いくさのあとさき


 雛の屏風 2
考えてみたら残ったのは屏風だけではなかった。箪笥が残っていた。少し丸みをおびた濃い小豆色の漆塗りである。昨今よく見かける桐箪笥風で角に飾り金具を貼り付けたものとは違い、一風変わっていた。抽斗(ひきだし)の表には桃の節句というのに、なぜか手描きの菖蒲の絵であった。




娘が幼稚園に行く頃、リカちゃん人形が流行っていた。人形には殆ど関心がなかった娘も隣の家の仲良しが「リカちゃんハウス」を下げて遊びに来ると結構ままごと遊びを楽しんでいた。リカちゃん一つあれば何も欲しがらなかったので買うこともしなかった。友達が持っていると欲しいだろうと思ったが娘は絵本を開くと上手に間取りのある部屋を作って、リカちゃんハウスを持っている他の女の子達と溶け込んで遊んでいた。誰もが持っていない人形の道具といえば私の雛道具の箪笥であった。大塚末子の和裁の通信教育を受講していた私は、端布れでリカちゃんの紅い着物を縫ってやった。娘はいつも大事そうに幼い手で着物をたたんで雛箪笥の抽斗(ひきだし)にだいじそうに収めていた。

或る日、社会人になった娘と話しているうちに幼い日の思い出話になった。リカちゃん遊びで一番自慢だったのはお母さんが作ってくれたリカちゃんの着物だった。だって、だ〜れも持っていなかったんだもの。Yちゃんがいつも「ちょっと貸してネ」ってあの着物を自分のリカちゃんに着せていたのよ。うれしかった。と言った。何も欲しがらなかったのは、一つだけ自慢できるものがあったからかであろうか。この子は人形なんか好きじゃないんだと決めつけていたのである。