20.雨のザルツブルク

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 ザルツブルクはドイツとの国境に位置する、国際都市である。そして私の旅行の、オーストリア国内最後の街でもある。この旅行の間で初めて、雨が降った。
 インフォメーションセンターの係員は英語のうまく、愛想のいい人だった。地図と24時間パスであるザルツブルクカードを購入、目的の5番バスに乗ろうとした。そしてトロリーバスの通り道を横切ろうとしたとき、左手に見えていたバスがこちらに近づいてきて、危うくひかれるところだった。――日本の場合車道は左側通行なので、自分のすぐ側を通る車は右からやってきて左に去っていく。しかしドイツもオーストリアも右側通行だから、全く逆なのである。これには結局最後まで慣れなかった。

 まずはユースホステルに向かう。旧市街の端っこにあるので、観光の拠点には便利である。ザルツブルクの親切な地図にはバス路線はもちろん、停留所もユースのありかも載っていて、大変親切で便利である。
 ユースの受付の人は、電話よりも愛想のない人だった。カギとシーツををもらうと、早速部屋へと向かった。
 しかし――その部屋を見て驚いた。部屋の広さは、今までのユースホステルの半分、いや3分の1ぐらいしかない。その壁際に沿って2段ベッドがこれでもか!というぐらいに4つもびっちり作りつけてある。そして奥には小さなロッカー。空間と言えば、人がようやくすれ違えるほど狭い通路があるだけ。空気もなんだかよどんでいて、大変よろしくない。これこそユースホステル、と言うべきかも知れないが、ブルック/ムーアとの差に驚く。
 中には、背の高い若い男がいた。おそるおそる挨拶をすると、男は気軽に応えてくれた。
「どこのベッドが空いてます?」と尋ねると、
「うーん……ここと、ここと、ここと――このベッドの人はもう出ていったけど、シーツ片づけないで行っちゃったんだ、全く…(と肩をすくめる)適当にどけちゃっていいよ。」
 大変愛想のいい、気のいい男である。僕もようやく落ち着くことが出来た。
 男が出ていった後、ガサガサと荷物をまとめ、短いながらも観光にでかけようとしたとき、ベッドの中からヒゲ面の男が起きあがった。眠そうな顔をして、大変機嫌が悪い様子だった。とりあえず「Hello!」と声をかけると、やはりむっつりと返事をしてきた。大変ご立腹のようだったので、さっさと部屋を後にした。

 まずはホーエンザルツブルク城から街を眺める。時間的な余裕がなかったから、城には入らなかった。しかもそんな場所でいきなりフィルム切れを起こす。しかたないのでそのまま街に降り、大聖堂を見学。それまで見た中ではもっとも巨大な聖堂だが、広さの割になんか重苦しい雰囲気があるのは相変わらず。聖堂の正面に4体の大きな像が彫ってあるのが印象的だった。ここでも友人の回復を祈願し、祈る。もう使わないだろうシリング貨は、お賽銭として大活躍だった。
 聖堂を後にし、一旦宿にフィルムを取りに戻る。このあと食事時まで戻らない、と決めてユースを再度後にする。時間的にはちょうど良い頃合いだったので、日本に電話。まずは自宅に元気でやっていると連絡を入れた後、今度は「ブッコ学会」事務総長に電話。ザルツブルクで無事にやっていることを報告、日本でのニュースも仕入れる。久々の日本語での会話だった。
 今度は川の方に出て、すっかり暗くなってきたザルツァッハ川沿いを歩く。川の反対側から眺めるザルツブルクの街もなかなかいい眺めだった。このころからまた雨が降り始め、傘を持たずに出てしまった私は、またもユースに逃げ帰った。

 さて、ユースの部屋にはタトゥーを入れた、ちょっと怖そうなヨーロッパ人が窓際で外を眺めていた。例の陽気な男――彼はオーストラリア・ブリスベンの出身だった――はベッドに座って、ユースホステルの本を読んでいる。日本でユースホステル協会に立ち寄ったとき、是非欲しかった本なのだが、既に売り切れていたのだった。
「今日の午後は、何してました?」
 陽気な男が聞くと、タトゥーの男もにこやかに
「休日だったけど、あちこち見て回ったよ。博物館とか……」
 タトゥーの割には恐い人ではなさそうだった。よほどベッドで寝ていた、ヒゲ面の男の方が怖いものがある。その時、男はどこかに出かけていていなかった。
「その本、いいですね。」
 私が陽気な男に言うと、彼はにっこりと笑って、
「うん、全部のユースホステルが載ってるからね。持ってないの?」
「買おうとは思ったんだけど、売り切れてたんですよ。」
「そうか……明日、出るんだよね。どこ行くの?」
「プーリーンで城を見て、ミュンヘン泊まりにしようかと。」
「へぇ。僕はガルミッシュまで行くんだ……おっ、洗濯する場所もあるし、いいユース見つけた!」
 陽気な男はそう言って、本にチェックを始めた。のぞき込むと、本に載っているアイコンを指しながら、
「ユースに何があるか、全部わかるんだ。」
と説明してくれた。
「ところで、晩御飯とか、下の食堂で食べられますかね?」
 僕が尋ねると、男は首を傾げた。
「うん、食べられるとは思うけど……よくわかんないよね。」
「そうですか……」
 お腹が空いてきていた僕は、夕食を取りに行くことにして、日本から持ってきた耳かけ式のヘッドホンをかけた。すると男は、私のヘッドホンに興味を示した。
「ちょっと見せて……へぇ、いいなぁ、これ。」
「日本で買ったんですよ。」
 今では日本ですっかり普及している、耳かけ式の小さなヘッドホンだが、当時これをしている人は日本でもそう見かけなかった。もちろんこちらではヘッドホンどころかイヤホンが主流である。オーストラリアンに興味を示してもらえて、私はちょっと得意になった。

(01/2/2)
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