我が青春10年の軍隊史  

角田利信



其の十 吉林市小鳩会の慰問
関東軍特別大演習で召集された本部の兵は、主として歩兵の招集により編成されたので、電信隊の基礎訓練は全然受けていないので、近く一期の検閲が実施されることとなる。16年6月1日、電信第十六聯隊査閲実施。16年3月頃より電信隊の裸線、被覆線、電柱、留線、準線の決定、支線,角支線、道越支線、谷越支線、半永久線、建設名称などの訓練を命ぜられ、午前中は聯隊本部の丙書記の仕事をして、午後より本部の兵23名に訓練を実施する。
九站(キュウジャン)の半洞堀式仮兵舎は速成の兵舎で、満州の3月はいまだ寒い零下十五度ぐらい。しかし査閲の実施まで3ヶ月足らずである。急いで兵の訓練をやらねばと、理由を説明、納得せしめて猛訓練に入る。3月4月は寒さも厳しいので室内で訓練。5月に入ると温かくなって、タンポポ、梨、リンゴ、アンズの花等が咲き出し、大変良い気候で、もっぱら野外訓練とした。隊長は古参の大佐で、近く将官に進級する予定の温厚で優しい聯隊長である。聯隊副官は大阪の炭屋の次男でウルサ型の中尉である。お互いに初めての任務であり、一生懸命に勉強しながら新しい任務に邁進した。
外出は楽しい。吉林駅の大通りの右側に軽食の店がある。そこで昼食をとり酒も飲む。安いのでゆっくり楽しめる。伍長の給料は15円で、5円は貯金または留守宅送金で、煙草ホマレ6銭、列車で13銭、酒1本15銭、軽食40銭も出せば十分満足できる。

吉林市の処女会の会長さんより、小鳩会の慰問について相談を受ける。場所は営庭で、貨物車の天蓋を外し、2台並べて階段がついた子供達の舞台を作ってもらうよう、経理の勝田中尉に依頼する。愈々慰問の日、貨物車に毛布を敷いて九站駅まで迎えに行く。子供達は綺麗に着飾って車を待っていてくれた。子供達を乗せる。手すりの代わりの紐を勝田中尉が取り付けてくれたので助かった。小鳩会の会長を助手席に案内し、子供達と一緒に乗車する。ゆっくり走ってもらうよう運転手に声をかけ聯隊本部に急ぐ。聯隊長、聯隊副官、幹部等に迎えられて本部に着く。小鳩会の会長を幹部に引き合わせ子供達を貨車より下ろして舞台入り口控え室に案内。各中隊は留守番を残して営庭の舞台附近にアンペラの上に腰を下ろして、いまや遅しと待っている。慰問団長は部隊の具合や幕引きの配置等打ち合わせ、10時開幕。挨拶は聯隊本部角田伍長。「昭和16年2月18日、ここ九站の原っぱの半洞堀式仮兵舎の不便な所に仮寝の夢を結んで3ヶ月。今日は吉林市の小鳩会の皆さんが日本の兵隊さんの慰問のためにきていただきました。今日一日、ゆっくりと楽しんで下さい。うら若き慰問団の団長さんを紹介します。」会場よりわれんばかりの拍手。30人の子供達が可愛い踊りを披露してくれる。入れ替わり立ち代りの熱演に兵隊達は喜んで拍手拍手。かくして慰問の一日は盛会裡に終了した。