舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第八幕〜Heart Break

 ふぅと一息ついて緊張が解けた瞬間、リリーにそれまで忘れていた恐怖心が蘇ってきた。無我夢中で考えている暇は無かったけれど、もの凄い敵と対峙していた事を思い出し、自然と足が震えてきた。

「リリー。ありがと。助かったわ」
 後ろを振り返り、リリーの側まで歩み寄って頭を撫でながら優しく夜魅が微笑みかける。リリーは自分の頭の上に置かれた手の温もりを感じて安心すると、自然と震えが止まっていった。
「そんな。わたしなんて何も」
 照れながら笑い、ぽりぽりと頭の後ろをかきながらリリーは答えた。
「あそこでリリーがヒールをかけてくれなかったらアタシ死んでた。リリーを守る!なんて息巻いてみたけれど結局アタシが守られちゃったわね」
 そう言って夜魅はペロッと舌を出して、悪戯をした子供のように笑う。
「夜魅さまがわたしを突き飛ばしてくれなかったらあそこでわたし死んでいました。守られたのはわたしの方です」
 死んでいました、という言葉口にした途端、ぶるっとリリーの体が震えた。そうだ。一歩間違えれば二人とも死んでいたんだ。その現実を改めて感じてしまう。

「さて、まだ仕事が残っているわよ」
 急に夜魅の表情が険しくなる。
「え?」
 リリーは言葉の意味が分からず聞き返してしまう。
「ついて来なさい」
 そう言いながら夜魅は踵を返し歩き出した。言葉の意味が理解出来ないままその後ろをリリーはついて行く。先ほど剣士が逃げてきた茂みをかき分けながら、その剣士が逃げ出した方向へと進んで行く。
 今の夜魅の行動をリリーはぼんやりと理解し始めた。この先にさっきの剣士やわたしたちのように『うろつく者』に襲われた人たちがいるかもしれない。その人たちを救済しに行くんだ、夜魅の心の中をリリーはそう察した。
 ほんのさっきまで心が通じ合っていたのに、心の中でリリーはそうぼやきながら夜魅の後ろについて中腰になりながら道なき道を進む。と、不意に夜魅が立ち止まり、リリーも慌てて止まろうと思ったが間に合わず夜魅のお尻に顔をぶつけてしまった。
「も、申し訳ありません。夜魅さま」
 慌ててリリーは誤る。お辞儀をしようと思ったが中腰の姿勢ではそれも出来ず首だけ下に動かす。
「リリー・・・」
 体をリリーの方向に向けて夜魅は地面に膝をつく。リリーも膝をつき、夜魅の顔を見つめる。最近は慣れてきたとはいえ、整った綺麗な顔がこんな間近に迫って来るとやっぱりドキドキしてしまう。
「お願い・・・」
 そう言って夜魅は自分の指をリリーの指に絡ませた。夜魅の瞳が潤んでいた。被害者の救済だと思ってついてきたのに、まさか人気の無い所に誘い込む作戦だったの?リリーの頭の中に変な考えが浮かぶ。顔を真っ赤にしながら、
「えっとその、嬉しいんですけれど女の子同士でこんなことはその〜」
 そう言いながらますます顔を赤くするリリーを夜魅は見つめながら、
「ううん。何でもないわ」
 そう言ってクスクスと笑って、絡ませた指を離し、体の向きを変えてまた中腰で先へと進む。
 からかわれたのかしら?そう思いながらリリーもまた中腰になり、まだ赤い顔のままで慌てて夜魅の後を追って行った。

 茂みを抜けると、草が刈り取られきちんと整地された小道に出た。わざわざあんな茂みを抜けてくる事もなかったな、そう考えながら周りをきょろきょろ眺めていると、突然空気が誰かの叫び声と共に激しく揺れ、その声に驚いた鳥たちが木々から慌てて飛び立つ。
 慌てて顔を正面に向けると、そこには地面に座り込み、頭を抱えて震えている夜魅の姿があった。

 リリーの頭が錯乱する。

 プロンテラ南郊外で暴漢を撃退した凛々しい夜魅さま。お風呂でちょっとオヤジ臭かった夜魅さま。優雅に本を読み紅茶をたしなむ夜魅さま。そして、わたしに温かく微笑んでくださる夜魅さま。その微笑みはどこか懐かしかった。そんなわたしが知っている夜魅さま。そのどれでもない夜魅さまが目の前にいた。

 瞬間混乱したけれど、何とかしなくちゃという思いがまさった。必死に冷静になれと自分に言い聞かせながら、夜魅の体の前に回りこみ、両肩を揺さぶりながら、
「夜魅さま!夜魅さま!!」
 リリーは呼びかけた。が、夜魅の瞳にリリーの姿は映っていなかった。ただ一点をじっと見つめたまま身動き一つしない。恐る恐るリリーはその視線の先を追って行く。
「っ!」
 夜魅がこんな状態じゃなかったら自分がきっと叫んでいただろう。そこには十人ほどの冒険者が無残な姿をさらしていた。その中には、ずたずたに体を切り刻まれた者、首だけの者、内臓が飛び出している者もいた。胃から湧き上がってくるものを口を押さえて必死に堪えながら、片方の手で夜魅の肩をつかみ揺さぶり続けた。

 魂が抜けてしまったようになっていた夜魅がリリーの手を払いのけて不意にすっと立ち上がると、死体が転がる方向とは逆の方向、フェイヨンの街へと無言で歩き出した。
「夜魅さま!お願いです!!あの方たちにリザレクションを!!!」
 リリーの叫び声なんて聞こえていないかのように夜魅は無言で歩き続ける。
「夜魅さま!」
 ようやく立ち止まり、気だるそうに夜魅はリリーの方に顔を向ける。夜魅の目は眉を吊り上げているリリーの顔が映ってないのではないか、と思うくらい瞳に光が無く人形の目のようだった。
「あの方たちにリザレクションを!!!」
 キッと夜魅を睨みつけながらリリーは叫んだ。瞳に涙を浮かべたその視線には「どうしてあの方たちを助けてくれないんですか!」というリリーの無言の叫びがこもっていた。
「無駄。魂の抜けた体。動かない」
 抑揚の無い声でポツリと夜魅は呟いてまた歩き出す。夜魅が何を考えているのがリリーには理解出来なかったが、不思議と軽蔑する気持ちにはならなかった。例え夜魅さまがどうなろうともわたしが尊敬する夜魅さまに変わりは無いんだ、その一途な想いがリリーの気持ちを支えていた。

 

 これは後からリリーが知ったことだが、蘇生法術『リザレクション』は魂が肉体に存在していなければその効果を発揮しなかった。肉体が原型をとどめていなかったり、死後時間が経ちすぎてしまった場合、その魂は肉体から離れてしまう為、蘇生は不可能となってしまうのだ。夜魅がこの惨状を見て即座にそう判断したのにはそういう訳があった。

 

 後ろを歩くリリーに一度も目もくれず夜魅はフェイヨンの街へ入る。大通りに出てそこで進路を北へ取り、高台にあるフェイヨン一帯を管理する中央宮へと階段を登って入って行く。リリーも黙って夜魅の後についてその中へと足を進めて行った。

 夜魅が受付でぽそぽそと声をかけると、受付の人間が何やら話ながら指さす方へと歩き始めた。受付の人間に夜魅に変わってペコリとリリーは頭を下げてその後を追う。

 『フェイヨン治安維持管理局』と書かれたプレートが張ってあるドアを夜魅はノックもしないで開けて中へと入って行く。室内の一番奥、他の椅子よりも立派な椅子に座った口ひげを蓄えた四十台くらいの年齢の男が二人の不意の侵入者をちらりと見た。最初は怪訝そうな顔をしていたが夜魅に気がついて立ち上がり、
「これは 『白薔薇ロサ・ギガンティア』さま。 かような所に何用で御座いますか?」
 慇懃にお辞儀をして、口ひげの男は夜魅を出迎えた。
「『うろつく者』が出た。その為死者が出ている。街の東。森の奥。死者を回収してくれ」
 夜魅は事務的に簡潔に事実だけを伝えた。
 口ひげの男は『うろつく者』の名前を聞いて驚いたような表情を見せた後、眉間に皺を寄せて、
「して、その『うろつく者』は?」
「滅した」
 冷たい瞳で夜魅は残酷な言葉を平然と吐き捨てた。
「流石は 『白薔薇ロサ・ギガンティア』 さまですな」
 あまりにも冷たい視線に口ひげの男は一歩後ずさりして、険しかった表情を安堵した表情へと変えて、視線を夜魅から外し、近くにいた部下に、
「おい。死体回収班を臨時で集めてくれ」
 と指示を出すとその部下は敬礼した後部屋から出て行った。
「わざわざのご足労ありがとうございました。お礼は後でお持ちいたします。今フェイヨンにご滞在で?」
 再び口ひげの男は夜魅に視線を戻して尋ねる。
「礼などいらん。それよりアタシも行く」
 どちらへ?と言う口ひげの男の声を無視して夜魅は踵を返す。それまで黙ってやり取りを見ていたリリーが受付の時と同様口ひげの男にお辞儀をして夜魅の後を追った。

 外に出ると数名の男たちがカートを引っ張りながら中央宮の前に集まってきていた。『治安維持管理局』にいた治安維持管理局長と思われるあの口ひげの男の部下がテキパキと指示を出している。その男がこちらに気がついたのか指示する声を止めてこちらを向き敬礼してみせる。しかし、夜魅はその場に突っ立っているだけだったので、敬礼したままの男の表情がやり場がなさそうな困った表情へと変わっていく。慌ててリリーが、
「あのわたしたちもご一緒させてください」
 と、切り出すと男は、
「わかりました。これも何かの縁でしょう。道案内も兼ねてお願いします」
 そう言ってリリーに向かって改めて敬礼をしてみせた。つられてリリーも慣れない敬礼の格好をしてみせた。

 

 普段だったら絶対笑われていたんだろうけどな、道案内をしながらリリーはさっきの自分の敬礼を思い出していた。夜魅は相変わらず無表情のまま一切言葉を話さず一団について来る。
 あの凄惨な現場と似たような景色が続く。夜魅が最後に夜魅らしかったあの場所のような茂みまである。あの茂みの中での夜魅の顔がリリーの頭の中に浮かぶ。
(あの時わたしは変な想像をしてしまったけれど本当は夜魅さまは何を伝えたかったんだろう。『お願い・・・』そう言ってわたしの手をキュッと握った夜魅さまは何を思っていたんだろう)
 後ろを歩く夜魅をリリーはちらりと見る。しかし、その無表情な表情からは何も分からなかった。

2003年7月4日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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† Strange term description †
〜のゆりの奇妙な解説〜

○『リザレクション
 ラグナロクのプリーストのスキル。分かりやすく言うと『ドラクエ』の『ザオリク』です。
 ゲーム中では、例えどんな死に方をしてもどれだけ時間が経っていても100%生き返らせることができます。この話の中で『条件付きで死者を生き返らせる事が出来る』という設定にしたのは、例え空想の中の世界だとしても人の命というのはあくまでも一つきりのものであるからです。命の重さを考えた時、ポンポンと簡単に生き返ってはそれは上手く伝わらないですから。とは言っても実際ゲームの中でこういったスキルがある以上無視する訳にもいきませんから、文中にあるような設定にしました。まぁ、ゲームの中で蘇生の手立てが無いのは困り物ですが、この話の中で人の命は一つきりのものという姿勢でいきたいと思っています。

○『フェイヨン治安維持管理局
 実際中央宮の中には何もありませんし、こういった組織もラグナロクの中にはありません。私の空想の物です。当初は死体を無視して話を進める予定でしたが、「聖職者が死体を打ち捨てて行っていいのか」という内なる突っ込みの為、急遽死体回収の話が必要になり私が勝手に作ってしまった組織です。警察組織のようなものと考えてください。

○『カート
 ラグナロクの中で商人・BSといった職業の人たちが荷物を載せるのに使う道具です。
 当初は誰でも分かりやすいように『大八車』『リヤカー』といった言葉を使おうと考えていたのですが、舞台が西洋(自分の中では)なので『大八車』は即却下。『リヤカー』も大正時代に日本で作られた物である為素直に『カート』という表現になりました。
 ちなみに『リヤカー』というのは大正時代に日本に入ってきた側車付きバイク、サイドカーをヒントに当初自転車に側車を付けていたのを、それよりも後ろに付けた方が荷物も多く積めるという発想で発明されました。その後、自転車に付けると高価で庶民が手を出せなかったため、今のような人の手で引く形に変わっていきました。いうなれば昔から日本にあった『大八車』のバージョンアップ版です。名前は和製英語で、後ろ(リヤ)大八『車』(カー)をくっつけて『リヤカー』と命名されたそうです。
 戦前、そして戦後しばらくは『リヤカー』は飛ぶように売れていたようですね。その『リヤカー』の生産工場がたくさんあった秋葉原駅周辺もいまでは萌えの街に様変わりしてしまいましたが。時代の流れを感じますねぇw

 

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