気づくと、弘希はディスプレイを示しながら説明した。
つまりはこういうことである。今日、日本付近に流れ込んだ寒気は、この季節としてはかなり強い勢力を持っており、そのため太平洋側にまで、季節風による雲が吹き出している。関東平野は全域で晴れの予報だったにもかかわらず、あちこちで曇っているのはそのせいだ。
そして、弘希のいる八ヶ岳山麓。今のところここは晴れているが、強い冬型のせいでかなり気温が下がっている。そして、その北西の方には諏訪湖があった。
「これだけ気温が下がると、気温よりも諏訪湖の水温の方が高くなることは有り得ることだ。そうなると、諏訪湖からどんどん水蒸気が蒸発していく。冬の日本海で起こっていることと同じさ」
弘希は説明を続けた。気温が低いために蒸発した水蒸気はすぐに水滴に、つまりは霧に変わる。その霧が流れる方といえば…。
「この辺りの地形は、高速道路に沿って北西から南東に平地が続いている。そしてその両側は日本アルプスなどの山脈がずっと連なっている。だから、霧が拡散せずにその平地に沿って流れて来るんだよ、西風に乗って」
つばさは息を呑んだ。
たしかに有り得ることである。八ヶ岳山麓とはいえ、ここの標高はまだ700メートルほどでしかない。発生した霧が十分な規模を持っていれば、ここは霧に覆われるだろう。
それはつまり、冬型が続く限り、ここは晴れないことを意味していた。雲ではなく、霧によって。
弘希はつばさを見やると、首を振った。
「誤算だったな。太平洋側に出れば大丈夫だとばかり思っていたが、ここの地形が天気に与える影響までは考慮していなかったよ…」

 


第十章

外へ出てみると、辺りの光景は一変していた。霧はさらにその濃さを増し、今にも服に水滴が着きそうな気配だ。観測は不可能となったため、あちこちでライトが点けられていた。その光が霧によって拡散してしまうためか、さながらミルクの海の中にいるようだ。
「ここまでひどい霧とはね…」
弘希は呆れたようにつぶやいた。こんな夜でなければ、これはこれで面白い体験ではあっただろう。何しろ、10メートル先すら霞んでしまうほどの濃霧の中にいるのだ。望んで見られる光景ではない。
ふと、弘希は空を見上げてみたが、当然のごとくそこには何も見えない。おそらく、この濃霧の上では、先刻見た降るような星空がまだ広がっているのだろう。できればこの霧を吹き散らしたいところだが、自然が相手ではどうしようもなかった。
悪いことは続くものである。不意に、クルマの中から、つばさの素っ頓狂な叫び声が響いた。
「あれぇ…!?」
「どうした?」
と、弘希はクルマに戻る。つばさは、先ほど使っていたカメラをいじっていた。
「このカメラ、シャッターが降りません」
「なに?」
つばさからカメラを受け取ると、弘希は中を調べてみた。フィルムの巻き戻しはうまくいくようだが、シャッターがきちんと降りてくれない。
しばらくして、
「あ〜あ、これはダメだよ…」
弘希はうんざりしたようにつぶやいた。シャッターの部分はプレートがかなり入り組んだ構造になっているのだが、それがねじれてしまっている。
「え〜!! ついさっきまではちゃんと動いていたのに…」
「ま、これだけ気温が低いとね。動作不良ってヤツだな」
弘希にそう言われて、つばさは目にみえて落ち込んだ。これでもう、まともに流星を撮ることがてきない。
「せっかく広角で流星をモノにしようと思っていたのに…」
「そう嘆くなって。まだカメラは一台あるんだろ?」
「それはそうですけど…」
ぷっと頬を膨らませてつばさが唸る。こんな状況にも関わらず、弘希はふっと笑った。それにつられてか、つばさも頬を弛めた。立ち直りの早さは万人が認める彼女の長所である。
「ま、起こったことは仕方ないですね」
そう言うと、つばさは運転席で背筋を伸ばした。
「あ〜あ。どうして今日はこう、予想外のことばっかり起こるんだろ」
「そう言うなよ。三年前だって、何もかもうまくいったわけじゃないだろう」
「まあ、ね。でも、あのときは少なくとも晴れましたよ、夜半後は」
「すっごく寒かったけどな」
茶目っ気たっぷりにそう言う弘希に、つばさはくすっと笑った。夜半前はまともな天候でなったのは、三年前に富士山に行ったときも一緒だった。あのときは、とても風が強くて、居合わせた全員が口をそろえて「テントが欲しい」と言ったものである。だから今日は、風対策を万全にしてきたのだが。
「おや?」
と弘希は外を見やった。この天気に流星を諦めたのか、駐車場を出て行くクルマも何台がいるようだ。
「ご苦労なこって…」
弘希は苦笑した。夜間、しかもこの濃霧の中では、まともに走ることも難しいのではないだろうか。地元の人間であればあるいは慣れているかもしれないが、この辺りの地理に不案内な弘希にはとてもできることではない。事故らずに済むといいけどな、と他人事ながら心配になってくる。
「先輩」
と呼びかける声に、弘希は振り返った。何やら声の調子が弾んでいる。
「あったかいコーヒー、要ります?」
そう言って笑うつばさの右手に、何やらふわふわしたものに囲まれた缶コーヒーが握られていた。どうやら、キャンプの時に使う、火がなくとも中のものを暖められるカバー(?)を使ったらしい。
「…ぜひ頂こう」
そう言って、弘希はニヤリと笑った。

 


第十一章

…夜半を回り、最初の極大まだもう間近という時間になっても、霧は晴れなかった。既にほとんどの人がクルマの中、あるいは事務所に避難しており、時折外を歩く人がちらほら見られる程度だ。もはや懐中電灯の明かりなど気にする人はおらず、あちこちでサーチライトのような光が交錯している。
駐車場にも、ところどころに空きが見られた。地元の人たちがもう諦めて帰ったのだろう。
かくいう弘希も、クルマの中でぼうっとしていた。ここまで来て寝る気にもならなかったし、かといって別にすることがあるわけでもない。
「う〜ん…」
今まで弘希の隣で、あちこち電話をしていたつばさが、ふとつぶやいた。彼女は、携帯電話でこの日あちこちに出ている仲間たちと連絡を取りあっていたのだ。事前に聞いた限りでは、晴れる場所を求めてあちこち走り回る予定の篤史以外にも、何人が起きている連中がいるはずだった。
「どうだって?」
「仙台は駄目らしいです。関東に集まったみんなの方は晴れたり曇ったりで…。まともなのは和歌山だけみたいですね」
「日本海側にいる連中は?」
つばさは苦笑して首を振った。
「太平洋側に出てきた人たち以外には連絡がつきません。きっと、さっさと諦めて寝ちゃったんでしょうね」
「チャンスがないわけじゅないんだけどな…」
弘希はつぶやくように言った。たとえ冬型であっても、寒気の勢力が強いと雲がきれいなすじ状にできるために、ほんのわずかな時間だが突発的に晴れることがある。今日などはその可能性がないわけではない。
つばさはくすっと笑った。
「そんな偶然をアテにして起きている人たちなんていないですよ。そこまで凝り性なのはわたし達ぐにらいのものです」
違いない、と弘希は肩をすくめた。弘希とて、つばさから誘われなければここまでする気はなかっただろう。
「でも、この天気じゃあな…」
ため息をついて弘希は外を見やった。ときどき、場内のスピーカーから”まだ極大までは時間があります。諦めずに観測を続けましょう”というアナウンスが流れているが、この濃霧の中では、それも空しく聞こえる。
だが、こちらは駄目でも、流星群そのものの成否はまだ未定だ。ここまで来たからには、せめて最新情報だけでも知りたい。
「ちょっと事務所まで行ってくるよ」
「あ、私もお供します。ここにいても退屈なだけだし。ついでにシュラフも持っていきましょう」
彼女はどうしても、持ってきたキャンプ道具を’お荷物’にはしたくないらしい。
弘希はこくっとうなずくと、クルマから外に出た。




事務所へ行ってみると、混雑は一段落したようだった。誰も彼もが疲れたような顔をしている。この天気の中で、ただ起きているだけというのは精神的にもつらいことだろう。
二人はさっそく、TVクルーの人だかりのそばに向かった。ここで流れてくるニュースを聞いているだけで、最新情報が自動的に手に入るのだ。
しかし…。
「最新情報って…」
「あまりないみたいですね」
二人は顔を見合わせた。無理もない。まだ予想された極大までは30分以上の時間があるし、いくつ流星が流れたなんてものは大したニュースにもならない。聞いた話では、この手の極大はその直前から急激に流星の数が増えるということだった。
このままクルマに帰っても寒いだけなので、二人は暖房の入っている休憩室に向かった。すれ違う人の表情も、心なしか暗い。
休憩室では、たくさんの人たちが横になっていた。どうやら、考えることは皆同じらしい。
二人はさっそく持ってきたシュラフを敷いた。弘希はすぐにごろんと横になる。つばさは彼の隣に座った。
しばらくして、
「結局、だめになっちゃいましたね…」
弘希はちらっとつばさを見やった。その顔には、抑え切れない失望がありありと見て取れる。
「ま、それは仕方ないさ。事前の予報じゃ、関東に出ればどこも晴れだったんだし、あれだけ走り回ってここを選んだんだ。それで駄目なら諦めもつくってもんだよ。それに…」
「それに?」
「俺は、ここに来なきゃよかったなんてことは全然ないし。流星群当日の雰囲気ってのは、今日ここに来なきゃ絶対に味わえないことなんだし、それを味わえたことは、俺にとっちゃ大きな収穫だよ。このムチャクチャな濃霧だって、見ようによっちゃ貴重な体験と言えないワケじゃない」
「前向きなんですね」
と、つばさは穏やかに微笑んだ。
「…というより、欲張りなんだよ。流星群を見に来たのはたしかだけどさ、それだけが目的で、それが駄目だったらみんな駄目なんてことはつまらないし。せっかくこうして来ているんだから、あれもこれも体験して楽しまなきゃ」
なるほど、あれもこれも、か…、と、つばさは思った。この先輩にかかると、外に出ているだけでそれが貴重な体験に思えてくる。たしかに、濃霧に見舞われるまでの時間はほんとに楽しかった。もちろん、その言葉の裏に込められた弘希の気遣いは嬉しい。
だけど、あるいはだからこそ、やっぱりその一方で…。

と、そのときである     



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