舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a
lily―
第一草「SAKURAドロップス」
最終幕〜SAKURAドロップス〜
「帰ろっか」 (始めから強い人なんていなんだわ。夜魅さまはさまざまな悲しみを乗り越えて強くなったのね。今すぐには無理だけれど、でも、わたしもいつか夜魅さまみたいに強くなりたい。夜魅さまの側で) 「夜魅さま」 (『ふさわしくないと思うならならふさわしくなれるように考えなさい』。今はまだふさわしくないかもしれません。でも、いつかきっと夜魅さまにふさわしい人間になります。夜魅さまの側で強くなっていきたいです。だから今ならわたし、自分に素直になれます) 「夜魅さま。わたしに夜魅さまのロザリオをお授けください」 夜魅のその言葉をリリーは信じられなくて、大きく口を開けたまま呆然としてしまう。やっと自分の気持ちに素直になれたのに。夜魅と一緒に未来を紡いでいきたかったのに。なんで。どうして。夜魅の気持ちが分からなくて、気がつくとリリーの瞳からは大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちていた。 「も、もう。おかしなコ。ほら」 「『 (リリーはホント強いコよ。だって・・・) (過去に捕らわれて自分の殻に閉じこってしまったアタシを信じてくれた。あんなアタシを見て動揺したろうけれど、でもアタシを信じる心を貫いてくれた。その心が殻を打ち壊してくれた。その心がアタシを救ってくれた。ありがとう。リリー。ありがとう。お姉さま。こんなアタシを想ってくれている人の為にも、今アタシが誓う事は・・・) 春の風が夜魅の緑の黒髪を優しく撫でた。早咲きの桜の花びらがふわり風に揺れて、二人の間に舞い落ちた。 (今アタシは誓う。 もう過去には捕らわれない事を。もっと肩の力を抜いて、悲しい過去はこの桜の下にしまっておくわ。ここからそう遠くない観た事もない景色をリリーと一緒に見るために。この止まらない胸の痛みを超えてリリーと一緒に歩いていこう。一周りしては戻り、青い空をずっと手探りで探してきたけれど、リリーとなら見つけられるわ。今日がアタシたちの最初の最良の日にしようね。だから・・・) 「リリー。アタシから言うわね」 「アヴェ マリア!」 ロザリオを授ける時は、授ける者が神へ祈りを捧げる。その祈りの言葉はこれでなくてはいけないといった制限は無く、その者の職業や信仰する対象によって様々に変わる。事前に打ち合わせをしていれば話は別だけれど、大抵の場合は『姉』になる者が祈りを捧げ、『妹』になる者はその祈りの言葉をじっと聞く事が多い。 『優しい
自分の声にリリーの声が重なって目をつむったままの夜魅は驚いた表情をつくった。なんの打ち合わせもしていないのに自分の心を察して、これから自分が願わんとする事をリリーも一緒になって願ってくれるのだ。嬉しくて涙が出そうになるのを必死に堪えて、リリーと共にマリアさまへの祈りの言葉を紡いでいく。過去と決別して、新しい未来へリリーと共に歩けるように、力強く。 『この硬く険しい岩から、私の祈りがあなたの許に流れていきますように。たとえ人々がどんなに残酷であっても、私たちは朝まで安らかに眠れますように。おお、
再びリリーはうやうやしく頭を下げた。夜魅がさらに一歩前に進み出て腰をかがめる。 『 二人の声が重なるその瞬間、リリーの首に夜魅のロザリオがそっとかけられた。夜魅が自分から一歩後ろに離れた気配を感じてリリーはまぶたを開く。胸には琥珀色に輝くロザリオ。嬉しくて嬉しくて気がつけば我慢していたはずの涙がリリーの瞳から零れ落ちた。 そっと夜魅はリリーに手を差し伸べた。掴んだ夜魅の手が暖かかった。夜魅の微笑が優しかった。それだけでリリーはまた涙が溢れてきた。 夜の帳が落ちたフェイヨンの街に、まるで二人を祝福するかのように早咲きの桜が降り注いだ。二人の『姉妹』は桜吹雪の中やがてフェイヨンの雑踏の中へと消えて行った。
2003年8月30日 公開 協力
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† Strange term description † ○『ロザリオ』 (ロザリオの祈りとは、五玄義を黙想すること、五回の主の祈り、五十回の聖母マリアさまへの祈り、そして五回の栄唱を唱える事ですが、詳しく知りたい方は、各自で調べてください。)
○『アヴェ マリア』 『マリアさまが見てる』や『ロザリオ』の祈り(記憶によれば)に使われているのが、グノーのアヴェ マリアだったので、当初、こちらを使おうと思って、ラテン語(元の歌はラテン語です)翻訳版を調べてみたら、ちょっと雰囲気に合わなかったので、『シューベルト』のアヴェ マリアの歌詞を用いました。 この『シューベルト』のアヴェ マリアについて少し書いておきます。 でも、マリアさまを称える歌は、本当にどれもこれもいいですね。心が癒されます。みなさんも機会があったら聴いてみてください。 ○『Laudate』
○『アーメン』
ちょっと宗教色が強くなってしまいましたが、ここで誤解ないように言っておきます。私は敬虔なクリスチャンではありません。昔、ちょっとした事情がありまして、聖書関係を調査していた時の記憶の残骸と、それを裏打ちする為、集めた資料を元に書いています。八割方信用に足る物だと思いますが、もし誤記等ありましたら、ご連絡下さい。 |
■素材提供■
Base story:gravity & gungHo