11.メランジュ・カフェ

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 翌朝5時に目が覚めたものの、いつのまにか相部屋の人が4人に増えた上、みなさん熟睡している。もちろん外はまだ真っ暗。ここでがさがさ用意をするのも何なので、手早く着替えを済ませると、一階のラウンジに降りて書き物をすることにした。しかしとにかく底冷えのするような朝である。早く7時になって、朝食の時間になってくれないか、とそればかり考えていた。
 朝食を済ませて部屋に戻ると、もはや誰もいなくなっていた……やはりみなさん旅慣れているだけあって、すばらしい行動力である。私もさっさと用意をして、チェックアウトの手続きをすませた。外は息が真っ白になるくらいの寒さである。思わず日本語で「さみーっ!」とつぶやいてしまった。

 この日の夕方にはグラーツに入ることを予定していたので、まずはグラーツ行きの電車が出るウィーン南駅に向かうことにした。さすが大きな駅だけあって、コインロッカーもある。ところが肝心のコインがなく、駅の銀行で両替してもらうことにした。
 カウンターには何だか人が並んでいるので、他に無いか、と見回していたら、同じくバックパッカーな装備をした人が話しかけてきて、どうしたの、と聞いてきた。そこで両替をしたいと言ったら、くだんのカウンターを指された。やはりここしかないらしい。しばらく列に並び、無事コインを入手した。
 さて、このコインロッカー。ディスプレイ・パネルに使い方が表示されているのだが、もちろんドイツ語である。これではわからないので英語表記にならないか、とボタンを押していったら、英語からフランス語、イタリア語、スペイン語と、めぼしい言語が一通り並んでいる。ページは2ページ目まであって、2ページ目の最後にはなんと「ニホンコ」の表記が!!これは面白そうなので、早速日本語で表示させてみることにした。
 最初の文字列が「ヨーコソ オイテクタサイマシタ」。おおっ、ちゃんとした日本語じゃないか!それもすごく丁寧な!!しかし微妙に変な日本語である。「シ」と「ツ」の区別はできてなく、一貫して「ニモシ」だったし、ガイダンスの最後の画面の「オシリ ハライマセン」というのは一体何かと思った(^^;)それに引き取りに使うチケットにも「チケットハ イレテクダサイ」と書いてあるので、チケットの他にもチップを入れるとサービスが良くなったりするかも……なんて思ってしまう。
 しかし、アルファベット表記にあわせて作られている液晶ディスプレイに、遙か東のかなたの島に住んでる1民族しかつかっていない「日本語」などというマイナーな言語を表示してくれることに、敬意を表すべきであろう。というよりもやはりこれも、日本人観光客に毒された結果なのだろうか?

 ウィーン南駅から少し歩いたところに、「軍事史博物館」がある。古代からの軍事史について展示されている博物館で、私の旅行にとってはうってつけの建物である。
 一階の入り口ホールには、さまざまな軍人の像が、全ての柱の四面に立っている。中世の騎士から現代の軍人まで、なかなかかっこいい。2階に上がるホールの途中には、翼を広げて剣を取り、膝元でおびえる少年たちを守っている、女性の天使像があった。なんだか肝っ玉母さん、という印象に見えるのだが、端整な顔立ちに均整の取れたプロポーションである。
 展示物は比較的中世の時代の物が多く、様々な武器や絵、陣形図が展示してあり、天井にはエンブレムをかたどった盾が並んでいる。そのいかにも中世ヨーロッパ、という雰囲気に大喜びして、やたらと熱心に見て回った。陣形図なんかは日本のものとだいたい似たような感じで、どちらかというとヨーロッパの物の方が、地形などの書き込みは細かかったかも知れない。
 開館直後の館内だけあって、観光客らしき人はみあたらなかった。館内にはここの博物館の人たちなのか、警官のような服装をした人たちがうろついていた。一通り見て回って、さあ出ようか、という時、一人の係員が私を呼び止めた――「サー」と呼びかけられたのにはちょっとびっくりしたが、こちらの人は初対面の男には誰にでも「サー」と言うのだ。
 彼は親切にも、私が取り損ねた案内のチラシをくれ、向かい側の展示室が閉鎖になっていることも教えてくれ、次の展示室が一階になる、とも教えてくれた。大変親切でひとなつこく、明るい笑顔を見せるおじさんである。私は丁重に礼を述べた。
 一階は近代戦の展示室で、巨大な大砲や砲撃を受けた後がある陣地(トーチカ)が主に展示してあった。また特別に、サラエヴォでの皇太子暗殺事件のために部屋が一つ割り振られていて、その時使われていた車や服などが展示してあった。
 近代戦となると、メインの武器が重厚長大な「乗り物」となり、とても人が装備するものではなくなっていく一方で、人々が身につける軍服はどんどん軽く動きやすい物になっていく。別に人死にが出ることは中世も近代もかわらないのだが、年代の点でより身近になるためか、重苦しく暗いイメージが強くなる。
 さて、ここを見に来たとき、ちょうどオーストリア軍の若い兵士の一団と一緒になった。体格の面では間違いなく、私よりふたまわりは大きいし、骨格もしっかりしていて筋肉質で、いかにも強そうである。アメリカ人も似たようなものだと考えると、第二次大戦の時には、よくこんな鬼みたいな人たち相手に戦争なんかできたな、と思ってしまう。この一団に混じりながらの見学、というのはちょっと怖いものがあった。

 昼近くなり、いよいよウィーンのカフェに乗り込むことにした。ザッハートルテとメランジュカフェ(ウィンナーコーヒーのことである)を頂かずしてウィーンを出るわけにはいかない!!
 まずは元祖ザッハートルテを頂こう、とホテルザッハーに行ってみたが、敷居が高そうで、スーツ装備でない人間が入れそうにはなかった。次に少し離れたところにある、ホテルザッハー直営のカフェに入ろうかと思ったのだが、これもまた敷居が高そうなたたずまいを見せている。ともかくさっさとカフェに入って目標を達成しよう、と思った私は、ガイドブックに載っていた、小さいながらも伝統あるカフェに、思い切って入ってみることにした。
 カフェは落ち着いた雰囲気で、ウェイターもきっちりした服装をしていた。あちこち見回したあげく、とにかく適当な場所に座り、若いウェイターに合図を送る。メニューはなかったが、狙いは決まっていたから「メランジュコーヒー下さい」と英語で頼む。しばらくガイドブックやドイツ語会話集なんかを見て、緊張しながら待っていると、コーヒーがやってきた。クリームの泡立ちは、日本のウィンナーコーヒーのように思いっきりホイップされているわけではなかったが、それがまたよかった。おいしいコーヒーである。
 でも、ザッハートルテも頼まないといけない。そこで今度は年寄りのウェイターに「ザッハートルテあります?」とドイツ語で頼むと、「クリーム?」というようなことを聞かれたので、とにかく「はい」と答える。出てきたのはおいしそうなザッハートルテで、生クリームも脇にたっぷり盛ってある。チョコレートはあまり得意でない方なのだが、このザッハートルテのチョコレートは最高だった。これがチョコレートってもんだよな、と思いながら食べる。たっぷりの生クリームをつけて食べると、これがまたよく合う。甘党の私としては、至福のひとときである。
 全てをきれいに食べ終え、ごちそうさま、と手を合わせてから、ウェイターを呼んでお勘定を済ませる。こちらではお勘定はテーブルで済ませ、その場で好みに応じて約1割のチップを渡す。そうして後は荷物を取り、スマートに出て行く。緊張したが、ウィーンのカフェの雰囲気とおいしいザッハートルテにコーヒーは十分に堪能できた。
 人間何事も、思い切ってやってみるべきである。

(00/12/14)
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