17.最前線の街

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 武器庫を出た私は、「大聖堂」まで歩いて行くことにした。新しい建物も建ちならぶ大通りを一本それると、古いつくりの建物と石畳の、静かな街並みが続く。全部がこうならいいのに……と思いつつ、フラフラと路地を進んでいった。
 大聖堂はやはり巨大な石造りの建造物だった。今度もドアがいくつかあるだけで、そうおいそれと入っていけるような雰囲気もなく、ガイドブックを見ても入れる時間に限りがあるようだった。内部には見所があるらしかったが、よくわからないので入らなかった。裏手にも「大霊廟」があり、こちらにも昔の王様が眠っているようだったが、今度は入り口がどこだか全くわからない。人に聞くのも大変なような気がしたので、結局外をぐるぐると回るだけで終わりにしてしまった。さらにこの近くにある「王宮」に行こうと思ったのだが、今度はその王宮の入り口がわからない。地図に示されているとおりの場所に行ってみたのだが、なんだか官庁の入り口みたいなのがあるだけで、王宮ともなんとも示されていない様子だったし、入っていいものかどうかも見当がつかない。そうして迷っているうちに時間だけが過ぎてゆく……なんだかよくわからない街である。

 地図を見ると、すでに街の北部に広がる丘の麓まで来ていることが分かった。シュロスベルクという名の丘で、「城山」という名が示すとおり頂きには城がある。ここからグラーツの街を一望できるらしいので、登ってみることにした。
 登りはじめてすぐのところに、人工的な変な洞窟があった。中からはどむっ、どむっと変な音がする。入り口の看板には「シュロスベルク」なにやら、とよく分からないことが書いてある。中はびっくりするぐらいひんやりとしている。気持ちが悪いのですぐに出てきてしまった。
 丘へ登る道は意外ときつかった。途中のベンチで休憩しつつ、また登る。
 しばらくして、ようやく平坦な場所に出てきた。グラーツのシンボルである時計塔があり、記念撮影をしている人たちがいた――といっても日本人ではない。ヨーロッパの人も観光地で決してカメラを使わない、というわけではないのだ。
 せっかくのシンボルだから撮っておこうと思ったが、意外と大きくて28ミリレンズでもなかなかおさまらない。後ろを見ると花壇があり、看板が立っていた。そこにはカメラと足の絵が描いてあって、×印がついている。ここに入らないで下さい、ということらしい。きっと私のようになんとか時計塔を写真に収めようとして入っていく人がよくいるんだろう。
 この近くに、山の中を通るエレベーターがあった。なんでも有料で、下のカウンターでチケットを買わなくてはいけないらしい。有料のエレベーターなんてものを見たのは初めてである。

 丘の上からの眺めは悪くなかった。シュロスベルクは街の真ん中にぽこっ、と盛り上がったような丘だから、街をまさに一望できるのだ。
 しかしこの街は、古いところもあるが新しいところが多く取り入れられた街である。ウィーンでは高層ビルは目立たなかったのに、グラーツの街にはいかにも日本にありそうな高層マンションっぽい建物が建っていた。街のど真ん中に生えているのでないからいいものの、その形がいかにも日本のマンションっぽかったので、幻滅してしまった。最前線の街は景観という意味でも最前線であるらしい――国立のように侵略されてしまわないことを切に望む。
 さて、帰りはケーブルカーで降りてみることにした。レストランの奥の乗り場を探し当てるのには、少し苦労した。
 乗り場には人はおらず、とりあえず入り口のところで待つことにした。ややあっておばあさんがやってきた。不安そうな顔をしていると、もう少ししたら次のが出ますよ、と親切にも教えてくれた。
 おばあさんはひとなつこく、いろいろと話してくれた――といっても英語はそんなにうまくなかったから、ドイツ語と取り混ぜての会話である。おばあさんは一度は日本にも行ったことがあるらしく、一通りの和食をおいしく食べてきたらしい。私はおばあさんと二人で一番前の席に座り、おばあさんの言うとおりに紅葉とケーブルカー、街並みを写真に収めた。下に降りたところで別れた。
 武器庫のカウンターで会話が上手くいかなかった時からどうも調子が悪かったのだが、グラーツにもいい人がいるものである。

 さて、さいぜんに見た山の中のトンネルは、こちら側につながっていた。「グラーツ2000」という名前の催し物がやっているようなので、とりあえず入ってみることにした。
 この催し物、いわゆるITについてのもので、しかも表記が全部ドイツ語なので全然わからん……。とりあえずディスプレイを見て回ったが、聞いたことのあるようなネタばかりだった。
 入り口すぐのところには巨大なマルチパネルがあって、いくつもの放送局の番組が映し出されていた。声も出ているようなのだがよくわからないが、テレビなんてものを見たのは東京を出て以来のことである。
 面白がって眺めていると、一つの番組で経済ニュースをやっていた。しばらく眺めていたら「1ユーロ89円」というのが目に入ってきた。私がユーロを買ったときのレートが1ユーロ95円で、それでも大変なユーロ安と騒がれていたほどである。この時、予算的にはかなりの額が余っていて、このままだと莫大なユーロを残して帰るハメになりそうだった。このままでは持って帰っても大損しそうだ。それならよほど使い切ってしまった方がよさそうだ。

 街に降りた私は、何か飲み物を飲もうと街をうろついた。
 広場にはサッカーファンたちが集まっていたが、よく見ると、電車の中で出会った人たちと同じ服である。あの時の人たちがいないものか、と捜してみたが、見つからなかった。彼らと一緒に食事でも出来たら楽しかったのに……。
 市庁舎前広場にはたくさんの屋台が出ていた。そこでジュースも売っていたのだが、なんだか思い切って買う勇気がない。そうしているうちに、広場の片隅にスーパーを見つけた。おそらくこっちのほうが安いに違いない。
 中は日本のスーパーと比べるとだいぶこぢんまりしていて、扱っている商品も少なかったが、客はけっこう入っていた。
 入り口すぐのちいさなお菓子のコーナーを見ると、「プディング」と読めるカップタイプのものが置いてあった。プリンなどいつから食べてないだろう。量も巨大だし、これをそのままお昼にしてしまおうと決めた。それと奥のコーナーで見つけた1.5リットルのファンタを購入。無言で買えるのがなんとも便利だが、問題はお釣りとしてもらったグロッシェン貨――1シリングの100分の1が1グロッシェンなのだが、旅行者にとってはあまり興味のない金である。ファンタオレンジ3.9シリング(だったと思う)と言われても、0.1シリング=10グロッシェン貨なんて、噴水に投げ入れるか募金ぐらいしか使い道がない。この微妙な割引は、生活してる分には大変有効なんだろうが、旅行者にはほとんど意味がないのだった。

(01/1/16)
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