舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第十幕〜A prayer of a maiden〜

「ごちそうさまでした。えっと乱譚さま?」
 そう言ってニッコリと微笑むリリーをブラックスミスは満足げな表情で眺めていた。
「うん。乱譚って名前で正解だよ。えっとアンタの名前は?」
「あ!リリーです」
 ペコリと頭を下げて自己紹介をする。気がつけば普段のほんわかとした雰囲気のリリーに戻っていた。
「リリーちゃん。何をそんなに焦っているのか聞き出そうとは思わないけど」
 自分の膝元に置かれた灰皿にタバコをこすりつけながら乱譚は話を続ける。
「聖職者であるにも関わらず走り回るくらいだしね。大切な誰かを探しているのかな?」

(わたしよりも少しだけ歳上なのに、夜魅さまといい、この乱譚さまといい、このくらいの歳になるとどうやら人の思考を読み取る能力が備わるらしい。数年後はわたしも・・・)

 リリーは数年後の自分の姿を思い描いてみたけれど、どう想像力を働かせてみても二人のような落ち着いた雰囲気をかもし出す自分は想像出来なかった。まだまだわたしは子供だな、なんて事を考えるとほんの少しだけ持てるようになった自信が無くなってしまう。
「ま、何があるにせよ自信を持ちな。その人きっとアンタの事待っているからさ」
 こうも人の考えている事が分かってしまうなんて。驚きよりも不思議で仕方ない。
 リリーは気づいていない。自分のころころとよく変わる表情が言葉は無くても相手に何を考えているのかを伝えてしまう事を。
「がんばんなさい」
 マッチをこすりながらそう言ってタバコに火をつけ、それを口に咥えるとリリーに向かって唇の端を少し吊り上げた。
「あの。励まして頂いてありがとうございました。このご恩は後日改めてさせていただきます。ごきげんよう」
「乱譚お姉さま〜〜!」
 ごきげんようと言って頭を下げているとリリーの背中から元気な少女の声が響いてきた。慌てて振り向くと凄い勢いでこちらを目指して突進してくる少女の商人が一人。驚いて自分の立っている位置から一歩右横へとずれると、さっきまで立っていたその場所で少女は地面を蹴ってシートの上に並べられた商品を飛び越え乱譚の胸の中へと飛び込んでいった。乱譚は慣れているのか表情一つ変えずに少女を抱き止めた。
「こら。メリー。いつも言っているでしょ?女の子なんだからあんまりバタバタ走らないの!」
 コツンと軽く少女の頭を叩きながら乱譚は優しく微笑んだ。さっきまでのちょっとガラの悪いお姉さんの雰囲気から優しいお母さんの雰囲気へと早変わりしていた。
「えへ。ごめんなさい。お姉さま」
 ゴロゴロと喉を鳴らす子猫のように少女は乱譚の胸に頬をこすりながら幸せそうな微笑みを浮かべていた。二人のそんな様子を見ながらリリーは自分の心がほんわりと温かくなっていくのを感じていた。
「商売の方はどう?順調かい?」
「それが凄いんですよ。お姉さま!お姉さまの打ってくれた包丁が好評であっという間に完売しちゃいました!」
 乱譚の胸の中から顔を出して少女は驚きと尊敬の眼差しで憧れのお姉さまを見上げた。
「メリーは自分と違って愛嬌あるからねぇ。売れたのはアンタの力でもあるんだよ」
 褒められながら頭を撫でられて、メリーという名前の商人は嬉しそうに目を細めた。
「さて、人様に物を売る修練はそろそろ卒業かな?次は難しいわよ」
 期待と不安が入り混じった複雑な表情でメリーは乱譚の顔をじっと見上げながら次の言葉を待つ。
「次は自分で物を仕入れてみなさい。どんな商品が今売れるのか。その感覚を磨く事。いいわね」

 傍らで二人のやり取りを見ていたリリーは新しい課題を出されてメリーがどうしたらいいのか困っているな、このコってばコロコロと表情がよく変わるから分かりやすいな、なんて事を考えていた。
(ん?もしかしてわたしの考えが読まれやすいのは表情がコロコロ変わるせいかしら?)
 それならば納得がいく。十六年間生きてきて今頃ようやく気がつけて嬉しいような、情けないような・・・

「う〜ん。具体的にどうしたらいいのでしょうか?お姉さま」
 そうそう。それをわたしも聞きたい。「夜魅さまを早く追いかけなさい」。その言葉をしばらく自分の心の中に押し込めて二人のやり取りにリリーは耳を澄ました。
 今まで『姉妹』という関係に無関心で過ごしてきたけれど、夜魅から妹になって欲しいと言われてからは世間一般の『姉妹』とはどういうものなのかを意識するようになった。もしかすると自分が探している『答え』が見つかるかもしれないから。
「今までの売上金を元手にして自分が売れると思う物を仕入れてごらんなさい」
「うぅん・・・」
「そう難しく考えないの。自分が仕入れで使っている問屋を紹介するから。自分の名前出せばいろいろ教えてくれるから。安心なさい」
 そう言ってもまだ不安そうな顔をしているメリーの手に、あらかじめ用意しておいた問屋の名前と場所が記されたメモ用紙を乱譚は無理やり握らせた。
「がんばんのよ」
 言いながら乱譚は優しくメリーの頭を撫でる。それだけでメリーの表情から不安が消え去り、さっきまでの元気一杯の表情へと変わった。
「はい。お姉さま!」
 メリーは乱譚の側を離れるとシートを回り込んでリリーの脇に立ち乱譚をじっと見つめた。
「いつかお姉さまのようになれるかな?」
「ああ。きっとなれるよ」
「えへへ。早くお姉さまのようになりたいなぁ」
「ほら。油売ってないでさっさと行きな」
 照れたような困ったような複雑な表情をしながら、乱譚は虫を追い払うかのように手を振った。
「はい。お姉さま。いってきまぁす!」
 元気にそう言うとくるりと後ろを向いて走り去って行った。
「こらこら。走るんじゃないってば!」
 走り去る背中に文句を言うものの乱譚の表情はどこか嬉しそうだった。
「乱譚さまの妹ですか?元気よくて可愛らしいですね」
 次第に小さくなっていくメリーの背中を見つめながらリリーは尋ねた。
「うん?・・・そうだね。ま、あのコが本当は何になりたいのか分からないけどね」
 どこか寂しそうに乱譚が呟く。人の事に口出しするのも気が引けたけれどお世話になったから少しでも恩返し。
「きっと乱譚さまのような立派な商人になりますよ」
「だといいけどねぇ。自分が無理やり妹にして商人の修行をさせているから。あのコはどう思っているのか」
「無理やり?」
「あのコ、元はシーフよ。といっても自分の商品に手を出したのが初犯だけれどね」
 自分より少し年下のメリーという少女が元シーフと言う乱譚の言葉はにわかには信じられる話ではなかった。あの無邪気な笑顔を見たら誰だってそう思うはず。ここまで来たら乗りかかった船。と言ってもリリーの場合は好奇心からその辺の事情を聞いてみたいと思うけれど、さすがにこれ以上は失礼かなとも思う。そんなリリーの気持ちをクルクル変わる表情から読み取ったのか、乱譚は今まで吸っていたタバコを消すと、新しいタバコを一本懐から取り出し火をつけて続きを話し始めた。

「あのコの両親、戦死したらしいのよ。それで、祖母に引き取られたんだけれどもその祖母も他界。まだ幼い女の子が一人で生きていく為には体を売るか、もしくはシーフになるかしかないからねぇ。あのコの場合は後者だけれど、一番最初の仕事が自分の露店ってのが運の尽き。それがきっかけで自分が無理やり妹にして面倒を見ているんだけど。ま、何か手に職持っていればこの先困らないと思うし今は我慢してもらってるってわけよ。っと悪い。ついつまらない話をしちゃったよ
 そう言って乱譚は自嘲の笑みを浮かべた。二人の関係を詳しくは分からないけれど、でもこれだけはリリーにも分かる。
「えっと、メリーさんでしたっけ?あのコは幸せですよ」
「え?」
「悲しい事が一杯あったけれど、でも乱譚さまの妹になれて悲しかった事以上に幸せになれたんですから。メリーさんは幸せです。メリーさんの笑顔を見ているとそれくらい誰でも分かりますよ」
「・・・やっぱり聖職者だねぇ。アンタ。うまい事言うよ」
「いえ。そんな。思った事を口に出しただけですから」
「ありがとね。お陰で少し気持ちが楽になったよ。さて、そろそろ行きなよ。アンタの大切な人の心も楽にしてやんな」
「はい。今度会う時はわたしの大切な人を紹介しますね」
「うん。楽しみにしているよ」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」

 頭を下げて少し早足で歩き出す。足は自然とあの二股の分かれ道に立つマリア像へと向かっていた。途中振り返ると、それに気がついた乱譚が「がんばれよ」と叫びながら手を振っていたので、「ありがとうございます」と叫んで手を振り返したら、「こら!聖職者が叫ぶんじゃない!!」なんて怒鳴り声が響いてきた。ちょっと苦笑いを浮かべながらその場でもう一度先ほどよりも頭を深く下げてリリーは再び走り始めた。

 少し先にマリア像が見えてきた。あの場所であの日リリーは夜魅と再会した。あの時はまさか妹になって欲しいなんて言われるとは思ってもいなかった。突然で心の準備が出来ていなかった事もあるけれど、でも自分は夜魅にふさわしいか?と問われればふさわしくないとリリーは思う。だから自分の本当の気持ちとは裏腹に姉妹の申し出を断ってしまった。でもふさわしいとかふさわしくないとか誰が決めたのか?自分自身で勝手にそう思い込んでいたに過ぎなかった。夜魅が自分のどこを好きになってくれたのか?考えた事が無かった。夜魅は自分を求めてくれた。でも自分はその気持ちから逃げてしまった。本当の自分の気持ちを押し殺して。
 乱譚とメリー。二人の姉妹を他人の目から見た時、何も知らなければメリーは乱譚のお荷物になっているように見えるかもしれない。でもそれは違う事をリリーは知っている。例え今が乱譚にふさわしくないとしてもその現実から逃げる事無く、憧れのお姉さまを目指して、その背中を見失う事無く追いかけ続けている。
 でも自分はどうだろう。最初からふさわしくないと決めてかかって。それは現実から目を逸らしているだけの臆病な行為ではないだろうか。

 二股の分かれ道に立つマリア像の前まで走りつくと、リリーはそこで立ち止まり両手の指を交互に組んでマリアさまに祈りを捧げる。

(そう。わたしは臆病だった。でも夜魅さまと過ごした日々がわたしの心を強くしてくれた。だから今なら夜魅さまの気持ちと真正面から向き合えると思う。その時きっと『答え』は見つかると思うから。だから今は辛くてもこの現実から目を逸らす事無く向き合っていこう。今はまだふさわしくなくても、いつかふさわしくなれるように。マリアさま。どうかわたしたちをお見守り下さい)

 祈りを捧げ終わると、リリーは宿屋のある方角へと力強く走り出して行った。

2003年7月19日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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† Strange term description †
〜のゆりの奇妙な解説〜

○『乱譚』
 実在するラグナロクのプレイヤーです。
 掲示板に出して欲しいとの書き込みがあったので、急遽話の中にねじ込みました。突貫作業だった為、質があまり良くない物がさらに悪くなってしまいましたね。時間に余裕はあったはずなのにギリギリまで作業をしないからこんな結果に・・・。猛省しています。
 さて、ヒロロさんに続いて身内の方の登場な訳ですが、身内以外の人も見ているかもしれないので、ヒロロさんの時と同様、名前だけ借りて性格はこちらで考えさせていただきました。なので、「自分はこんなんじゃないYO!」と言わないで下さい。落ち込みますw
 私の脳内設定では、乱譚さんは面倒見が良くて母性本能が強い女性。でも、それを表に出すのが照れくさくて、わざと蓮っ葉な言葉を使ったりしている、という設定でしたが、上手く表現できませんでしたね。これから要精進ですねぇ。(乱譚さん。これでフォローになったでしょうか?w)

○『メリー』
 お知り合いの商人さんの名前を勝手に借りた訳ではありません。決して。いい名前が浮かばないから勝手に借りた訳じゃないんです。ホント信じてくださいw
 リリーよりも年下という設定なので、とにかく元気な女の子としか考えていませんでしたが、行き当たりばったりで話を進めた結果、過酷な過去が付け加わってしまいました。でも、そんな過去のお陰でメリーの笑顔に予定以上の価値が付いたなと私は思っています。
 乱譚さんとメリーさんのお話は考えていて楽しかったので、もしこの次があればまた出したいですねぇ。

 

 

■素材提供■

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