舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第九幕〜A tear is borne〜

 カートを引く男たちに紛れながら時折現場の方向を指さしてリリーは歩く。みな無言だ。その無言にリリーは耐え切れず、先ほど中央宮の前で指示を出していたこの一団のリーダーと思われる敬礼の男に、
「『フェイヨン治安維持管理局』ってどのような組織なんですか?」
 と、聞いてみた。話題は天気の事でも今日の朝食の事でもなんでもよかった。ただこの沈黙がリリーにはたまらなく苦痛に感じた。
「主にフェイヨンの街の警備を担当しております。後、このような冒険者の亡骸の回収も我々の仕事でございます」
 敬礼の男は自分のこの仕事によっぽど誇りを感じているようで、胸を突き出してフンと鼻息を荒くする。
「ご立派ですね」
 そう言ってリリーはニコリと微笑んだ。その後つまらない世間話を二、三したものの結局後の会話が続かずそのまま押し黙りながら歩き続けて、あの凄惨な現場へとたどり着いた。
 遺体の回収が始まると同時に夜魅は胸の前で両手の指を組み祈りを神に捧げる。その傍らでリリーも夜魅にならい神に祈りを捧げた。
 男たちは黙々と慣れた手つきで遺体をカートに乗せる。近年モンスターが爆発的に増加しさらには凶暴化していた。それに伴い冒険者の数も大幅に増加した。そして悲劇も増加する。ここフェイヨンの郊外でも年々冒険者の死亡報告が増え、いつの間にかこの誰もが忌み嫌う作業に男たちは慣れていった。
 行きよりも重くなったカートと一緒にリリーたちも街へと戻るべく元来た道を歩き出した。道案内の必要が無くなった事と、シーツは被せてあるけれど遺体が積まれたカートから少しでも離れたい一心で一団よりも後ろの位置をリリーは歩く。自然と夜魅と並んで歩く形になった。時折夜魅の顔をちらちらと覗いて見るが相変わらず蝋人形のようにその表情には何の変化も表れなかった。

「では、こちらで。ご協力ありがとうございました」
 中央宮の前に着いて、敬礼の男はそう言って敬礼をする。
「あの、他にお手伝い出来る事があれば遠慮なく仰ってください。出来る事はしますから」
「いえ。それには及びません。後は遺体の身元確認とその引渡し、無縁仏は埋葬するだけですから。ここからは我々の仕事です」
 敬礼の男はそう言って胸を突き出してふんっと鼻息を吐く。そんな誰もやりたがらない仕事にも誇りを持っているようだった。
「そうですか。それではわたしたちはこの辺で失礼致します。ごきげんよう」
 そう言ってリリーはお辞儀をするが、夜魅はその傍らで相変わらずボッと突っ立っていた。
「それでは」
 敬礼の男は得意の敬礼をした後、踵を返し中央宮の奥へカートを引いてきた一団と一緒に消えていった。

 さてとこれからどうしましょう、とリリーは考える。今の夜魅を一人きりには出来ない。だけど自分にしてあげられることが見つからない。焦り、戸惑い、不安がリリーの心の中でどんどん大ききなっていく。

(なぜ夜魅さまは突然心を閉ざしてしまったのかしら?まるでお人が変わられてしまったかのように。聖職者として、プリーストとして、そして 『白薔薇ロサ・ギガンティア』さまとして多くの人の命をお救い出来なかったから?だから心を閉ざされてしまったのですか?
 わたし、今の何もかもを拒むような雰囲気の夜魅さまを見ているのはとても辛いです。さっきまでの優雅で凛々しくてそれなのにちょっと子供っぽいあの夜魅さまはどこへ行ってしまわれたのですか?お願いです。優しく微笑んでわたしの頭を撫でてください。お願いです・・・)

 街の喧騒がどこか遠くに感じた。高台に建てられたこの中央宮からは街を一望出来る。二人が泊まっているあの宿屋も二人で行ったあの銭湯も二股の分かれ道に立つマリア像も遠くに見える。あそこで二人は笑いあっていた。それは今日の朝も変わらなかった。でも今はなんだか随分と遠い昔の思い出のようにリリーは感じてしまう。こみ上げてくる涙を堪えながら、
「夜魅さま、これからどういたしましょう」
 くるっと体を夜魅の方に向けてつとめて明るく微笑みながら尋ねた。
「一人に・・・」
 言葉をすべて言い終わる前に夜魅の体がふっと香水の香りだけを残して消えていった。

 『あたしの妹になりなさい』。そう言ったあの日のリリーの部屋に先回りしたテレポートと、今のテレポートではその意味が全く違っていた。

 前者はリリーに近づく為のテレポート。
 後者はリリーから離れる為のテレポート。

「夜魅さ・・・」
 両目から涙が溢れてくる。それを手の甲で払いのけるとリリーは走り出した。もっとも淑女であるべき聖職者であったがそんな事などとうにリリーの頭の中から消えうせていた。
 中央宮から繁華街へ続く階段を駆け下りながら、いつかフェイヨンの森で夜魅から言われた言葉を思い出す。
『速度増加はね。風の精霊の力を借りる法術。風の精霊にそっと呼びかけて御覧なさい。リリーならきっと出来るわ』
(そう言って夜魅さまは優しく微笑んでくれた。結局あの時は出来なかったけれど今なら・・・)
 指で十字架を切り、そっと風の精霊へ呼びかける。リリーの目の前に翼がふわっと舞い落ちた瞬間、光の渦が頭からつま先へと螺旋を描き舞い落ちた。フッと体が軽くなり、一気に階段を駆け下りて、繁華街のある大通りへと走り込んだ。

 「一人に・・・」さっき夜魅はそう言った。ならば人通りの多いこの大通りにはきっといない。足を南から東、二人で狩りに行ったあのフェイヨンの森の方向へと向けて路地裏に向かって走り出した。焦れば焦るほどリリーの心の中で不安が首をもたげてくる。
(仮に夜魅さまを見つけたとしてもあたしに何ができるんだろう。ううん。今は結果なんて考えちゃだめ。何もしないで後悔するよりも、何かをして後悔する方がずっといいから。今は何が出来るんだろうって考えるんじゃなくて、何か出来るんだって考えなくちゃ)
 不安を振り払うかのように大きく頭を振りながら群集に目を凝らした。
 大通りから東側の路地裏をくまなく走り回ったものの残念ながらそこには夜魅の姿は無かった。ならばと大通りを突っ切り、二人の宿屋がある方向、大通りの西側の路地裏を今度は探すが、リリーの思惑は完全にはずれ、またも空振りに終わってしまう。

 息を整える為に立ち止まり、これからどうしようか、あれこれと考えてみるけれど気持ちばかりが焦ってうまく考えがまとまらない。焦れば焦るほどさらに頭がぐちゃぐちゃとこんがらがってくる。と、
「ちょっとアンタ」
 不意に後ろから声をかけられた。後ろを振り返り見ると、『奥さまの味方!乱譚印の包丁各種』と書かれたのぼりの下で女性があぐらをかいてタバコをくゆらしながらこちらを見ていた。
(ブラックスミスに知り合いはいないし、わたしじゃないわよね)
 気のせいだと前に向き直り、これからの行動に思考を戻そうとした時、
「ちょっと無視しないでくれる?アンタよ。そこのアコライトさん」
 どうやら気のせいじゃないらしい。
「なんでしょうか?」
 仕方なくまた振り返る。今は一刻を争う事態。そう考えると訳もなくイライラしてきてしまう。
「さっきから見ているとバタバタ走り回って。聖職者のくせにあまり感心しないねぇ」
「すいません。これには事情がありまして」
 気持ちは焦っているけれど、聖職者という言葉が胸に突き刺さり、素直に頭を下げた。
「ま、どんな事情があるにせよ少し落ち着いて考えてみたら?案外その方がいい方法を思いつくものさ」
 女性のブラックスミスの前にはシートが敷かれ、その上にのぼりに書かれている包丁と、その他にも野菜、果物、ミルクにジュースも並べられていた。その品揃えから『奥さまの味方』という謳い文句が偽りでない事がうかがえる。その品物の中からミルクを一つ取ると、ふたを取りシートの向かい側に立つリリーに差し出す。差し出されたミルクを困った顔で見ていると、
「乱譚印のミルクはね、心を落ち着かせる効果があるんだ。サービスにしとくから遠慮する事無いよ」
 咥えたタバコを上下に揺り動かしながら親切を強引に売りつけてくる。断りたい気持ちもあったけれど、夜魅と同じくらいの歳の女性からの勧めとあっては断るにも断る勇気が出せなかった。それに、もし断ればまたお説教の材料を提供してしまう事にもなりかねない。仕方なくミルクを受け取ると、淑女らしく少しずつ喉の奥へと流し込んでいく。一気に飲んでしまうとこれもまたお説教される材料になりそうで、はやる気持ちを何とか押さえて少しずつ少しずつ体の奥へと流し込んでいく。甘いミルクの味は飲み終わる頃には不思議と気持ちを落ち着かせてくれた。乱譚印のミルクは効果てきめんだった。

 

2003年7月11日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

第一草・第八幕  戻る  第一草・第十幕

 

 

 

■素材提供■

Base story:gravity & gungHo

wallpaper:falco
サイト名:whoo’s lab
管理人:falco