21.”郵便駅舎”

ドイツ編トップページへコーナーのトップページへ戻るHOMEへ戻る

←前へ戻る 次へ進む→


 傘を持ってユースを出た私は、夜景を撮影しながら食事の場所を探した。大聖堂・正面玄関の4つの像、広場からのライトアップされたホーエンザルツブルク城、モーツァルト像、噴水……雨に濡れた街はとにかく美しかった。オブジェとして広場においてある牛の像がちょうどいい三脚の変わりになった。
 街をとにかく歩いてみるが、屋台以外で簡単に食事のとれそうな所は見あたらなかった。ユースの近くの広場にあるレストランが、表に英語のメニューを出しているところで、ここなら入りやすいかも、と思っていたが、躊躇して何度もその店の前を往復していた。しかし最終的にはそのレストランに決定。”郵便駅舎”という意味の名前の店だった。
 入ると、客はほとんどいない。唯一おばあさんが居るだけだった。すんなり入っていって、どこの席についていいかふらふらしていると、おばあさんがにっこり笑いかけ、どうぞ、という風に席を勧めてくれた。喜んで席に着くと、店の人が愛想良く英語のメニューを持ってきてくれた。雰囲気のいい店だ。飲み物にコーラを頼み、適当に見繕ったのを3品頼む。
 まずはトマトスープ。クリームの載った、あたたかなおいしいスープで、雨の中をうろついて冷えた体をあたためてくれた。メインディッシュは肉にフライドポテトと目玉焼き、といういかにもドイツ圏らしいもの。それにサラダをつけた。物価を勘案すればそう安くはなかったが、ボリュームがあっておいしかったし、店の雰囲気がすごくよかった。初めての街のレストラン、そして食事の後の勘定もテーブルですます、というヨーロッパ式の支払い方も完璧で、私は大変満足して、ユースに戻ったのだった。
 さて、ユースの1階には、小さなラウンジがあり、そこに東洋人の一団が集まっていた。近くを通りかかると、どうも聞き慣れた言語である――なんと、彼らは日本人だったのだ!面白いので、夜部屋で飲むためのジュースを仕入れるついでにラウンジに入ってみたのだが、私の存在には気にもとめないようで、男2人女4人の集団は、アニメかなんかの話で大変盛り上がっていた。見ると男のうちの一人には見覚えがあった――たしか奴は同じ部屋の、ぶあいそなヒゲ面の男だった。
 せっかく旅路で日本人に会えたのだから、本当のことを言えば話しかけたくてしかたなかった。しかし、男2人は女の子に囲まれて大変いい気分でいるわけで、こんな所に口べたな男が入ったところで嫌がられるだけだろう。特に男は大変悪い気分になるに違いない。全くこれだから日本人は……と心の中で負け惜しみをつぶやきつつ、私は部屋に戻った。

 部屋ではタトゥーの男と陽気な男が、ベッドに寝ころんで話をしていた――私は入り口の側の、2段ベッドの上の段を選んでいた。ちょうどいいヒアリングの時間、と、私もベッドに入って彼らの会話を聞きつつ、旅行記のメモを取っていた。
 向かいの部屋に泊まっているガキ共がうるさい(廊下で激しく騒いでいたのだ)と話をしていたが、話題はクリスマスのことに移っていった。タトゥーの男はフランス人で、フランスも一般的なクリスマスのようだった。
「ところで、日本のクリスマスはどうなんだい?」
と、陽気な男が振ってきてくれたので、私は一生懸命答えてみた。
「ヨーロッパと違って宗教的なものはなくって、なんかカップルが外に出て遊んでたりしますけど……」
「でも、みんなでごちそう食べたり、プレゼント交換したりするんだろ?」
「うん、それはありますね。」
「うちのところもそうなんだけどさ、オーストラリアのクリスマスって、暑いんだよね。だからホワイトクリスマス、っていうのもよくわからないんだ。」
 なるほど、確かにあちらではクリスマスは夏になる。北半球のクリスマスとは趣を異にしているだろう。……なんだか一気に自分の視野が広がった気がする。
 そんな話をしていると、階下に群れていた日本人の一人が部屋に入ってきた。どうやらこいつも相部屋らしい。こちらのほうがどちらかというと愛想が良く、挨拶をしてきたので、軽くそれに答えた。男はなにやら用意をすると、すぐに下に降りていってしまった――そんなに女がいいか、ええいいでしょうともさ。あんたがたが日本でも会えるような女の子たちと、ぬるま湯な日本語会話をしている間に、私はヨーロッパでしか会えない人たちとグローバルな話をして、英語力鍛えてますよーだっ!
 この日はさらにもう一人、ヨーロッパ人が到着した。彼は私のベッドの下の段に寝るようだった。夜半過ぎ、私もいい加減眠くなってきた頃で、部屋にいた残りの3人も眠るようだったが、私が寝るための身支度を整えていると、下のヨーロッパ人が何か言う。私はベッドから身を少し乗り出した。
「はい、何でしょう?」
「明日、何時頃起きる?」
「7時半頃にしようかと思ってますけど。」
「あ、それじゃあその時、起こしてくれないかな?」
「ええ、いいですよ。」
「ありがとう。」
 ヨーロッパ人はにっこり笑って、首を引っ込めた。ヨーロッパ人から英語で頼まれて、それを受けることができた。言語の壁を越え、人の役に立てるなんて、これほどうれしいこともないではないか!
 私は大喜びで目覚ましをセットし、身支度を整えると、さっさと寝てしまったのだった。

 しかしこの約束も、結局意味が無くなってしまった。
 例のごとく翌朝早く目覚め、ホーエンザルツブルク城の朝焼けを撮影しに行って、7時半に合わせて戻ってみると、彼は既に起きていた。おはようございます、と声をかけると、彼もおはよう、と笑顔で言ってくれた。また一つ交流ができた。うれしいことである。
 さて、夜半過ぎになっても戻ってこなかったくだんの日本人たちは、翌朝早くに目が覚めたときにはベッドにいた。女の子たちと遅くまで飲んでいたんだろうか。ちょっとうらやましいなぁ、と思ったが、酒も女の子も苦手だった私にとっては、部屋でヨーロッパの人々と話をしていたほうがよかっただろう。

(01/2/6)
このページの先頭へ戻る


←前へ戻る 次へ進む→

ドイツ編トップページへコーナーのトップページへ戻るHOMEへ戻る