舞い散るそれは百合の花
―It which dances and breaks up is the flower of a lily―

第一草「SAKURAドロップス」
第七幕〜Live〜

「もうスモーキーじゃ物足りなくなってきたかしら?」
 読んでいた本を閉じて夜魅は立ち上がりながらリリーに微笑みかける。
 額にうっすらと浮かんだ汗を拭いながら、
「お陰さまで楽に倒せるようになりました」
 リリーは微笑みながら答えた。
 この一週間、夜魅の指導の元狩りを続けてきたお陰でリリーは自分でも信じられないほど成長する事が出来た。夜魅は本を読んでいる時間の方が多かったが、要所要所で戦闘の事、法術を使うタイミングや基礎などを手取り足取りリリーに叩き込んだ。リリーは騎士の父親から戦闘の基礎を、プリーストの母親から法術の基礎を幼少の頃より教え込まれていたので、夜魅が驚くほど飲み込みが早く、その教えを確実に自分のものにしていった。

「じゃあそろそろ次のステップに行ってみましょうか」
「次のステップですか?」
「そう。試しにエギラでも狩ってみましょう」

 今二人がいる森のさらに東奥に棲息するタマゴの形に似たモンスター、それがエギラだ。エギラは思念体のモンスターで物理攻撃に対する耐性が強い。攻撃力も高いため中級以上の冒険者でなければ手に負えないモンスターである。

「今のわたしで勝てるでしょうか?」
 とリリーは夜魅に尋ねる。
「どうかしらね。でもアタシが支援法術でバックアップするから安心していいわよ」
 そう言いながら夜魅はリリーにウインクして見せた。それならば安心です、と言って微笑みリリーは夜魅の後ろについて森の奥へと進んでいった。

「えい!やあ!とおお!」
 必死にタマゴの形をしたモンスター、エギラを叩くリリーの後ろで夜魅は腕組みをしながらその様子を見守っていた。体ごと突進してくるエギラの攻撃をかわしながら、
「たあああ!」
 リリーの叫び声と同時にフレイルの先端についた野球ボール程の大きさの鉄球が敵の頭上に命中すると同時にガラガラと音を立ててエギラは崩れていった。
「支援法術なしでもいけたわね」
 夜魅はねぎらいの言葉の代わりにリリーにヒールをかける。
「はい。自分でもびっくりです」
 リリーは先ほどよりも汗をかいた額を拭いながら微笑んだ。
「どう?自分が成長しているって実感した?」
「はい。夜魅さまのおかげです」
「リリーの素質よ」
 そう言って夜魅は優しく微笑んだ。いえ、夜魅さまのお陰ですよ、とリリーは心の中で呟きながら、
「ありがとうございます!」
 微笑み元気よくペコリと頭を下げた。

 スモーキーを倒すよりは多少時間がかかるものの、リリーはエギラを順調に倒していく。夜魅は心配なさそうね、と言っていつものように木陰で本を広げていた。どのくらいそうしていただろうか。不意に森がざわめく。
「イヤな感じがするわね」
 本を閉じ、いつもよりも険しい顔つきで夜魅は立ち上がった。
「リリー」
 そう言って夜魅はリリーに視線を投げる。リリーも周りの空気が緊張していくのを感じていた。何が起こってもいいように身構えていなさい、その視線の意味を即座に理解してフレイルをぎゅっといつもよりも強く握り身構える。手が汗ばむ。かつてない程の緊張の中にリリーは身を置いていた。
 不意に二人から少し離れた茂みがざわざわと音をたてた。驚いてリリーは体をそちらに向けてフレイルを突き出す。そこから出てきたのは傷ついた剣士だった。その剣士は顔面は蒼白で息絶え絶えで、体をふらふらさせながら何かから逃げていた。ホッとしたリリーの後ろから、
「ヒール!」
 夜魅の声が響く。
「ぼさっとしない!」
 夜魅は剣士が逃げてきたその方向を睨みながらリリーを叱った。
「はい!」
 途切れた集中力を再び高めながらリリーは身構える。
「来る!」
 夜魅の叫びと同時に周りの空気がさらに緊張する。音もなく現れたそれを見てさすがの夜魅も背中に冷たい汗が流れるのを感じた。がくがくと震える足でなんとかその場に踏ん張りながらリリーは突然現れたそれを見た。
「まさか・・・この辺を浮遊しているとは聞いていたけれど出会ってしまうとはね・・・」

 二人が不幸にも遭遇してしまったそのモンスターは、『うろつく者』と呼ばれる東洋のサムライの亡者だった。ここフェイヨンは東西関係無くさまざまな魂が流れ着く場所である。時折『うろつく者』のような強大な力を持った魂も流れ着く。生前からすでに常人以上の力を持っていたその魂は肉体という枷から開放され理性を失い、目に映る者総てを殺戮する狂気の塊になっていた。

 グルルと不気味な声を発しながら『うろつく者』は肩を上下に揺らす。リリーもそして夜魅もまるで金縛りにあったかのようにその場から動けないでいた。動いた瞬間、獰猛な肉食動物のように『うろつく者』が飛び掛ってきそうだったからだ。フーフーと鼻息を荒げながら『うろつく者』の首が動く。リリーは瞬間「あっ」と思った。『うろつく者』の色の無い目と自分の視線が一瞬交差した。その途端、『うろつく者』の右足が地面を蹴る。土ぼこりをあげながらカタナを身構えてリリーを目指して突進して来る。

 「逃げなくちゃ!」そう思ってもリリーの体は動かなかった。リリーの瞳に映るその獰猛な魂は次第に姿を大きくしながら、風を切って近づいて来る。
 「リリー!」
 夜魅の声が聞こえると思った瞬間、リリーの体は宙に浮いていた。宙に浮かびながらその声が聞こえた方向へ首を起こす。見慣れた緑の黒髪が風に舞う。リリーを突き飛ばした夜魅が前のめりに倒れる。右手を地面に、左手を膝に当てながら夜魅はふらふらと立ち上がる。プリーストの聖衣服が切り裂かれ、剥き出しになった背中から鮮血が吹き出していた。まるでスローモーションのようにその映像がリリーの瞳に飛び込んできた。恐怖、絶望、そんな言葉がリリーの心の中を支配し、声を発する事も出来ずにただただ呆然と夜魅の傷ついた背中を見つめていた。

 自分の狩りを邪魔されて怒り狂う『うろつく者』は標的を夜魅に変えて第二激を繰り出す。間一髪よけた、尻もちをつきながら混乱する頭でリリーはそう思ったが、『元』サムライの一撃はそんな生温いものではなかった。とっさに右足で地面を蹴り体を左に逃がした夜魅だったがよけきれず右腕から鮮血が吹き出した。「つぅ・・・」
 左手で右腕を押さえながら夜魅は『うろつく者』を睨みつけた。肩は激しく上下に揺れ、整った顔は苦痛で歪み、びっしょりとかいた汗のせいで前髪が額にはりつく。
「このコは、リリーだけは守ってみせる!例えアンタと刺し違えてもね!!」
 夜魅のその言葉は泣きたくなるくらい嬉しかった。リリーの頭の中がその一言で冷静になっていく。

 『うろつく者』がカタナを水平に構える。一気に突き殺すつもりだ。夜魅は口の中で法術を唱え始めたが、体の奥底から溢れてきた血を口からドッと吐き出し、詠唱が遮られてしまった。それを見た『うろつく者』の目が無機質に光を放つ。夜魅がぎゅっと下唇をかむ。わずかにそこから血が溢れ、夜魅の口元をさらに赤く染めていった。

(何をしているの!こんな所でボッと尻もちついている場合?今、今わたしが夜魅さまを助けないで誰が助けるの?『ふさわしくないと思うならならふさわしくなれるように考えなさい』って夜魅さまに言われたじゃない!こんなんじゃいつまでたってもふさわしくなれないよ!今わたしが出来ることを全力でやらなくちゃ!わたしが、わたしが夜魅さまを守るんだ!)

 リリーはがばっと立ち上がると指先に全神経を集中させ法力を集め、今の自分が出来る最大限のヒールで夜魅を癒した。と、同時に止まったままだった詠唱の続きを夜魅は一気に唱える。『うろつく者』の突きが夜魅の心臓を捕らえる間際、あたりがパッと光輝き、光が防御壁を形作りその一撃を食い止めた。
 『うろつく者』は一瞬たじろいたが今度はカタナを上段に構えると、一気にそれを夜魅に振り下ろしたが、たじろいていた隙に夜魅は再び『キリエ エレイソン』を唱えなおし、その攻撃を防いだ。

 プロンテラ南郊外で暴漢に襲われて夜魅に助けられた時に見た、夜魅が召還したあの聖歌隊の精霊。きっと今もそれに似た精霊が召還されたに違いないがリリーの瞳には映らなかった。リリーはただ一点、夜魅の自分のヒールで傷口はふさがったものの、白い肌、切り裂かれた聖衣服に血がはりつき、痛々しさが残る背中を見つめていた。夜魅から何かしらのサインがあれば即座に対応できるように集中力を研ぎ澄ます。

 突きをかわされた『うろつく者』は今度は腰をひねり右足を突き出して、夜魅に向かって腰を回転させならカタナを払う。その時ちらりと夜魅はリリーに視線を投げかけた。リリーは言葉は無くてもその視線の意味する所を瞬時に理解し、再び指先に法力を集中させた。『うろつく者』の一撃が効果が残ったままになっている『キリエ エレイソン』によって遮られたその時、リリーの手が光り、『うろつく者』にヒールの一撃を食らわせた。

 生きている者には細胞を活性化させて傷口を癒すヒールも、肉体を持たない者に対してはは魂を浄化させる効果がある。

 『うろつく者』が一瞬たじろぎ再び剣を構えようとしたその時、夜魅のヒールが剥き出しにされた魂を襲った。二歩、三歩とよろよろと後退するその敵を見ながら、
「一気に畳み掛けるよ!リリー!!」
 そう言って、一時的に能力値を上昇させる法術『ブレッシング』を自分とリリーに向かって素早く唱える。
リリーの体の奥底から力がふつふつと湧いてくる。指先に法力を集中させ『うろつく者』へ向かいヒールを唱えた瞬間自分の手がパッと激しく光った。先ほどの一撃以上のダメージをリリーから受けた『うろつく者』はついにその場で膝を折る。リリーからやや遅れて夜魅もヒールを唱える。夜魅の体全体が光り輝く。リリーのヒールとは比べ物にならない程の一撃を受けた『うろつく者』は断末魔をあげてついにその魂は浄化されていった。

2003年6月27日 公開

協力
英語訳:ミセス・ロビンソン

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† Strange term description †
〜のゆりの奇妙な解説〜

○『狩り』
 ずっと書くのを忘れていました^^;
 狩りとはその言葉の通り敵を狩る事です。使用例。
 「今日はどこ狩りに行く?」
 「今日はあの敵狩ろうか?」

○『スモーキー』
 第一幕の解説をご覧下さい。

○『エギラ
 
本文中では思念体のモンスターと書きましたが実際は『念』属性のモンスターです。
 ラグナロクの敵キャラにはそれぞれ属性があります。この属性を知る事によって戦闘を有利に進める事ができます。

○『うろつく者』
 現在は『彷徨う者』と名前が変わりましたが、この話はコモドパッチ以前に作った物で修正するのが面倒なので旧名を使わせてもらいました。
 話の中では見事撃退しましたが、実際はそんな甘い物ではありません。プリとアコ二人ではレベルにもよりますが厳しいというか撃退するのは無理でしょう。
 ゲームの中の現実を持ち込むと話がごちゃごちゃしてしまうので、ヒール数発で倒せるのか?という突っ込みはしないでくださいね(笑)。 

○『法術』
 ラグナロクで言う所のスキルです。『魔法』と書くと『マジシャン』や『ウイッチ』のイメージが強くなってしまうので『法術』という言葉を使用しました。
 『法術』とは、法律によって国を治める術、という意味です。規律、秩序を重んじる聖職者にはぴったりの言葉だと思いませんか?
 ちなみに同意義語で『方術』という言葉があります。この『方術』には仙人の使う霊妙な術や神仙術といった意味も含まれています。これらの意味から、この話の中の聖職者が使うスキルの事を『法術』と記しました。

○『スキル』
 ラグナロクの各職業には『スキル』と呼ばれる『技』があります。
 代表的な物ではアコライト(聖職者)の『ヒール』。剣士の『バッシュ』(敵に通常以上のダメージを与えます)等、その職業ならではの特徴ある『スキル』があります。
 『スキル』にはそれぞれ『レベル』があり、この『レベル』を上げる事によってより大きい効果が得られるようになります。

○『ヒール』
 聖職者の基本スキルです。この言葉の意味から察しがついているとは思いますが、自分や仲間の体力を回復させるスキルです。不死系の敵(ゾンビや骸骨と言えばラグナロクをやっていない方でも分かると思います)に対しては攻撃スキルにもなります。

○『ブレッシング
 『ヒール』と並ぶ聖職者必須の『スキル』です。
 この術を使う事によってDEX(命中力)、INT(魔法効果力)、STR(攻撃力)を一時的に増加させます。
 この話の中ではINTを上げる事によってヒールの効果を高めています。

○『キリエ エレイソン
 アコライトの上位職プリーストのスキルです。(職業に関しては第ニ幕の解説をご覧下さい)
 物理攻撃を防ぐ壁を作りダメージを負わないようにガードしたり軽減させるスキルです。
 EVAのATフィールドのへなちょこ版と言えば分かりやすいですかね?(笑)

 

■素材提供■

Base story:gravity & gungHo

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サイト名:whoo’s lab
管理人:falco