舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第十四幕〜Reminiscences〜

 「どのくらい迷ったかわからない。方位磁石も使えないし似たような景色が続くそこで方向感覚もいつしか狂っていたわ。予定時刻に担当部署に就けなければ大失態になる。それは家族の顔に泥を塗る事になる。あせっていたのね。アタシたちの後ろから、恐ろしいモンスターが迫っていた事に気がつかなかった。背中の方から突然聞こえた叫び声で慌てて振り返ったそこにいたのは『アルギオペ』。凶暴で巨大な芋虫型のモンスターよ。そいつは醜いその口でアタシの部下を次々と食い殺していったわ」
 夜魅の頭の中にはきっとその時の光景が浮かんでいるのだろう。眉根を寄せて唇をギュッと噛んだ。
「正直何が起きているのか、どうしていいのか分からなかったわ。気がつくとアタシは剣を構えて斬りかかっていた。騎士でもなければ勝てないのにね。今、冷静に考えればどうしてあの時みんなを逃がさなかったんだろうって思うわ。それでね、当然その時のアタシなんかが手におえる相手ではない。『アルギオペ』は口に咥えた剣士を斬りかかって来たアタシに向かって放り投げたの。その・・・死体に押しつぶされるように地面に叩きつけられたアタシは・・・そこで気を失っちゃって・・・」
 自分では気がついていないのか、夜魅は肩を震るわせながら、瞳から零れ落ちる涙をそのままに話を続ける。
「アタシが気がついたのは、その近くを通りかかった騎士の腕の中。騎士が数名ががりで『アルギオペ』を殺していたわ。意識を取り戻したアタシがそこで・・・みた・・・ものは・・・」
 夜魅が声を震わせながらうつむいた。頬を伝う涙はとめどなく零れ落ちる。その傍らでリリーもまた声を必死で殺しながら涙を流していた。
「騎士に殺された『アルギオペ』の死骸。そして、アタシの部下と・・・アタシ・・・の・・・弟の・・・」
 自分の泣いている顔を見られないようにうつむいていた夜魅だったけれど、溢れてくる感情はどうする事も出来なかった。顔を上げてリリーの胸の中に飛び込んで声をあげて泣き叫んだ。
「アタシが・・・アタシが殺したの!アタシがみんなを・・・みんなの未来を奪ったの!」
 リリーの胸の中で夜魅が悲痛な声を上げた。

 どんな時でも凛々しかった夜魅。でも今、リリーの瞳には強く抱きしめたら壊れてしまいそうなガラス細工のように、自分の胸の中で泣く夜魅が儚く映る。リリーは緑の黒髪をそっと優しく撫でながら、無理して微笑みを見せるけれども、瞳が涙でキラキラと輝いていた。

 『ふさわしくないと思うならならふさわしくなれるように考えなさい』。以前夜魅がリリーに言った言葉。自分がふさわしいかそうではないか、その答えはまだはっきりとはしない。けれど今自分が夜魅の心の支えになっている事を実感し、それがリリーには嬉しかった。

「ごめん。みっともないとこ、見せちゃったね」
 夜魅はリリーの胸から自分の顔を離して、照れ笑いを浮かべながら舌を出した。

「それでね。その件は初めての『迷いの森』だったし、結局不幸な事故で片付けられてアタシは不問になったの。それでもアタシの心は晴れるわけなかった。みんなが亡くなったのはアタシの判断ミス。自分が許せなくって自分の殻に閉じこもっちゃったの。その悲劇から半年の間の記憶はほとんどないわ。覚えているのはみんなの魂を慰める為に剣士の職を辞して聖職者、アコライトになった事くらい。でも、アコライトになってもどうしたらみんなの魂を救えるのか分からなくって・・・」
 再び溢れてきた涙を夜魅は指でそっと拭う。遠くを見つめるその瞳はどこか寂しげで、憂いをおびた表情はドキッとしてしまうほど艶かしい。夜魅が真剣に話をしている時に不謹慎なと思っても火照ってくる自分の頬をリリーはどうする事もできなかった。
「そんなアタシを救ってくださったのが、アタシの『お姉さま』。先代 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまだったわ」

 もしかして、とリリーは思う。あの時あの茂みの中で夜魅が言おうとしていた言葉。『お願い・・・』と言って飲み込んだ言葉。きっとあの時夜魅はその先にある惨状を想像して、それを見て過去の悲劇と重ね合わせて自分が再び自分の殻に閉じこもってしまうかもしれないという予感がしたから不安になって、リリーに助けを求めようとしていたのかもしれない。でも、それを言うには今の話を全部でないにしろ、少なからず事情を話さなければならない。それに、自分の心の問題でもある。だから、『もし、アタシに何かあったら助けて欲しい』と、言いたくても言えなかったのかもしれない。

(わたし、ちゃんと夜魅さまのお側にいました。どんなに胸が痛くてもお側にいました。例え離れ離れになっても探し出してこうしてお側にいます。ですから安心してください。夜魅さま)

「以上。夜魅さまの知られざる半生でした。めでたしめでたし」
 わざと明るくおちゃらけて夜魅は話を閉めて、立ち上がりながら膝をポンポンと払った。

 

 

2003年8月14日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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