舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a
lily―
第一草「SAKURAドロップス」
第十一幕〜smile again〜
宿屋のドアを静かに開き、フロントの前を普段と変わらない風を装って通り過ぎようとするけれど、そこはリリー。何かありました、と表情にありありと出ている。その様子を四十後半くらいの歳の女性がフロントの中に立って訝しげに見ていた。この時間に普段は帰ってこないという事と、最近は傍らに常に夜魅が寄り添っていたはずなのに、その夜魅の姿がどこにも見当たらない事。一ヶ月以上も滞在しているリリーの顔や名前はもちろん、行動パターンも把握していた中年女性が不審に思って、フロントから飛び出しリリーの両肩を掴んで、目を大きく見開き問い詰めてきたのも当然の話であろう。 自分の部屋まで走り着き、ポケットに手を入れてカギを探すけれど、そこにあるべき物を指先に感じる事が出来なかった。 『少し落ち着いて考えてみたら?案外その方がいい方法を思いつくものさ』 その言葉を頭の中で何度も繰り返しながら自分に落ち着けと言い聞かせた。 やがてドタドタという音とともに中年女性が片手に握られたカギを突き出して、じゃらじゃら言わせながら駆け寄って来た。手際よくカギを外してドアを開けたのを確認して、リリーは中年女性の脇から部屋に入った。内心夜魅がよく好んで飲んでいるダージリングティーの香りを期待したけれど、その香りも人影も無かった。試しに浴室のドアを開けてみたけれど、そこにも夜魅の姿は無かった。 二股の小道に立つマリア像へ一礼をして道を左へと折れる。この先には銭湯がある。一気にそこまで走っていったけれど、暖簾がしまわれていてどうやらまだ店を開けていないようだった。しかし、引き戸が少し開いていたのでそこから中の様子をうかがうと、中に人が歩いているのが見えた。躊躇なくその中へ入り、従業員と思われる男を捕まえて、わtしよりも少し背が高くて、わたしよりももっと美人で、腰まで伸ばした綺麗な黒髪が特徴のプリーストを見かけませんでしたか?と一気にまくし立てた。男はしばらく考えた後、今日はまだお客さまをお通ししていないからこちらには来ていないと思いますよ、と丁寧に答えて一礼した。リリーも同じように一礼してまた走り出した。 二股の分かれ道まで戻ってきた所で、肩で息をしながらマリア像を見上げて、胸の前で両手の指を交互に組み心を静める為に目をつむる。まさか絶望のあまり早まった事を・・・。『最悪の事態』がふとリリーのまぶたの裏をかすめた。 (落ち着いて。落ち着きなさいリリー。まだ探していない所を考えるの。この街でまだ探していない所をよく考えて・・・そうだ!お堀!あの辺りはまだ探していないし、まずはそこを探そう。もしそこにいなかったらもう一度路地裏を探してみよう。お店を一軒一軒しらみつぶしに探せば見つかるかもしれない。でもそれで見つからなかったら?) 再びリリーの頭に『最悪の事態』という考えが浮かんできて、慌てて頭を振ってそれを追い出した。 (もしこの街で見つけられなかったらプロンテラ大聖堂へ行こう。アルベルタまでは歩いてすぐだし、そこで船に乗ってイズルートまで行けばここから歩いて行くよりもずっと早くたどり着けるはず。そこで
『 再び大通りを東へと突っ切る。フェイヨンの街の周りをぐるりと囲む外壁。その外壁の一部が東南のちょうど角になっている辺りのみ切り崩されている。そこにはお堀を見下ろすことの出来る土手へと上がるのに階段が設けられていた。階段を登り、土手に上がると一定の間隔で桜の木が植えられている。数千年前、戦乱が終結したことを祝って、当時の人々が植えたものだった。外壁の切り崩しもこの時出来たものである。戦乱の世の中ならば外敵の侵入を防ぐ為に作られた外壁を切り崩すなど考えられない事であったが、平和な世の中には外壁は無用である。以来、この切り崩しは『平和の象徴』として修復されることなく今に至っている。 リリーは土手を駆け上がり、まず視線を東へ向ける。その視線の先には白く彩り始めた数本の桜の木と先ほど恐怖を体験したあの森が彼方に見えるだけで夜魅の姿は無い。 水面の一部が干上がり川底が現れたそこに背の高い雑草が生えている。今度は西から膝を伸ばして東へと顔を動かしながら雑草の生えるままになっているその場所に目を凝らす。 リリーの顔の動きが止まる。雑草の緑の中に一際目立つ黒い髪。見知ったあの艶やかな長い黒髪を見つけた瞬間その方向へ土手を駆け降りて行った。
2003年7月26日 公開 協力
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■素材提供■
Base story:gravity & gungHo