絹糸の草履 1
叔父が復員してきて間もない頃、「絹糸の草履」を貰った。縦4mm 横2mmの一足である。叔父は「安産のお守りになるよ」とまだ子供の私に笑いながら言った。聞けば叔父の知人が諫早刑務所の看守をしていて、その人から貰ったものだと言う。 前科七犯の囚人が作ったのだと聞く。早く出たいという思いがこもっているから安産のお守りになるというのだそうである。前科七犯はいかにも子供心にそら恐ろしく思えた。しかし、絹糸を丹念にほぐして編んだ米粒より小さな草鞋は信じられないほど素晴らしかった。爪先から踵まで、虹色に編み上げられていて鼻緒もちゃんと編んですげてあった。疎開先の田舎で自分が履く藁草履をこの叔父から教わりながら毎晩作っていたので、それが手抜きもごまかしもなくきちんとした工程で編まれたものだと直ぐ判った。1.5粍の高さの、歯ブラシの柄の真中を刳り抜いた丸い硝子窓の中にきちんと納まっていた。裾には鮮やかな色の縫糸の房が下がり、印籠の形をして蓋が動いた。どうしたらこのような小さな細工が出来るのだろう?私は暇さえあればそれを取り出しては飽かずに眺めていた。

一番小さな私の宝物であった。長女を出産する時も、息子を出産する時も、忘れずに病院に持って行った。そのせいかどうか、二人は安産だったと言えるだろう。いつか気がついたら七色の絹糸の房はボロボロになって切れてしまった。同じように絹糸をほぐして通そうとしたが胴の真中で三叉路に分かれているのでどうしようもなく途方にくれてしまった。20年程前に久し振りに見たら、虹色が色褪せて、踵に当る部分がややくすんだ色に残っているだけであった。黄色い歯ブラシは黄色いままで透明になってしまって紐が通っていた三叉路が透視できた。
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