我が青春10年の軍隊史  

角田利信


其の二 初年兵教育
南嶺の兵舎の衛門の角には大きな五銃眼のトーチカがあり、其の横の広場には、中隊長、班長、教育係り上等兵などに迎えられ、氏名点呼のうえ班別の編成が行われ第一班の所属となる。内務班に入るとの事、細かく起床、就寝、朝食、食管の返納、食事の準備、戦友の銃の手入れ、内務班の清掃、靴の手入れ、方法、其の他の説明を受け、夕食は赤飯と鯛のお頭が付き、愈々初年兵教育に入る。先ず点呼、階級氏名を言って、内務班から出入りする時大声で用件を言う。寝台の後ろの棚に一装用二装用の服、白の作業服、衣袴(イコ)、襦袢、靴下、手袋、防寒用大手袋、防寒用脚袢、防寒靴、防寒帽、防寒外套、三八式銃、騎兵鉄兜、飯盒水筒、巻脚袢、偽装弾20発、階級章、その他一式を貰って、其の名称、棚の上に重箱のように真っ直ぐ四角に並べて整頓して置くなど、微に入り細に入り上等兵より指導を受ける。


其の三初年兵しごき
午後9時の消燈ラッパで就寝だが消燈前の8時から9時まではまるで地獄だ。内務班の全員が揃ったところを見計らって上等兵が、軍人勅諭前文、後文、五ケ条を言え、関東軍司令官の名前を言え、部隊長の名前を言えと言われ、それに答えられなかった者は前に並ばされ、上等兵が拳骨でゴツンゴツンと殴っていく。銃の検査、靴の検査、被服の整理整頓の検査、これが出来ていない者は全員がビンタ。これが毎夜続く。(初年兵、これが軍隊だ、頑張れ、負けるな)と自分の心に言い聞かす。午後9時、消燈ラッパで寝台につく。
不寝番は1斑より順次4名が3時間毎に交代で不寝番に当る。翌朝6時、週番士官および上等兵がが「起床!」と廊下を大声で叫びながら走ってくる。初年兵は飛び起きて床を離れて直ちに洗面、歯を磨き終わると毛布の整理整頓、隣の戦友の手伝い、それから朝食の準備、湯飲み茶碗を机の上に並べると、食事当番が注いでくれる。その間に内務班長の食事の世話をする。其れが終わると雑嚢、水筒を肩にかけ通信講堂に隊列を組んで、トンツートントンと、イロハ48文字のモールス符号を覚える。そして同様に電鍵を叩く。この練習を毎日実施。一期の検閲までにはイロハ48文字を和文で分速60字、数字文で70字、どんなことがあっても覚えなければならない。毎日毎日、トンツートントンと電鍵を叩く。

                  聯隊歌
一、 打つ電鍵に相和して
   流れる電流 飛ぶ電波
   更けゆく夜半もこやみなく
   響くモールス54字

二、 屍(しかばね)山を築くとも
   血染めの電鍵握るなん
   精魂尽きて倒れなば
   柱となりて立ちぬべし

三、 錬えよ錬へ大和魂
   磨けよ磨け我が技術
   関東軍の通信を
   担える我等心して

トンツートントンと一生懸命モールス符号を覚える。頑張れ初年兵、早く上達せよと上等兵が目の色変えて怒鳴る。貴様らは通信兵だ,通信が出来なければ死んでしまえとポカンポカンと拳骨で殴る。早く覚えなければと一生懸命だ。和文60字、数字70字、これが出来なければ建築兵だと毎日上等兵が喚く。今日も昨日もトンツートントン、印字機に電鍵を打つ毎日だ。トンはツーの1/3、ツーはトンの3倍だ!上等兵が喚く。嬉しいことに早くもトンツーと分速60字を送信できるようになる。頑張れ。レシーバーに響いてくる音がイトー路上歩行と聞こえてくる。
分速60字ぐらいは受信できる。頑張れ初年兵。


其の四第一期の検閲
愈々一期の検閲日だ。内務班長,初年兵係、上等兵が通信室で待っている。送信和文60字、各人印字機の前に座る。「用意始め!」与えられた原稿で電鍵を握る。トンツートントントン、時間だ「止め!」の号令でちょうど10秒ほど時間があった。分速60字は間違いがない。脱字、字くずれがなければ合格点だ。次いで受信だ。レシーバーを耳にかけ、班長の送信するモールス信号、トンツートントントン、トントンツートントン、終わりマークで7秒ほど時間がある。分速和文60字、完全に受信、誤字がなければ合格だ。やっと苦しかった一期の検閲の技術の部は終わった。あとは執銃訓練だ。右向け左向け回れ右、前へ進め、頭(かしら)みぎひだり、この動作は節度をつけてゆっくり行えば合格だ。