14.英語が通じない!

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 さて、このユースホステルは、一階が食堂になっていた。地元の人たちが利用する、そういうところである。入っていった私には、「おや?」といった視線が向けられた。
 ウィーンのユースとはだいぶ趣が違うので、しばらくをふらふらとしていると、女の子が出てきた。田舎育ちの純朴そうな少女で、笑顔がとてもかわいらしかった。
「ここ、ユースホステルですか?」
と英語で言うと、なんだか要領を得ないようす。ドイツ語で聞くと、今度はええ、とはっきりした返事をしてくれた。彼女は宿帳を出してくれ、これを書いてくれ、というようなことをドイツ語で言った――ようだった。宿帳の書式はウィーンと一緒だったので、すぐに書き込めた。
 で、彼女はカギを持って、何か言っている。しかしよくわからない。私が英語をしゃべっても、彼女にはよくわからないらしい……なんと彼女、英語がほとんどわからなかったのだ!
 第二外国語でちょこっとかじっただけのカケラのようなドイツ語の知識をひっかきあつめ、状況から判断すると、私が泊まる部屋のことを言ってくれているらしい。私が要領を得ない顔をしていると、案内をしてくれた。

 部屋は最高だった。入って左に清潔なトイレ、右には別にシャワールームがある。その奥に入ると、平らなベッドが2つ、2段ベッドが1つがあるが、他に人がいないのでこの部屋は私一人で使える。その向こうには木の机に椅子が4つ、どれも新品同様で、さらに作りつけの木のベンチがあって、そこにはきれいなクッションがいくつか置いてあった。さらに勉強に使えそうな机と、その机だけに光の当たるライト。ウィーンのユースを上回る設備だった。
 さて、僕はドイツ語が片言、彼女は英語が片言で、その片言の度合いもほとんど同じである。意志の疎通は大変だった。僕が
「ごめんなさいね、ドイツ語あんまりわからなくて。」
と言うと、彼女も
「私も、英語はあまりわからないから……」
と答えた。お互いに顔を見合わせ、お互いに苦笑い。
 でもそうしてただ困っているわけにもいかない。彼女はカギのこと、ロッカーのこと、夜に外に出たときにはこのドアを通って、このカギを使えば入れる、というようなことを、身振り手振りも交えて、いろいろと話してくれた――全部流ちょうなドイツ語だから、ほとんど状況だけで理解するしかなかったが。
「朝御飯は、8時です。」
 彼女の言っていることで完全にわかったのはこれだけ。というかそれがわかっただけでもうれしかった。うんうんとうなずき、OK、と言うと、彼女はにっこりと笑った。
 彼女はまた何か言ったが、今度はよくわからない。すると手振りで食べ物のことを……どうやら晩御飯のことらしい。食べたい、とうなずくと、今?と聞かれた――これも私の知っている数少ないドイツ語である。うん、と言うと、じゃあレストランに、と案内してくれた。

 私はレストランに、ドイツ語辞書と会話集を持ち込んだ。この辞書、小さいのはいいがなんと「独英辞典」である。
 日本で持っているのは大きすぎて、とても持って来られなかったのだが、ドイツ語の会話集だけではあまりに不便だったので、ウィーン観光中に本屋に行き、この独英辞典を買ったのである。本屋では、店員に最初英語で案内を頼んだ後、「これください」とドイツ語で言ったら店員に大変受けたのだった。
 レストランに入るときも、やはり奇異の目で見られた。夜の担当に英語が通じないユース、ということはここには外人が来ることはほとんどないのだろう。試しに「こんばんは〜」とドイツ語で言ってみたら、「こんばんは〜」と返事をしてもらえた。明らかに彼らは私を面白がっているようだったが――こんな時期にこんな場所に、日本人が一体何をしに来た、と思ったんだろう。
 彼女が持ってきたメニューは、やはり全面ドイツ語……わからん。とりあえず飲み物を先に頼むというのは知っていたから、コーラを頼んだ。
 あとはメニューと格闘……しかしわからん。とりあえず値段を見て、真ん中の奴を選ぼう、と決めた。
 彼女は私のメニュー決めのために、かなり待ってくれていて、さらに迷っているときもガマンづよく待っていてくれていた。とりあえず値段の手頃なスープに、内容が明らかにわかるフランクフルター・ソーセージを注文した。単に上から2カテゴリーを見て、一つずつ選んだだけである。
 しかし、後で気がついたのだが、メニューは「スープ」「軽食」「本格的な食事」……と並んでいる。つまり2番目は飛ばして3番目を選ぶべきだったのだ。せっかく郷土料理が味わえるチャンスを、私は棒に振ってしまったのだ。
 しかし、スープの選択は間違っていなかった!なんとクヌーデルスープ、という郷土料理。スプーンのかたちにくりぬかれた団子がコンソメスープによくあって、本当においしかった!ソーセージも文句のないおいしさである。
 さて、そんな間に店には人もいなくなり、閉店時間になったらしく、彼女は使われてないいすを片づけ、店の床掃除を始めた。私からは少し離れたところを熱心に掃除している。本当にまじめに働く、いい女の子である。日本にこんな女の子は。もうどこにもいないのではないだろうか。きっといい奥さんになるだろうな、などと思ってしまった。
 食事を終えた私が勘定を頼むと、彼女は愛想良く笑って応じてくれた――彼女はいつもこのさわやかな笑みを絶やさない。言葉の通じない外人の私にも、親切にしてくれる。そんな彼女の好意がうれしくて、わずかばかりのチップを渡すと、大変喜んでくれた。

 さて、私はこの後、ホステルシーツについて尋ねてみた。部屋にホステルシーツがどこにも見あたらなかったからだ。
 しかし、シーツ、と言う単語が通じない。必死にドイツ語で聞こうとしたら、
「わかる分もあるから、英語で言ってみて下さい。」
と言ってくれた。そこで絵を描き、ベッドの上に載せるぺらぺらのもので、この机の上にのってるこれのような、と布を指したら、彼女は「デッケ(Decke)?」と言った。そういえばドイツ語の授業でで習った気が……。そこで、ベッドの上に載せるデッケは必要ないのか、ウィーンでは要ったのだが、と聞くと、必要ないと答えてくれた。(後から部屋を見てみたら、すでにベッドには袋型のカバーがしてあった。ここはウィーンのよりずっとサービスが良かったのだ。)
 ようやく意志の疎通が出来て、お互いほっとした表情になった――私の話の間、彼女は真剣に耳を傾けてくれていたのだ。私は本当に心から、ありがとう、と言うと、よかった、という風に笑ってくれた。そして部屋に戻る途中、彼女はもう一度、「朝御飯は8時ですから!」と念を押してくれたのだった。
 後でもう一度レシートを読み返してみたら、(残念ながら今はそのレシートがなくなってしまったため正確な文章はわからないが)「このレシートはLisaが計算したものです」と書いてあった。Lisa、ドイツ語読みでリザ、というのが彼女の名前だったらしい。
 あんなに仕事熱心でまじめで優しい女の子なんて、日本では地方に行ってもなかなかいないだろう。彼女のような子が恋人になってくれたらなぁ、なんてことを本気で思ってしまった。もっとも、ドイツ語と文法的に限りなく近く、そのためドイツ人のほとんどがしゃべれる英語がとても片言だった、ということは、中学生、それも中1だった可能性が高いのだが……。

 ともかく、私はこの場を借りて、ブルック・アン・デル・ムーアのユースホステルにいたLisaさんに、心からありがとう、とお礼を言いたい。いつか、ドイツ語をマスターしてから、もう一度この宿に泊まりに行きたいと思う。

(00/12/19)
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