其の二

 

和也は固唾を飲みそっとドアを開く。

「げっ・・・」

目の前に展開されるイリュージョンな光景。和也は言葉に詰まった。

『どうかされましたか?』

和也の背後に立つ黒い毛並みのラブラドールが、鼻先を和也の手に押し当てる。
犬の姿をとる彼女は霊犬のコマ。
帰宅した和也と訓練中だ。
和也はため息をついて一歩を踏み出す。

『ああ〜。火山ですねー』

のんびりとコマが言った。


活火山と思われる山の噴火口付近。
丸い穴の下は煮えたぎる溶岩。
空気中に火山性ガスが充満する。


「ってゆーかさぁ?普通、こんなとこ連れてくる?師匠は僕のコト殺す気なんだぁぁぁ」

耐えかねて和也絶叫。

『これは幻影です。今風に言えば、バーチャルリアリティーですよ?擬似訓練なんですから、少し真面目に取り組んでください』

コマが白い目を主に向けた。

「ううう・・・。横浜で妖撃者になるのに、なんで訓練は大自然なんだよ」

所詮、和也は都会っ子。

テレビで見る大自然には憧れるが目の前に用意されると腰が引ける。

訓練開始早々、やる気の無さを露呈した。

『上級の妖になればなるほど。ですね?このような幻影を使います。妖撃者を翻弄して隙を突くんです。ですから、様々な場面に対応できる冷静さが求められるんですよ』

和也の足に背中を摺り寄せコマが説明した。

「理屈は分かってるけどさ〜。火山を作る妖、なんているのー?」


夏なのに更に暑いトコで訓練したくない。

が本音であるが、隠して和也は泣き言モード。


『初代様が為さる訓練に、無駄なものはありません』

コマは言い切って先に歩き出した。
遠隔操作で幻影を操る氷が、訓練を開始した気配を察したからだ。


擬似訓練とはいえ、妖だって本物そっくりに出る。
こちらの攻撃方法に対処し、逆に反撃もされるのだ。
訓練を舐めてかかってはいけない。


「何度も死にかけたけど?」

岩場に鼻をあて気配を探るコマ。
彼女の背後で和也は愚痴を零した。

『もう少し、慎重に行動したらいいでしょう?和也様は、思いつきだけで行動しすぎです』

和也は、擬似訓練中に兎角無理をする。

六月下旬くらいからソレは激しさを増した。
お蔭で和也の身体に生傷が耐えない。
コマが心配し、口を酸っぱくして注意しても馬耳東風。何処吹く風だ。


妖撃者の使命に目覚めた。

若しくは、持って生まれた己の地位に責任を感じる、云々・・・。等という類ではなく。


自分自身に眠る『何か』に、感づいているようなのだ。


周囲の期待にこたえるために健気な努力をするお子様ではない。
和也は、外見のほんわかさとは裏腹に、結構キツイ性格の持ち主。
頑固者で意地っ張りな面も持つ。


その和也が、口に出さないものの『一人前』になりたがっている。


「はー。師匠だって、僕が中学に上がるまでに成果を出すって。そう言ってたじゃん」

氷の宣言を思い出し和也が反論。
火山ガスを中和するコマの気。コマの傍から離れず、話を続ける。

『一人立ちしなさい。なんて、初代様は仰っていませんよ?』

耳を前後に動かし、コマは地面の気配を探り続けた。

「そーだけどさぁ」

見習い妖撃者の立場は弱い。
一人前と比べて行動に制限がある。
和也が調べておきたい事柄も、今の和也には調べることが出来ない。

「知りたいことがあるし。一人前になれば、色々動けるだろ」

家族のコト。
自分のコト。
コマのコト。
複雑に絡み合った糸が、縺れて真実を覆い隠す。
和也は大人達が隠す、自分に関する秘密を知りたいと思い始めていた。


あの雨の日。


無意識に『陰』の術を使った、あの雨の日から。ずっと。

 

妖撃者が行使する術は五属性。


炎・氷・地・風・光の計五つ。

大体は妖撃者の家系に左右される。
師匠の氷でさえ、前世の記憶が覚醒するまでは氷属性しか操れなかった。
ほとんどの妖撃者は一属性を操るそれぞれの道のプロ。
仕事内容により仲間と組んだりして仕事をこなすのだ。


長の息子で、直系の血を引く和也は基本的には『光』属性。
兄も母もこの属性。
ちなみに婿養子だった父は『地』属性だ。
よって和也が得意とするのは光と地になるはず。

ところが。

素質のある父親と、母親の優秀な遺伝子かけ合わせの結果。


兄と自分は、全属性行使OKなマルチ妖撃者として誕生。
その潜在能力の強力さから家族の力と反発まで引き起こした。
兄も一時期は、和也のように親とは慣れて暮らしていたらしい。
一人前になれば力のセーブもできるので家族と暮らせるそうだ。
一人前になるまで、和也は相棒のコマと共に関内のマンションで二人暮しをしている。


このように和也は将来を有望視され、現在に至っている。

 

・・・だけなら和也も悩んでいない。

『陰』の術は封印された禁断の秘術。
古書を紐解いた、ありあわせの知識を並べるとこう判断できる。
現在使用する五属性、全ての対極を成す『闇』の属性でもあるらしい。
和也は知りうる限り、『陰』属性の術を使う妖撃者の話は聞いたことがない。

師匠であっても使えない術のようだ。


これが動揺せずにいられるだろうか?

 

ひたすらスローペース。文の長さが嫌になる。もっと上手く纏められないかなぁ(切実)
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