ヒクイドリ
Cassowary (Casuarius casuarius)

江戸時代の妖怪随筆集「桃山人夜話」に、
「波山(ばざん)」と言う名前の鶏の妖怪が登場する。
竹藪の奥に潜み、滅多な事では人前に姿を見せない、と言う。

近年とある妖怪研究家が、
「波山のヴィジュアル的なモデルは、南洋のヒクイドリであろう」
と言う見解を示している。
言われてみれば、ヒクイドリのその奇妙なスタイルは、
巨大な鶏に見立てられなくも無いだろう。
江戸時代、ヒクイドリは書物で日本にその姿が知られるようになり、
生きた個体も数体輸入されていたらしい。
その時の彼等の奇妙な姿が日本に伝わる妖怪伝承に結びつき、
それまで口碑のみの存在だった彼等に「カタチ」を与えたであろう事は想像に難くない。

さて、ヒクイドリは、森林の再生に深い関わりを持つ生き物である。
自ら移動できない果実を種子ごと丸呑みにし、
親木から遠く離れた場所に糞と共に排泄して、彼等の芽吹きを意図せぬ内に手助けしているのだ。
彼等によって排泄された種は、果実のまま芽吹いた種よりずっと発育がいいと言う。
故に彼等が住み着いた森は、非常に緑の豊かな森が多い。

そんな話を耳にすると、
妖怪視されるほどの奇怪な姿の彼等が、とても崇高な霊鳥に見えてくる。
<データ>

*分類*
鳥綱 食火鶏目 ヒクイドリ科
*分布*
オーストラリア北東部、ニューギニアの森林地帯
*大きさ*
全長1.6〜1.8m、頭頂高1.5〜2m、体重70〜80kg
*食性*
果実中心の雑食。落果やベリー類を好んで食べる。
昆虫や節足動物も少しは食べる。
*備考*
走鳥類(ダチョウの仲間)では唯一、森林に棲息する種類。
頭にヘルメット状の硬い頭冠を持ち、これで下生えを掻き分け、自慢の脚力で素早く藪の中を移動する。
喉の裸出部は青、赤、黄色、橙色等の色彩に彩られ、全身を包む羽毛はぼさぼさの毛髪状。
警戒心が強く、また非常に臆病。
脅かされると鋭い爪の生えた脚で遮二無二蹴り付け、相手に瀕死の重傷を負わせる事もある。
嘗て原住民は肉を食用に、骨を加工してナイフ等の道具に、羽毛を通貨の代わりに利用していた。
森林の縮小と共に個体数は減少気味。
メスの方がオスより大きく、また抱卵・育雛の全てをオスが引き受けると言う、
鳥類きっての「女性上位」としても知られる。