幕末ぶらりんこ 早春編

東京・三鷹周辺 (散策日 2月12日)

思えば私のぶらりんこもこの三鷹から始まったのでありました。当日は立春後のそれはそれは暖かい小春日和の日。 朝8時には家を出たと思います。新選組ぶらりんこですもの。「まずは局長にご挨拶を。」と、近藤勇の眠る龍源寺へと向かいました。
京王線で調布駅下車。ここから武蔵小金井駅行きのバスに乗り、野川公園入り口で下車。降りたはいいものの迷いました。(笑)  道を尋ねながら、ようやく龍源寺へ到着。このあたりはまだ武蔵野の面影が残っているのどかなところです。
最初に本堂をお参りし(と言っても閉まっていましたが)、本堂裏にある墓地へ。竹やぶを通り過ぎると其処に近藤家の墓はありました。墓は全部で4基、右から先祖(実は近藤夫人ツネ)、近藤勇本人、近藤勇五郎(勇の甥、娘たま子と縁組し、婿となる)・たま子夫妻、そしてたま子の死後迎えた後妻以上3名の合葬墓、近藤久太郎(勇五郎・たま子の長男)・勇五郎の次男の合葬墓が並んでいました。
持参した線香を上げ、お参りを済ませてから「ちょっと見せてくださいね。」とつぶやきながら墓石の表裏横などを確認。この時墓地に居たのは私だけ。大きな竹やぶが横にあるため、墓地は昼間でもあまり日は差さず薄暗い、おまけに烏が遠巻きに私を監視しているようで少々気味が悪かったです。
此処は宮川家(勇の実家)の菩提寺。天満屋事件で亡くなった宮川信吉の墓もあったみたいなんですが、確認出来ず残念でした。
       

 近藤勇胸像  龍源寺本堂   龍源寺・近藤勇墓所石碑


その後、近くにある近藤勇生家跡、勇産湯の井戸、そして生家跡と通りを隔てて建っている近藤道場撥雲館を見ました。この撥雲館は勇の後天然理心流5代目宗家を継いだ娘婿の勇五郎が明治期に建てた道場です。昭和17年迄は別の場所にあったようですが、其処に調布飛行場をつくるという事で現在の場所へ移築されました。一般公開はされていません。この入り口の門には「近藤」の表札がかかっていました。勇の子孫は絶えてしまいましたが、「近藤家」は今も続いています。
天然理心流5代目、4代目の勇としては沖田総司を・・と思っていたのです。娘婿であり甥の勇五郎が継いだ事に不足はないでしょうけれど・・・。あの世で彼はどう思っていたのかな?と少々複雑な気持ちになってしまいました。
しかし、生家跡の表示板を見てビックリ!宮川家ってすっごい豪農だったんですね。その敷地の広さといい、使用人の数といい・・、驚きました。日野の土方家と同じ「お大尽」です。
新選組局長のふるさとを訪ねてすっかり気をよくした私は、これから益々「新選組史跡巡り」にハマっていくのでありました。(笑)


近藤勇生家跡 近藤道場・撥雲館