誰も使えない(らしい)禁忌の術を使える自分。

 

和也の思惑を知らないコマは、

『ご自分で調べなくても、私か、初代様に尋ねてください』

と、いつも通りに返事を返す。


家族代わりに自分に愛情を注いでくれたコマ。
彼女と喧嘩する気分にはなれない。
もう少し自分が実力をつけてから。それから探ればいい。


「そーする」

和也が表面上は大人しく引き下がる。
呑気に会話している暇がなくなってきたからだ。

『・・・!?』

尾をピンと立て、コマが周囲を見回す。
複数の気配がコマと和也を取り囲んでいた。
噴出されるガスが煙幕代わりで気配の主の姿を隠している。

「お客さんだね」

気配は尚も接近。和也も気がつき戦闘態勢をとった。

《ギョギョガッ》

黒い物体が煙の向こうから、突進。コマ目がけ牙を向く。

コマが吠えた。

「はいっ」

和也は詠唱無しで風の術をおみまいする。

地形や、環境といいった場の力を考慮し、風を選択。

黒い物体は粉々に分解され消失した。

『影が五匹。無音が三匹。さらに奥、何かの気配がします』

コマが目だけで左右を確認。情報を和也に伝えた。

「りょーかいっ。炎で火山が爆発したらマズイし、氷は威力が半減するから。地か風なんだけど・・・」

コマと自分の回りに風の結界を張り、一人ブツブツ呟く。

術の種類、タイミング、封印方法。

考え無しに突っ込んでけば、力押しで勝てるとは限らない。
正義の味方といえども戦略は必要だ。


コマは内心、光属性が一番無難なんじゃぁ・・・。と、ハラハラして和也を見守る。
彼女が戦ってもいいが立場はあくまでも和也の補助。
霊犬の種族自体も戦闘向きではない。氷からの『お達し』もある。


コマは補助に徹すること。
攻撃は和也の判断に一任すること。
但し、和也が暴走したら真っ先に逃げること。etc。


和也に甘いコマに対し氷が釘を打ったのだ。
『彼をなるべく甘やかさずに、普通の状態で一人前にする』ことが、氷の方針である。


『和也様〜?』

一人思考の海に沈んだ和也に業を煮やし。
コマは控えめに、促すように主のズボンを咥え引っ張った。

「うん、ごめん。僕が彼らの的になる。コマは封印用の結界を張って。僕がそれとなく誘導するから」

『普通は逆じゃありませんか?』

全身の毛を逆立てて、コマが鼻を鳴らす。
彼女は憤慨した。


補助役が『囮』になり攻撃役が仕留める。
仕事をこなす上では基本中の基本。
たいていは、能力的に上位の者が『囮』となるのだ。


「そうだね。コマが囮になったほうが、確実で安全だよ。向こうのお客さんもそう睨んでる」

和也が結界先の無音を指す。
無音は、和也よりコマの動きに反応して立ち位置を変えていた。
コマが無言で数歩動けば無音も左右に移動する。

「だから僕が飛び込んで、一瞬だけお客さんを混乱させる。その間にコマが動きを封じれば、僕の攻撃でも当たるよね?」

わざと無音や影に背を向けてコマを隠し。
和也はコマを見下ろす。

『妥当・・・だと思います』

コマはやや拗ね気味で前足で地面を掘り返した。
和也はコマの耳の後ろを丁寧に撫でる。

「無茶ばっかりでごめん。だけど、譲れない部分が僕にあるんだ」

目を細めるコマに和也は笑みを深くする。

「僕だって妖撃者だから。自分で決めた道を、ちゃんと歩けるようになりたい。そのための努力はしたいなぁ〜って」

和也が自信なさそうに眉を八の字に曲げた。
先ほどまで『訓練面倒臭い』と喚いた、お子様の態度には思えない。

だが、コマはすっかり感動した。


『和也様〜!!!』

場所が場所でなければ号泣ものだ。
コマは尾を千切れんばかりに振り、感極まって遠吠えまで出る始末。
和也はコマの感激ぶりに頬を引きつらせた。


正直に伝えた部分と嘘半分。


努力をするつもりなんか毛頭ない。
大人が大人の理論を振りかざすなら。
子供の自分は我侭と無謀で突っ走るだけ。
どっちが正しいかなんて、結果は後から付いてくるはず。
今は迷わない。迷えないのだ。


心に重いものを抱え、和也はコマが落ち着くまで待つ。

『取り乱しました。和也様にお任せします』

コマが、前足で目元を擦り身体をフルフル震わせた。

「サンキュ。じゃ、始めよっか」

和也はウインク一つ。結界を解き走り出す。

《エサァァァ》

無音めがけて走り込めば、案の定、奴等は三つ指の爪を光らせ和也に襲い掛かる。
和也は指先に風を絡め取り、左右に『かまいたち』を放って威嚇した。

《ギョギュァェ》

無音とのコンビネーション。
無音の背後から影が飛び上がる。
影が狙うのは和也の頭。
人の弱点が頭と胸だという知識はあるらしい。
黒い触手が和也の頭めがけ伸びた。

「はいっ」

両手のひらを影にかざし、風圧で吹き飛ばす。
ミニ竜巻に巻き込まれ、噴火口方向に影は吹っ飛んだ。
水に何かが落ちるような音と立ち上る白い煙。
噴火まではいかないが火山に刺激を与えたらしい。
ゴポゴボという、不穏な火山の煮えたぎる音が和也の耳に聞こえた。

《エサガァッ》

逆上した無音が爪を振り下ろす。
和也は咄嗟に両腕を交差。
顔を庇う。指に絡まる風が、無音の作り出す風圧と反発。

「いつっ」

剥き出しの腕に、細かい赤い筋が幾つも残る。

和也は小さく舌打ちした。

目の端でコマが左斜め後ろで待機しているのを確認。
和也は『かまいたち』で残りを挑発するように攻撃。
わざと足元に打ったり、狙いを外したりするのだ。

仕上げにニヤリと笑うだけでいい。


師匠仕込みの口の端だけ持ち上げる、あの嫌味な笑い方で。


「じゃーんぷっ」

足に風を呼び、アクション映画顔負けの超ジャンプ。
無音や影を飛び越し、コマの待機する左斜め後方に五メートル程後退。

「へへーんだっ」

これみよがしに『あっかんべー』と、舌を出して無音を挑発。
実に和也らしい精神攻撃(?)である。


低位の妖はお約束のように、彼の張った幼稚な罠にかかる。
和也めがけまっしぐらに突進してきた。

『破ッ』

コマが咆哮。
地中から円陣を描くよう丸く黄色がかった線が浮上。
光り輝きながら妖を束縛。眩い光の力で妖の力を封印する。

「妖と成す不浄を封じる、大気の清冽よ。我が身体に宿りてその流れを放て。風真封(ふうまふう)」

和也が大気に描く特殊文字。
妖撃者が太古より用いた秘密文字だ。
文字は風の気を放ち、動けなくなった妖を覆う。

「封っ」

和也が両手を組めば、妖は消え、黒い小石が地面に落ちる。

妖が封印された状態の『封珠』(ふうじゅ)という形態だ。


「ほえ〜。封印成功っ!」

和也は両腕を空へ伸ばし、大きく伸びた。
ガッツポーズをコマに決めてみせる。コマは控えめに一声鳴いて応じた。

『お見事です、和也様』

口先で小石・・・封珠を咥え、コマは和也の下に運ぶ。
和也は一つ一つを確かめてから、腰に結わいてある麻の袋にしまった。

「ラッキーなだけだよ」

控えめなコメントの割りに、得意満面の表情で和也が胸を張る。

はしゃぐ主の様子にコマは微笑ましさを感じた。
擬似訓練とはいえ、成功すればそれなりに嬉しいものだ。


和也が達成感を感じている。


それがコマにとっては嬉しい。
何をしても中途半端な気持ちを抱える和也。
幼い主の気持ちが少しでも晴れるのなら。
こんな訓練も無駄ではない。


《あはははっ!》


ゆったりしだした、場の空気を破る嘲笑。


コマは封珠を口から落とし、和也は麻袋を手から落とした。


この気配。
この感覚。
師匠が手の込んだ嫌がらせをするタイプじゃない。

襲撃にあった事実は知っていても、どのような輩が襲ってきたかまでは把握していないのだ。


「幻・・・じゃない」

和也はきつく下唇を噛み締める。

『あの時と同じ気配です。それに、初代様の力が途絶えています』

場を支配していた氷の力が消え失せ、禍々しい空気が漂い出す。


《今日はこの間より、もっと遊んでネ?》


火口付近から。
火山ガスを掻き分ける小さな影が一つ。


視覚で捕らえていて、かつ、本能的に逃走したいと。
頭が警鐘を鳴らす。
危険だ、あの雨の日の襲撃が和也の脳裏をよぎる。

『和也様っ、和也様!いけません、和也様っ!』

震える声であっても、コマは懸命に和也の名を呼ぶ。
和也は青ざめた顔で馬鹿みたいに立ちつくすのみ。
身体の動かし方さえ忘れ去ってしまったようだ。


《怖いの?ふーん、怖いんだ〜。アタシのコト、怖いんだね》


五・六歳前後の少女が一人、和也の目の前に。
長い髪を、耳から上で二つに分け結んでいる。
生気の無い青白い肌の色。暗く翳った黒い大きな瞳。
太めの眉。幼子特有の小さな鼻。やはり小さな唇。

フリフリの、薄いピンク色のワンピースが風に煽られ場違いに揺れる。


少女は口許に手を当てて、一頻りクスクス笑った。


《みぃ〜つけた》


背筋も凍るような強力な悪意。
少女は意地悪く二人に告げる。


『和也様、和也様』

固まって動くことさえ叶わない和也。
息を吸って吐くのが精一杯で、身体を支配する恐怖に脳が反応できないでいる。


《アタシと、遊ぼ?》


悪戯っぽい笑顔を浮かべ、少女は愉しそうに笑う。

『させません』

殺されかけた恐怖よりも。
コマにとっては、和也を失う方がより恐ろしい。
果敢に光弾を口から吐き出し少女を攻撃。
光弾は少女に当たった。


《イタイなぁ〜。服が汚れちゃうじゃない》


焦げるワンピース裾。少女は不機嫌そうに自分の服を眺める。

「・・・君は、君は誰?」

深呼吸一つ。
和也は真っ直ぐに少女を見据えた。

まったくもってワンパターンじゃん(涙)
妖撃者目次へ 次へ 前へ