いくさのあとさき


 原爆が落ちた日 1 
午前の授業が終り、帰り支度をして机の前に座り教師の話を聞いていたときだった。不意に強烈な白い光が走った。一瞬何事かとみなの表情に不安がよぎった。少し経って校舎がびりびりと揺れた。私達がお互いの顔を見合わせたとき、「廊下に出て伏せ!」と教壇に立っていた教師が叫んだ。皆は防空頭巾を被るとあっという間に廊下に腹這いになり、両手の親指で耳を塞ぎ、目を蓋った。私は母が袷で縫ってくれた手提げ袋の一番底にキチンと畳んで防空頭巾を入れ、その上に教科書や筆箱をぎっしりと詰めていた。教科書や筆箱を全部取り出さなければ底の防空頭巾は出てこなかった。私は無理やり引っ張り出そうとしたがダメだった。とうとうマチの縫い目を力ずくで破ってやっと引きずり出したときは、教室はガランと静まり返って私一人しか居なかった。頭巾を被って廊下に出たときは皆はびっしりと行儀よく同じ方向を向いて伏せていた。私は自分が伏せる場所を求めて走った。踏まないようにと気をつけたが、ぐにゃり、ゴリゴリとよろけるたび級友の体を踏みつけて走った。誰も痛い!と悲鳴をあげるものは居なかった。そしてとうとう廊下の出口に出てしまった。そこはグラウンドであった。

グラウンドは八月の陽光に溢れていた。3人ほど男教師が空を見上げていた。つられて見上げると殆ど真上の遥か上空にくっきりと小さな銀翼が見えた。そこから落ちてきたと思われる落下傘が一つ、キラキラと光り輝く円筒形の物体をつけて、音みな消え去った静かな空間に唯一動いているものの象徴のように、ゆっくりゆっくり時間をかけて、漂うが如く降りてきていた。見上げている首が痛くなった私はその間、紺碧の空の色に遠慮勝ちにちぎって投げつけたような小さな綿雲を三つほど見付けた。その雲の形がのらくろのマンガに出てくる弾の炸裂した跡のように思えた。悠々と空に浮いている飛行機からかなり離れて居る。高射砲の弾の跡・・・だとしたらこれは敵機か?そんなバカな!華々しく空中戦を展開して、敵機は黒煙を吐きながら墜落していくさだめになっていた。目を凝らして上空に静止しているかのような銀翼を見たが日の丸は見えなかった。あれは何だろう?狐に抓まれたような気持ちだった。
―次頁へつづく―