25.草原の教会

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 翌朝、ミュンヘン駅からIRに乗り、フュッセンへと向かう。フュッセンに直通ではないから、途中駅で乗り換えなければならない。
 列車が駅を出てすぐ、車掌が検札にやってきた。ジャーマンレイルパスとパスポートを提示し、ハンコをもらう。車掌は大変にこやかな表情で尋ねてきた。
「どちらまで?」
「フュッセンです。」
 そう答えると、車掌は手帳をぱらぱらとめくり、
「ブーフローで乗り換えですね。ここからこの列車に乗って下さい。」
と大変丁寧に教えてくれた。トーマス・クックの時刻表でわかっていたことだが、車掌の旅行者への親切さが大変うれしい。

 一両しかないワンマン列車に揺られて着いたフュッセンは、ロマンティック街道の端にあたる、日本人も多く訪れる土地柄。日本語の看板も立っている。
 とりあえず宿を確保しよう、とユースホステルに電話を入れると、今の時期はやっていないという。他にも2、3件かけたがどれも満室。自力で宿を探すことにしたものの、安そうな宿は言葉の問題が不安だった――これだけ有名な観光地でしかも日本人ならたいてい大丈夫だったろうが、結局駅前に大きく「空室あり」の看板を掲げているホテルに決めることにした。予算的にはかなり潤沢で、一回ぐらい豪勢な所に泊まるのもいいだろう。
 受付に出てきた初老の夫人は、バックパッカーの私を大変胡散臭そうに見ていたが、私が宿泊を決め、思わず財布を取り出し中身の高額紙幣が見えるやいなや、
「お支払いは後でいいですよ。」
と大変愛想が良くなった。まぁ、宿帳が日本語併記になっているほどのところである。それだけ現金なんだろう。わかりやすいといえばわかりやすい。
 さすが結構値が張っただけあり、部屋は大変豪華だった。ドアノブはもちろん、トイレットペーパーのホルダも金色。部屋も広くベッドも大きく、何より暖房機(乾燥機?)も2つある。前のユースが今ひとつだっただけに、うれしいものがある。

 フュッセン最初の観光地は、友達から強く進められていたヴィース教会を選んだ。駅前からバスで1時間、丘の間を縫うように続く道を走った先にあった。
 バスの運転手のオジサンは気のいい人だった。たどたどしく「ヴィース教会へ……」と言った私ににこやかに応対してくれ、英語も大変上手だった。向こうで帰りのバスの時間を見ていたときも、
「3時50分ですよ。帰りも私も運転ですから。」
とにこやかに教えてくれた。やはりドイツ人はいい人たちである。
 さて、教会はバスのターミナルからほど近い、牧草地の真ん中にぽん、と経っている。外側からしてメルヘンチックな教会であるが、この教会のすごさは内部にある。
 ベージュを基調とした大変明るい色使いで、今までの暗く重たい雰囲気とはだいぶ様子が違う。彫刻も豊富で、柱に彫りつけられた賢者たちも金の本やら装飾品やらをまとっていて、これまた美しい。そして天井を見上げると――
 なんと、雲の合間に天につながる門が見える。天井に彫りつけられた天使たちが立体の彫刻なだけにリアルである。色使いも大変美しい。普段私は信仰心はなく、どちらかといえば仏様派なのだが、このフレスコ画の神々しさには心を打たれた。
「ここの神様なら、助けになってくれるかも知れない。」
 一神教であるキリスト教の教会で言う言葉ではない。
 ともかくもこの霊験あらたかそうな教会でも、ひたすら友人の回復を祈ることにした。

 教会の周囲は至ってのどかな牧草地である。
 柵に囲まれた中で牛たちが草をはんでいるのだが、彼らが草を食べようと首を動かす度に、首に付けられた鈴がからころとのどかな音を立てる。牛それぞれについている鈴の音が微妙に違うのがまた面白い。バスターミナルの近くにいる牛はもっと人に慣れているらしく、私が足下の長い草を一房むしったところ、かなり向こうにいた牛が突進してきた。私と同じように、手からエサをあげたいという観光客がたくさんいるのだろう。
 牧草地の間を抜ける道は、そのまま針葉樹の森の中に続いてゆく。途中の道しるべには、かなり離れた隣町の名が記されているが、大きさ的に自転車や歩行者向けである。日本ではとても自転車で行く気がしそうにない距離だが、サイクリングやハイキングが盛んなドイツでは普通に走るようだ。
 帰り際、バス停の所でハチミツを売っている老人を見つけた。どうやら近くの養蜂場から、観光客相手に売りに来ているらしい。その辺の土産物にはない雰囲気に、これは是非手に入れたい、と思ったが、ドイツ語で話しかける勇気がなかなか出ない。しばらく迷っていたが、意を決して大きな方の瓶を購入。後日日本に帰ってきて食べてみたが、それほど強いクセもなく、しかししっかりとした味のある、今まで食べた中で最高のハチミツだった。このハチミツはおそらく、あそこに行って、あのおじいさんから買わないと手に入らないのだろう。

(01/7/8)
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