乙女たちの憂鬱

第三幕 「紅茶と珈琲とお茶と彼女の憂鬱」

 たまさかに顔を出したはいいが、たいした手伝いもしていないのに偉そうに発言をするのもどうかと白薔薇は考えた。そう思うといくら紅薔薇が真剣にはなしをしていても身が入らない。この時間をどうしようかというと、他の考え事をしながら時間を潰すしかなかったのだが、昔の事を思い出してしまったのがいけなかった。つい態度に出てしまい、そこを紅薔薇に目ざとく指摘されてしまった白薔薇であった。

「以上が今日の予定になるわ。みんな、よろしくお願いね」
 紅薔薇の会議を閉める言葉によって、ようやくこの場が緊張感から解き放たれた。
「はいはい。うぅうん。しっかし、毎年の事とはいえ、この時期は疲れるねぇ」
 そういいながら黄薔薇が、両手の指を組み腕を上げて背筋を伸ばし首を捻った。ポキリポキリと骨が鳴る音が部屋に響いた。

「それではお茶をお持ちしますね」
 そういって椅子を引きずりながら紅薔薇の蕾が立ち上がった。
「私も手伝わ」
 紅薔薇の蕾に続いて黄薔薇の蕾も立ち上がる。
「えっと。お姉さまは珈琲。黄薔薇さまはお茶で、白薔薇さまは・・・紅茶でよかったんですよね?」
 紅薔薇の蕾が白薔薇へ控えめなな視線を投げかけながら聞いてきた。白薔薇は普段、薔薇の館にいないから分からなくても無理はない。
「紅茶でいいわ。ごめんね。よろしく頼むわ」
 白薔薇はやや遠慮しがちにそういった。
「はい。かしこまりました。それでは少々お待ちください」
 喫茶店のウエイトレスのように紅薔薇の蕾が頭を下げて、黄薔薇の蕾がそれへ続いた。
「ええ。お願いするわね」
 紅薔薇の労いの言葉を頂いて、二人は会議室から出て行った。

「さて、と」
 紅薔薇は、ドアの方に向けていた視線を白薔薇の方へと向けた。
 言いたい事が分かっているのだろう。白薔薇の表情が神妙な面持ちへと変わる。
「この時期にプロンテラに帰ってきた、という事は、今年は手伝ってくれるのかしら?夜魅」
 二人の妹が居なくなった途端、紅薔薇の口調は普段着のそれへと変わった。

 最初はこの王国の仕来たりに従って、名前の後ろに『さん』をつけて呼んでいた。それがいつの間にか名前を呼び捨てで呼び合うようになっていた。さすがに、かしこまった場や妹たちの前では『薔薇さま』と呼んでいるが、心を許した親友同士、誰も見ていないところでは『さん』づけや、ましてや肩書きで呼ばないのが自然だろう。

「ごめん。シルフェ。またすぐに発つわ」
 夜魅の言葉使いも親友に対するそれへと変わっている。
「誤らなくていいわ。そうね。ここはミコトさまの温もりが残っているところだものね」
 紅薔薇ことシルフェは肩の上で潔く切り揃えられた髪を人差し指に絡ませながら、太い溜息をついた。
「勝手な事をしているのは分かってるの。いつも迷惑をかけてごめんね」
 夜魅が目を伏せてぽつりとそう言った時、
「まぁなんだ。いつも言っていることだけれども、ね」
 それまで黙って夜魅たちのやり取りを聞いていた黄薔薇が重い口を開けた。
 自然と夜魅たちの視線は黄薔薇へと注がれる。
「私たちじゃあミコトさまの代わりにはなれない。でも、私たちに出来る事はあると思う。まあ頼りないとは思うけれど、アンタが辛い時、いつでも頼ってちょうだいな。私たちに出来る事で力になれる事があれば惜しみなく力になるから。・・・なんてな」
 黄薔薇こと
アンナは肩をすぼめて、笑っているような困っているような、そんな複雑な表情を浮かべた。
(本当、いつもありがとう。貴女たちが居なかったらアタシはお姉さまを失った悲しみからは立ち直れなかったでしょう)
 心の中でそう呟いた後、
「ええ。
アンナ。その時は遠慮なくお願いする事にするわ」
 ニコリと夜魅は笑って見せた。

「お待たせしました」
 ちょうど三人の話が一段落したところに黄薔薇の蕾がドアを開けて入ってきた。その後ろには五人分のカップをお盆の上に載せた紅薔薇の蕾が立っていた。黄薔薇の蕾が部屋の中に滑らかに入ってきて、ドアノブを片手で掴んだまま紅薔薇の蕾が部屋の中に入りやすいように、体を横に向けた。その脇を紅薔薇の蕾が、カップに気を使いながら通り過ぎるのを見て、黄薔薇の蕾はドアを閉めて自分の席へついた。紅薔薇の蕾が手際よくそれぞれ好みのお茶が入ったカップをみんなの前へと置いていく。最後に自分の席の前にカップを置いてから紅薔薇の蕾も着席した。
 部屋の中で三種類のお茶の匂いが混ぜこぜになる。紅薔薇姉妹は珈琲。ただし、妹は姉と違ってミルクがたっぷりと入っている。黄薔薇姉妹も揃って天津国から輸入されたグリーンティー。妹は姉の好みに影響されるのだろうか。二組の姉妹を見た後、夜魅は自分の前に置かれたティーカップへ視線を落としたが、途端表情を一瞬曇らせた。
 一人分だけの紅茶が寂しかったせいもあるだろうが、それよりも視線がマグカップに注がれている事から、マグカップの柄に驚いた様子である。
 白薔薇の表情を目ざといシルフェが見逃すわけは無かった。アンナも気がついたようだが、そのマグカップをちらりと見た後、シルフェに目配せをして何事もなかったかのようにお茶を啜り始めた。アンナの真意をくんだ紅薔薇も同様にティーカップに口をつけた。

「白薔薇さま。今日帰ってらしたって事は、今日の前夜祭と明日の降誕祭、手伝ってくださるんですか?」
 一口珈琲を飲んだ後、紅薔薇の蕾が目をキラキラと輝かせながら夜魅へ尋ねた。
 元々紅薔薇の蕾は自分に対して友好的ではないとかねがねそう夜魅は思っている。ところが今日は何故か好意的だったので不思議がっていたがそういう訳だったのかと夜魅は一人納得をして、静かに微笑を湛えながら、
「ごめんなさい。お茶を頂いたらお暇するわ」
「そんなあ!!」
 夜魅の言葉を全部聞こうともせず、突然叫びながら、椅子を豪快に後ろに弾き飛ばし紅薔薇の蕾は立ち上がった。
 あまりの絶叫に夜魅が顔をしかめたにもかかわらず、彼女の叫び声は続く。
「今日がどれだけ忙しいかお分かりですよね?私はまだ経験無いけど、この」
 自分の前に置かれた書類を手で叩きながら紅薔薇の蕾の抗議は続いていく。
「スケジュール表を見れば、どれだけ忙しいか分かります。白薔薇さまとしての自覚があるんですか!」
「こら。
エリザ。言い過ぎよ。お座りなさい」
「お姉さまが白薔薇さまを甘やかすから」
「聞こえなかのかしら?座りなさい」
「でも・・・」
 シルフェがぎょろりと妹を睨んだ。その眼光には有無を言わさぬ迫力がこめられていた。
 
 紅薔薇の蕾、エリザも姉の眼光の前に気勢を殺がれたようだ。それでもぶつぶつと文句が続く。
「でも、私たちがこんなに苦労しているのに、それなのに白薔薇さまは何もしてくれない・・・」
「問題はないわよ。だってこの計画書、四人で問題なく出来るように作られているのだから。もう一回読んでみたら?」
「ぅ・・・」
 姉に続いて、今度は味方になってくれてもおかしくなかった黄薔薇の蕾にまでたしなめられて、さすがに言葉を失ってしまい、エリザは黙ったまましばらく立ち尽くしていたが、
「みんな、甘すぎます!」
 そう捨て台詞を吐くと、椅子を手で手繰り寄せて元の位置へ戻し、着席した。

 

05年12月26日 第一版公開

 

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